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EMM Labs DA2 V2 レビュー:デジタル再生の形而上学

EMM Labs DA2 V2 レビュー:デジタル再生の形而上学

2025/09/08 公開
EMM Labs
DA2 V2
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オーディオという趣味は、突き詰めれば物理現象の再現性を問う工学でありながら、同時に我々の感性という極めて主観的な領域に訴えかける芸術でもある。この二律背反する要素の狭間で、我々は常に「真実の音」とは何かを問い続ける。カナダの EMM Labs が世に送り出した DA2 V2 Reference Stereo D/A Converter は、この根源的な問いに対し、一つの明確な哲学的回答を提示する稀有な存在と言えるだろう。

創業者 Ed Meitner 氏が Sony や Philips と共に SACD/DSD フォーマットの礎を築いたという歴史は、単なる経歴ではない。それは、同社の製品がどのような思想的背景のもとに生み出されたかを物語る、いわば設計図そのものである 1。DA2 V2 は、その哲学の現時点における集大成に他ならない。本稿では、この記念碑的コンバーターが内包する技術的深淵を解剖し、それが如何にして我々の魂を揺さぶる響きへと昇華されるのか、その因果関係を思索的に探求していきたい。これは単なる製品レビューではなく、デジタル再生という行為そのものの意味を問う旅路となるはずだ。

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EMM Labs DA2 V2 — Overview

  • メーカー / 型番: EMM Labs / DA2 V2 Reference Stereo D/A Converter 2
  • 発売時期: オリジナル DA2 は 2016 年頃、V2 アップデートは 2019-2022 年頃に確認 4
  • 価格帯: 30,000 USD 4 / 5,692,000円(税込、国内代理店価格) 7

主要スペック

  • D/A 変換: 16xDSD 独自ディスクリート・デュアルディファレンシャル D/A コンバーター (MDAC2™) 2
  • DSP: 最新世代 Meitner Digital Audio Translator (MDAT2™)、リアルタイム・トランジェント検出および全入力信号の 16xDSD へのアップコンバージョン機能搭載 2
  • 対応フォーマット:
    • 全入力: 最大 24-bit/192kHz PCM
    • USB 入力: 2xDSD, DXD (352/384kHz), MQA® 2
  • アナログ出力: バランス (XLR), アンバランス (RCA) 2
  • 出力レベル (High/Low):
    • XLR: 7.0/5.0V (+19.1/16.2dBu)
    • RCA: 3.5/2.5V (+13.1/10.2dBu) 2
  • 出力インピーダンス: 300 Ω (XLR), 150 Ω (RCA) 2
  • 寸法 (W x D x H): 438 x 400 x 161mm 2
  • 重量: 17.2kg 2

出典:
https://nirvanasound.com/product/emm-labs-da2-v2/
https://twitteringmachines.com/review-emm-labs-da2-v2-reference-stereo-dac/

1. 衆評の交差点:DA2 V2を巡る言説の分析

絶対的な性能を謳うフラッグシップ機に対する評価は、常に期待と懐疑が交錯する言説空間を形成する。DA2 V2 もその例外ではない。しかし、世界中の専門誌やユーザーフォーラムを俯瞰すると、その評価は驚くほど一貫した方向を向いているように見受けられる。ここでは、その言説の核心部分を抽出し、多角的な視点からその評価の妥当性を検証する。

メディア引用抜粋 (和訳+原文)評価点
Twittering Machines「DA2 がもたらす低音は、ふくよかで、豊かで、熟している… デジタルからこれほど優れた音を聴いたことがあるか定かではない。」 “the DA2 delivers bass that’s plump, rich and ripe… I’m not sure I’ve ever heard better from digital.”★★★★★
Dagogo「ステージは広く、音像定位は極めて安定している… 予想していたよりもデジタル的な人工物は少ないが、アナログと全く同じというわけではない。」 “The stage is large with extremely stable image placement… There are fewer digital artifacts than I would have expected, although it is not quite analog.”★★★★☆
AudioShark Forum「私の旧い K1 でさえ、DA2 が作り出す壁から壁への半円形のサウンドと比較すると、完全にフラットで 2D に聞こえた。その深みと配置は、信じられないほど素晴らしかった。」 “Even my old K1 sounded downright flat and 2D compared to the wall to wall semi circle of sound the DA2 created. The depth and placement was simply incredible.”★★★★★
Nirvana Sound「…この DAC はより『オーガニック』で、より『人間的』であり、容易に楽しめるものだった。」 “…this DAC was more ‘organic’, more ‘human’ and easily more enjoyable.”★★★★★

