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ワールドクラスの音質判断のための道しるべ。レビューで語られる音質表現の用語解説、クリティカルリスニングの技術、測定では捉えられない音の違いを解き明かす。
第I部:「静寂な」ネットワークという音響的要請
1.1 デジタルオーディオチェーンにおける見えざる敵:ネットワークノイズ
現代のネットワークオーディオにおいて、最高の音質を追求する上で避けて通れない課題が「ネットワークノイズ」の存在である。このノイズは、単なる電気的な干渉に留まらない。むしろ、オーディオ再生に無関係なデータパケットの奔流と、それを処理するためにオーディオ機器内部で発生する負荷という、より複雑な性質を持つ。
一般的な家庭内ネットワークは、PC、スマートフォン、IoT家電など多数のデバイスが常にユニキャスト、マルチキャスト、ブロードキャストといった形式で通信し合う、混沌とした環境である。特にIoT機器が常時発する「呼びかけ(マルチキャスト)」や、ネットワーク全体に送信されるブロードキャストパケットは、時に「ブロードキャストストーム」と呼ばれる飽和状態を引き起こし、ノイズの多いデータ環境を生み出す。
このネットワークに接続されたネットワークオーディオプレーヤー(ストリーマー)は、音楽データと共にこれらの膨大な不要パケットを受け取ることになる。プレーヤー内部のOSとCPUは、この不要なデータを能動的に処理し、破棄するという作業を絶えず強いられる14。このデータ処理活動こそが、音質劣化の根源的なメカニズムである。CPUへの負荷やメモリアクセスは、プレーヤーのデジタル回路内で微細な電流変動を引き起こす。この変動が、高周波の電気的ノイズとなり、DAC(デジタル-アナログ変換器)やアナログ出力段と共有されている繊細な電源供給やグラウンドプレーンを汚染してしまうのである。
したがって、音質劣化の主たる要因は、LANケーブルを伝わって侵入するノイズそのものよりも、むしろ「汚れた」ネットワークストリームを処理しようと奮闘するオーディオ機器自身が「内部で生成するノイズ」にある。ネットワークは単にノイズを運ぶだけでなく、オーディオ機器に自らノイズを生成させることを強いているのである。ネットワーク分離を施した機器のレビューで一貫して「背景が静かになる」「S/N比が向上する」と評価されるのは22、この内部生成ノイズが低減されることに起因する。不要なパケットがプレーヤーに到達するのを防ぐことで、CPUの処理負荷が劇的に軽減され、結果としてDACがその性能を最大限に発揮できる静かな内部環境が実現されるのだ。
1.2 分離の原則:オーディオ専用聖域の創出
この問題に対する解決策が、オーディオ用ネットワークを家庭内の一般ネットワークから論理的または物理的に分離する「ネットワーク分離(セグメンテーション)」という考え方である。その目的は、オーディオ機器のためだけの「純粋なネットワーク空間」を構築することにある 3。
この分離は、二台目の専用ルーターを設置する「二重ルーター」構成や、より高度な仮想LAN(VLAN)、ポート分離といった技術を用いて実現される 3。このアプローチは、いわばオーディオデータのために、家の中の喧騒から隔離された「防音室」を用意するようなものだ16。不要なトラフィックがオーディオ機器に到達すること自体を防ぐことで、機器側でのノイズの多いフィルタリング処理を不要にする。
このネットワーク分離という概念は、実はオーディオの歴史において目新しいものではない。むしろ、プリアンプとパワーアンプ、あるいは電源部を別筐体にするなど、伝統的なハイファイオーディオが長年培ってきた「コンポーネント分離」の哲学を、現代のネットワーク環境に適用したものと捉えることができる11。高電流を扱うパワーアンプ部を、微弱な信号を扱うプリアンプ部から物理的に隔離することで相互干渉を防ぐように、ネットワークオーディオにおけるデータ分離は、オーディオデータストリームを他の家庭内トラフィックという「ノイズ源」から論理的に隔離する。これは、ハイファイオーディオにおける「分離による高音質化」という中核的な原則が、データ中心のドメインへと正統に進化した姿なのである。
第II部:開拓者のアプローチ - オーディオ純化のための汎用ルーター活用
2.1 DIYの探求:ITハードウェアへの活路
ネットワーク分離という概念がオーディオ専用製品として確立される以前、熱心なオーディオ愛好家たちは、YAMAHAのRTXシリーズやNVRシリーズに代表される高機能ルーターが、オーディオネットワークを純化するための強力なツールとなり得ることを発見した。
