我々がオーディオ再生において追い求めるものは、突き詰めれば一つの問いに行き着く。それは「実在感」とは何か、という問いである。録音された音楽という、もはや実存しない時空間の断片を、我々のリスニングルームという物理空間に如何にして再構築するか。この難題に対し、多くのメーカーは信号の純度を高めるという工学的アプローチで挑んできた。しかし、Synergistic Research(以下、SR)というブランドは、常にその斜め上を行く。彼らは、信号経路を取り巻く「場」そのものを変容させることで、リアリティの次元を一つ引き上げようと試みる、言わば音響の錬金術師である。
今回レビューするNetwork Router UEFは、その哲学の最新の到達点と言えるだろう。ストリーミングオーディオが主流となった現代において、ノイズの源流であるネットワーク経路にメスを入れるという発想自体は、もはや珍しいものではない。しかし、SRが提示するソリューションは、他社のそれとは根本的に次元が異なる。これは単なるルーターではない。SRが長年培ってきた技術群を凝縮し、デジタル信号が通過する聖域を創り出すための、一つの完結した小宇宙なのである。本稿では、この神秘的な黒い箱が内包する技術と思想を解き明かし、それが我々の聴覚体験をどこまで変容させ得るのか、その深淵を覗き込んでみたい。
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ワールドクラスの音質判断のための道しるべ。レビューで語られる音質表現の用語解説、クリティカルリスニングの技術、測定では捉えられない音の違いを解き明かす。
Synergistic Research Network Router UEF — Overview
- メーカー: Synergistic Research
- 型番: Network Router UEF
- 発売日: (明確な日付は不明だが、Ethernet Switch UEFの成功を受けて開発された姉妹機) 1
- 価格帯:
主要スペック
- 筐体: 航空機グレードのアルミニウム削り出しシャーシ、カーボンファイバー製トップカバー
- 内部コンポーネント:
- カスタム設計のリニア電源
- 特許取得の電磁(EM)セル
- 地球のシューマン共振の調波を利用したデュアル周波数ULF(超低周波)ジェネレーター
- パッシブグラウンドコンディショナー
- 接続端子: ギガビットイーサネットポート x5 (RJ45)
- 特記事項: Wi-Fi機能は意図的に排除されている。ワイヤレス接続が必要な場合は、別途アクセスポイントを接続する必要がある。
- 付属アクセサリー:
- Synergistic Research Purple Fuse または Pink Fuse (※資料により記載が異なる)
- カスタム・カーボンファイバー・チューニングディスク
1. レビューまとめ
本機を巡る言説は、Synergistic Researchというブランドが常にそうであるように、熱烈な賞賛と根深い懐疑論という二つの極に分かれている。その評価の分布を概観することは、本機の性格を理解する上で不可欠な第一歩となるだろう。
メディア | 引用抜粋 (和訳+原文) | 評価点 |
---|---|---|
hifi.nl | 「うわっ!これは予想外だった。生命感、ディテール、喜び、レイヤー…言い換えれば、今、そこには音楽があるのだ。…滑らかな再生を実現し、鋭さを取り除く。広くて深く、高いステレオイメージを創り出す。」(“Whow! This was not what I expected. There’s the life, the details, the joy, layers, said in other words: now, there’s music… Makes for a smooth reproduction and removes sharpness. Creates a stereo image that is wide, deep and high.”) | ★★★★★ |
ユーザーレビュー (Alex G.) | 「私が聴く変化は、音楽に新たな次元を加えたようだ!…これは私がこれまで試聴したストリーミングオーディオの全てのコンポーネント/トゥイーク/エンハンスメントの中でNo.1のデバイスであり、絶対的な必需品だ。」(“The changes I hear seem to have added another dimension to music!… It is N1 device out of all components/tweaks/enhancements for streaming audio I’ve auditioned to date and an absolute must-have.”) | ★★★★★ |
AudioShark Forum | 「それは私の全ての音像にピンポイントのフォーカスを与えてくれ、私はまだ畏敬の念に打たれている。…僅かなスムージングを伴ったディテールの向上と、死のような静寂のノイズフロアがある。」(“It has given me such pinpoint focus of all images that I’m still in awe… There is more detail with a touch of smoothing and the noise floor… is deathly quiet.”) | ★★★★☆ |
