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Audeze LCD-5 レビュー:継承と訣別、そして純粋なる解像度への探求

Audeze LCD-5 レビュー:継承と訣別、そして純粋なる解像度への探求

2025/08/30 公開
Audeze
LCD-5
audeze-lcd5

ある製品が単なる後継機ではなく、ブランドの自己言及的な問いかけとして現れることがある。Audeze LCD-5は、まさしくそのような存在と言えるだろう。それは過去10年以上にわたり同社を定義してきた、重厚で、温かく、そして時に官能的ですらあった「ハウスサウンド」との意図的な訣別であり、同時にフラッグシップヘッドホンの究極的な目的とは何か—心地よい音楽性か、それとも妥協なき正確性か—という根源的な問いを我々に投げかける。

2021年9月に発表されたこのヘッドホンは、単なる技術的進化の産物ではない。それはAudezeという名の哲学の再定義であり、リスニングという行為の本質を巡る思索の結晶である。本稿では、この野心的な製品の技術的深淵を覗き込み、その音響的特性を解剖し、そして現代のハイエンドオーディオ市場におけるその存在意義を問うていきたい。

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Audeze LCD-5 — Overview

  • メーカー: Audeze LLC
  • 型番: LCD-5
  • 発売日: 2021年9月 3
  • 価格帯: 4,500 USD 1 / 日本国内価格 約582,714円 37
SpecificationValue
方式 (Style)Over-ear, open-back
トランスデューサー (Transducer type)Planar Magnetic
ドライバーサイズ (Transducer size)90 mm
周波数特性 (Frequency response)5Hz - 50kHz
インピーダンス (Impedance)14 Ω
感度 (Sensitivity)90 dB/1mW
THD<0.1% @ 100 dB SPL
重量 (Weight)420g
出典: 2

第三者評価の交差点

LCD-5がオーディオコミュニティに投じた波紋は、広範かつ二極的であった。その評価を俯瞰すると、技術的な達成に対するほぼ普遍的な賞賛と、その音色に対する活発な議論という、二つの明確な潮流が見えてくる。これは、尊敬を集めるが決して無条件の愛を約束されるわけではない、孤高のフラッグシップの肖像と言えよう。

メディア引用抜粋 (和訳+原文)評価点
Headfonics 7「間違いなく、これまでで最も成熟し、まとまりのあるサウンドのハイエンドAudezeヘッドホンだ。」 (“Certainly, it’s the most mature-sounding and cohesive high-end Audeze headphones to date.”)9.3/10
Stereophile 8「ディテールに富み、洞察力に優れているが決して攻撃的ではなく、疲れさせず、常に楽しい。」 (“…detailed and insightful but never aggressive, nonfatiguing, and always enjoyable.”)N/A
MajorHifi 9「LCD-5の中域は、一言で言えば素晴らしい…ステロイドを投与したHD600と表現したい。」 (“The midrange of the LCD-5 is, in a word, brilliant… I’d describe it as an HD600 on steroids…”)N/A
The Audiophile World 10「Audeze LCD-5は非常に解像度の高い平面ヘッドホンだ。微細なディテールを再現する能力がある。」 (“The Audeze LCD-5 is a highly resolving planar headphone. Capable of reproducing micro-fine details…”)N/A
The HEADPHONE Show (YouTube) 11「技術的な輝きの重厚な一皿で、耳には7コースの食事のように感じるかもしれないが、その風味…は誰もが好むものではないかもしれない。」 (“…a heavy plate of technical brilliance that might feel like a seven course meal for the years but with a flavor profile… that may not be everyone’s cup of tea.”)Mixed
Reddit User “Pangolin_Unlucky”「私が見たほぼすべての感想/レビューは、そのディテールとスピードを賞賛する一方で、単に楽しい時間ではないという理由で全く好かれていない。」 (“Almost every impression/review i’ve come across praise its detail and speed, while straight up not liking it cus it’s just not a good time…”)Negative
Reddit User “Stunning_Ad_8081”「LCD-5は私には全くXのようには聞こえない。5は全般的にAudezeのハウスサウンドを持っていない。」 (“The lcd-5’s really don’t sound like the X’s at all to me. The 5’s in general don’t have the Audeze house sound.”)Neutral
Headphones.com Forum「低音のディテール…すごい。今まで聞いた中で最高の低音ディテールと言ってもいいだろうか?ベースシェルフを追加したら…言葉を失った。」 (“Bass detail… wow. Dare I say some of the best bass detail I’ve heard? I added a bass shelf… and oh my god… words fail me.”)Positive (with EQ)