このDIYアプローチは、単一の手法ではなく、大きく分けて二つの潮流が存在した。一つは物理的なネットワーク階層を追加する「二重ルーター」構成、もう一つは単一のルーター内で論理的な壁を築く「ポート分離」や「VLAN」である。
2.2 手法1:二重ルーター構成(物理的分離)
最も直感的で理解しやすいのが、二重ルーター構成である 3。これは、既存の家庭用ルーター(親機)のLANポートから、オーディオ専用に用意した2台目のルーター(子機)のWANポートへ接続する手法だ。
この構成により、オーディオ機器群(ネットワークプレーヤー、NASなど)は、子ルーターが作り出す完全に新しい、独立したネットワークセグメント(例:192.168.100.x)に所属することになる。一方、PCやスマートフォン、IoT家電などは親ルーターのネットワーク(例:192.168.1.x)に留まる。
この手法の最大の利点は、物理的な配線によってネットワークが明確に分離されるため、概念的に理解しやすいことである。子ルーターは親ルーターから見れば単一のデバイスに過ぎず、親機側のネットワークで発生するブロードキャストパケットの嵐は、原則として子機側のオーディオネットワークには到達しない。これにより、特別な機能を持たないルーターであっても、比較的容易にオーディオネットワークの「聖域化」を実現できたのである。
2.3 手法2:単一ルーターによる論理的分離
よりエレガントな手法として、一台の高機能ルーター内でネットワークを論理的に分割する方法が探求された。これには、YAMAHAルーターなどが備える「ポート分離」や「VLAN」といった機能が用いられた。
ポート分離機能:
これは、同じルーターの複数のLANポートを、あたかも別々のネットワークであるかのように扱う機能である 15。例えば、LAN1〜4のポートを持つルーターで、ポート1(オーディオ機器)とポート2〜4(一般機器)の間の直接通信を禁止する、といった設定が可能だ 16。これにより、一般機器が発生させる不要なトラフィックがオーディオ機器の接続されたポートに流れ込むのを防ぐことができる。この機能は、VLAN(特にタグVLAN)ほど柔軟ではないが、よりシンプルにポート間の壁を構築する有効な手段であった。YAMAHA NVR510のような機種もこのポート分離機能を備えている 20。
VLAN (Virtual LAN):
VLANは、ポート分離をさらに発展させた、より強力で柔軟な技術である 3。物理的な接続とは無関係に、ルーターやスイッチの設定によって論理的なネットワークグループ(VLAN)を作成する。例えば、YAMAHA RTX810のようなタグVLAN (IEEE 802.1Q) 対応機種では、オーディオ機器用の「VLAN 10」と一般機器用の「VLAN 20」を作成し、ポートごとに所属VLANを割り当てることができた 21。
この手法の真価は、VLAN間の通信をファイアウォールで厳密に制御できる点にある。例えば、「VLAN 20のスマートフォンからVLAN 10のプレーヤーへの操作(Roonなど)は許可するが、VLAN 20からVLAN 10へのブロードキャストは全て遮断する」といった、きめ細やかなルール設定が可能であった 22。
2.4 音響的対価と実践的課題
これらのDIYアプローチは、成功すれば大きな音質的対価をもたらしたが、同時に高いハードルも存在した。
その対価として、この設定を成功させたユーザーは、知覚される空間の広がり、ボーカルや楽器の質感の向上、そして音楽要素間の分離改善といった、顕著な音質向上を報告している 22。この主観的な評価は、実際にパケットキャプチャによる分析でも裏付けられており、オーディオプレーヤーに到達する不要なパケットが劇的に減少することが示されている 22。
一方で、最大の課題はその技術的な複雑さにあった。特にVLANやポート分離の詳細な設定は、ネットワーク技術に精通した一部のユーザーのみが享受できるものであり、一般のオーディオファンにとっては参入障壁が高かった 22。設定ミスは単に音質が向上しないだけでなく、ネットワーク全体の接続不能といった深刻な事態を招く可能性もあった。
このDIYアプローチは、その有効性にもかかわらず、オーディオ愛好家コミュニティ内に大きな「知識格差」を生み出した。それは強力なテクニックであったが、その恩恵は一部の専門知識を持つユーザーに限定されていた。この状況が、後に登場するTOP WING DATA ISO BOXのような、専門知識を不要とし、同様の恩恵を誰もが享受できる製品が生まれるための市場機会を創出したのである。
