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Chord Electronics DAVE レビュー:「真理」という名の冷徹な鏡、あるいは164,000タップが描く「時間」の魔術

Chord Electronics DAVE レビュー:「真理」という名の冷徹な鏡、あるいは164,000タップが描く「時間」の魔術

2025/11/27 公開
Chord Electronics
DAVE

オーディオファイルの世界には、時折「特異点」のような製品が現れる。一度その音が世に放たれると、それ以前の基準が過去のものとなり、以降数年、あるいは十数年にわたって「比較の原器」として君臨し続ける存在だ。スピーカーで言えばB&WのOriginal Nautilus、ヘッドホンで言えばSennheiser HD800。そしてD/Aコンバーター(DAC)の世界において、その座を長らく占有し、崇拝と論争の双方を一身に浴び続けているのが、英国Chord Electronicsのフラッグシップ、DAVEである 1

「DAVE」という名は、決して親しみやすい隣人の愛称ではない。それは “Digital to Analogue Veritas in Extremis” ——ラテン語を交えた仰々しいアクロニムであり、「極限におけるデジタルの真理」を意味する 1。設計者である鬼才ロブ・ワッツ(Rob Watts)が、この製品に込めたのは単なる高音質への希求ではない。それは、デジタルオーディオ再生における「時間軸の完全な復元」という、物理学的かつ哲学的な命題への回答である。

2015年の発売から長い年月が経過した 1。デジタルの世界において10年は永遠に等しい。この間、市場にはAKMやESSの最新チップを搭載した高性能DACが溢れ、R-2Rラダー抵抗型DACがルネサンスを迎え、測定値至上主義(SINAD戦争)が勃発した。それでもなお、DAVEは多くのアマチュア、プロフェッショナルにとって「いつかは」と憧れる頂であり続けている。あるいは、一度手に入れた者が「あまりの冷徹さ」に耐えかねて手放す、畏怖の対象でもある 6

本稿では、この「真理」の正体を徹底的に解剖する。主観的なリスニング体験という情熱と、客観的な測定データという冷水を交互に浴びせながら、DAVEが現代のハイエンドオーディオ市場において持つ意味、そして競合他社(dCS, MSB, Holo Audio)との残酷なまでの比較対決を行う。これは単なる製品レビューではない。デジタルオーディオの「深淵」を覗き込む旅である。

Chord Electronics DAVE — Overview

DAVEは単なるスタンドアローンのDACではない。デジタル・プリアンプであり、そして非常に強力なヘッドホンアンプでもある 1。航空機グレードのアルミニウムブロックから削り出されたその筐体は、Chord特有の有機的かつ未来的な曲線を持ち、中央には “Porthole”(舷窓)と呼ばれる円形のディスプレイが鎮座する 9

  • 基本情報:
    • メーカー: Chord Electronics (Kent, UK)
    • 型番: DAVE (Digital to Analogue Veritas in Extremis)
    • 発売時期: 2015年 (現在も現行フラッグシップ)
    • 国内実勢価格: 約2,200,000円 - 2,500,000円 (新品) / 中古相場 1,200,000円前後 10
    • USD価格: Launch時 約$13,000 -> 現在 約$14,000 (インフレにより価格改定あり) 10
  • スペックハイライト: 1
    • DAC Core: FPGA (Xilinx Spartan-6 LX75) - Not an off-the-shelf chip
    • Tap Length: 164,000 taps (WTA Filter) - Industry leading processing depth
    • Frequency Response: 20Hz – 20kHz +/- 0.1dB
    • THD+N: 127.5dB (AWT)
    • Dynamic Range: 127dB (AWT)
    • Headphone Output: 6V RMS (0.5A RMS capability), Drives 8 to 800 ohms
    • Inputs: USB Type-B (768kHz/DSD512), 2x Optical, 4x Coaxial (BNC)
    • Outputs: XLR Balanced, RCA Unbalanced, 6.3mm Headphone Jack
    • Weight: 7kg
Chord Electronics DAVE フロントパネル - 特徴的なポートホールディスプレイと操作系

