音を再生するという行為は、突き詰めれば物理現象の忠実な再現に他ならない。しかし、我々が音楽に求めるのは、単なる空気の振動ではない。それは感情の潮流であり、記憶の残響であり、時に我々の精神を揺さぶる形而上的な体験である。この物理と感性の狭間に横たわる深淵を、真摯に見つめる者だけが、真のハイファイ機器を生み出す資格を持つのかもしれない。
ベルリンを拠点とするHEDD Audioは、まさにその哲学を体現する企業と言えるだろう。物理学者クラウス・ハインツと、その息子であり音楽学者・マスタリングエンジニアでもあるフレデリック・ノップ博士によって設立されたこの工房は、一貫して「完全な正確性と卓越した信号忠実度」を追求してきた 1。彼らにとって、オーディオ機器とは心地よい音色で音楽を装飾する道具ではなく、録音された信号の真実を外科的な精度で暴き出すための測定器に近い存在なのである。
その思想の結晶が、世界で唯一のフルレンジAir Motion Transformer (AMT) ドライバーを搭載したHEDDphoneシリーズに他ならない。初代モデルは、その画期的な技術と比類なき解像度で賞賛を浴びる一方、700gを超えるその質量は、物理的な存在としてあまりにも重かった 3。
そして今、3年にわたるユーザーフィードバックと relentless な研究開発の末、その後継機「HEDDphone TWO」が我々の前に姿を現した 4。これは単なる改良版なのだろうか。それとも、物理学者の魂と音楽家の耳が、より高次元で融合した新たな音響哲学の提示なのだろうか。本稿では、その核心に迫りたい。
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HEDDphone TWO — Overview
- メーカー: HEDD Audio (Heinz ElectroDynamic Designs)
- 型番: HEDDphone TWO
- 発売日: 2023年頃
- 価格帯: $1,999 USD 6 / 295,000円(税込)7
主要スペック 4
- 方式: Air Motion Transformer (AMT) with VVT technology
- 形式: 開放型、オーバーイヤー (Circumaural)
- 周波数特性: 10 Hz - 40 kHz
- インピーダンス: 41 Ω (フラット)
- 感度: 89 dB SPL at 1 mW
- 推奨パワー: 1000 mW以上
- 重量: 550 g
1. 第三者による評価の潮流
HEDDphone TWOは、そのユニークな出自と技術背景から、世界中のオーディオコミュニティで活発な議論を巻き起こしている。ここでは、その評価の潮流を俯瞰し、コンセンサスと論点を整理する。
メディア | 引用抜粋 (和訳+原文) | 評価点 |
---|---|---|
Headfonics | 「よりフラットで筋肉質なサウンドシグネチャー…ミッドレンジの卓越性に重点が置かれている。」 (“a flatter more muscular sound signature with a heavier emphasis on midrange excellence.”) | 8.7/10 |
The Ear | 「全体的な音色は見事にゴージャスで、高音は純粋な喜び、そのニュートラルさは格別だ。」 (“The overall timbre is just spot-on gorgeous, the treble a sheer delight and the neutrality to die for.”) | ★★★★★ |
Ear-Fidelity | 「非常にニュートラルで、技術的なサウンドのヘッドホンであり、市場で最高の技術特性を持つ一つだ。」 (“It’s a very neutral, technical-sounding headphone with one of the best technicalities in the market.”) | Recommended |
Tape Op | 「オリジナルのHEDDphoneの音響的表現は既に印象的でユニークだったが、TWOモデルの過渡応答と精度の向上は、ミックスの判断を実行する上でさらに適している。」 (“the sonic presentation of the original HEDDphone was already impressive and unique, but the enhancements to transient response and accuracy of the HEDDphone TWO model make it even better suited for implementing mix decisions.”) | N/A |