第III部:現代的解決策 - TOP WING DATA ISO BOX
3.1 新たなパラダイム:専用ネットワーク分離装置の登場
DIYによるネットワーク分離の有効性が一部で認知される中、その複雑さを解消し、誰もが高音質化の恩恵を受けられるように設計された製品が登場した。それが、TOP WINGの「DATA ISO BOX」である。
この製品は、「オーディオ専用ルーター」または、より正確には「ネットワーク・セパレーター」として市場に投入された8。その唯一の目的は、オーディオ機器のためにノイズから隔離された「静かなネットワーク空間」を創出することにある8。これは、先駆者たちが高機能ルーターを用いて行っていたネットワーク分離という中核的な原理を、オーディオ専用に設計された、ユーザーフレンドリーな筐体にパッケージングしたものである8。
その最大の特長は、設置の簡便さにある。既存の家庭用ルーターとオーディオ機器の間に接続するだけで、複雑な設定を一切行うことなく、ネットワーク分離が完了する8。これは、コマンドラインや難解な設定画面と格闘する必要があったDIYアプローチとは対極をなすものである。
3.2 設計思想と技術的アーキテクチャ
DATA ISO BOXの設計思想は、汎用ルーターとは根本的に異なる。その価値は多機能性ではなく、オーディオ再生に特化した「ミニマリズム」にある。
ハードウェア面では、業務用ルーターなどで採用実績のある信頼性の高いCPUをベースに設計されているが、意図的に最高スペックのCPUは採用されていない。これは、高性能すぎるCPU自体がノイズ源となり得るため、タスクに対して「ちょうど良い」処理能力のプロセッサを選択するという、音質を最優先した判断である8。また、メモリには信頼性の高いSK hynix製の産業用DRAMが採用されている8。
ソフトウェアは、「何も足さない、何も引かない」という哲学のもと、オーディオ専用に徹底的に最適化されている8。汎用ルーターに搭載されているような、オーディオ再生に不要な機能はすべて削ぎ落とされ、DATA ISO BOX自体が新たなノイズ源となったり、動作が不安定になったりすることを防いでいる。
物理的なポート構成も、その機能を明確に反映している。入力は上流のルーターに接続する「ROUTER」ポートが1つ、出力はオーディオ機器を接続する3つの「Audio」ポートと、専用アクセスポイントを接続するための「AP」ポートが1つ用意されている8。この物理的なポートの区別は、内部で行われている論理的なネットワーク分離をユーザーが直感的に理解する助けとなる。
この設計思想の対比は重要である。業務用高機能ルーターの価値がそのパワーと柔軟性(多機能性)にあるとすれば、DATA ISO BOXの価値は機能の「欠如」と目的に対する「特化」にある。これは、強力だが扱いにくい「道具」から、洗練された単一目的の「楽器」への進化を意味し、ネットワーク分離という概念の成熟を示すものである。
3.3 エコシステムの力:OPT APとOPT ISO BOXの統合
TOP WINGは、ネットワーク分離が単一の機器で完結する問題ではないことを理解しており、包括的なエコシステムを構築している。
DATA ISO BOXを単体で使用すると、有線接続されたオーディオ機器はノイズの多い家庭内ネットワークから隔離される。しかし、スマートフォンやタブレットのアプリでこれらの機器を操作するためにはWi-Fi接続が必要であり、家庭用のWi-Fiに接続してしまっては、せっかく構築した分離が無意味になってしまう。
この課題を解決するのが、専用のオーディオ用Wi-Fiアクセスポイント「OPT AP」である 。OPT APはDATA ISO BOXの専用「AP」ポートに接続され、オーディオ操作専用のクリーンで独立したWi-Fiネットワークを構築する。これにより、完全な分離を維持したまま、利便性の高い操作性を両立させる(「音質と利便性の両立」)。OPT APもまた、DATA ISO BOXと同様に不要な機能を排除し、ノイズ発生を抑制する設計となっている 。
さらに高度な分離を求めるユーザーのために、TOP WINGは「OPT ISO BOX」という光LANアイソレーターも提供している 。これは、標準的なRJ45のLAN信号を一度光信号に変換し、短い光ファイバーケーブルを介して伝送した後、再び電気信号に戻す装置である。これにより、上流のネットワークとオーディオ機器との間の電気的な接続を完全に遮断し、グラウンドループや伝導ノイズを根絶する 1。究極のパフォーマンスを求める場合、DATA ISO BOXとの併用が推奨されている 。