集計:
コミュニティのコンセンサスは明確である。LCD-5は、その解像度、スピード、透明性において技術的な傑作として賞賛されている 9。しかし、そのサウンドは伝統的なAudezeの暖かく重厚な低音とは一線を画し、この点が評価を二分する最大の要因となっている 12
ここで批評的な視座が求められる。HeadfonicsやStereophileのような権威あるメディアからのレビューは圧倒的に肯定的だが、これはメーカーから提供されたサンプルに対するフラッグシップ製品レビューでは一般的な傾向である。彼らの技術的性能への賛辞は真摯なものだろうが、音色の癖を軽視する傾向については、その影響を割り引いて解釈すべきである。対照的に、Redditや専門フォーラムでの議論は、より率直なユーザー体験を反映しており、ストック(無調整)のチューニングが「好きか嫌いか」を明確に分ける性質を持つこと、そしてイコライゼーション(EQ)がその真価を引き出す上で決定的な役割を果たすことを示唆している 12

総じて、LCD-5は計り知れないポテンシャルを秘めているが、その全てを解放するためにはリスナー側の積極的な介入(EQ)を必要とする可能性のある、玄人向けのヘッドホンであるという像が浮かび上がる。この「技術への賞賛と音色への戸惑い」という一貫したテーマは、オーディオコミュニティ内に存在する客観的性能と主観的快楽との間の根源的な分裂を露呈させているかのようだ。LCD-5は、まさしくこの断層の上に位置しているのである。

設計思想の深淵 — 技術的特徴

LCD-5の設計を理解するには、まずAudezeの歴史的文脈を把握せねばならない。2008年に設立され、2009年のLCD-2で一躍その名を馳せた同社は 17、2015年のLCD-4に至るまで、大きく、重く、そして特徴的な暖かくダークなサウンドを持つ製品群によってその地位を確立した。この伝統こそ、LCD-5が乗り越えるべき、あるいは訣別すべき遺産であった。

形態の革命:軽さへの探求

LCD-5における最大の、そして最も明白な技術的目標は、抜本的な軽量化であった。その重量は420g。前フラッグシップであるLCD-4の690gから実に3分の1(約270g)もの削減を実現している 2

この偉業は、素材の全面的な見直しによって達成された。伝統的な木製リングは、優美な「べっ甲」模様のポリッシュ仕上げが施されたアセテートに置き換えられ、ヘッドバンドにはカーボンファイバー、シャーシの主要部品にはマグネシウムが採用された 2。これは、審美的な伝統から機能的なモダニズムへの明確な移行を意味する。

機能の革命:新時代のドライバーパラダイム

物理的な変革は、音響心臓部の刷新と不可分である。

  • Nano-Scale Parallel Uniforce™ ボイスコイル: これがLCD-5の技術的核である。特許出願中のこの技術は、振動板上に可変幅の並列トレースを配置することで、磁界の強さに応じて駆動力を最適化し、振動板全体にわたって均一な力を生み出す。これにより、歪みが劇的に低減され、振動板の制御性が向上した 2
  • 小型化された90mmドライバー: 従来の106mmドライバーからの大幅な小型化も、軽量化に貢献すると同時に、より速く、タイトな過渡応答特性の実現に寄与していると考えられる 2
  • 進化したFluxor™マグネットとFazor™ウェーブガイド: 新しいボイスコイルに合わせて最適化された片側磁気回路と、再設計されたFazor™ウェーブガイドが、イヤーカップ内での回折や反射を抑制し、音波をより効率的に耳へと導く 2

人間工学と音響設計

  • スカルプテッド・イヤーパッド: 内部に傾斜を持つ新しいイヤーパッド構造は、単なる快適性のための部品ではない。それは不要な共振を低減し、特に中高域のレスポンスを改善するために精密に設計された音響チャンバーの一部である 2。しかし、その接触面積の狭さと初期モデルの強い側圧は、一部のユーザーから快適性に関する指摘を招いた 14。後にAudezeがこのフィードバックに応え、改良版のヘッドバンドを提供したことは、同社の真摯な姿勢を示すものとして記憶されるべきだろう 14

