ハイエンドオーディオの世界は、さながら軍拡競争だ。巨大なフロアスタンディングスピーカーが弩級戦艦のごとく威容を誇るなか、今回紹介するTAD-ME1は、ポケットに忍ばせた戦艦、精密なる小型戦艦(ポケット・バトルシップ)とでも言うべき存在である。
その出自を辿れば、TAD (Technical Audio Devices) はPioneerのプロフェッショナル部門として産声を上げた、生粋のスタジオ育ち 1。EaglesのツアーPAから、Princeのプライベートスタジオまで、そのサウンドは常に音楽が生まれる「現場」のリファレンスとして鍛え上げられてきた 2。そんなTADがコンシューマー市場に送り出すスピーカーは、必然的に一つの問いを我々に投げかける。「スタジオの冷徹なまでの正確さは、リビングルームの心躍る音楽性と両立しうるのか?」と。
本稿では、このTAD Micro Evolution One (ME-1)が、群雄割拠の150万円級ブックシェルフ市場において、いかなる存在意義を持つのかを、データと“耳”の両輪で徹底的に解剖していく。これは単なる製品紹介ではない。一つの音響哲学が、いかにして物理的な形となり、我々の感性に訴えかけてくるのかを探る旅である。
TAD Micro Evolution One — Overview
まずは、この小型戦艦の基本スペックを押さえておこう。議論の出発点となる客観的な事実だ。
- メーカー: Technical Audio Devices Laboratories, Inc. (TAD) 1
- 型番: TAD-ME1 (Micro Evolution One) 3
- 発売日: 2016年発表 1。日本国内では2017年11月下旬に発売された 5。
- 価格帯:
- 主要スペック:
1. 世間の声:ワールドワイド・レビューの交差点
個人の感想に入る前に、世界中の耳利きたちがME-1にどのような評価を下したかを見てみよう。これは、我々の現在地を確認するための海図だ。
| メディア | 引用抜粋 (和訳+原文) | 評価点 |
|---|---|---|
| The Absolute Sound | “パウンド・フォー・パウンドで、ME1は近年オーディオファイル市場に登場した最も偉大な小型スピーカーの一つであることは間違いない。” “Pound for pound, the ME1 is truly one of the greatest little loudspeakers to hit the audiophile market in years.” | ★★★★★ |
| Stereophile | “限定的な低域を除けば、TADのMicro Evolution Oneは、同社の高価なCompact Reference CR1とそう違わない、優れた測定性能を提供した。” “Other than its limited low frequencies, TAD’s Micro Evolution One offered excellent measured performance, not dissimilar to that of TAD’s pricey Compact Reference CR1…” | ★★★★☆ |
| SoundStage! Ultra | “40Hz以上では、どんな価格帯のどんな製品にも匹敵する。…レーザーのように音像を結び、部屋が許す限り広く深いサウンドステージを映し出すことができた。” “From 40Hz up, it rivals anything else at any price. […] The pair of them imaged like lasers, and could cast a soundstage as wide and as deep as my room allowed.” | ★★★★★ |
| CNET | “ME-1はより暖かく、よりリラックスしたスピーカーだ。…最高の録音では、ME-1のサウンドはより「コヒーレント」で、低・中・高域のつながりは805 D3で聴いたものよりシームレスだった。” “The ME-1 is a warmer, more ‘relaxed’ speaker…with the best recordings the ME-1’s sound was more ‘coherent,’ so the bass, midrange and treble blend were more seamless than what I heard from the 805 D3.” | ★★★★☆ |
| Stereonet | “それは超洗練され、正確で、明瞭であり、ほぼフルレンジをカバーする。その音像とサウンドステージの作り方は不思議なほどだ。” “It is ultra-refined, accurate and articulate with near-full frequency range coverage. The way that it images and soundstages is uncanny.” | ★★★★☆ |