Headphones.com | 「HEDDPhone TWOは、私がヘッドホンにこれほど速さがあることを忘れかけていたほどのスピード感を醸し出している。」 (“The HEDDPhone TWO exudes a sense of speed that I’ve almost forgotten headphones can have.”) | N/A |
Reddit User “Dr. HiFi” | 「Susvaraを彷彿とさせるサウンドだが、技術レベルはわずかに低い。」 (“The sound reminds me of the Susvara, though at a slightly lower technical level…”) | N/A |
評価の集計と分析
主要なレビューソースを調査すると、評価の軸は明確なコンセンサスを形成している。
肯定的な潮流: 全てのレビューが一致して賞賛するのは、AMTドライバーがもたらす圧倒的なスピードとディテール再現能力である 8。特に、音の立ち上がりと立ち下がりの微細な変化を捉えるマイクロダイナミクスや、楽器固有の響きを再現する「音色の解像度 (timbral resolution)」は、他の追随を許さないレベルにあると評価されている 9。また、初代機の最大の課題であった重量と装着感が劇的に改善された点も、満場一致で高く評価されている 3。
否定的・議論の分かれる潮流: 一方で、いくつかの論点が浮かび上がる。第一に、低域の量感不足である。特にサブベースのロールオフが指摘されており、パンチや量感を求めるリスナーには物足りなく感じられる可能性がある 3。第二に、
サウンドステージの広さについては評価が分かれている。「スピーカーのようだ」と広大さを称賛する声がある一方で、「開放型としてはやや狭い」と感じるレビューも散見される 10。そして第三に、その
駆動要求の高さである。ポータブル機器での駆動は困難であり、その真価を発揮するにはパワフルな据え置きアンプが必須であるという点で意見は一致している 13。
バイアスに関する考察: これらのレビューの多くはメーカーから提供されたサンプルに基づいているため、前モデルからの改善点に焦点が当たりやすいという構造的なバイアスは考慮すべきだろう。その点、実際に製品を購入したユーザーが集うフォーラムの意見は、アンプとの相性や長期使用における課題など、より現実的な視点を提供しており、貴重な情報源と言える。本稿では、これらの異なる立場からの評価を総合的に勘案し、多角的な分析を試みる。
2. 音響哲学の具現化:技術的洞察
HEDDphone TWOを理解するためには、まずその設計思想の根源、すなわち創業者たちの哲学に触れなければならない。このヘッドホンは、単なる工業製品ではなく、一つの音響哲学が具現化したものだからだ。
HEDDの血統:物理学者の精度と音楽家の感性
HEDD Audioの物語は、物理学者クラウス・ハインツの音響探求の歴史そのものである 1。彼はADAM Audioの創業者としても知られ、そのキャリアを通じて、物理学者オスカー・ハイルが発明したAir Motion Transformer (AMT) 技術の改良に生涯を捧げてきた 2。彼の目標は常に、物理法則に則った寸分の狂いもない信号再現であった。
この科学的探求に、新たな次元をもたらしたのが、息子であり音楽学者・マスタリングエンジニアでもあるフレデリック・ノップ博士の参画である 2。物理学的な正しさを追求する父と、その音が音楽としてどう響くかを評価する息子。この二つの視点の融合こそが、HEDDのハウスサウンドを規定している。彼らの製品は、心地よい音色を加えるのではなく、録音された音源の真実をありのままに提示することを至上命題とするプロフェッショナル・モニターの思想から生まれているのである 1。HEDDphone TWOが分析的でニュートラルな音響特性を持つのは、この血統から来る必然と言えよう。
機構の心臓部:フルレンジAMTドライバー
HEDDphone TWOの核心は、その唯一無二のフルレンジAMTドライバーにある。従来のダイナミック型や平面磁界型ドライバーが振動板をピストンのように前後に「押す/引く」のに対し、AMTはアコーディオンのように折り畳まれた振動板が「収縮/伸長」することで空気を「絞り出す」 3。この動作原理により、振動板の移動速度に対して最大5倍速く空気を動かすことが可能となり、これが驚異的な過渡応答性能(スピード)と低歪率の源泉となっている 3。
しかし、AMTは本来、高域再生を得意とするトゥイーター用の技術であった。これをヘッドホンで全帯域(フルレンジ)再生させるという前代未聞の挑戦を可能にしたのが、HEDD独自のVVT (Variable Velocity Transformation) 技術である 4。これは、振動板の「折り目」の幅や深さを部位によって変化させるという幾何学的な工夫であり、これにより10 Hzから40 kHzという広大な帯域をリニアに再生することを実現した。これは、AMTの歴史における画期的な革新と言っても過言ではない。
身体の構築:物理法則との闘い