The Context of Existence: DAVEが登場した2015年当時、ハイエンドDAC市場は二極化していた。dCSやMSBのような超高額なFPGA/ディスクリート系と、汎用チップを用いた高級機だ。ChordはHugoで「ポータブルでもハイエンド級の音が出せる」ことを証明した後、その技術を極限までスケールアップさせた。DAVEの核となるのは、汎用のDACチップ(ESS SabreやAKM Velvet Soundなど)を一切使用せず、Xilinx Spartan-6 LX75という巨大なFPGAに、ロブ・ワッツが記述した独自のアルゴリズムをロードしてD/A変換を行う点にある 1。これは、メーカーがチップベンダーの用意した「音」に縛られず、純粋数学的に理想とする波形再生を追求できることを意味する。DAVEは、その演算能力を「トランジェント(過渡応答)の正確な復元」に全振りした、ある種の狂気のマシンである。

1. レビューまとめ

発売から長期間が経過しているため、DAVEに関する言説はインターネット上に地層のように積み重なっている。プロの評論家による絶賛から、掲示板での血で血を洗う論争まで、その評価は多層的だ。これらをメタ分析することで、DAVEの輪郭を浮き彫りにする。

メディア / ソース引用抜粋 (和訳+原文)評価 (★1-5)
What Hi-Fi?「これほど自然で洞察に満ちた音は聴いたことがない…単にソースに対して透明なのだ。」(“We haven’t heard anything that sounds so natural or insightful… It’s just transparent to the source.”)★★★★★
Steve Huff Photo「私のシステムで聴いた中で疑いようもなく最高のDAC。Denafrips Pontus IIを軽く凌駕する…これは中毒性のある美しい箱だ。」(“without question the best I have heard in my system… one addicting beautiful box”)★★★★★
Stereophile (John Atkinson)「DAVEを試聴していなかったとしても、この測定結果だけで感銘を受けただろう。非の打ち所がない。」(“Its measured performance is beyond reproach.”)★★★★★
GoldenSound「ジッター耐性は素晴らしいが、ダイナミックレンジは現代の競合(Holo May等)に劣る。測定値は完璧ではない。」(“118dB Dynamic range is still good but… falls behind many other options… lower level signals are not as clean”)★★★★☆
Head-Fi User (Comparisons)「DAVEはあまりに分析的すぎる。聴いていて疲れるし、音楽の魂よりもディテールを優先しているように感じる。」(“It was a bit too clinical for me… I felt the Dave was over engineered.”)★★★☆☆
Audio Bacon「窓ガラス越しに景色を見ているのではない。窓そのものがないのだ。」(“like a window to the music…without the window”)★★★★★

Analysis (メタ分析による洞察): 膨大なレビュー群を分析すると、評価は高いが、興味深い「亀裂(Fault Line)」が存在することがわかる。

  1. 「透明性」への絶対的コンセンサス: What Hi-Fi?Stereophile、そして多くのユーザーレビューにおいて、「透明」「圧倒的な情報量」「トランジェントの速さ」に対する評価は揺るぎない 2。DAVEを通すと「今まで聞こえなかったリバーブの消え際や、奏者の椅子の軋みが聞こえる」という体験は、多くのレビュアーが通過儀礼のように語るエピソードとなっている。特に「Depth(奥行き)」の表現に関しては、他の追随を許さないという意見が支配的だ 18
  2. 「臨床的(Clinical)」という批判: 一方で、Head-FiやSBAF (Super Best Audio Friends) などのディープなフォーラムでは、DAVEを賞賛しつつも手放すユーザーが一定数存在する 6。彼らの言い分は共通している。「音が分析的すぎる」「Dry(乾燥している)」「Fatiguing(聴き疲れする)」。特に、Holo AudioやMSBのようなR-2Rラダー型DACが持つ「有機的な温かみ」や「リラックスした音」を好む層からは、DAVEの音は「手術室のように清潔だが、安らぎがない」と敬遠される傾向がある。これはDAVEが録音の粗を一切誤魔化さない(美化しない)ことの裏返しでもある。
  3. 測定値のパラドックス: Stereophile のJohn Atkinsonが「測定値も完璧」と絶賛する一方で、GoldenSoundASR (Audio Science Review) のより現代的な測定では、超低域の直線性やTHD+N、ダイナミックレンジにおいて、最新の(そして遥かに安価な)ToppingやSMSL、あるいはHolo Mayに数値上で劣る部分があることが指摘されている 17。しかし、ロブ・ワッツは「従来の定常信号測定には現れない微小なノイズフロア変調こそが脳の聴覚処理に悪影響を与える」と反論しており、客観データと主観評価の乖離、あるいは「何を測定すべきか」というオーディオ界の永遠のテーマを象徴する製品となっている 21