| Audiogon Forum User | “美しくバランスの取れたスピーカーで、素晴らしいイメージングとコヒーレンスを備えている。…スピーカーが消え去り、演奏の感情とつながりがあなたを洗い流すような特別なクオリティを持っている。” “They are a beautifully balanced speaker, with superb imaging and coherence… have that special quality that allow your favourite music and recordings to be elevated to the point that the speakers just disappear and emotion and connection of the performance washes over you.” | ★★★★★ |
| avbox.jp | “優秀録音から再生される女性の声は、陶磁器の釉薬のような透明感と滑らかさを持ち、陶酔の世界へと引きずり込まれる。” | ★★★★★ |
集計とバイアス分析:
調査した10以上のソース 6 を俯瞰すると、その評価は圧倒的に肯定的だ。特に、音像定位の正確さ、ディテール表現、そしてサイズを超えたスケール感は、ほぼ全てのレビューで絶賛されている。
もちろん、こうしたレビューには注意が必要だ。多くはメーカーから提供されたサンプルに基づいている可能性が高く、新製品に対する一種の祝祭的なムードが評価を押し上げている側面は否定できない。しかし、発売から数年が経過したユーザーフォーラムでの長期的な評価 15 を見ても、その熱狂が冷めていないことから、ME-1の性能が単なる「お祭り」ではなかったことがわかる。高価な買い物をした自分を正当化する認知バイアスを差し引いても、その音質的中核に対する信頼性は高いと判断できる。数少ない批判は、ほぼ例外なく「絶対的な価格の高さ」と「40Hz以下の重低音の不足」に集約されており、これはME-1の性格を浮き彫りにしていると言えるだろう。
2. TADの設計思想:ME-1の技術解剖
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ME-1のサウンドは、魔法ではなく物理法則の産物だ。その音響性能を支える3つのコア技術を分解し、TADのエンジニアが何を狙ったのかを読み解いていこう。
音の心臓部:CSTドライバーという名の点音源
ME-1の最も重要なパーツは、間違いなくCST (Coherent Source Transducer) ドライバーだ 3。これは、ミッドレンジとトゥイーターを同軸上に配置することで、あたかも一つの点から音が出ているかのような「点音源」再生を目指す技術である 20。
主張はこうだ。複数のユニットから音が放射されると、各ユニットの音響的な中心がずれるため、特にクロスオーバー周波数付近で位相が乱れ、音像がぼやける原因となる。CSTドライバーは、ミッドレンジのコーンの中心にトゥイーターを埋め込み、音響中心を物理的に一致させることで、この問題を根本的に解決する 21。世界中のレビューで「レーザーのようにシャープ」12、「ホログラフィック」12 と形容される驚異的な音像定位は、この哲学的なまでに徹底された点音源へのこだわりから生まれている。
素材選びも妥協がない。トゥイーターには、現在知られている金属の中で最も軽量かつ高剛性なベリリウムを、ミッドレンジには内部損失(素材自体が振動を減衰させる能力)に優れたマグネシウムを採用している 13。ベリリウムは60kHzという超高域まで歪みなく音を放射し 3、マグネシウムは素材固有の鳴きを抑え、色付けのないピュアな中域を再生するために選ばれた 22。これはスペックシートを飾るためのギミックではなく、音の透明性と反応速度に直結する、極めて重要な選択なのだ。
パワーの源泉:MACCウーファーと双方向ADSポート
中高域をCSTドライバーに委ねる一方、420Hz以下の帯域は16cmのMACCウーファーが担う 11。この振動板は、強靭なアラミド繊維の織布と不織布を積層した複合素材(Multi-Layered Aramid Composite Cone)でできている 3。狙いは、振動板の剛性を高め、分割振動(振動板が歪んでしまい、不正確な音を出す現象)を抑制すること。これにより、色付けのないスムーズでパワフルな中低域の再生を可能にしている 3。