初代HEDDphoneは、その革新的なサウンドと引き換えに、718gという途方もない質量を背負っていた 3。これは、広帯域をカバーするAMTドライバーが必要とする巨大で強力な磁気回路に起因する、いわば物理的な宿命であった。
HEDDphone TWOの開発は、この物理法則との闘いの記録でもある。エンジニアたちは、カーボンファイバー製のヘッドバンドやマグネシウム製のイヤーカップといった軽量素材を戦略的に採用することで、重量を550gへと約25%削減することに成功した 6。
さらに、残された質量を如何に効率よく分散させるかという課題に対して、彼らはHEDDbandと名付けられた独創的な解決策を提示した 4。これは、ヘッドホンの高さと側圧(クランプ力)をそれぞれ独立して調整できる、特許出願中の二重ストラップシステムである 16。この複雑な機構は、単なる装飾ではない。それは、AMTというドライバー技術が課す物理的制約を克服し、人間工学的な快適性を両立させるために編み出された、必然性から生まれた機能美なのである。
競合との技術仕様比較
HEDDphone TWOの技術的特異性を理解するために、同価格帯の主要な競合製品とのスペックを比較してみよう。
モデル (Model) | 方式 (Principle) | インピーダンス (Impedance) | 感度 (Sensitivity) | 重量 (Weight) | 参考価格 (USD) |
---|---|---|---|---|---|
HEDDphone TWO | AMT | 41 Ω | 89 dB/mW | 550 g | $1,999 |
Audeze LCD-5 | Planar Magnetic | 14 Ω | 90 dB/1mW | 420 g | $4,500 |
Focal Utopia (2022) | Dynamic | 80 Ω | 104 dB/1mW | 490 g | $4,999 |
Sennheiser HD 800 S | Dynamic | 300 Ω | 102 dB (1 V) | 330 g | ~$1,799 |
出典: 4
この表から明らかなように、HEDDphone TWOの89 dB/mWという感度は、Focal Utopiaの104 dB/1mWと比較して著しく低い。これは、このヘッドホンがその性能を完全に発揮するために、極めて強力な駆動力を持つヘッドホンアンプを要求することを示唆している。
3. 測定データから見る音響特性
我々の耳が捉える感覚的な印象は、測定データという客観的な鏡に映し出すことで、その輪郭をより鮮明にする。ここでは、公開されている測定データを基に、HEDDphone TWOの音響特性を物理的な観点から分析する。
周波数特性 (Frequency Response)
複数の測定ソースを総合すると、HEDDphone TWOの周波数特性は、その設計思想を雄弁に物語っている 9。
- 低域: 最も顕著な特徴は、60Hzあたりから始まる緩やかなサブベースのロールオフである 9。これは、HEDDのスタジオモニターとの音響的な互換性を意図したチューニングとされており、量感よりも質感と精度を重視する姿勢の表れと言える 26。
- 中域: 200Hzから1kHzにかけての帯域は概ねフラットであり、これが本機の透明で分析的な中域の礎となっている。ただし、一部の測定では700Hz付近に小さなピーク、2kHz付近にディップが観測されており、これが一部のレビュアーが指摘する「僅かな箱鳴り感」や「音の直接性の後退」に繋がっている可能性がある 16。
- 高域: 3kHz付近に適切な耳介ゲイン(pinna gain)のピークが見られるものの、その後6-8kHzにかけて一度落ち込み、10-14kHzの超高域で再び顕著なピークを持つ 9。この「暖かさと明るさの珍しい組み合わせ」9こそが、HEDDphone TWOの個性的な音響シグネチャーを形成している。6-8kHzのディップは中高域の攻撃性を和らげる一方、10-14kHzのピークはAMTドライバー特有の「速さ」や「空気感」の知覚に貢献している。しかし、このピークは同時に、一部のリスナーにとっては歯擦音(シビランス)を強調する要因ともなり得る 9。
歪率特性 (Distortion Characteristics)
初代HEDDphoneは、測定上、低域の歪みが極めて低い一方で、聴覚が最も敏感な2-5kHzの中高域で歪率が上昇するという、異例の特性を示していた 28。これは、AMTドライバーをフルレンジ化する上での技術的課題を浮き彫りにするものだった。
HEDDphone TWOでは、この点が明確に改善されている。メーカー自身も、新しいドライバーでは特に高域の可聴歪みを低減したと主張しており 20、複数のレビューでも、特に100Hz以下の低域における高調波歪みとリンギングが低減され、過渡応答が大幅に改善されたことが確認されている 10。低域の歪みが「基本的に存在しない」レベルにまで抑えられているため 20、ユーザーはサブベースのロールオフをイコライザーで補正する際に、歪みの増加を心配する必要がほとんどない。これは、ユーザーによる音質調整の自由度を担保する、重要な技術的進歩と言えるだろう。