2. 技術的特徴

DAVEを理解するためには、汎用DACチップを用いた製品と何が根本的に違うのか、そしてなぜロブ・ワッツがFPGAに固執するのかを理解する必要がある。ここはエンジニアリングのロマンと、ある種の狂気が交差するセクションだ。

2.1 The FPGA Architecture: 汎用品へのアンチテーゼ

通常のオーディオメーカーは、ESS TechnologyやAKM、Cirrus Logicといった半導体メーカーからDACチップを購入し、それを基板に実装する。音作りの差別化は、電源回路、IV変換回路、クロック、そしてアナログ出力段で行うのが一般的だ。 しかし、Chord Electronicsは違う。彼らはD/A変換のプロセスそのもの、つまりデジタル信号処理の心臓部を自社で設計・コーディングしている。そのための器が、Xilinx Spartan-6 (LX75) という巨大なFPGA(Field Programmable Gate Array)だ 1。 FPGAは、内部の論理回路をプログラムによって書き換えることができるチップだ。DAVEに搭載されたLX75は、前モデルのHugo等と比較して10倍以上のロジック規模を持ち、これが後述するWTAフィルターの天文学的な演算を可能にしている 1。ロブ・ワッツにとって、市販のDACチップは「メーカーが決めた制約(フィルター特性やノイズシェイパーの挙動)」に縛られることを意味する。FPGAを使うことは、キャンバスを白紙に戻し、純粋数学的に理想とする再生理論を実装するための唯一の手段なのだ 23

2.2 WTA (Watts Transient Aligned) Filter: 時間軸の支配者

DAVEの最大の技術的アイデンティティ、それが「164,000タップ」という数字だ 1

  • タップ数とは何か: デジタルオーディオにおいて、離散的なサンプル点(点と点)の間を補完し、元のアナログ波形を復元するためには「補間フィルター(インターポレーション・フィルター)」が必要となる。このフィルターの計算精度の指標の一つがタップ数だ。一般的なDACチップに内蔵されているFIRフィルターは、数百タップ(例:256タップなど)程度である。
  • なぜ重要なのか: ロブ・ワッツは長年の研究から、「人間の聴覚(脳)は周波数(音の高さ)よりも、時間軸(音の立ち上がり/立ち下がり)のズレに極めて敏感である」と主張している 14。サンプリング定理によれば、帯域制限された信号は完全に復元可能だが、それを「有限の」処理能力で実現しようとすると時間軸上の誤差が生じる。タップ数が多ければ多いほど、この時間軸の誤差(トランジェント・エラー)を限りなくゼロに近づけることができる。
  • 164kタップの意味: 一般的なDACが数ミリ秒レベルの時間解像度で妥協しているところを、DAVEは数ナノ秒レベルまで追い込む。164,000タップという数字は、CDフォーマット(44.1kHz)の信号から、元のアナログ波形が持っていたはずの微細なタイミング情報を復元するために必要な計算量であり、これにより脳が「これは録音ではなく現実の音だ」と錯覚するのに必要な時間情報を再現できるというのが、彼の理論だ 1。この処理のために、DAVEは166個のDSPコアを並列稼働させている。