LCD-5の設計は、独立した改良点の集合体ではなく、相互に関連し合う技術的トレードオフの連鎖として理解されねばならない。すなわち、「軽量化」という至上命題が、他のほぼすべての設計選択を規定したのである。軽量化のためには、まず素材をカーボンファイバーやマグネシウムへと変更する必要があった 2。さらなる軽量化は、重い両面磁気回路から軽量な片面磁気回路への移行を促した 16。しかし、片面磁気回路は本質的に駆動力が弱い。この弱点を補い、低歪みと高制御性を維持するために、より高度なParallel Uniforce™ボイスコイル技術が必然的に開発された 2。そして、この全く新しいドライバーシステムの音響特性を最適化するために、イヤーパッドを含む音響チャンバー全体の再設計が必要となった 2

このように、LCD-5の物理的形態と、その結果として生まれたユニークなサウンドシグネチャー(LCD-4よりも速く、タイトで、中域が明瞭で、低音の「スラム」が少ない)は、別個の属性ではない。それらは、「軽くせよ」というただ一つの、しかし絶対的なエンジニアリング上の指令から生まれた、直接的かつ不可避の帰結なのである。

競合製品とのスペック比較

モデル (Model)方式 (Type)重量 (Weight)インピーダンス (Impedance)感度 (Sensitivity)
Audeze LCD-5Planar Magnetic420g14Ω90dB/1mW
HIFIMAN SUSVARAPlanar Magnetic450g60Ω83dB/1mW
Dan Clark Audio EXPANSEPlanar Magnetic418g23Ω~87dB/1mW
Focal Utopia (2022)Dynamic490g80Ω104dB/1mW
ABYSS AB-1266 Phi TCPlanar Magnetic640g47Ω88dB/1mW

音響の顕微鏡 — リスニング・インプレッション

LCD-5でのリスニング体験は、音楽を鑑賞するというより、音響の顕微鏡を覗き込む行為に近い 11。それは脚色もロマン主義もなく、ただひたすらに録音された情報の真実を露わにする。この章では、その啓示の性格を、様々な音楽ジャンルを通じて探求する。

レビュアー / 媒体引用抜粋 (和訳+原文)
John Darko (YouTube) 11「それは顕微鏡であり望遠鏡だ…探求であり、そしておそらく最も説得力のある、問いかけだ。」 (“It’s a microscope and a telescope… an exploration and perhaps most compellingly, a question.”)
Alex Schiffer (MajorHifi) 9「最も感銘を受けたのは、LCD-5がよりソフトなダイナミクスをどう扱ったかだ。大きなセクションと同じように追従し、包み込むような感覚を生み出した。」 (“What impressed me most was how the LCD-5 handled softer dynamics. They trailed just as well as the louder sections, creating a wrapping feeling…”)
Marcus Downey (Headfonics) 21「Audeze LCD-5は、これまでで最も成熟し、まとまりのあるサウンドのハイエンドAudezeヘッドホンだ。重要なのは、それが最も好感の持てるチューニングであるということだ。」 (“The Audeze LCD-5 is the most mature-sounding and cohesive high-end Audeze headphones to date. Importantly, it is their most likable tuning…”)
Resolve (Headphones.com Forum) 14「非常にディテールのあるサウンド。LCD-5は巨頭たちと肩を並べる…こんなに小さなフォームファクターでこれを実現できるのは非常に印象的だ。」 (“Very detailed sounding. The LCD-5 is up there with the bigbois… Super impressive that they’re able to do this with such a small form factor.”)
Reddit User “metal571” 13「…以前の大型LCDモデルとは著しく異なる測定結果だ。信頼するレビュアーがシャウト気味と呼ぶほど、中高域がかなり多い。」 (“…measure notably different from any of the other previous big LCD models. Quite a bit more upper mids to the point some reviewers I trust are calling them on the shouty side…”)