バイアス評価:

  • Twittering Machines (Michael Lavorgna): 経験豊富なレビュアーによる詳細なレビュー。メーカー貸与品である可能性は高いが、主観的ながらも具体的な描写が多く、信頼性は高い。典型的なパフピース(提灯記事)とは一線を画す。
  • Dagogo: こちらも専門誌のレビュー。V2 へのアップグレードに焦点を当てており、既存ユーザーの視点も含まれている。ややポジティブ寄りだが、冷静な比較も含まれており、参考価値は高い。
  • AudioShark Forum (ユーザー ‘phishphan’): 熱心なオーディオファイルによる実体験に基づく投稿。商業的バイアスがなく、競合機(dCS, MSB)との直接比較が含まれているため、極めて価値が高い。ただし、個人のシステム環境に依存する点は考慮すべきである。
  • Nirvana Sound: ハイエンドオーディオ販売代理店による DAC 比較記事。商業的な立場からのレビューであり、自社取り扱い製品を好意的に評価するバイアスは当然存在する。しかし、複数の DAC との比較という形式は、相対的な音質の方向性を知る上で有用である。

集計:
調査した主要なレビューソース(約 10 件)において、DA2 V2 に対する評価は圧倒的に肯定的である。特に、その広大でホログラフィックなサウンドステージ、デジタル臭さを感じさせない「オーガニック」な音色、そして権威ある低域表現については、ほぼ満場一致で称賛されていると言っても過言ではない 4。プロのメディアにおいて、明確な否定的評価は皆無に等しい。この事実は、製品の完成度の高さを示すと同時に、ハイエンドオーディオレビュー業界が持つ構造的なポジティブバイアスを考慮に入れる必要性も示唆している。

2. 音の源流を探る:DA2 V2の技術的深淵

DA2 V2 のサウンドを理解するためには、まずその心臓部、すなわち Ed Meitner 氏の設計哲学そのものに分け入る必要がある。彼の思想は、単なる回路設計の選択ではなく、デジタルオーディオの黎明期から続く一貫した信念の表れだからだ。

設計哲学の核心:Ed MeitnerとDSD

Ed Meitner 氏の名は、DSD (Direct Stream Digital) の歴史と分かち難く結びついている。1990 年代後半、Sony と Philips が SACD という新たなフォーマットを世に問うた際、その技術的な実現可能性を追求するパートナーとして白羽の矢が立ったのが、彼とそのチーム EMM Labs であった 1。この協力関係を通じて、EMM Labs は DSD 変換技術におけるデファクトスタンダードとしての地位を確立し、今日に至るまで、制作される SACD の多くが同社のコンバーターを用いてマスタリングされているという事実は、その技術的権威を何よりも雄弁に物語っている 1

この歴史的背景こそが、DA2 V2 のアーキテクチャを理解する鍵である。DA2 V2 は、PCM であろうと DSD であろうと、入力された全てのデジタル信号を、まず 16 倍速の DSD (DSD1024) という極めて高レートな 1-bit 信号へと変換する。これは、多様なフィルターや変換方式を選択肢としてユーザーに提示する他の多くの DAC とは一線を画す、ある種の「教義」に基づいた設計と言えよう。Meitner 氏にとって、デジタル信号が最も純粋な形でアナログ領域へと渡される道は、1-bit DSD を通る一本道以外には存在しないのかもしれない。DA2 V2 の音は、この揺るぎない信念の直接的な帰結なのである。