PS Audio Forum | 「疑似科学というのは寛大な表現だ。…Synergistic Researchのような、疑似科学の宣言に依存するメーカーを私は全く尊敬しない。これは意図的に消費者を誤解させるものだ。」(“Pseudo science is being generous… I have no respect for manufacturers, such as Synergistic Research, which rely on declarations of pseudoscience. This deliberately misleads consumers.”) | ★☆☆☆☆ |
バイアス評価:
- hifi.nl: メーカー提供サンプルによるレビューの可能性が高い。非常に熱狂的なトーンは好意的バイアスを示唆するが、内部のMikroTIK製ボードを特定するなど技術的洞察もあり、単なる提灯記事とは断じ難い。
- ユーザーレビュー (Alex G.): メーカー公式サイトに掲載された個人の感想であり、ポジティブ・セレクションバイアスが強くかかっている。ブランド支持者の熱狂を示す例として参考になるが、客観的評価の重みは極めて低い。
- AudioShark Forum: SR製品群(ルーム)に投資した長期ユーザーの意見であり、自身の選択を正当化したいという確証バイアスが働く可能性がある。しかし、「僅かなスムージング」といったSRのハウスサウンドを的確に表現しており、その洞察は貴重である。
- PS Audio Forum: 本製品を直接試聴した上での評価ではなく、ブランドのマーケティング手法(例:「量子トンネリング」)に対する批判である。懐疑派の視点を代表する重要な意見だが、音質そのものへの評価とは切り分けて考える必要がある。
集計: これらのレビューを総合すると、評価は明確に二極化していることがわかる。一方には、実際に導入したユーザーや一部のレビュアーから寄せられる「音楽体験が一変した」「新たな次元が開けた」といった、ほぼ満点に近い熱狂的な賛辞が存在する。他方では、SR社独自の検証困難な技術や、「疑似科学的」とも評されるマーケティング言語に対する根強い不信感から、その価値を根本的に疑問視する声が確実に存在する。この製品の評価とは、単なる音質の良し悪しではなく、リスナーがオーディオに何を求め、何を信じるかという、より根源的なスタンスを問うものと言えるだろう。
2. 哲学と技術の融合点
Network Router UEFの心臓部を理解するためには、まずその構造を分解し、平凡な土台の上に如何に非凡な楼閣が築かれているかを見極めねばならない。オランダのメディアhifi.nlのレビューによれば、本機の基盤となっているのはラトビアのネットワーク機器メーカー、MikroTIK社のルーターボードであるという 5。これは極めて重要な事実だ。つまり、本機の魔法の源泉は、基本的なルーティング機能そのものではなく、SRがその上に施した徹底的な「調律」にあることを示唆しているからだ。
この調律こそが、SRの設計哲学の核心である。彼らはこの一台の箱の中に、自社が誇る主要技術を惜しげもなく投入した。それはさながら「箱の中のエコシステム」とでも言うべき様相を呈している。
- リニア電源: 同社の高性能リニア電源(LPS UEF)に匹敵するカスタム電源を内蔵 2。
- 電磁コンディショニング: Tranquility Podに類似した電磁(EM)セルがAC電源とデジタル信号の両方を調整する 2。
- ULFジェネレーター: FEQ Carbonのような超低周波発生器が、シューマン共振の調波でユニット全体をアクティブにシールドする 1。
- グラウンド処理: SR Ground Blockと同様の思想に基づくパッシブグラウンドコンディショナーを搭載 2。
これら一つ一つが、SRのラインナップでは独立した製品として成立するほどの技術である。それを一台のルーターに統合したという事実は、SRがネットワークノイズを単一の問題としてではなく、電源、電磁波、振動、グラウンドといった相互に関連し合う複合的な汚染として捉えていることの証左に他ならない。航空機グレードのアルミニウム削り出し筐体やカーボンファイバー製の蓋も、単なる意匠ではなく、共振を最適に制御するための必須要素として組み込まれているのだ 1。
このアプローチは、オーディオ用ネットワーク機器市場における他の先鋭的な製品群と比較することで、その独自性がより鮮明になる。特に、同じく「オーディオ専用ネットワークの構築」という目的を掲げるTOP WING DATA ISO BOXやTAIKO AUDIO EXTREME ROUTERは、それぞれ異なる哲学でこの難題に挑んでいる。