音質の特徴:
LCD-5は、ニュートラルからミッドフォワード(中域が前面に出る)なシグネチャーを提示する。そのサウンドは、驚異的なスピード、透明性、そして解像度によって定義される。サウンドステージはHIFIMAN Susvaraのように広大ではないが、ピンポイントで正確なホログラフィック・イメージングと卓越したレイヤリング(音の層の分離)を誇る 9。高品質な録音には惜しみない報酬を与え、録音の瑕疵は容赦なく暴き出す、極めて啓示的なヘッドホンである 11
一部で指摘されるサウンドステージの「狭さ」は、そのプレゼンテーション・スタイルの誤解から生じているのかもしれない。LCD-5はスタジアムのような広さを目指しているのではなく、スタジオのような精密さを目指している。その音場は、ライバルのSusvaraがもたらすコンサートホールの20列目で聴くような体験とは異なり、ワールドクラスのスタジオのミキシングコンソールに座っているかのような感覚に近い。全ての音像が、それ自身の空間に完璧に定位し、定義される。したがって、LCD-5のサウンドステージは否定的な意味で「小さい」のではなく、「焦点が合っており」「親密」なのであり、それはリファレンスレベルの分析ツールというその意図された目的に完全に合致している。

クラシック / ジャズ:
これらのジャンルにおいて、LCD-5の能力は疑いようがない。マイクロダイナミクスの描写—サックスのリードに当たる微かな息遣い 8、ドラムの皮の質感の変化 8、ホールに響くピアノの残響 9—は世界最高水準である。特に弦楽器やボーカルの音色は極めて現実的であり 31、複雑なオーケストラのパッセージにおける各楽器の分離も見事の一言。ロマンティックな暖かさよりも、分析的な明瞭さで演奏の核心を提示する。
ロック / EDM:
ここでは、LCD-5の性格はより複雑な様相を呈する。そのスピードと過渡応答は驚異的で、ヘヴィメタルやエレクトロニックミュージックの高速なパッセージを信じられないほどタイトかつ制御されたサウンドで再生する 12。しかし、ストックのチューニングでは、これらのジャンルで期待される内臓を揺さぶるような「スラム」や量感に欠けると感じるリスナーもいるだろう 15。その低音は、 brute force(力任せ)ではなく、質、質感、ディテールに全てを捧げている 14

ここに、イコライゼーションが魔法のような変化をもたらす。シンプルなローシェルフ・ブーストをかけるだけで、ドライバーに秘められた真のポテンシャルが解放され、純粋な中域を濁すことなく、パワフルで質感豊か、かつ歪みのない低音が得られるのである 9
ボーカル:
前面に押し出された中高域は、ボーカリストをステージの最前列中央に配置し、親密で極めて明瞭なプレゼンテーションを生み出す 9。優れた録音では、息遣いや声色の僅かな変化まで捉え、まさに啓示的だ 8。しかし、楽曲やリスナーの感受性によっては、この特性が「シャウティ(叫ぶような)」あるいは過度に攻撃的と感じられる可能性もある 13。これは、慎重なアンプ選択や僅かなEQ調整によって飼い慣らすことが可能な側面である。

価値の天秤 — 評価

この価格帯の全ての機器がそうであるように、LCD-5もまた妥協と設計思想の集合体である。ここでは、その並外れた長所と、その個性を定義する特有の限界とを天秤にかけることで、LCD-5の価値命題を解体する。