そして、本機の外観とサウンドを決定づけるもう一つの主役が、双方向ADS (Aero-Dynamic Slot) ポートだ 3。これは、一般的な円形のバスレフポートとは全く異なる、TAD独自の独創的なシステムである。エンクロージャーの両側面に設けられたスリット状のポートが、キャビネット内部から前後に対称的に開口している 3。この奇妙な構造には、明確な目的が3つある。第一に、ポートノイズ(空気が高速で出入りする際の「ボー」という風切り音)の低減。第二に、キャビネット内部で発生する定在波がポートから漏れ出し、音を濁らせるのを防ぐこと 22。そして第三に、ポートが前後に空気を放出することで、スピーカー本体に働く反作用の振動をキャンセルし、よりクリーンで安定した低音を得ることだ。これは、リアポートのスピーカーのように壁との距離に神経質になる必要が少なく、セッティングの自由度を高めるという、実用上の大きなメリットももたらしている。
競合とのスペック比較
ME-1が市場でどのような立ち位置にあるのかを明確にするため、同価格帯の強力なライバルたちとスペックを比較してみよう。
| スペック | TAD ME-1 | B&W 805 D4 | KEF Reference 1 Meta | Magico A1 |
|---|---|---|---|---|
| 形式 | 3ウェイ・バスレフ | 2ウェイ・バスレフ | 3ウェイ・バスレフ | 2ウェイ・密閉型 |
| ドライバー | 16cm アラミド(W) 9cm Mg/2.5cm Be 同軸(M/T) | 16.5cm コンティニュアム(W/M) 2.5cm ダイヤモンド(T) | 16.5cm アルミ(W) 12.5cm/2.5cm アルミ同軸(M/T) | 16.5cm グラフェン(W/M) 2.8cm ベリリウム(T) |
| 周波数特性 (±3dB) | N/A (36Hz-60kHz at -10dB?) | 42Hz - 28kHz | 45Hz - 35kHz | N/A (35Hz-50kHz) |
| 能率 (2.83V/1m) | 85dB | 88dB | 85dB | 84dB |
| インピーダンス | 4Ω (min N/A) | 8Ω (min 4.6Ω) | 4Ω (min 3.2Ω) | 4Ω |
| 寸法 (HWD, mm) | 411 x 251 x 402 | 440 x 240 x 373 | 440 x 205 x 422 | 396 x 216 x 305 |
| 重量 (kg/台) | 20.0 kg | 15.55 kg | 18.2 kg | 22.0 kg |
| 米国価格 (ペア) | ~$12,495 | ~$10,000 | ~$9,999 | ~$10,800 |
| 出典 | 11 | 23 | 24 | 25 |
この表から、ME-1の特異性が浮かび上がってくる。競合がほぼ1万ドル前後にひしめく中、ME-1は一段高い価格設定だ。しかし、その中身を見れば理由は明らかである。このクラスで3ウェイ構成と同軸ドライバー、そして独創的なポートシステムという3つの高度な技術を一つの小型筐体に詰め込んだのはME-1だけだ。B&W 805 D4とMagico A1は伝統的な2ウェイ構成であり、中低域ドライバーへの負担が大きい。技術的に最も近いKEF Reference 1 Metaは同じ3ウェイ同軸だが、バスレフポートは一般的なリアポートだ。ME-1の価格は、この複雑でコストのかかるエンジニアリングへの対価であり、単なるブランド料ではないことがわかる。また、85dBという低い能率は、駆動のしやすさよりも音の正確さを優先するハイエンドモニターに共通する設計思想の表れでもある。
3. 測定データが語る客観的真実
エンジニアの理想とマーケティングの言葉が、物理的な現実としてどう結実したのか。ここでは、第三者による客観的な測定データ、主にオーディオ専門誌StereophileのJohn Atkinson氏による厳格なテスト結果を基に分析する。
- 周波数特性: 軸上での周波数特性は、中域にわずかな凹凸が見られるものの、全体としては極めてフラットだ。これはTADのモニターライクでニュートラルな音作りの思想を裏付けている。特筆すべきは、高域が8kHz以上で指向性が鋭くなる点。これは、リスニングポイントに対するスピーカーの角度(トゥイン)をシビアに調整することで、最高のパフォーマンスが引き出せることを示唆している。セッティング次第で音が大きく変わる、まさにオーディオファイル好みのスピーカーと言えるだろう。
-
低域特性とポートの挙動: 測定データは、ME-1の低音に対する哲学を雄弁に物語る。ADSポートのチューニング周波数は40Hz付近に設定されており、低域のレスポンスは50Hz以下で急速に減衰する。これは、量感よりもスピードと解像度を重視した「オーバーダンプ(過制動)」的なチューニングが施されている証拠だ。つまり、TADのエンジニアは、深々と沈み込む重低音を意図的に諦めることで、音楽の骨格を成す50Hz以上の帯域で、濁りのない、極めてハイスピードな低音を実現することを選んだのだ。
-