TOP WING DATA ISO BOXは、低価格と簡便さでオーディオ用ネットワーク分離の機能を提供するとともに、OPT APとの組み合わせによりWi-Fiアクセスポイントを別筐体の光接続ユニットとして提供する点にその核心があるようだ 22。これは、ノイズ源である無線機能をオーディオネットワークの中枢から物理的かつ光学的に完全に切り離すというアプローチである。一方、TAIKO AUDIO EXTREME ROUTERは、よりソフトウェアとハードウェアの両面からデータフローそのものを徹底的に管理することを目指す 24。ソリッドカッパーの重厚な筐体に収められたこのルーターは 26、オーディオ専用のサブネットワークを構築し、ネットワーク上のデータ量や流れを完全に制御する 24。さらには仮想マシンを実行し、ストリーミングの前処理を行うといった、サーバーに近い高度な処理能力をも備えているのが特徴だ 24。
これらに対し、SRのアプローチは、信号が通過する「環境」そのものを包括的にコンディショニングするという、よりホリスティックで、ある種哲学的なものと言えるだろう。SRは、データが通過する物理的・電磁的環境全体を自社の理想とする「UEF(Uniform Energy Field)」で満たすことによって、結果としてノイズフロアの低減以上の、より根源的な音質改善がもたらされると考えているに違いない。これは、SRのエコシステムに既に親しんでいる者には深く共感を呼ぶ一方、従来の評価軸を持つ者には理解し難い、神秘的な領域に映るであろう。
比較軸 | Synergistic Research Network Router UEF | TOPWING DATA ISO BOX+OPT APバンドルセット | TAIKO AUDIO EXTREME ROUTER |
---|---|---|---|
基本理念 | ホリスティックな環境コンディショニング | 物理的・光学的アイソレーション | データフローの完全制御と処理の最適化 |
筐体・素材 | 航空機グレードアルミニウム削り出し & カーボンファイバー 1 | プラスチック | 銅削り出し 26 |
独自技術 | UEF, EMセル, ULFジェネレーター, アクティブグラウンド 1 | Wi-Fiアクセスポイントを光接続で別筐体化 22 | 仮想マシンによるストリーミング前処理、NAS機能、SFP(DAC)接続推奨 24 |
Wi-Fi分離 | 本体から機能排除、別途AP接続を推奨 1 | 光接続された別筐体APで実現 22 | コントロール用の超低ノイズWIFI AP内蔵 |
価格帯 | 726,000円 | 77,000円 | 1,771,000円 |
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3. 音場の再構築 — リスニング・インプレッション
技術的な解説がいかに精緻であっても、それが我々の耳に届く音にどのような変化をもたらすかを語らなければ意味がない。Network Router UEFがもたらす変化は、単なる「改善」という言葉では表現しきれない、音響空間の「再構築」と呼ぶべき現象である。
レビュアー / 媒体 | 引用抜粋 (和訳+原文) |
---|---|
hifi.nl | 「滑らかな再生を実現し、鋭さを取り除く。広くて深く、高いステレオイメージを創り出す。」(“Makes for a smooth reproduction and removes sharpness. Creates a stereo image that is wide, deep and high.”) |
“mdkim” / AudioShark Forum | 「音楽は信じられないほど楽に、滑らかで流麗なプレゼンテーションで流れる。…しかし、SRケーブルの強みは、ステージ上の全て/全員をいかにピンポイントで描き分け、分離するかという点にある。」(“The music flows incredibly effortlessly with a smooth and liquid presentation… The strength, however, of the SR cables is how well they pinpoint image everything/everyone and separate all of it on stage.”) |
Robert S. Youman / Positive Feedback (Ethernet Switch UEFのレビューより) | 「今や、アタック、サステイン、ディケイがより根源的に正しい量で存在する。…疲労を避け、音色の純度をもたらす清澄さと明晰さがある。…UEF Ethernet Switchを導入すると、部屋の境界が全方向に蒸発するだろう。」(“There is now a more fundamentally correct amount of coherent attack, sustain and decay… a purity and lucidity that avoids fatigue… When engaging the Ethernet Switch UEF, your room boundaries will evaporate in all directions.”) |