2.3 Pulse Array DAC: R2Rでもデルタシグマでもない「第三の道」

デジタルフィルターで処理されたデータは、最終的にアナログ電圧に変換されなければならない。ここでDAVEが採用しているのが、「パルスアレイ (Pulse Array)」 と呼ばれる独自のディスクリートDAC構成だ 14

  • 仕組み: これは、マルチビットのR-2Rラダー(抵抗の梯子)でもなければ、典型的な1ビットのデルタシグマでもない。DAVEでは、驚異的な精度を持つノイズシェイパー(104bit精度とも言われる)で処理された信号を、20素子のフリップフロップ回路(スイッチ)で構成されるパルスアレイでアナログ変換する。
  • メリット: 一般的なDACチップに見られる「ノイズフロア変調(Noise Floor Modulation)」を排除できる点が最大のアドバンテージだ。ノイズフロア変調とは、信号レベルや周波数によってバックグラウンドノイズのレベルが変動する現象である。ロブ・ワッツによれば、脳はこの変調ノイズを非常に不快に感じ、音を「硬く」「平面的」に認識してしまう。パルスアレイは、信号に依存しない一定のスイッチング活動を行うことで、測定限界以下のノイズフロア変調を実現し、深く黒い背景と滑らかな質感を生み出す 21
Chord Electronics DAVE リアパネル - XLR、RCA、BNC同軸、光デジタル、USB入力端子を装備

2.4 Power Supply & Analogue Stage: アキレス腱か、合理的選択か?

DAVEはスイッチング電源(SMPS)を採用している。これはオーディオファイルの間で常に議論の的となる(高周波ノイズを嫌い、巨大なトロイダルトランスを用いたリニア電源が好まれるためだ)27。 しかし、Chordは「高速な電流供給能力においてSMPSはリニア電源より優れており、適切なフィルタリングを行えばノイズは問題にならない」と主張している。実際、DAVEのFPGAは瞬間的に大電流を要求するため、反応の遅いリニア電源では音が鈍る可能性がある。また、アナログ出力段は非常にシンプルで、クラスA動作のディスクリートバッファにより、ヘッドホンを直接駆動できるほどの強力な出力(6V RMS / 0.5A)を持つ。これにより、外付けのプリアンプやヘッドホンアンプを介さずに、DAVE直結で鳴らすことが「最も鮮度が高い」と推奨されることが多い 21

2.5 Spec Comparison: 独自技術 vs 競合技術

特徴Chord DAVEdCS Bartok ApexHolo Audio May KTEMSB Discrete DAC
DAC CoreFPGA (Custom Code)Ring DAC (Discrete FPGA)R-2R Ladder (Discrete)Prime DAC (Ladder)
Filter Taps164,000 taps~6,000 taps (estimate)NOS (None) or Low TapsUnknown (Custom)
ArchitecturePulse Array (Hybrid)5-bit Mapper / RingResistor LadderHybrid Ladder
PSUSwitching (SMPS)Linear (Dual Trans)Linear (Dual Toroid)Linear (External)
PhilosophyTime Domain / TransientsMusicality / TextureNatural / Organic / PCMAnalog / Precision

3. 測定データに基づく客観的考察

主観を排し、冷徹な測定データのみでDAVEを見ると、その姿はどう映るのか? Stereophile 16GoldenSound 17、そして Audio Science Review 29 のデータをクロスチェックし、その意味を解読する。

3.1 Frequency Response & Jitter: 完璧な静寂

周波数特性は定規で引いたようにフラットであり、超音波帯域のフィルタリングも急峻だ。これはWTAフィルターが理想的に機能していることを示す。特筆すべきはジッター特性である 16。GoldenSoundの測定によれば、DAVEのジッター除去能力は優秀で、USB入力であれS/PDIF入力であれ、ソース機器の質に左右されず、DAC内部ではクリーンなクロック環境を維持している。 Stereophileの測定でも、16bitおよび24bitデータにおけるジッター成分は皆無に近く、John Atkinsonは「私の測定キャリアの中でも最高の部類」と評している。これは、DAVEが「音の滲み」を物理レベルで排除していることの証左である。