このエコシステムの存在は、TOP WINGの多層的な問題解決アプローチを明らかにしている。
- 論理的分離(何を): DATA ISO BOXがオーディオの「データトラフィック」を分離する。
- 制御経路の分離(どうやって): OPT APが、ノイズを再導入することなく分離されたシステムを「制御する」という問題を解決する。
- 電気的分離(物理的に): OPT ISO BOXが、物理的なケーブルを伝わる「電気的ノイズ」という、関連するが別の問題に取り組む。
このシステム全体でのアプローチは、単なるDIYルーターの設定では容易に実現できない、深く練られたソリューションであり、TOP WINGがネットワークに起因する音質劣化の要因を、極めて多角的かつ本質的に理解していることを示している。
3.4 静寂がもたらすサウンド:評論家とユーザーレビューの統合
DATA ISO BOXとそのエコシステムがもたらす音質改善効果は、多くの評論家やユーザーによって一貫して高く評価されている。
最も共通して報告されるのは、S/N比の劇的な向上、すなわち「背景の静寂さ」である 。この静寂の中から、これまで聴こえなかった微細なディテールが浮かび上がり 2、サウンド全体が「霧が晴れたように」あるいは「カメラのピントが合ったように」クリアで透明になる 。
空間表現においては、サウンドステージがより広く、深く、立体的に展開されるようになり 、個々の楽器やボーカルの定位、分離が格段に明瞭になる 。
音色やリアリズムの面では、音がより「芯のある」「ソリッドな」ものになり 、有機的で生々しい質感が増す。レビューでは「模擬剣が真剣になった」といった比喩や 、「リアルすぎて鳥肌が立った」という表現が用いられるほど、その効果は音楽の根源的なリアリティに訴えかける 。
ただし、注意点も指摘されている。一部のユーザーは、そのソリッドで色付けのないサウンドを、やや分析的あるいは聴き疲れするものと感じる可能性があり、好みに応じてケーブル類での調整が必要になるかもしれない 。また、最終的な音質は使用する電源に大きく左右され、付属のACアダプターはあくまで出発点であり、高品質なリニア電源などに交換することで真価が発揮されるとの意見がある 3。
第IV部:比較分析と市場における位置付け
4.1 直接対決:DIYの創意工夫 vs. 専用設計のエンジニアリング
DIYアプローチと専用製品との違いを明確にするため、以下の比較表にその特徴をまとめる。この表は、両者が同じ問題に対して、いかに異なる哲学とアプローチで臨んでいるかを浮き彫りにする。一方は強力な汎用ツールであり専門的な設定を要するのに対し、もう一方は使いやすさと音響的純度を追求した特殊な専用機器である。
表1:汎用ルーター活用 (DIY) vs. TOP WING DATA ISO BOX の思想と特徴の比較
項目/側面 | 汎用ルーター活用 (DIYアプローチ) | TOP WING DATA ISO BOX (専用ソリューション) |
---|---|---|
基本概念 | 法人向け・高機能ルーターをオーディオ用途に転用 | オーディオ専用に設計された「ネットワーク・セパレーター」または「トランスポート」 |
主要技術 | 二重ルーター構成、VLAN (ポートベース/タグ)、ポート分離機能の手動設定 | 事前設定済み、ソフトウェアで最適化されたネットワークセグメンテーション |
ハードウェア思想 | 企業のIT信頼性と多用途性のために設計された、強力で機能豊富なハードウェア | 低ノイズのオーディオ性能のために特別に選択されたコンポーネント(特定のCPU、産業用RAMなど)を用いたミニマリストなハードウェア |
ソフトウェア思想 | 膨大なネットワーク機能を備えた、複雑で高度に設定可能なOS | 「何も足さない、何も引かない」思想。不要なプロセスをすべて排除した、簡素化・最適化されたソフトウェア |
使いやすさ | ある程度のネットワーク知識(CLI、Web GUI、IP体系、ファイアウォール)が必要 | プラグアンドプレイ。一般のオーディオ愛好家向けのシンプルさと使いやすさを追求 |
コスト | 中古ハードウェアは非常に安価 (¥4,000 - ¥8,000)。時間と知識という「コスト」がかかる | 中程度の初期投資 (本体¥55,000、バンドルセット¥77,000) |
エコシステム | アドホック。ユーザーは自身でスイッチやアクセスポイントを調達・設定する必要がある | シームレスに連携するよう設計された統合エコシステム(OPT AP, OPT ISO BOX) |