SR製品群を深く聴き込むと、単にノイズフロアが低い、解像度が高いといった次元を超えた、一貫した「ハウスサウンド」の存在に気づかされる。それは厳密な意味でのニュートラルとは一線を画す、明確な音響的意図、すなわち「作為」を感じさせるものだ。
SR製品がもたらす「ホログラフィックなサウンドステージ」は、同社の代名詞とも言える 。これは単に左右に広いだけでなく、聴き手の周囲にまで回り込むような、あるいはスピーカーの存在を完全に消し去るような逆相的でイマーシブな音場を指す。この効果は、Black Boxのような低周波共振をコントロールするアクセサリーによって顕著になり、部屋の音響特性そのものを積極的に「チューニング」することで実現される 。これは、録音された音場を忠実に再現するというよりは、より没入感の高い音響空間を「創造」するアプローチと言えるだろう。
この特異な空間表現の根源には、位相への積極的な介入がある可能性が示唆されている。あるフォーラムでは、SRの音響アクセサリー(HFT Dots)が「我々が最も敏感な2-4kHzの帯域で、測定可能な位相変化を引き起こす」という独立したテスト結果が報告されている 。これが事実であれば、SRの音作りは、単なるノイズ除去ではなく、人間の聴覚心理に深く踏み込んだ音場制御に基づいていることになる。
さらに興味深いのは、同社のヒューズを逆方向に取り付けた際に「不明瞭な音像と、ほとんどフェイジー(phasey)な結果になる」というユーザー報告が複数存在することだ。これは、同社の技術が位相情報に対して極めて敏感であり、その制御がサウンドキャラクターの根幹を成していることの裏返しと解釈できる。意図された方向で用いた時に生み出される広大な音場は、この位相感受性の巧みな応用なのかもしれない。
CEOのTed Denney氏自身、純粋な忠実度よりも「as you like it(お気に召すまま)」、あるいは「musicality-first」という思想を掲げている 。上位ケーブルに付属する「チューニング・モジュール」は、ユーザーが意図的に音色を「暖色系(ゴールド)」か「高解像度系(シルバー)」かに変更できる機能であり、これはメーカーが単一の「正解」を提示するのではなく、リスナーの感性に最終的な音作りを委ねるという哲学の表れだ 。
しかし、この積極的な音作りは、諸刃の剣でもある。あるレビューでは、SRのサウンドキャラクターを「礼儀正しくもなければ、コントロールされてもいない」「解像度と生々しいディテールで露わにし、高域のエネルギーに満ちている」と評し、こうした特徴が時に「ブライトで、無機質で、ドライで、さらには少し人工的」に感じられる可能性を指摘している 。これは、SRのサウンドが、ありのままの音を伝える透明な窓ではなく、音楽をよりドラマティックに演出するための、精巧に作られたレンズであることを示唆している。そのレンズを通して見える風景を「驚異的なリアリズム」と捉えるか、「心地よい人工美」と感じるかは、最終的に聴き手一人ひとりの美意識に委ねられているのである。
4. 価値の天秤
この特異なコンポーネントの価値を、我々は如何にして測るべきだろうか。従来の評価軸だけでは、その本質を見誤ることは必至である。ここでは多角的な視点から、その価値の天秤を吟味してみたい。
評価軸 | 採点 (5点満点) | 解説 |
---|---|---|
技術性能 | ★★★☆☆ | 基盤は汎用品だが、その上に実装された電源、EM、ULF、グラウンド、振動対策といった統合的コンディショニング技術の独自性は他に類を見ない。一方でその科学的裏付けについては物議を醸す |
音楽的魅力 | ★★★★☆ | その音響哲学に共感するリスナーにとっては、まさに魔法のような、音楽体験を一変させる力を秘めている。ホログラフィックな音場、疲労感のない滑らかなテクスチャー、深い没入感の創出能力は卓越している。 |
ビルドクオリティ | ★★★★☆ | 航空機グレードのアルミニウム削り出し筐体とカーボンファイバーの組み合わせは、まさにリファレンス級。 |
価格対価値 | ★★☆☆☆ | 約3,000ドル、国内価格70万円超という価格は、その基盤が比較的手頃なMikroTIK製ボードであることを考えると、極めて高価である。その価値は、SR独自の非公開技術の効果を信じるかどうかに完全に依存する。 |
将来性 / 修理性 | ★★★☆☆ | MikroTIKのOSはアップデート可能であり、基本的なネットワーク機能の陳腐化は避けられるだろう 5。しかし、SR独自のコンディショニング部分はブラックボックスであり、メーカー以外での修理やアップグレードは不可能である。 |
Bias Check: 主観的体験と客観的証明の狭間で
本機の評価が二分する根源には、オーディオにおける「価値」をどこに見出すかという、リスナーのスタンスの違いがある。
肯定的な視点(体験主義者の論理):
- 聴感上の効果は絶大である: 実際に使用した多くのユーザーが、他のいかなるアクセサリーとも比較にならない、劇的で根源的な音質向上を報告している 6。
- 音楽の感動こそが目的である: ハイエンドオーディオの最終目的が、スペックの追求ではなく音楽とのより深い感情的な結びつきであるならば、本機はその目的を最高レベルで達成する稀有な製品である 10。