インピーダンスと能率: 公称インピーダンス4Ωに対し、実測での最低値は120-155Hz間で3.9Ω。位相回転も穏やかで、アンプにとっては比較的駆動しやすい負荷と評価できる。しかし、能率は85dB(実測では86.2dB)と低い。これは、スピーカーを力強く駆動し、そのポテンシャルを100%引き出すには、単なるワット数ではなく、質の高い電流供給能力を持つアンプが不可欠であることを意味している。
- 過渡応答と歪: ステップ応答の波形は、ウーファー、ミッドレンジ、トゥイーターの各ユニットの極性が正しく揃っており、クロスオーバーの設計が極めて優秀であることを示している。また、累積スペクトラル減衰(CSD)プロットは非常にクリーンで、再生音が止まった後に余計な響きが残らないことを示している。これが、音の立ち上がりの鋭さや、静寂の中から音が浮かび上がってくるような高いS/N感に直接貢献している。
一見すると、革新的なADSポートを搭載しながら、なぜ低域の伸びは控えめなのか、という矛盾を感じるかもしれない。しかし、これらのデータを総合的に分析すると、TADの明確な設計意図が見えてくる。ADSポートの真の目的は、低域の「量」の拡大ではなく、低域の「質」の向上と、実使用環境での「統合」なのだ。小型スピーカーで無理に重低音を追求すると、ブーミーになったり、ポートノイズに悩まされたり、部屋の定在波を過剰に刺激したりといった副作用がつきまとう。TADは、そのトレードオフを熟知した上で、最も音楽的に重要な帯域において、最高品質の低音を提供するためにADSポートという解を選んだ。これは、スペックシートの数字よりも、実際の部屋で聴こえる音を優先した、成熟したエンジニアリングの証左と言えるだろう。 引用: 27
4. リスニング・インプレッション:音の万華鏡
技術とデータが、我々の耳にはどのように聴こえるのか。世界中のレビューから引用し、その聴感上の特徴を多角的に描写してみよう。
| レビュアー / 媒体 | 引用抜粋 (和訳+原文) |
|---|---|
| Neil Gader / The Absolute Sound | “ME1にはごく僅かな欠点しかなく、その短所は主にその控えめなサイズに起因するものだ。トップエンドにはまだ若干のドライさが残っており、CR1のようなベルベットのようなハーモニクスを呼び起こすことはできない。” “The ME1 has very few obvious drawbacks, and its shortcomings are mostly attributable to the limits of its modest dimensions. However, its top-end still retains some residual dryness, and can’t quite summon up the same velvety harmonics of the CR1…” |
| Steve Guttenberg / CNET | “ステレオイメージングは自宅で体験した中で最高だった。ME-1は音楽を解放し、同時にそれに生命を吹き込む。” “The stereo imaging was the best I’ve had at home, as the ME-1 liberates the music while bringing it back to life.” |
| Thomas J. Norton / Stereophile | “TADの弱点があるとすれば、それは見た目から推測できるものだろう。…ユニークなバスローディングにもかかわらず、低域の深いところまでは特に掘り下げなかった。” “If the TAD had a weakness, it was one you might guess from looking at it…despite its unique bass loading it didn’t dig particularly deep in the low end.” |
| Jeff Fritz / SoundStage! Ultra | “その小さなウーファーがいくらか空気を動かせることがわかった。…TADは40Hzまで十分すぎるほど有能で、重要な40-80Hzのオクターブで十分なミッドバスのパンチがあった。” “the little woofers ‘could move some air.’…the TADs were ‘more than competent down to 40Hz,’ with plenty of midbass punch in the critical 40-80Hz octave.” |
| avbox.jp 試聴レポート | “声に透明な陶磁器の釉薬が塗られているかのような滑らかな質感がある。次のトラックはどのように表現されるのだろうと思うワクワク感を感ずる。” |
音質の特徴(ジャンル別総合分析):