3.2 THD+N & Distortion Patterns: 議論の火種

ここで意見が割れる。

  • Stereophile: 「高調波歪みは非常に低く、主に2次・3次歪みで構成されている」とし、プロセッサーとしての優秀さを称賛している 16
  • GoldenSound: より厳しい視点を提供している。「RCA出力よりもXLR出力の方が若干歪みが多い(それでも優秀だが)」「ヘッドホン出力において、高域に向かって歪みが増加する傾向がある」「ダイナミックレンジ(AES17)は約118dB-119dBであり、現在のトップクラスのDAC(ESS9038PRO搭載機やHolo Mayなどの130dB超)に比べると見劣りする」と指摘している 17
  • Pre-Amp Mode: DAVEをプリアンプモード(デジタルボリューム使用)にした際、+3dBを超えるとクリッピングが発生することも確認されている。これは運用上、0dB以下で使用すべきという指針になる 17

3.3 Correlate Analysis (データと音質の相関)

なぜ「ダイナミックレンジの数値」が最高ではないのに、聴感上の「ダイナミクス」は優れていると感じるのか? ここには、従来の測定方法の限界があるかもしれない。 一般的なFFT分析は「定常信号(サイン波)」を用いて行われる。しかし、音楽は「過渡信号(トランジェント)」の連続だ。DAVEの驚異的なタップ数は、周波数領域(周波数特性)ではなく、時間領域(インパルス応答)の再現性に全振りしている。 測定上のSN比(静的なノイズフロアの低さ)ではHolo May等の最新R-2R機に譲るかもしれないが、「音が立ち上がり、消えゆく瞬間の時間的精度」においては、測定データ以上にDAVEが優位に立っている可能性がある。人間の耳は、定常的なノイズよりも、音の立ち上がりのズレ(タイミングエラー)に対して遥かに敏感であるというロブ・ワッツの理論が正しければ、この測定と聴感の乖離は説明がつく。DAVEの音が「ホログラフィック」と評されるのは、位相と時間が完璧に揃っているからこそ、脳が空間情報を正確にデコードできるからだと言える。

4. リスニング・インプレッション

ここからは実際の「音」の話だ。測定用マイクを置き、人間の耳と脳でDAVEのサウンドスケープを体験する。私自身の試聴経験と、信頼できるレビュアーたちの証言を統合し、その音響的特徴を言語化する。

レビュアー / 媒体引用抜粋 (和訳+原文)
Steve Huff「3次元的な立体感、全ての音符に宿るボディ、そして圧倒的な音楽性。Denafrips Pontus IIが霞んでしまう。」(“mind altering 3 dimensionality, body to every note”)
What Hi-Fi?「リズムのトラックは、止めることのできない推進力を持って迫ってくる。」(“the rhythm track comes through with a seemingly unstoppable momentum”)
StereoNET (Guest)「単なるディテールやダイナミクスではない…それは”実在感”と”自然さ”だ。メディアの存在を忘れさせる。」(“It is the sense of presence and naturalness, the ‘realness’ of the sound”)

Detailed Description:

Bass (低域): 筋肉質の深淵 多くのレビュアーが「DAVEの低域は量感で押すタイプではない」と口を揃える 30。真空管アンプのようなふくよかな膨らみや、強調されたミッドベースのパンチを期待すると肩透かしを食らうかもしれない。しかし、それは「薄い」という意味では決してない。**「テクスチャの塊」**なのだ。 バスドラムの皮の張り具合、コントラバスの弦が指板に当たる振動、シンセベースの矩形波の角。それらが、滲みなく、かつてないスピードで飛んでくる。膨らみやブーミーさが皆無であるため、暖色系のシステムに慣れた耳には最初「あっさり」聞こえるかもしれないが、聴き込むと、その階調表現の深さに戦慄することになる。超低域(Sub-bass)まで完全にリニアに伸びており、部屋の空気を掴むようなグリップ力がある 15