- 測定が全てではない: 人間の聴覚は、現在の測定技術では捉えきれない微細な差異を感知できる可能性がある。聴感上の明らかな効果を、測定データがないという理由だけで否定するのは早計である。
否定的な視点(懐疑主義者の論理):
- 科学的根拠の欠如: 「量子トンネリング」といったマーケティング用語は、確立された物理学の文脈とはかけ離れており、「疑似科学」との批判を免れない 8。
- 透明性の不在: メーカーは、その技術の有効性を裏付ける測定データやホワイトペーパーを一切公開していない 14。
- 価格設定への疑問: 汎用のルーターボードを基に、独自の技術を付加した製品にこれほどの高価格を設定することは、「スネークオイル」との非難を招きやすい 16。
- 心理的バイアスの可能性: 高価な投資をしたという事実が、プラセボ効果や確証バイアスを生み出し、効果を過大に評価させている可能性がある。
結局のところ、Network Router UEFは、リスナーに対する一種の踏み絵として機能する。自らの耳と感性を絶対的な基準とする者にとっては至高の宝となり得るが、客観的な証明と論理的整合性を求める者にとっては、決して受け入れられない存在であり続けるだろう。
5. デジタルオーディオの最終辺境
Network Router UEFという製品を正しく位置づけるためには、より広い視野から、現代ハイエンドオーディオのトレンドと、その中でのSRの特異な戦略を分析する必要がある。
近年、「オーディオ用ネットワークスイッチ/ルーター」という製品カテゴリーが急速に台頭してきた。データが1と0の羅列であるデジタル領域において、なぜ経路上の機器が音質に影響を与えるのか。この問いに対する一般的な解答は、「データそのものを変えるのではなく、データに付随して伝わる電気的ノイズ(RFI/EMI)や、DACの性能を劣化させる時間軸の揺らぎ(ジッター)の根源となるノイズを低減するから」というものである 18。Network Router UEFは、この思想を最も過激に、そして包括的に推し進めた製品と言える。
しかし、その存在意義は、単体の性能に留まらない。SRの製品戦略を俯瞰すると、極めて巧妙な「エコシステムによる囲い込み」が見えてくる。
SRの公式サイトでは、Voodoo Streamerから始まり、Ethernet Switch、そしてこのNetwork Router UEFへと至る明確な「アップグレードパス」が提示されている 20。さらに、「ルーターとスイッチを併用することで、信じられないほどの音響的利益が得られる」と明言していることからも 2、これらの製品が単独で完結するのではなく、相互に連携し、相乗効果を生むように設計されていることは明らかだ。フォーラムの熱心なユーザーたちが「SRの真価は、ケーブルから電源、グラウンドまでを統一した『ルーム(loom)』で初めて発揮される」と口を揃えるのも、この戦略の成功を物語っている 7。
つまり、Network Router UEFは、SRという広大なエコシステムにおける、いわば神経中枢(ナーブセンター)のような役割を担うキーストーン・コンポーネントとして位置づけられているのである。その価値は、単体で評価される「加算的」なものではなく、他のSR製品と組み合わせることで指数関数的に増大する「乗算的」なものとして設計されている。これは、顧客との長期的で深い関係を築く、卓越したビジネス戦略であると同時に、製品を単体で評価することを困難にする要因ともなっている。消費者は一台のルーターを買うのではない。SRという一つの音響哲学と、その先にある長いアップグレードの旅への招待状を手にすることになるのだ。
また、CEOであるTed Denney氏の語る「Quantum Tunneling」や「UEF」といった用語は 、科学的な響きを持ちながらも、この文脈における標準的な定義は存在しない。これが、未解明の現象を説明するために必要な新しい語彙なのか、あるいは、不可侵の技術的神秘性を生み出すためのマーケティング戦略なのか、その判断は我々リスナーに委ねられている。いずれにせよ、本機のような高価な「オーディオ用」ネットワーク機器の登場は、ストリーミングが主要音源となった現代において、オーディオファイルが次なる改善点を求めて未踏の領域へと足を踏み入れたことの証左に他ならない。
6. 結論と、この機器を手にすべき者
長きにわたる思索の旅も、終着点を迎えようとしている。Synergistic Research Network Router UEFは、凡庸なネットワーク機器の皮を被った、極めて非凡な音響芸術品であった。その価値は万人に理解されるものではないだろう。しかし、その魔法に触れる資格を持つ者にとっては、生涯忘れ得ぬ体験を約束するに違いない。
おすすめしたい人
- Synergistic Researchのエコシステムに深く傾倒しているユーザー: SRのケーブル、Ground Block、PowerCellなどを既に導入しているならば、本機はそのシステムのポテンシャルを最大限に引き出すための、論理的かつ必然的な最後のピースとなるだろう。