4. 音の解剖学:リスニング・インプレッション
技術的な洞察を感覚的な体験へと翻訳しよう。ここでは、様々なレビューから引用した聴感印象を基に、HEDDphone TWOが描く音の世界を解剖していく。
レビュアー / 媒体 | 引用抜粋 (和訳+原文) |
---|---|
Resolve (Headphones.com) | 「HEDDPhone TWOは、ノートがマイクロディテールで咲き誇る…楽器のキャラクターのより完全な全体像を与えてくれる。」 (“Notes bloom with microdetails that give me a more complete picture of an instrument’s character.”) |
The Ear | 「ポンポンという低音を求めるリスナーは他を探すべきだ。これらは洗練されたヘッドホンである。」 (“Listeners wanting thump-thump bass should look elsewhere; these are refined headphones…”) |
Audio46 | 「サウンドステージは、オープンバック設計から期待されるよりも狭く感じられる。」 (“The HEDDphone TWO GT offers a soundstage that feels narrower than one might expect from an open-back design.”) |
Tape Op | 「AMTドライバーは耳の周りと同じくらい外側にも配置されているため、サウンドステージは広大に感じられる——耳の間の空間に限定されない。」 (“because the AMT drivers are quite large and are positioned as much around your ears as they are outside of them, the soundstage feels expansive – not limited to the space between your ears”) |
サウンドシグネチャー分析
全体的な性格: HEDDphone TWOの音は、暖かく包み込むような抱擁ではなく、冷徹なメスによる解剖である。その性格を決定づけるのは、AMTドライバーの物理特性に由来する「速さ」と「明瞭さ」に他ならない 8。これは音楽を楽しむための装置というより、音楽を分析するための道具としての性格が色濃いことを示している。
低域 (Bass): HEDDphone TWOの低域は、量感や衝撃(スラム)ではなく、質感(テクスチャー)と速度で語られるべきだろう。音の輪郭は極めて明瞭で、歪み感は皆無に等しい 20。しかし、多くのレビューが指摘するように、重低音域(サブベース)は緩やかに減衰しており、平面磁界型やダイナミック型のフラッグシップ機が持つような、身体を揺さぶるような深みや重みは感じられない 3。これは、EDMの808キックドラムの物理的な衝撃を求めるのではなく、ジャズトリオにおけるウッドベースの弦が指板を擦る微細なニュアンスを聴き取るためのチューニングである。
中域 (Midrange): この帯域こそ、HEDDphone TWOが王として君臨する領域である。ボーカルや弦楽器、ピアノといった音楽の骨格を成す要素が、息を呑むほどの透明度と生々しさで描かれる 12。レビュアーが 「音色の解像度 (timbral resolution)」 という言葉で表現しようとしたのは、まさにこの能力であろう 9。それは、楽器が持つ複雑な倍音構造を精密に分解し、その固有の「声」を寸分違わず再現する能力だ。物理学的な正確性が、音楽的な芸術性へと昇華される瞬間がここにある。
高域 (Treble): 高域は非常に伸びやかで、微細なディテールに満ちており、音場全体の空気感や解像度の高さに大きく貢献している。しかし、それは諸刃の剣でもある。あるレビュアーはその透明感を絶賛する一方で 10、別のレビュアーはやや硬質で、録音によっては歯擦音(シビランス)を強調する可能性があると指摘する 9。これは、HEDDphone TWOが録音の善し悪しを一切容赦なく暴き出す、極めて正直なモニターであることを物語っている。
サウンドステージと音像定位 (Soundstage & Imaging): ここに、レビュー間で最も興味深い相克が見られる。ある者はその音場を「やや狭い」と評し 9、またある者は「広大でスピーカーのようだ」と述べる 10。この矛盾は、何を意味するのか。
おそらく、両者は異なる側面を語っているのだろう。HEDDphone TWOが描く音場の左右の広がり(width)は、Sennheiser HD 800 Sのようなパノラマ的な広大さには及ばないのかもしれない。しかし、その音場内における音像の定位(imaging)と奥行き(depth)は驚異的に正確かつ立体的である。多くのレビューが指摘する「スピーカーライク」という表現は、単なる横幅ではなく、音が頭の中から解放され、前方に明確な音像を結ぶ感覚を指しているのではないだろうか。つまり、HEDDphone TWOは、スケールの大きさよりも、音像の精密さで勝負するヘッドホンなのである。