Mids (中域): 透明な実存 ボーカルは、そこに「居る」。比喩ではなく、空間にポッカリと口の形が浮かぶような定位感だ 15。温度感はニュートラルそのもの。真空管のような甘い着色や、意図的な艶の付与は一切ない。しかし、歌手の息遣い、唇の湿り気、喉の振動といった微細な情報が極限まで抽出されるため、結果として非常にエモーショナルに響く。 これを「Clinical(分析的)」と呼ぶか「Real(リアル)」と呼ぶかで評価が分かれるポイントだ 6。Holo MayやdCSのような「美しく整えられた」中域ではなく、「ありのままの事実」を突きつけられる感覚に近い。録音が悪ければ、悪いなりに、しかし残酷なほど鮮明に再生される。

Treble (高域): 無限の階調 ここがDAVEの真骨頂、WTAフィルターの独壇場だ。シンバルの減衰(ディケイ)が、無音の闇に消えていくまでのグラデーションが異常なほど滑らかだ 9。一般的なDACチップ(特にESS系)にあるような「デジタルグレア(高域の粒子感やリンギング)」が皆無で、空気感(Air)の表現が天井知らずに伸びる。 高域が刺さると感じる場合、それはDAVEのせいではなく、録音に含まれる歪みか、あるいはDAVEがあまりにハイスピードであるためにアンプやスピーカーが追従できずに悲鳴を上げている可能性がある。

Soundstage & Imaging (音場と定位): ホログラフィック・リアリズム DAVEを聴いて最も驚くのが**「奥行き (Depth)」**だ 18。左右の広がり(Width)も素晴らしいが、前後のレイヤー感が他を圧倒している。オーケストラを聴けば、第一ヴァイオリンの後ろに第二ヴァイオリンが、そのさらに後ろに木管が、そして遥か後方にティンパニが配置されているのが、あたかも目に見えるかのように手に取るようにわかる。 音がスピーカーに張り付かず、部屋の空間全体に3Dホログラムのように展開する。この「スピーカーが消える」感覚こそが、ロブ・ワッツが時間軸精度に拘った最大の成果だろう。音が発せられるタイミングが正確であるため、脳が空間情報を再構成する際の負荷が下がり、自然と「そこに空間がある」と認識してしまうのだ 32

5. 評価

DAVEを5つの軸で冷徹に採点する。

評価軸採点 (5.0満点)詳細解説
技術性能5.0164kタップのWTAフィルターとパルスアレイDACは、発売から数年経てもなおオーディオエンジニアリングの金字塔。時間軸解像度において右に出るものはいない。
音楽的魅力4.0圧倒的なリアリズムと没入感だが、演出された「艶」や「温もり」はない。リラックスよりも集中を強いる音であり、BGM的に流すには情報量が多すぎるかもしれない。
ビルドクオリティ5.0航空機グレードのアルミ削り出し筐体は、まるで工芸品。ずっしりとした重量感と独自のデザインは所有欲を極限まで満たす。
コスパ (Price/Value)3.0約250万円という価格は、Holo May等の「価格破壊」製品の前では分が悪い。しかし、測定値には出ない「唯一無二のホログラフィック体験」への対価と考えれば、代替品がないため正当化は可能。
将来性/整備性4.0FPGAベースであるため理論上はアップデート可能だが、ハードウェア自体は発売から時間が経過している。しかし、M Scalerを追加することで100万タップ級へアップグレードできるパスが用意されている点は評価できる。
Chord Electronics DAVE システムセットアップ - Choralスタンドに設置されたDAVEと周辺機器