- 音場表現の芸術家: 絶対的な忠実性よりも、ホログラフィックな音像定位、滑らかで官能的なテクスチャー、そして深い没入感を最優先するオーディオファイル。コストを度外視して、究極の美的体験を求める者。
- 体験至上主義者: 測定データや科学的言説よりも、自らの耳と感性を信じ、音楽とのより深い感情的な繋がりを求めて未知の領域を探求することを厭わない冒険家。
やめた方が良い人
- 客観主義者・測定至上主義者: 購入の正当性を客観的なデータ、測定値、そして科学的に検証可能な原理に求める者にとって、本機のマーケティングと技術的な不透明性は受け入れがたいだろう。
- 純粋主義者(ピュアリスト): いかなる色付けも排し、ソースに記録された情報をありのままに再現することを至上とするオーディオファイル。SRの明確な「ハウスサウンド」は、美しいが紛れもない「脚色」として感じられる可能性が高い。
- コストパフォーマンスを重視する者: その高価格は、本機を完全にラグジュアリーの領域に位置づけている。限られた予算の中で最大の効果を求めるアプローチとは相容れない。
将来の可能性
本機自体にユーザーが手を入れる余地はない。しかし、その性能はSRエコシステムの他のコンポーネントと深く結びついている。将来、他のSR製品をシステムに追加していくことで、本機の知覚価値はさらに「成長」していく可能性がある。
総合評価: ★★★★☆
Synergistic Research Network Router UEFは、特定のタイプのリスナーにとって、息をのむような結果を生み出すことができる製品である。しかし、その価格設定、論争の的となっている検証不可能な技術への依存、そして万人に受け入れられるとは言い難い非ニュートラルな音響的署名が、その普遍的な魅力を制限している。これは、欠点というよりは、あまりにも鋭く、あまりにも孤高であることの証左なのかもしれない。
参考文献 / 参照リンク
引用文献
1. Synergistic Research Network Router UEF - Bliss Hifi, https://blisshifi.com/products/digital/network-accessories/synergistic-research-network-router-uef/
2. Synergistic Research Network Router UEF - House Of Stereo, https://houseofstereo.com/products/synergistic-research-network-router-uef-draft-1
3. 【お茶の水ハイエンド館】Synergistic Research Network Router UEF 試聴会 (終了しました), https://www.audiounion.jp/ct/news/article/1000009153/
4. Synergistic Research : Network Router UEF - 新品 - オーディオユニオン, https://www.audiounion.jp/ct/detail/new/208044/
5. Review Synergistic Research Network Router UEF The traffic …, https://hifi.nl/artikel/32753/Review-Synergistic-Research-Network-Router-UEF-The-traffic-controller-without-noise-on-the-line.html
6. Network Router UEF - Synergistic Research, https://www.synergisticresearch.com/digital/network-router-uef/
7. Synergistic Research | AudioShark Forums - High End Audio, Stereo …, https://www.audioshark.org/threads/synergistic-research.2331/
8. Is Synergistic Research pulling our legs? - Cables - PS Audio, https://forum.psaudio.com/t/is-synergistic-research-pulling-our-legs/28602
9. Active Ground Block - Synergistic Research, https://www.synergisticresearch.com/isolation/ground-isolation/active-ground-block/
10. Synergistic Research Ethernet Switch - Positive Feedback, https://positive-feedback.com/reviews/hardware-reviews/synergistic-research-ethernet-switch-uef/