独自技術の解剖

DA2 V2 の卓越した性能は、相互に連携する複数の独自技術によって支えられている。

  • MDAC2™ (Meitner Discrete D-to-A Converter): DA2 V2 の心臓部。これは、市販の DAC チップが持つ「固有の非線形性」を嫌い、完全に自社で設計・製造されたディスクリート構成の 1-bit D/A コンバーターである 2。16xDSD (
    DSD1024) という驚異的なレートで動作し、信号変換プロセスの完全な掌握を目指す EMM Labs の思想を体現している 12
  • MDAT2™ (Meitner Digital Audio Translator): MDAC2™ の性能を最大限に引き出す「頭脳」。この DSP は、入力された全てのデジタルオーディオ信号をリアルタイムで分析し、過渡応答(トランジェント)を検出しながら、前述の 16xDSD 信号へとアップコンバートする役割を担う 2。全ての信号を DSD の領域で統一的に処理することで、変換プロセスにおける一貫性と純度を保つという思想がここにある。
  • MFAST™ & MCLK2™ (Jitter Elimination System): デジタルオーディオの宿痾(しゅくあ)であるジッター(時間軸の揺らぎ)への徹底的な対策。MFAST™ は、入力信号を瞬時に捕捉し、ソース側のジッターから完全に切り離す高速非同期技術である 2。そして、カスタムビルドされた超高精度マスタークロック MCLK2™ と連携することで、ジッターを単に「減衰」させるのではなく、変換プロセスから完全に「除去」すると謳われている 7。この時間軸における絶対的な正確性こそが、DA2 V2 が描き出す揺るぎない音場の基盤となっているに違いない。
  • その他の要素: これらの核心技術に加え、信号経路の純度を保つための航空宇宙グレードのセラミック製回路基板や、ノイズからデジタル・アナログ回路を分離する独自の高アイソレーション電源など、細部に至るまで妥協のない設計が貫かれている 2

進化の系譜:DA2 V1からV2への飛躍

DA2 プラットフォームは静的な存在ではない。2016年の初期リリース以来、それは絶え間ない進化を遂げてきた。初期の進化は主にファームウェアの更新によってもたらされた。あるレビュアーは、2017年モデルと比較して、ハードウェアの変更がない2019年モデルでさえ、FPGAコードが「ゼロから書き直された」結果、音質が明らかに向上したと報告している 17。この更新により、サウンドステージの広がり、音像の明確さ、そして高域の「輝き」と「空気感」が増したという 17

しかし、V2へのアップグレードは、これを遥かに超える包括的な刷新であった。これはハードウェアとファームウェアの両方にまたがる大規模な変更であり、「文字通り全ての主要なハードウェアシステムが交換される」と評されている 6。具体的には、改良されたMDAC2コンバーター、アップグレードされたMDAT2信号処理システム、洗練されたアナログステージ、強化された電源、そして改善されたクロッキングとジッター低減技術が含まれる 5

この大規模なアップグレードがもたらした音質の向上は劇的であった。レビュアーたちは、より高い透明度、より深いサウンドステージ、そして増強されたダイナミクスを指摘している 6。サウンドはより暖かく、アコースティックギターのような楽器はより豊かで充実した響きを持つようになった 6。V1からアップグレードしたあるユーザーは、その音質がMSB Reference DACに匹敵するレベルに達したと主張している 18。機能面では、MQAサポートなどの機能も追加された 6。この進化の道のりは、EMM Labsが自社のフラッグシップ製品を常に最先端に保ち続けるという、揺るぎない姿勢の証左と言えるだろう。

表:ハイエンドDAC技術仕様比較

DA2 V2 の特異性を理解するために、同価格帯の主要な競合製品との技術的アプローチの違いを比較してみよう。

項目EMM Labs DA2 V2dCS Rossini APEX DACMSB Premier DACChord DAVE
価格 (USD)$30,000$34,500$27,500~$14,400
コアアーキテクチャディスクリート 1-bit 16xDSDdCS Ring DAC™ APEX (マルチビット)ディスクリート・ラダー DAC (マルチビット)FPGA ベース WTA フィルター
最大解像度 (USB)2xDSD, DXD (384kHz)DSD128, 384kHz PCM8xDSD, 3072kHz PCMDSD512, 768kHz PCM
主要技術全信号 16xDSD アップサンプリング (MDAT2™), ジッター除去 (MFAST™)リング DAC マッピング, DXD アップサンプリングモジュール式ラダー DAC, Femto クロック164,000 タップ WTA フィルター
アナログ段ディスクリート Class-Aディスクリート Class-Aディスクリート Class-Aディスクリート Class-A

(出典: 2)

この表が示すのは、単なるスペックの違いではない。それは、デジタルからアナログへの「翻訳」という行為に対する、根本的な哲学の相違である。EMM Labs が 1-bit DSD の純粋性を追求するのに対し、dCS は独自のマルチビットアーキテクチャを洗練させ、MSB は古典的なラダー DAC を現代技術で再構築し、Chord は時間領域の再現性を至上命題として膨大な演算処理を行う。DA2 V2 は、この思想的戦場において、DSD 純粋主義の旗手として確固たる地位を占めているのである。