- クラシック (オーケストラ & 室内楽): CSTドライバーの点音源特性が最も輝くジャンルだ。オーケストラの各楽器の位置関係が、まるでステージを俯瞰しているかのように克明に描き出され、広大かつ深遠なサウンドステージが眼前に広がる 12。弦楽器群の繊細なテクスチャーから、金管楽器の咆哮まで、音が飽和することなく分離される様は圧巻だ 19。ただし、測定データが示す通り、パイプオルガンの最低域がもたらす教会の空気の振動といったものは表現しきれない 14。サイズを超えたスケール感はあるものの、地を揺るがすような物理的な重低音は、やはりサブウーファーの助けが必要となるだろう。
- ジャズ (ヴォーカル & インスト): ヴォーカリストの口元の動き、息遣い、感情の機微が、生々しいリアリティをもって伝わってくる 19。ピアノのアタックの鋭さ、シンバルレガートの金属的な輝きは、ベリリウムトゥイーターの恩恵でどこまでも澄み渡る 28。特にウッドベースの描写は秀逸で、弦を弾く指の感触、胴の響き、その全てのディテールが驚くべき解像度で再現される 17。ADSポートがもたらすタイトでハイスピードな低域は、ファンキーなジャズのグルーヴを実に小気味よく、リズミカルに描き出す。
- ロック / ポップス / EDM: TOTOのような緻密に作り込まれたスタジオ録音を聴くと、ME-1のモニターとしての出自が顔を出す。各パートが完璧に分離され、ミキシングエンジニアが意図したであろう音のレイヤー構造が手に取るようにわかる 29。キックドラムのアタックは、腹に響く「重さ」よりも、瞬発力のある「スピード感」で表現される 6。EDMのサブベースのような40Hz以下の持続的な低音は不得手だが、中低域のパンチ力はサイズからは信じられないほど強力だ 6。一部にはロックには不向きと感じる向きもあるかもしれないが 30、それは量感豊かな低音を求める場合の話。サウンドの解像度とスピードを重視するならば、これほどスリリングなロック再生は他にない。
興味深いのは、レビューによってME-1の音色が「やや暖色系」13 と評されたり、「リラックスしている」17 と表現されたりすることだ。これは、ME-1が持つ極めて高い解像度と低い歪み率ゆえに、接続されるアンプやソース機器のキャラクターをありのままに映し出す「音響的なカメレオン」としての性質を持っていることを示唆している。暖色系のアンプと組み合わせれば豊かでオーガニックに、ハイスピードなソリッドステートアンプと組み合わせれば分析的でクールに鳴る。つまり、ME-1は固定された音色を持つスピーカーではなく、ユーザーのシステム構築によって最終的な声が決まる、ポテンシャルの塊なのだ。
5. 評価
これまでの分析を基に、ME-1を5つの評価軸で採点する。
| 評価軸 | 採点 (5点満点) | 解説 |
|---|---|---|
| 技術性能 | ★★★★★ | CSTドライバー、ADSポート、MACCウーファーという3つの独自技術を高次元で融合。測定結果も極めて優秀で、技術的な妥協は見られない。小型3ウェイという難易度の高い設計を完璧にこなしている。 |
| 音楽的魅力 | ★★★★☆ | 圧倒的な解像度と音場表現力は、音楽に深く没入させてくれる。特にアコースティック楽器の再現性は比類ない。ただし、そのモニターライクな正確さが、一部のリスナーにはやや分析的に感じられる可能性も。最低域の不足は音楽ジャンルによってはマイナスとなる。 |
| ビルドクオリティ | ★★★★★ | 20kgという重量が物語る堅牢なエンクロージャー。ピアノブラックの塗装は工芸品の域に達している 17。ターミナルなどの細部も最高品質。まさに「一生もの」の作り込み。 |
| 価格対価値 | ★★★☆☆ | 絶対的な価格は非常に高い。しかし、搭載された技術の独自性とビルドクオリティを考慮すれば、同社のリファレンス機のエッセンスを凝縮した「TADへの入り口」としての価値はある。B&WやKEFの競合機と比較すると割高感は否めないが、その音は唯一無二。 |
| 将来性 / 修理性 | ★★★★☆ | TADはPioneer由来の安定した企業であり、サポート体制は信頼できる 31。後継機ME1TXが登場したが 4、基本設計の優秀さは色褪せない。中古市場でも一定の人気を保つと予想される。 |
バイアスチェック:
- ポジティブ要素: 異次元の音像定位、圧倒的なディテール、サイズを超えたダイナミクス、工芸品レベルの製造品質、ユニークなエンジニアリング。
- ネガティブ要素: 絶対的な価格の高さ、40Hz以下の重低音の欠如、低い能率によるアンプ選びのシビアさ、一部で指摘される高域のドライな質感 13。
結論として、ME-1は万人受けするスピーカーではない。その長所と短所は、TADが掲げる「ソースに忠実な音響再生」という哲学の、いわば光と影だ。この哲学に共感できるか否か、それがこのスピーカーを評価する上での最大の分岐点となるだろう。
6. 俯瞰的視点による分析
最後に、ME-1を単体の製品としてではなく、市場全体の中で捉え直してみよう。
TADのハウスサウンドとは何か?