ターゲットユーザー | 予算を重視し、技術的に熟達したDIY愛好家や実験好きのユーザー | 性能、利便性、メーカーサポートを重視する本格的なオーディオ愛好家 |
4.2 ハイエンド市場の動向:DATA ISO BOXの位置付け
DATA ISO BOXの存在意義と価格設定を理解するためには、より広範な市場コンテキストを把握することが不可欠である。オーディオグレードのネットワーク機器市場は、ハイエンドの領域で先行している。
例えば、Taiko Audioの「Extreme Router」(約1,771,000円)やSynergistic Researchの「Network Router UEF」(約726,000円)といった製品が存在する 5。これらの製品は、筐体を銅の塊から削り出す、巨大なリニア電源を搭載する、独自のPCB(プリント基板)を開発するなど、コストを度外視した極端なエンジニアリングによって製造されている。
Synergistic Researchはアルケミスト。彼らは秘伝の呪文と独自のフィールド理論を駆使する。Taiko Audioは絶対性能の求道者。彼らは重厚な銅の塊から、デジタル再生の理想郷という名の、難攻不落の要塞を築き上げる。 DATA ISO BOXの存在は、第三の選択肢を提示するものである。それは、ネットワークアーキテクチャの基本を、ただシンプルに、そして正しく適用することによって十分な音質的利益が得られるのだという主張である。
しかし、Taiko Audioを単なる物量投入の権化と見なすのは、その本質を見誤るだろう。彼らのアプローチは、収穫逓減の法則が支配する世界ではなく、その法則の適用範囲外にある「絶対性能の追求」という領域に存在する。これは、F1マシンにファミリーカーの燃費を問うようなもので、そもそも評価の土俵が異なるのだ。Taikoのユーザーが報告する「変革的」とも言える体験は、最後の1%を絞り出すために指数関数的なコストを厭わない、超ハイエンドの世界の論理を体現している。
TOP WINGの主張は理解可能であり、検証可能だ。Synergistic Researchの主張は、従来の物理学の枠外で語られるため、ある種の信仰心を要求する。Taikoの主張は、堅牢なエンジニアリング原則を極限まで推し進めたものであり、その根底にある思想は論理的だが、そのスケールは演劇的ですらある。DATA ISO BOXが懐疑論者とエンジニアのための機器であるとすれば、Synergistic Researchはその信仰者のための、そしてTaiko Audioは、コストを度外視してでもデジタルの頂点を極めたいと願う、求道者のための機器なのかもしれない。
表2:オーディオ用ネットワークルーター/セパレーターの市場ポジショニング
階層 | 代表的な製品 | 参考価格帯(日本円) | 主な特徴 |
---|---|---|---|
DIY/エントリー | YAMAHA RTX810 / NVR510 (中古) | ¥4,000 - ¥10,000 | 高い技術スキルが必要。転用ハードウェア。実装により結果が変動。 |
愛好家/ミドル | TOP WING DATA ISO BOX (+ OPT AP) | ¥55,000 - ¥77,000 | 専用設計、プラグアンドプレイ、最適化ソフトウェア、統合エコシステム。 |
ハイエンド | Synergistic Research Network Router UEF | 約 ¥726,000 | サードパーティ製ハードウェアに大規模な改造。独自のノイズ・共振対策技術を多数投入。 |
超ハイエンド/ステートメント | Taiko Audio Extreme Router | 約 ¥1,771,000 | コスト度外視の設計。特注ハードウェア(銅削り出し筐体など)、極端な電源部。 |
この市場マップは、DATA ISO BOXが占める独自のニッチを明確に示している。DIYソリューションよりは高価だが、ハイエンド製品と比較すれば桁違いに手頃であり、本格的なオーディオファンにとっての「スイートスポット」となり得る可能性を秘めている。
第V部:結論と提言
5.1 ニッチな工夫から製品カテゴリへ
ネットワークオーディオにおける分離の実践は、一部の先駆者による「工夫」(DIYによる汎用ルーター活用)から、確立された正当な「製品カテゴリ」へと進化した。TOP WING DATA ISO BOXは、この成熟を象徴する製品である。それは、初期のDIYの基本原則を捉えつつ、その実装とアクセシビリティを大幅に改善し、洗練され、信頼性が高く、ユーザーフレンドリーなソリューションを提供する。初期の導入者たちの洞察を、見事に製品化へと昇華させたのである。