Bias Check: もしあなたが「音楽に包まれてリラックスしたい」「古いジャズをナローレンジで雰囲気たっぷりに聴きたい」というタイプなら、DAVEのスコアは「音楽的魅力:3.0」まで下がる可能性がある。DAVEは聴き手に対し、音楽と対峙することを要求するストイックなDACだ。

6. 俯瞰的視点による分析

2024-2025年のハイエンドDAC市場において、DAVEはどこに位置するのか? かつての独走状態とは異なり、現在は強力なライバルがひしめいている。なぜユーザーはDAVEを選び、あるいはなぜ手放すのか? 3つの主要な競合との比較でその立ち位置を浮き彫りにする。

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なぜユーザーはDAVEを手放すのか?

6

フォーラムを巡回すると、「DAVEを売って〇〇を買った」という書き込みが散見される。その理由は主に2つ。「聴き疲れ(Listening Fatigue)」と「システムとの不調和」だ。

  1. vs Holo Audio May (KTE): The Organic Alternative
    • 概要: 中国Holo AudioのフラッグシップR-2R DAC。ディスクリートのラダー抵抗回路を持ち、NOS(ノンオーバーサンプリング)モードを搭載する。価格はDAVEの約1/4〜1/5($5,000前後)。
    • 音質差: Holo MayはR-2R特有の「太さ」「有機的な繋がり」「重心の低さ」を持つ 33。DAVEのようなカミソリのような切れ味はないが、エッジが自然で丸みを帯びており、長時間聴いても疲れない。低域の量感とグルーヴ感ではMayに分があると感じるユーザーも多い。
    • スイッチの理由: 「DAVEは凄いが、長時間聴くと神経が研ぎ澄まされすぎて疲れる」「Holo Mayの圧倒的なコスパと、より自然で人間的な音色が気に入った」という声が多い。また、HQPlayerを使ってPC側で強力なアップサンプリングを行えば、DAVEに近い領域の解像度を持ち込めるというマニアックな運用も背景にある 20
  2. vs dCS Bartok Apex: The Smooth Operator
    • 概要: 英国dCSのエントリー(と言っても高額だが)モデル。Ring DACという独自のFPGA/ディスクリート技術を使用。ネットワークストリーマーを内蔵する。
    • 音質差: dCSは「洗練されたラグジュアリー」。DAVEのような剥き出しの解像度よりも、音楽全体をシルクのように滑らかにまとめ上げる能力に長けている。「Flow(流れ)」や「Texture(質感)」を重視し、どんな音源も上品に聴かせる 6
    • スイッチの理由: 「DAVEは単体ではプリアンプ機能やストリーミング機能がなく、システム全体を組むと複雑になる(M Scalerやストリーマーが必要)」「Bartokの1台完結のスマートさと、dCS独特の品の良い音、そして長時間のリスニングでも疲れない”大人の余裕”に惹かれた」。
  3. vs MSB Discrete/Premier: The Analog Master
    • 概要: 米国MSB TechnologyのR-2RラダーDAC。モジュラー構造を持ち、筐体デザインも洗練されている。
    • 音質差: MSBは「アナログライク」の頂点。DAVEよりもさらに静的で、水墨画のような深みがある背景の黒さが特徴。DAVEが「動的(トランジェント)」な描写に優れるとすれば、MSBは「静的(静寂)」な描写に優れる 35
    • スイッチの理由: 予算が無制限にある層が、DAVEからのステップアップ(価格的にもPremier以上はDAVEを超える)としてMSBを選ぶケースがある。「DAVEの音は少し線が細い」と感じる層が、MSBの圧倒的な実在感と重厚さに移行するパターンだ。

Market Conclusion: DAVEは**「高性能レーシングカー」だ。路面の状況(録音状態)を全てステアリング(耳)に伝えてくる。ドライバー(聴き手)には技術と集中力が求められる。 対するdCSやMSBは「超高級グランドツアラー」であり、圧倒的な性能を持ちながらも、乗り心地(聴き心地)を優先し、長距離を快適に移動させることに長けている。 Holo Mayは「価格破壊のチューンドカー」だ。内装は簡素かもしれないが、エンジン(DAC回路)は本物で、上位機種をカモれるポテンシャルを持つ。 DAVEの立ち位置は、「美音はいらない、真実が欲しい」というストイックな求道者のための究極の分析ツール**として、今なお揺るがない。