5. 価値の天秤:多角的評価
これまでの分析を基に、HEDDphone TWOの価値を複数の評価軸から客観的に採点する。
評価軸 (Axis) | 採点 (Score) | 解説 (Commentary) |
---|---|---|
技術性能 (Technical Performance) | 4.5 / 5 | AMTドライバーがもたらす過渡応答の速さと解像度は、同価格帯でも最高峰に違いない。マイクロダイナミクスと音色の再現性は特筆に値する。ただし、マクロダイナミクスのインパクト不足と、アンプに極めて高い能力を要求する点が、満点に至らない理由である 9。 |
音楽的魅力 (Musical Charm) | 3.5 / 5 | 分析的な聴取には比類なき喜びをもたらすが、音楽に身を委ねるような没入感や暖かみは希薄かもしれない。録音の粗を白日の下に晒すため、リスナーと音源を選ぶ傾向がある。これは設計思想の反映であり、一概に欠点とは言えないだろう 8。 |
ビルドクオリティ (Build Quality) | 4.0 / 5 | カーボンファイバーやマグネシウムを用いた堅牢な作りは、ドイツ製品らしい質実剛健さを感じさせる。豪華さよりも機能性を優先した「プロの道具」としての佇まいがそこにある。HEDDbandの調整機構は独創的だが、直感的な操作には多少の慣れを要する 6。 |
価格対価値 (Price-to-Value) | 4.0 / 5 | $2,000という価格は、そのユニークな技術と特異な性能を考慮すれば、フラッグシップ市場において非常に競争力が高いと言える。ただし、その価値を最大限に引き出すには、強力な上流システムへの追加投資が暗黙の前提となっている点は留意すべきである 8。 |
将来性 / 修理性 (Future-Proofing / Serviceability) | 4.5 / 5 | 業界標準の3.5mm端子を採用し、ケーブル交換による音質の探求やメンテナンスが容易である。ユーザー登録による5年間の長期保証は、メーカーの製品に対する自信の表れであり、長期的な安心感に繋がる 9。 |
6. 存在意義の探求:市場における位置付け
ハイエンドヘッドホン市場は、個性豊かな強豪がひしめく戦国時代である。この群雄割拠の中で、HEDDphone TWOは自らの存在意義をどこに見出しているのだろうか。
スペシャリスト vs. オールラウンダー
結論から言えば、HEDDphone TWOは万能選手(オールラウンダー)を目指してはいない。それは、特定の領域においてライバルにその座を譲る。Focal Utopiaが誇る圧倒的なダイナミックな衝撃力(スラム)21、Sennheiser HD 800 Sが描く広大なパノラマサウンドステージ 22、そしてAudeze LCD-5が持つ深淵な低域の権威 23。HEDDphone TWOは、これらの土俵で真っ向から勝負を挑むことはしない。
その存在意義は、彼らとは全く異なるゲームを提案することにある。そのゲームのルールは、AMTドライバーの物理的優位性に根差している。すなわち、**「過渡応答の忠実度」と「音色の解像度」**である。このヘッドホンは、音の量感や空間の広さよりも、音が生まれてから消えるまでの、その一瞬の振る舞いをいかに正確に捉えるか、という点に価値の軸足を置いている。これは、他の多くのヘッドホンが目指す方向とは一線を画す、極めて専門的なアプローチだ。
玩具ではなく、道具として
この専門性は、HEDD Audioのプロオーディオメーカーとしての出自に深く関わっている。HEDDphone TWOは、音楽を心地よく楽しむための「玩具」というよりも、音楽の構造を解き明かすための「道具」としての性格が強い。その使命は、録音に刻まれた真実を、良くも悪くも、ありのままに提示することにある 8。
この立ち位置は、HEDDphone TWOを二種類のユーザーにとってかけがえのない存在にする。一方は、音を創り出す側のプロフェッショナル。彼らにとって、これは信頼に足るリファレンス・モニターとなるだろう。もう一方は、音を分析的に聴くことを至上の喜びとするオーディオファイル。彼らにとって、これは挑戦的でありながらも、計り知れない発見をもたらす探求の道具となるに違いない。
7. 結論:誰のための音か
HEDDphone TWOは、万人向けのヘッドホンではない。それは、明確な意志と哲学を持って創られた、極めて専門性の高い音響機器である。したがって、最後に問われるべきは「このヘッドホンは良いか悪いか」ではなく、「このヘッドホンは誰のためのものか」であろう。
この一台を推奨したい人々:
- オーディオ・プロフェッショナル: ミックスやマスタリングの過程で、音源の細部までを正確に把握する必要があるエンジニアやプロデューサー 8。