11. Reviews, Awards and Videos - Synergistic Research, https://synergisticresearch.com/reviews-awards-videos/
12. Synergistic Research UEF Technology, Power Cell 12, Atmosphere Cables, HFTs, Review by Peter Breunin - YouTube, https://www.youtube.com/watch?v=ds76Ub7rvqc
13. Synergistic Research Atmosphere Level 4 Interconnects and Speaker Cables, https://positive-feedback.com/reviews/hardware-reviews/synergistic-research-atmosphere-level-4-interconnects-and-speaker-cables/
14. White Paper Library - Extron, https://www.extron.com/technology/library/whitepapers
15. Specials Archive - Synergistic Research, https://synergisticresearch.com/specials-archive/
16. 2995 for a five-port router…good value? : r/HomeNetworking - Reddit, https://www.reddit.com/r/HomeNetworking/comments/19an4l2/2995_for_a_fiveport_routergood_value/
17. Network Switch - UPnP / DLNA - Audirvana Community Support Forum, https://community.audirvana.com/t/network-switch/34978
18. Would You Buy A $3899 Ethernet Switch? - Tracking Angle, https://trackingangle.com/equipment/would-you-buy-a-usd3899-ethernet-switch
19. Stereophile review of Silent Angel Bonn NX Network Switch - dCS Community, https://dcs.community/t/stereophile-review-of-silent-angel-bonn-nx-network-switch/6503
20. Digital - Synergistic Research, https://www.synergisticresearch.com/digital/
21. Synergistic Research Atmosphere Level 4 Speaker Cables | AudioShark Forums, https://www.audioshark.org/threads/synergistic-research-atmosphere-level-4-speaker-cables.9360/
22. TOP WING DATA ISO BOX レビュー | freestyle本館, http://freestyle20.blog92.fc2.com/blog-entry-732.html
23. TOP WING, https://topwing.jp/
24. New Taiko Audio Extreme Router – M & S | Ultimate High-Fidelity, https://www.monoandstereo.com/new-taiko-audio-extreme-router/
25. Taiko Audio Extreme Router - Scott Walker Audio, https://scottwalkeraudio.com/store/taiko-audio-extreme-router/
26. Extreme Router – Taiko Audio, https://taikoaudio.com/taiko-2020/product/taiko-audio-extreme-router/
27. TAIKO AUDIO EXTREME ROUTER | VOLENT, https://www.volent.com.hk/product-page/taiko-audio-extreme-router
28. Customer pricelist 2024 | Taiko Audio, https://taikoaudio.com/taiko-2020/wp-content/uploads/2024/10/Pricelist-Customers-2024.x80569.pdf