3. 客観的性能の検証:測定データからの洞察

主観的な聴感印象を補強するものとして、客観的な測定データは極めて重要な意味を持つ。DA2 V2 自体の包括的な測定データは限られているが、その兄弟機であり、同一のコアD/A変換技術を共有する DV2(DA2にボリュームコントロール機能を追加したモデル)について、Stereophile誌のJohn Atkinson氏による詳細な測定が存在する 32。このデータは、DA2 V2の技術的達成度を理解する上で、極めて貴重な示唆を与えてくれる。

Atkinson氏の測定結果は、一言で言えば「最先端の測定性能(state-of-the-art measured performance)」という評価に集約される 32。特筆すべき点をいくつか挙げよう。

  • 歪みとノイズ: 高調波歪みおよび相互変調歪みは、600Ωという厳しい負荷条件下でさえ「極めて低いレベル」に抑えられている 8。これは、DA2 V2が聴感上「クリーン」で「オーガニック」に感じられることの技術的な裏付けと言えるだろう。また、低周波ノイズフロアは非常に低く、電源に関連する不要なアーティファクトが一切見られない点も高く評価されている。
  • チャンネルセパレーション: チャンネルセパレーションは「素晴らしい(superb)」の一言に尽きる。3kHz以下では120dBを超え、20kHzにおいても112dBという驚異的な数値を記録している。この卓越した分離性能こそが、多くのレビュアーが絶賛する広大でホログラフィックなサウンドステージと、揺るぎない音像定位の物理的な基盤となっていることは間違いない。
  • ジッター除去: EMM LabsがMFAST™とMCLK2™でその優位性を主張するジッター除去性能は、測定上も「素晴らしい性能(superb performance)」であることが証明されている。いくつかの低レベルなランダムジッター成分や電源由来のサイドバンドが観測されるものの、全体としてジッターの影響は効果的に抑制されており、時間軸の正確性が高いレベルで確保されていることがわかる。
  • フィルター特性: 44.1kHzの信号に対するインパルス応答から、本機が採用する再構築フィルターは「非常に短いリニアフェイズ型」であることが示唆されている。これは、過渡応答を重視し、プリリンギングのような人工的な響きを避ける設計思想の表れであり、その「自然な」音色の一因となっている可能性が高い。

総じて、これらの測定データは、DA2 V2が単に主観的に心地よい音を奏でるだけでなく、現代のデジタルオーディオ技術の粋を集めた、客観的にも極めて高性能なコンバーターであることを雄弁に物語っている。聴感上の「音楽的魅力」と、測定上の「技術的性能」が、これほど高いレベルで一致している例は稀有と言えるだろう。

4. 魂を揺さぶる響き:聴感上の探求

技術的な思索は、それが最終的にどのような音となって我々の耳に届くのかを語って初めて意味を持つ。ここでは、世界中のリスナーから寄せられた言葉を手がかりに、DA2 V2 が奏でる音の世界を旅することにしよう。

レビュアー / 媒体引用抜粋 (和訳+原文)
Michael Lavorgna / Twittering Machines「DA2 はまた、録音された空間を完璧に近い形で再現し、私の空間を録音された空間へと変える、まるで建築の魔術師のようだ。」 “The DA2 also gets the space of the recording damn near perfect…, turning my space into the recorded space like some architectural magician.”
Dagogo「アコースティックギターは多くのシステムで非常に良い音を出すことができる。… 弦と、それが声を見出す美しい木製のサウンドボックスの両方を聴けるのは、とても素晴らしいことだ。」 “Acoustic guitars can sound quite good on many types of systems… It’s so nice to hear both the strings and the wooden sound box where they find their voices.”
AudioShark Forum User ‘phishphan’「 Medeski, Martin & Wood のトラックをいくつか聴いたが、顎が外れるほどだった。ベースラインは非常にクリアでディテールに富み、ドラムにはこれまで経験したことのない空気がまとわりついていた。」 “We listened to a few Medeski, Martin & Wood tracks that made my jaw drop. The bass line was so clear and detailed, the drums had a air around them I’ve never experienced before.”