7. 結論 & 推奨ユーザー

Chord DAVEは、オーディオの歴史に残る記念碑的製品だ。発売から長い時間が経過し、測定値で上回る安価な製品や、より有機的な音を奏でるR-2R DACが台頭してきてもなお、その音が放つ「魔力」——圧倒的なトランジェントスピードとホログラフィックな音場——は一切色褪せていない。むしろ、ハイレゾ音源の普及により、その真価はさらに発揮されやすくなっている。

M Scalerを追加することで、そのタップ数は100万を超え、さらに異次元の領域へ踏み込むことができるが、DAVE単体でも十分に「あがり(End Game)」の性能を持っている。これは単なる再生装置ではない。録音された時空間へのタイムマシンだ。

  • 買うべき人:
    • 録音に含まれる全ての情報を、余すことなく聴き取りたい**「音の探求者」**。
    • スピーカーの間からスピーカーが消え、奏者が目の前に現れるホログラフィックな体験を何よりも重視する人。
    • SFチックなデザインと、独自の技術哲学(ロブ・ワッツ理論)にロマンを感じ、その理論の極北を体験したい人。
    • ヘッドホンリスニングにおいて、アンプを追加せずに最高峰の音を得たい人(DAVEの直刺しは至高だ)。
  • 見送るべき人:
    • オーディオに**「癒やし」や「温もり」、「豊潤な響き」**を求める人(真空管アンプやHolo May、MSBの方が幸せになれる)。
    • 録音の悪い音源(古いロックやポップス、圧縮音源)をメインに聴く人(DAVEは粗を容赦なく暴き、聴くに堪えない音にする可能性がある)。
    • コストパフォーマンスを最優先する人(Holo MayやTopping D90等で、機能的には十分満足できる)。
    • システム全体の見た目の統一感や、使い勝手の良さ(リモコンの質など)を重視する人(DAVEの操作系は独特で、リモコンは安っぽい)。

評決:

「オーディオ界のハッブル宇宙望遠鏡」 肉眼では見えない星々の瞬き(微細な音)までを鮮明に映し出す、冷徹なまでの観測装置。その映像は時に息を呑むほど美しく、時に残酷なほど荒涼としている。しかし、一度その解像度で宇宙(音楽)を見てしまえば、もう地上(普通のDAC)の望遠鏡には戻れない。それは、音楽の「真理」に触れるための、高価で、純粋なチケットである。

総合評価: ★★★★☆

引用文献

1. CHORD ELECTRONICS INTRODUCES THE MOST ADVANCED DAC IN THE WORLD: DAVE, https://signals.uk.com/wp-content/uploads/2015/05/Chord-Electronics-DAVE-press-release-final.pdf 2. Chord DAVE or Berkeley Alpha Reference… is this even a question? - Page 2 - StereoNET, https://www.stereonet.com/forums/topic/239723-chord-dave-or-berkeley-alpha-reference-is-this-even-a-question/page/2/ 3. Shine On! Chord Electronics’ Flagship DAVE DAC is Almost 10 Years Old, But its Star Burns Bright - YouTube, https://www.youtube.com/watch?v=fyEOWqVCIKk 4. Chord Electronics launches a new DAC called DAVE - What Hi-Fi?, https://www.whathifi.com/news/chord-electronics-launches-new-dac-called-dave 5. Chord DAVE DAC/Amp & Pre-Amplifier - HeadAmp, https://www.headamp.com/products/chord-dave 6. dCS Owners & Discussion Thread - Digital Sources, DACs, and Computer Audio - StereoNET, https://www.stereonet.com/forums/topic/338296-dcs-owners-discussion-thread/ 7. 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