5.2 静寂を求める者への、三つの道筋
オーディオネットワークの純化という目標に至る道は、一つではない。それは、リスナーがオーディオに何を求め、どこまでの投資を是とするかという価値観によって分岐する、三つの異なる道筋なのである。
第1の道:プラグマティックな純化の道(TOP WING DATA ISO BOX)
この道は、論理とコストパフォーマンスを重視する、現実的な探求者のためのものである。あなたは、ネットワークノイズが音質に与える影響を理論的に理解し、その問題を、専門知識や過大な手間をかけることなく、エレガントに解決したいと考えている。システムの音色を大きく変えるのではなく、まずはデジタル信号の土台を固め、S/Nや透明度といった基礎性能を確実に向上させたい。55,000円という投資で、これまで一部のDIYユーザーしか享受できなかった「ネットワーク分離」の恩恵を手に入れられるという事実に、明らかな価値を見出すだろう。DATA ISO BOXは、あなたのための機器である。
第2の道:職人的探求の道(YAMAHAルーター等によるDIY)
この道は、自らの手でシステムを構築し、そのプロセス自体に喜びを見出す、実践的な職人のためのものである。あなたは、ネットワークの仕組みを学ぶことを厭わず、中古の高機能ルーターを低価格で手に入れ、試行錯誤を繰り返しながら、最小のコストで最大のリターンを得ることに挑戦したい。VLANやポート分離といった言葉に臆することなく、自らの知識と時間こそが最大のオーディオアクセサリーであると信じている。あなたにとっては、完成された製品を買うことよりも、自らの手で「静寂」を勝ち取ることにこそ、価値があるのだ。
第3の道:絶対性能主義/神秘主義への巡礼の道(Taiko Audio / Synergistic Research)
この道は、価格という制約から解放され、デジタル再生の理想郷を追求する、求道者のためのものである。あなたにとって、オーディオは趣味や娯楽を超えた、芸術探求の旅そのものだ。
- もしあなたが、ネットワークを単なるインフラではなく、音楽表現を司る中核コンポーネントと捉え、その絶対的な制御に投資を惜しまないのであれば、Taiko Audioの門を叩くべきだろう。15kgの銅塊から削り出された筐体と、仮想マシンまで実行する強力な頭脳がもたらす「絶対的な静寂」は、他の何物にも代えがたい体験となるに違いない。
- もしあなたが、ネットワーク機器を、システム全体の音色や響きを積極的に作り上げる「音響コンポーネント」として捉えるのであれば、Synergistic Researchの世界があなたを待っている。独自のフィールド理論や素材工学がもたらす、特有のハウスサウンドや音楽的色彩感は、あなたのシステムに最後の魔法をかけるピースとなるかもしれない。
総合評価 (DATA ISO BOX):★★★★☆ (4.5 / 5)
本機は、そのカテゴリーにおける価格対性能比を再定義する、画期的な製品である。それは、DIYの複雑さと、超ハイエンドの価格的障壁の間に、堅牢かつ論理的な橋を架ける試みだ。満点に至らない半星は、そのポテンシャルを完全に解放するためにはアフターマーケットの電源が推奨される点、そしてその物理的な形態が、あくまで機能的であり、所有欲を掻き立てるものではないという点に起因する。
引用文献
1. ネットワークオーディオ向けにVLANを設定 | こいけいろぐ KoikeiLog - FC2, https://surf2koike.blog.fc2.com/blog-entry-416.html
2. NVR500(YAMAHA製ルータ)に050のIP電話(VoIP)を設定する方法 | デジタルな出来事, https://www-blog.aobaclub.com/nvr500_voip_050
3. 『音質改善にチャレンジ』ネットワークオーディオ沼入門(二重 …, https://audiocolumn.com/netaudio/11077/
4. OPT ISO BOX を色々と試してみた感想③電源の変更&まとめ, https://ameblo.jp/t-tahoe-t/entry-12880402919.html
5. Synergistic Research Ethernet Switch - Positive Feedback, https://positive-feedback.com/reviews/hardware-reviews/synergistic-research-ethernet-switch-uef/