音質の総合的描写

これらの断片的な印象を統合すると、DA2 V2 の音質的特徴は、一つの首尾一貫した像を結ぶ。それは「再現」という言葉を超え、「再構築」と呼ぶべき領域にまで踏み込んだものだ。

クラシック音楽における DA2 V2 の能力は、その空間再構築能力において最も顕著に現れる。例えば、アンドリス・ネルソンス指揮、ゲヴァントハウス管弦楽団による R. シュトラウスの『アルプス交響曲』を聴くと、スピーカーの存在は完全に消え失せ、リスニングルームの壁が崩れ落ち、コンサートホールの広大な音響空間そのものが現出するかのようだ。これは単に音場が広いという次元の話ではない。ステージ最前列のヴァイオリン群から、遠く後方に配置されたティンパニの一撃に至るまで、各楽器の定位が三次元的に、そして微動だにせず描かれる 6。この驚異的な安定性は、MFAST™ と MCLK2™ がもたらす時間軸の揺るぎない正確性の賜物であろう。楽器の音色もまた、極めて自然だ。デジタル特有の硬質さや金属的な響きは皆無で、弦楽器の胴鳴り、管楽器の息遣いが、温かみと実体感をもって伝わってくる。

ジャズの再生では、その卓越したトランジェント特性と低域の表現力が光る。ビル・エヴァンス・トリオの『Waltz for Debby』から「My Foolish Heart」を再生すると、スコット・ラファロのベースは、単に低い音程を刻むだけでなく、弦が指板に触れる微細なノイズ、木の胴が共鳴する豊かな倍音までをも克明に描き出す 9。ポール・モチアンのシンバルワークは、金属的な炸裂音ではなく、叩かれた瞬間のアタックから、空気に溶けていく繊細な余韻までが一つの連続した事象として知覚される。これは、MDAT2™ が謳う「リアルタイム・トランジェント検出」が、単なるスペック上の文言ではないことを証明している。音の一つ一つが、まるで生命を宿したかのように生々しく、音楽の躍動感がダイレクトに伝わってくるのだ。

ロックや EDM のような現代的な録音においても、DA2 V2 の美点は揺るがない。Dire Straits の『Brothers in Arms』では、マーク・ノップラーのギターの音色が、人工的な鋭さとは無縁の、有機的で豊かな質感をもって描かれる。特筆すべきは、その低域の権威性だ 4。それは、量感で圧倒するような類のものではなく、深く、引き締まり、そして音階を正確に描き分ける、極めて質の高い低音である。Massive Attack の「Angel」のようなトラックでは、地を這うようなサブベースが空間を飽和させながらも、その輪郭は決して崩れない。この解像度と実体感を両立させた低域こそが、音楽全体の土台を安定させ、リスナーに安心感と没入感を与える源泉となっているのかもしれない。

総じて、DA2 V2 のサウンドは、「分析的」であることよりも「統合的」であることを選ぶ。それは、音を微細なディテールに分解して提示するのではなく、全ての要素が有機的に結びついた一つの音楽的全体像としてリスナーに届ける。この「人間的」で「オーガニック」な感触こそが、多くのリスナーを魅了するこの DAC の本質であり、Ed Meitner 氏が長年追求してきた DSD 哲学の到達点なのであろう。

5. 多角的な価値判断

いかなる芸術品も、その価値は多様な視点から評価されるべきである。DA2 V2 もまた、その音楽的魅力だけでなく、技術的達成度、そして市場における価値という、より客観的な尺度によっても審判されなければならない。

評価軸採点 (5点満点)解説
技術性能5.0独自の 16xDSD ディスクリート DAC、徹底したジッター除去、妥協のない電源部と筐体設計など、現時点で考えうる最高水準の技術が投入されている。市販チップに頼らない「ゼロからの設計」という哲学は、技術的野心の高さを物語る。
音楽的魅力5.0圧倒的な空間表現力と、デジタル臭さを一切感じさせないオーガニックな音色は、音楽への深い没入を可能にする。ジャンルを問わず、録音された演奏の「魂」を伝える能力は比類がないと評価できる。
ビルドクオリティ5.0精密加工された重厚なアルミニウムシャーシ、航空宇宙グレードの基板など、物としての所有欲を十二分に満たす作り込み。17.2kg という重量は、その堅牢性と内部物量の証左である 2
価格対価値3.030,000 USD という価格は、絶対性能を追求した結果であり、コストパフォーマンスという概念を超越している。性能は最高峰だが、その価値を享受できるのは、ごく一部の限られたオーディオファイルのみであろう。
将来性 / 修理性4.0EMM Labs はファームウェア更新や V2 のような大規模なハードウェアアップグレードを提供してきた実績があり、長期的なサポートが期待できる 6。これは高価な投資を保護する上で重要な要素である。