- 分析的オーディオファイル: 音楽を情緒的に楽しむ以上に、その技術的な側面、すなわちマイクロダイナミクスやディテールの再現性を追求するリスナー。
- アコースティック音楽やボーカルの愛好家: 中域の卓越した透明度と、楽器や声の生々しい音色を何よりも重視する人々 12。
購入を再考すべき人々:
- 低音愛好家: 身体の芯に響くような、深く量感豊かな低音を求めるリスナー 11。
- リラックスしたリスニングを求める人々: どんな音源でも暖かく、寛容に鳴らしてくれる、いわゆる「音楽的」なサウンドを好むユーザー 8。
- 広大なサウンドステージの信奉者: 音場の広がりこそがヘッドホンリスニングの醍醐味だと考える人々 22。
将来の可能性:
もしHEDDphone TWOの分析的な性格がやや厳しすぎると感じるならば、HEDD Audioが後にリリースしたHEDDphone TWO GTという選択肢も存在する。これは、TWOの持つ分析的な明瞭さを維持しつつ、より暖かく音楽的な響きを持つようにチューニングされたモデルであり、プロフェッショナルとオーディオファイルの間の架け橋となる可能性を秘めている 12。
総合評価:
総合評価: ★★★★☆ (4.0 / 5)
HEDDphone TWOは、物理学の厳格な法則と、音楽への深い洞察が見事に結実した、稀有なヘッドホンである。それは、既存の価値観に挑戦し、音の「速さ」と「正確さ」という新たな評価軸を我々に提示する。その妥協のない姿勢は、ある者にとっては最高の道具となり、またある者にとっては扱いにくい存在となるだろう。しかし、その孤高の存在感と、自らが切り拓いたニッチにおける圧倒的な性能は、賞賛に値する。これは、オーディオという趣味の深淵を覗き込みたいと願う、真摯な探求者のための音響測定器に他ならない。
引用文献
1. HEDD audio - Dune Blue, https://duneblue.com/brands/hedd-audio/
2. About - HEDD Audio, https://hedd.audio/pages/about
3. HEDD Audio HEDDphone Two Review - Headfonics, https://headfonics.com/hedd-audio-heddphone-two-review/
4. HEDDphone® TWO | Lighter, Better, Smaller, Clearer AMT Headphone | HEDD Audio, https://hedd.audio/products/heddphone-two
5. Home | HEDD Audio, https://hedd.audio/pages/home
6. HEDD HEDDphone Two AMT Driver Headphones | Sweetwater, https://www.sweetwater.com/store/detail/HEDDphones2—hedd-heddphone-two-amt-driver-headphones
7. HEDD/HEDDphone TWO【送料無料】 - MIYAJI GUITARS KANDA, https://shop.miyaji.co.jp/SHOP/ka-r-103023-ak01.html
8. HEDDphone Two Review - Ear Fidelity, https://www.ear-fidelity.com/heddphone-two-review/
9. HEDDPhone TWO Review: I’ve Never Been so Excited for a Headphone, https://headphones.com/blogs/reviews/heddphone-two-review-ive-never-been-so-excited-for-a-headphone
10. HEDDphone TWO Review: Open Sound Mastering Headphones - Tape Op, https://tapeop.com/reviews/gear/163/heddphone-two-headphones
11. Now for a different type of driver tech you don’t see every day: AMT drivers - A HEDDPhone 2 Review : r/headphones - Reddit, https://www.reddit.com/r/headphones/comments/16qdfru/now_for_a_different_type_of_driver_tech_you_dont/
12. HEDD Audio HEDDphone TWO GT Review - Audio46, https://audio46.com/blogs/headphones/hedd-audio-heddphone-two-gt-review