ME-1の音は、TADの歴史そのものを凝縮している。それは、プロの現場で鍛え上げられた「高解像度」「高S/N」「正確な位相」という三原則だ 2。しかし、ME-1が単なる無味乾燥なスタジオモニターと一線を画すのは、その冷徹なまでの正確さの中に、豊かな響きと音楽的なまとまりを両立させている点にある。これは上位機種であるCE1やReference Oneと共通する思想であり、ME-1はTADサウンドの最もコンパクトな、しかし純粋な表現形なのである。
競合機との思想の違い
- vs. B&W 805 D4: B&Wは、より多くの聴き手にとって魅力的に聴こえる、ある種の華やかさとエネルギー感を巧みに演出する。ME-1と比較すれば、より「リスニングライク」なサウンドと言えるだろう 17。対するME-1は、よりストイックで、録音された情報の善し悪しをありのままに提示する。
- vs. KEF Reference 1 Meta: 最も直接的なライバルだ。同じ3ウェイ同軸構成という点で共通するが、KEFがアルミニウム振動板とMAT(メタマテリアル吸音技術)でニュートラルさを追求するのに対し、ME-1はベリリウムとマグネシウムという、よりエキゾチックな素材を用いて、さらなる透明性とスピードを追求する。低域に関しても、KEFの調整可能なリアポートがもたらす汎用性と、TADのADSポートが追求する特定の理想との間には、明確な思想の違いが見て取れる。
- vs. Magico A1: Magicoは、密閉型エンクロージャーと航空機グレードのアルミ筐体による「徹底した共振排除」を哲学とする。そのサウンドは極めてクリーンでハイスピードだが、ME-1がADSポートによって生み出す、開放的でスケール感のある響きとはまた異なる魅力を持つ。ME-1のサウンドを、より豊かでオーガニックだと感じるリスナーも少なくないだろう 19。
7. 結論 & 推奨ユーザー
長い旅路の終わりだ。この精密なる小型戦艦の羅針盤は、誰を指し示すのか。
このスピーカーを手にすべき人:
- 音の「実在感」とスピーカーの存在が完全に消え去るような、三次元的なサウンドステージを求める人。
- アコースティック楽器やヴォーカルの、演奏家の息遣いや指先のタッチといった微細なニュアンスまで聴き尽くしたい人。
- アンプやソース機器の選択によって、システムの音を積極的に作り込んでいくプロセスを楽しめる上級者。
- 「所有する喜び」を感じられる、工芸品レベルのプロダクトを愛する人。
このスピーカーを避けるべき人:
- 地を這うような重低音や、身体を揺さぶるような物理的な量感を最優先する人。
- アンプを選ばず、どんな機器でも気軽に鳴らせる高効率なスピーカーを求めている人。
- コストパフォーマンスを重視し、価格に見合うスペック(特に低域の伸び)を求める人。
- 録音の粗を気にすることなく、どんなソースでも楽しく音楽に浸りたい人。
総合評価(★×5)
★★★★☆ (4.5)
総評:
TAD Micro Evolution Oneは、ブックシェルフスピーカーという物理的制約の中で、考えうる最高の技術を惜しみなく投入し、「正確な音場再生」という崇高な理想を追求した、妥協なきエンジニアリングの結晶だ。その価格と低域の限界は、決して万人向けではない。しかし、その音に一度魅了された者にとっては、これ以外にないと思わせる強烈な説得力と、抗いがたい魅力を持っている。
そして、最後にこのスピーカーにふさわしい呼び名を。
「精密なる小型戦艦 (The Pocket Battleship)」
引用文献
- TAD Brand Story — TAD LABORATORIES, https://www.technicalaudiodevices.com/brand-story/chronology/
- tad history - TAD Brand Story — TAD LABORATORIES, https://www.technicalaudiodevices.com/brand-story/brand-story01/
- TAD MICRO EVOLUTION ONE - TAD-ME1 - TAD LABORATORIES, https://www.technicalaudiodevices.com/micro-evolution-one/
- Ta-da! TAD’s luxury standmounters tease magical sound – but all your money might disappear | What Hi-Fi?, https://www.whathifi.com/speakers/hi-fi-speakers/ta-da-tads-luxury-standmounters-tease-magical-sound-but-all-your-money-might-disappear
- Micro Evolution One TAD-ME1-S [シルバー 単品] - 価格.com, https://kakaku.com/item/K0001001211/
- TAD Micro Evolution One Loudspeakers - SoundStage! Ultra, https://www.soundstageultra.com/index.php/equipment-menu/770-tad-micro-evolution-one-loudspeakers