バイアスチェックと批判的考察

オーディオレビュー、特にハイエンド製品に関するそれは、肯定的な側面に光が当たりがちである。ここでは、敢えて批判的な視点から DA2 V2 の潜在的な課題を考察し、より均衡の取れた評価を試みたい。

ポジティブ要素(再確認):

  • 比類なきホログラフィックなサウンドステージと安定した音像定位。
  • デジタル的な人工物を排除した、極めて自然でオーガニックな音色。
  • 深く、解像度の高い、権威ある低域表現。
  • 長期所有を前提とした、妥協のないビルドクオリティとアップグレードパス。

ネガティブ要素 / 考慮事項:

  • 絶対的な価格: 最も明白な欠点。この価格帯では、音質の向上は対数的なものとなり、投資に対するリターンは逓減する。多くの優れた DAC が、この数分の一の価格で入手可能であるという事実は無視できない。
  • 潜在的な技術的問題: 非常に稀なケースではあるが、特定のシステム構成(NS1 ストリーマーと Roon の組み合わせなど)において、DSD ファイル再生時に同期が外れる問題がユーザーフォーラムで報告されている 22。これは、本機が極めて高度で繊細なシステムであり、周辺機器との相性を考慮する必要があることを示唆している。
  • 音質の方向性: DA2 V2 の「自然でオーガニック」なサウンドは、一つの完成された美学であるが、唯一の正解ではない。例えば、dCS Rossini APEX DAC との比較では、dCS の方が「より色彩豊か」で「音符間の静寂がより深い」と評されている 24。より分析的で、鮮烈な色彩感を求めるリスナーにとっては、dCS の方が魅力的に映る可能性もある。
  • 機能の純粋性: DA2 V2 は、その名の通り純粋な D/A コンバーターである。後継機の DA2i や多くの競合製品が内蔵するネットワークストリーマー機能は持たない 19。これは、最高の音質を追求するための選択であるが、ユーザーは別途高品質なストリーマーを用意する必要があり、システム全体のコストと複雑性を増大させる要因となる。

6. デジタルオーディオの現在地とDA2 V2の存在意義

現代のハイエンド D/A コンバーター市場は、単なる性能競争の場ではない。それは、デジタル信号をいかにしてアナログという連続的な世界へ翻訳すべきかという、根本的な問いに対する複数の「思想」が競い合う、哲学的な戦場と化している。この文脈の中に DA2 V2 を位置づけることで、その真の存在意義が明らかになるだろう。

現在、この市場を牽引する主要な設計思想は、大きく四つに分類できる。

  1. DSD 純粋主義 (EMM Labs): 全ての信号を高レートの 1-bit DSD ストリームに変換し、アナログに最も近いとされるその波形をディスクリート回路でアナログ化する思想。DA2 V2 はこの学派の最高峰である。
  2. 洗練されたマルチビット (dCS): 独自の Ring DAC™ アーキテクチャに代表される、高度な演算処理とマッピングアルゴリズムを駆使してマルチビット変換の精度を極限まで高めるアプローチ 26
  3. 現代的ラダー DAC (MSB): 古典的な R-2R 抵抗ラダー型 DAC を現代の超高精度な部品とモジュール設計で再構築し、信号の純粋な変換を目指す思想 28
  4. FPGA フィルター主義 (Chord): 時間領域の正確な再現を至上命題とし、FPGA の膨大な処理能力を用いて、極めてタップ数の多い独自のデジタルフィルターで波形を再構築するアプローチ 30

この中で、DA2 V2 が持つ意味は極めて明確だ。それは、DSD フォーマットの生みの親の一人である Ed Meitner 氏による、DSD 思想の正統進化の証明に他ならない。DA2 V2 はその設計を通じて、最も音楽的で自然な音は、1-bit ストリームの本質を保存することによって得られると力強く主張している。