6. Extreme Router and DC Power Distributor User Feedback – Taiko …, https://taikoaudio.com/taiko-2020/news/extreme-router-and-dc-power-distributor-user-feedback/
7. 新製品情報 TAIKO AUDIOのEXTREME ROUTERとDC POWER DISTRIBUTORが凄い!常設展示も決定!!, https://sisaudio.blogspot.com/2024/04/taiko-audioextreme-routerdc-power.html
8. ルーター「DATA ISO BOX」+アクセスポイント「OPT-AP」セット | トップウィング - ジョーシン, https://joshinweb.jp/av/309/4589631464956.html
9. ネットワーク・アタッチト・レシーバー(NAR) 〜ネットワークオーディオにおけるセパレート化 - Sonore, https://sonore-audio.jp/Network_Attached_Receiver.html
10. 「今までの音はなんだったんだ」39600円の“光アイソレーション”「TOP WING OPT ISO BOX」を試す, https://av.watch.impress.co.jp/docs/review/review/1655377.html
11. ネット・オーディオ対応! ピュアオーディオを超えるセパレート, http://www.ippinkan.co.jp/airbow/product/pdf/AV-MM7005.pdf
12. 【中古】YAMAHA ギガアクセスVPNルーター RTX810, https://nwkoubou.jp/SHOP/RTX810.html
13. 「VLAN無しのスイッチによるルーティング」(1) Master of IP Network - ITmedia, https://atmarkit.itmedia.co.jp/bbs/phpBB/viewtopic.php?topic=19739&forum=11
14. オーディオルーター【二重ルーター】音質評価(1)バッファロー製でオーディオ専用セグメント化, https://ameblo.jp/hirano2828/entry-12885228074.html
15. 部門ごとに社内ネットワークを構成する(LAN1ポートをポート別に分ける) - ヤマハネットワーク製品, https://network.yamaha.com/setting/router_firewall/security/lan_side/divide_network-rtx1200
16. Yamaha RTX ルータのポート分離(Private VLAN)設定例 …, https://changineer.info/network/yamaha_router_rtx/yamaha_router_rtx_vlan_private_example.html
17. ヤマハ NVR510 レビュー評価・評判 - 価格.com, https://review.kakaku.com/review/K0000880251/
18. 無線機能ポートセパレート - NTT東日本 Web116.jp, https://web116.jp/shop/hikari_r/guide/600ki/7-a-l/m01_m42.html
19. ポート分離機能 - RTpro, https://www.rtpro.yamaha.co.jp/RT/docs/port-split/index.html
20. NVR700W NVR510 - ヤマハネットワーク製品, https://network.yamaha.com/support/download/catalog/nvr700w_nvr510.pdf
21. RTX810 特長 - ヤマハネットワーク製品 - Yamaha Corporation, https://network.yamaha.com/products/routers/rtx810
22. ルーターによるネットワークオーディオ向けセグメント分離の効果 …, https://surf2koike.blog.fc2.com/blog-entry-423.html