13. HEDDphone Two GT: First Impressions - A Draft of My Notes on Head-Fi.org : r/headphones, https://www.reddit.com/r/headphones/comments/1g9scma/heddphone_two_gt_first_impressions_a_draft_of_my/
14. Where does the Heddaudio Heddphone really stand? : r/headphones - Reddit, https://www.reddit.com/r/headphones/comments/qroxmv/where_does_the_heddaudio_heddphone_really_stand/
15. Discover Award Winning Analog and Digital Studio Monitors | HEDD Audio, https://hedd.audio/pages/discover-speakers
16. HEDDphone Two - Twister6 Reviews, https://twister6.com/2024/12/03/heddphone-two/
17. Audeze LCD-5 Flagship Planar Headphones for Audiophiles, Open …, https://www.audeze.com/products/lcd-5
18. Focal Utopia 2022 headphones - hi-fi+, https://hifiplus.com/articles/focal-utopia-2022-headphones/
19. HD 800 S | Sennheiser United States - Sennheiser Hearing, https://www.sennheiser-hearing.com/en-US/p/hd-800-s/
20. HEDD Heddphone Two With AMT Magic - The-Ear.net, https://the-ear.net/review-hardware/hedd-heddphone-two-with-amt-magic/
21. Focal 2022 Utopia - How Does it Compare to Original? - Headphones.com, https://headphones.com/blogs/reviews/focal-2022-utopia-how-does-it-compare-to-original
22. HEDDphone TWO GT Review - Headfonia, https://www.headfonia.com/heddphone-two-gt-review/2/
23. Audeze LCD-5 Review – Rejuvenation – Page 3 - Everyday Listening, https://everydaylistening.net/2022/01/19/audeze-lcd-5-review-rejuvenation/3/
24. HEDD Audio HEDDphone - Official Thread - Page 49 - The HEADPHONE Community, https://forum.headphones.com/t/hedd-audio-heddphone-official-thread/3179?page=49
25. HEDD Audio HEDDphone TWO GT - Official Thread - The HEADPHONE Community, https://forum.headphones.com/t/hedd-audio-heddphone-two-gt-official-thread/24272
26. HEDD Audio HEDDphone Two Review | headphonecheck.com, https://www.headphonecheck.com/test/hedd-audio-heddphone-two/
27. Technology for studios. Ready for us? HEDDPhone Two review - YouTube, https://www.youtube.com/watch?v=q35dFYJf30o
28. HEDD HEDDPhone Review (headphone) | Audio Science Review (ASR) Forum, https://www.audiosciencereview.com/forum/index.php?threads/hedd-heddphone-review-headphone.18976/