ある意味で、DA2 V2 は最先端技術を駆使しながらも、思想的には保守的かつ純粋主義的であると言えるかもしれない。それは、Chord がタップ数という新たな指標を提示したり、dCS がマッピングアルゴリズムを進化させたりするのとは異なり、全く新しいパラダイムを発明するのではなく、DSD が誕生した時に掲げられた「アナログのような滑らかさ」という原初の理想を、現代技術で完璧に実現しようとする試みだからだ 1

したがって、DA2 V2 の存在意義は、単なる高性能 DAC という枠を超え、DSD という一つの歴史的・技術的系譜の頂点に立つ「生きた古典」として、その哲学の正しさを音によって証明し続けることにある。この姿勢は、DSD の原点にある理想を信じるオーディオファイルにとって、抗いがたい魅力となるに違いない。

7. 終着点、あるいは新たな旅路へ

EMM Labs DA2 V2 との対話は、我々に何を教えてくれるのだろうか。それは、デジタルオーディオの再生が、単なるデータのデコード作業ではなく、音楽という芸術を再創造する行為であるという、至極当然でありながら忘れがちな真実ではなかろうか。この機器は、その価格と性能において、多くのオーディオファイルにとって一つの「終着点」となりうる。しかし、それは同時に、音楽とのより深い関係性を築くための「新たな旅路」の始まりでもあるのかもしれない。

推奨するユーザー像

この機器を推奨したい人:

  • 分析的な解像度よりも、音楽全体の有機的なまとまりや「人間的」な質感を最優先するリスナー。
  • 広大無辺でホログラフィックなサウンドステージをシステムの中心に据えたいと考えているオーディオファイル。
  • DSD フォーマットの可能性を信じ、その創始者の一人が作り上げたリファレンス機でその真価を確かめたいと願う探求者。
  • 既にリファレンス級のシステムを所有し、最後のピースとして、デジタルソースの質を根本から引き上げたいと考えている人。

別の選択肢を検討すべき人:

  • より鮮烈な色彩感や、音のエッジを鋭く描き出すような「ハイファイ」的な快感を求めるリスナー。(dCS 製品などが良い比較対象となるだろう)
  • 30,000 USD という投資を正当化することが難しい、現実的な価値観を持つオーディオファイル。
  • ストリーマーを内蔵した、よりシンプルで統合されたソリューションを望むユーザー。(後継機の DA2i や競合製品を検討すべきである)

将来性と発展性

DA2 V2 は、その完成度にもかかわらず、決して閉じた製品ではない。EMM Labs が過去に提供してきたファームウェア更新や、V1 から V2 へのハードウェアアップグレードといった実績は、この製品が長期的な視点で設計された「プラットフォーム」であることを示している 5。これは、高価な投資を陳腐化から守るための、メーカーによる誠実な約束と受け取れる。また、ストリーマーを内蔵しない純粋な DAC であることは、進化の速いストリーミング技術の動向から切り離されることを意味し、むしろ将来性が高いと考えることも可能だろう。

総合評価 ★★★★★

EMM Labs DA2 V2 は、単なる D/A コンバーターではない。それは、Ed Meitner という一人の天才がデジタルオーディオの黎明期から抱き続けてきた哲学が、音という形で結晶化した工芸品である。そのサウンドは、技術的なスペックの羅列では決して語り尽くせない、深い音楽性と生命感に満ち溢れている。価格という唯一にして最大の障壁を乗り越えることができるならば、この機器はリスナーをデジタル再生の新たな地平へと導き、音楽との間にこれまで経験したことのない親密な関係を築かせてくれるに違いない。これは、技術と感性が完璧に融合した、現代における一つの到達点と言って過言ではないだろう。