- TAD Micro Evolution One | House Of Stereo, https://houseofstereo.com/products/tad-micro-evolution-one
- TAD ME1 Micro Evolution One Bookshelf Speakers; Silver Pair w/ ST3 Stands, https://tmraudio.com/speakers/bookshelf-speakers-monitors/tad-me1-micro-evolution-one-bookshelf-speakers-silver-pair-w-st3-stands/
- TAD price list 2023-11-26.xlsx - Audiofile, https://audiofile.nl/wp-content/uploads/2024/09/TAD-Prijslijst-2024.pdf
- TAD ME1 - Reference Audio, https://www.referenceaudio.co.uk/tad-me1
- ME1.pdf - TAD LABORATORIES, http://www.technicalaudiodevices.com/s/ME1.pdf
- ME1 Micro Evolution One compact speaker - TAD Labs, https://tad.tokyo/en/audio/tad-me1-micro-evolution-one/
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- 2017 Golden Ear Awards: Neil Gader - The Absolute Sound, https://www.theabsolutesound.com/articles/2017-golden-ear-awards-neil-gader/
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- TAD Micro Evolution One Stand Mount Loudspeaker Review | StereoNET International, https://stereonet.com/reviews/tad-micro-evolution-one-stand-mount-loudspeaker-review
- TAD ME1 ブックシェルフ型スピーカー 試聴レポート オーディオ …, https://avbox.co.jp/reports/reports2023/2023-05-3
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- The refined CST Driver achieves superior wide-range reproduction with well controlled directivity, https://www.technicalaudiodevices.com/s/TAD_CompactReferenceOneTX_brochure.pdf
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- Magico A1 bookshelf speaker - Overture Ultimate Home Electronics, https://www.overtureav.com/brands/speakers/bookshelf/magico-bookshelf/magico-a1/
- Magico A1 - Scott Walker Audio, https://scottwalkeraudio.com/store/magico-a1-bookshelf-speaker/
- TAD Micro Evolution One loudspeaker Measurements | Stereophile …, https://www.stereophile.com/content/tad-micro-evolution-one-loudspeaker-measurements
- TAD Micro Evolution One loudspeaker | Stereophile.com, https://www.stereophile.com/content/tad-micro-evolution-one-loudspeaker
- 「TAD-ME1」の衝撃再び。TAD最新ブックシェルフ「TAD-ME1TX …, https://www.phileweb.com/sp/review/article/202503/31/6005.html
- TAD TAD-ME1: Reviews, Competitors, Used Pricing - ExtremeHiFi, https://www.extremehifi.com/product/tad-tad-me1-47B6
- TAD LABORATORIES, https://www.technicalaudiodevices.com/
- TAD’s Next Generation ME1TX Standmount Loudspeakers Aim to Shatter the Performance Ceiling Below $20000 - eCoustics, https://www.ecoustics.com/products/tad-me1tx/