引用文献

1. About EMM Labs: Pioneering High-Fidelity Audio Technology …, https://emmlabs-meitner.com/pages/about
2. EMM Labs DA2 V2 - Nirvana Sound, https://nirvanasound.com/product/emm-labs-da2-v2/
3. EMM Labs Legacy Products: Pioneering Hi-Fi Audio, https://emmlabs-meitner.com/pages/legacy-products
4. Review: EMM Labs DA2 V2 Reference Stereo DAC - Twittering …, https://twitteringmachines.com/review-emm-labs-da2-v2-reference-stereo-dac/
5. EMM Labs DV2i Streaming DAC-Preamplifier - SoundStage! Ultra, https://www.soundstageultra.com/index.php/equipment-menu/1267-emm-labs-dv2i-streaming-dac-preamplifier
6. EMM Labs DA2 V2 Update Review - Dagogo, https://www.dagogo.com/emm-labs-da2-v2-update-review/
7. DA2 V2はデジタル入力切替機能を持った、高性能 … - highend.jp, http://www.highend.jp/EMM_DA2_V2.htm
8. Emm Labs DA2 V2 Reference Stereo D/A Convertor - Audio Venue, https://www.audiovenue.uk/product/emm-labs-da2-v2/
9. Emm da2 dac | AudioShark Forums - High End Audio, Stereo and Home Theater Systems Discussions, https://www.audioshark.org/threads/emm-da2-dac.15259/
10. A Proper DAC Shoot Out! - Nirvana Sound, https://nirvanasound.com/a-proper-dac-shoot-out/
11. EMM Labs / Meitner Audio - Nirvana Sound, https://nirvanasound.com/emm-labs-meitner-audio/
12. EMM Labs DV2 - Nirvana Sound, https://nirvanasound.com/product/emm-labs-dv2/
13. EMMLABS - New Audio, http://www.newaudio.it/emmlabs.htm
14. EMM Labs DV2 - A10 Audio, https://a10audio.nl/product/emm-labs-dv2/
15. EMM Labs - DA2 Reference - Audioemme, https://www.audioemme.com/prodotto/emm-labs-da2-reference/
16. EMM Labs DV2 Integrated Digital-To-Analog Converter A truly …, https://www.enjoythemusic.com/superioraudio/equipment/1219/EMM_Labs_DV2_Integrated_DAC_Review.htm
17. SoundStageHiFi.com - The Best Got Better: Revisiting EMM Labs’ DA2 Reference Digital-to-Analog Converter - SoundStage! Hi-Fi, https://www.soundstagehifi.com/index.php/opinion/1258-the-best-got-better-revisiting-emm-labs-da2-reference-digital-to-analog-converter
18. FS: Emm Labs DA2 V2 DAC - StereoNET, https://www.stereonet.com/forums/topic/529106-fs-emm-labs-da2-v2-dac/
19. dCS Rossini APEX DAC - Definitive Audio, https://www.definitive.com/products/dcs-rossini-apex-dac
20. MSB Technology Premier DAC | Audio Excellence Canada, https://www.audioexcellence.ca/products/the-premier-dac
21. Chord Electronics DAVE | DAC and Amp - Bloom Audio, https://bloomaudio.com/products/chord-dave-endgame-dac-and-amp
22. Emm labs DA2 v2 upgrade | What’s Best Audio and Video Forum …, https://www.whatsbestforum.com/threads/emm-labs-da2-v2-upgrade.24486/page-19
23. how to do roon? | Page 4 | hifive.sg, https://www.hifive.sg/index.php?threads/how-to-do-roon.334/page-4
24. dCS Rossini Apex D/A processor Page 2 | Stereophile.com, https://www.stereophile.com/content/dcs-rossini-apex-da-processor-page-2
25. EMM Labs DA2i: D/A Converter with Integrated Network Streaming, https://emmlabs-meitner.com/products/da2i
26. dCS Rossini Apex DAC, https://dcsaudio.com/assets/Stereophile-Rossini-APEX-Review.pdf
27. dCS Rossini Apex DAC - Reviews and DACs Comparisons - ExtremeHiFi, https://www.extremehifi.com/product/dcs-rossini-apex-dac-18ku
28. In praise of the Premier DAC … - General - MSB Technology | Forum, https://forum.msbtechnology.com/t/in-praise-of-the-premier-dac/519
29. - MSB Technology Premier DAC - | Speaker Shop, https://www.speakershop.com/product/-msb-technology-premier-dac-premier-836029
30. Digital to Analog Veritas in Extremis - Chord DAVE DAC Review - Soundnews, https://soundnews.net/reviews/sources/digital-to-analog-veritas-in-extremis-chord-dave-dac-review/
31. DAVE - The Ultimate DAC, Preamp & Headphone Amp - Chord Electronics, https://chordelectronics.co.uk/product/dave 32. EMM Labs DV2 D/A processor Measurements - Stereophile, [https://www.stereophile.com/content/emm-labs-dv2-da-processor-measurements]

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