評価軸 (Axis)採点 (Score)解説 (Commentary)
技術性能 (Technical Performance)★★★★★反論の余地なし。世界最高水準の解像度、スピード、そして消失点に近い低歪み。情報再現能力に長けた、真の「最先端」トランスデューサーである。極端なEQをかけても破綻しない能力は、その卓越したエンジニアリングの証左に他ならない 9
音楽的魅力 (Musical Charm)★★★☆☆ (Stock) ★★★★☆ (EQ’d)無調整の状態では、その分析的で中域が強調された性質が、臨床的あるいは非寛容的と受け取られる可能性がある。前任機や一部の競合機が持つ暖かさや魅力に欠けると感じるかもしれない 11。しかし、適切なEQを施すことで、技術的な輝きと音楽的な満足感を両立させることが可能。この二面性が本機の性格を定義する。
ビルドクオリティ (Build Quality)★★★★☆素材(カーボンファイバー、マグネシウム、アセテート、レザー)は最高級であり、組み立ては細心の注意を払って行われている 2。プレミアムで耐久性のある製品だと感じられる。星を半分減じたのは、設計変更を要した初期の強い側圧問題と、長期的な保守性を損なうイヤーパッドの接着剤による固定方式のためである 3
価格対価値 (Price-to-Value)★★★☆☆4,500ドルという価格は、最高峰の領域での競争を意味する。その技術性能は価格を正当化するが、その真価を完全に引き出すためには、強力で高品質なアンプと、EQの積極的な活用が強く推奨されるため、総所有コストは大幅に増加する。計り知れない能力を提供するが、従来の「コストパフォーマンス」とは異なる価値基準が求められる。
将来性 / 修理性 (Future-Proofing / Serviceability)★★★★☆高いビルドクオリティは非常に長い寿命を示唆する。ヘッドバンド問題に見られるAudezeのサポート体制とフィードバックへの対応力は心強い 14。最大の懸念は接着式のイヤーパッドであり 3、Mezeなどの競合製品に見られるマグネット式と比較して、ユーザーによる交換を困難にしている。

ポジティブ/ネガティブ要素の均衡:

  • 長所: 比類なきディテール再現性とスピード、旧モデルからの大幅な軽量化と快適性の向上、卓越したビルド品質と素材、EQ適用のための理想的なプラットフォーム。
  • 短所: ストックのチューニングは中域が強く、一部のリスナーには疲れる、あるいは「シャウティ」に感じられる可能性がある。伝統的なAudezeサウンドと比較して低音の量感とインパクトに欠ける。サウンドステージは一部の競合機より親密。アンプへの要求が非常に高い。接着式のイヤーパッドはユーザーフレンドリーではない。

俯瞰的視点による分析

LCD-5は単なる進化ではない。それは革命であり、Audezeが長年培ってきた「ハウスサウンド」という哲学から、「リファレンスとしての正確性」という新たな哲学への戦略的転換を宣言するものである。これは、客観的な測定値と、よりニュートラルで啓示的なトランスデューサーへの需要が高まる市場への直接的な応答と見ることができるだろう。

このヘッドホンの真のアイデンティティは、完成された音響製品というよりも、ハードウェアとしての「プラットフォーム」にあるのかもしれない。その超低歪み特性と線形なインピーダンスカーブは、DSP(デジタル信号処理)やイコライゼーションにとって理想的なキャンバスとなる 9。Audeze自身のReveal+プラグインエコシステムも、この解釈を裏付けている 25。設計はドライバーの物理的なポテンシャルを最大化することに重点を置き、最終的な「芸術的」なチューニングはユーザーやソフトウェアの手に委ねられている。

この設計思想の転換は、ハイエンドヘッドホンの価値提案そのものを変容させる。もはや価値は、箱から出したままの音だけにあるのではない。それは、現代のデジタルツールと組み合わせることで実現される、技術的に完成されたドライバーシステムが秘める、ほぼ無限の音響的可能性にある。LCD-5が販売しているのは、単なる「音」ではなく、ユーザーが自身の理想の音を描き出すための、一点の曇りもない「キャンバス」なのである。

現代のフラッグシップ市場において、LCD-5、HIFIMAN Susvara、そしてFocal Utopiaは、それぞれが異なる理想を体現する「三位一体」を形成していると言える。

  • HIFIMAN Susvara: effortless scale(軽やかなスケール感)と没入感の理想。広大でスピーカーライクな音場を創出し、リスナーを包み込むが、その駆動には莫大なパワーを要求する 29
  • Focal Utopia: dynamic excitement(ダイナミックな興奮)とエンゲージメントの理想。ベリリウムドライバーがもたらす情報量と比類なきパンチとスピードは、直感的に「楽しい」リスニング体験を提供する 31
  • Audeze LCD-5: analytical purity(分析的な純粋さ)と精密さの理想。ロマンティックな色付けを排し、録音を解剖するための究極のツールとして、至高の透明性とディテールを提供する 9

結論と、この音を求める者へ

Audeze LCD-5は、ヘッドホンエンジニアリングにおける記念碑的達成であり、大胆かつ物議を醸す意思表明である。それは、その血統の物理的・音響的重荷を脱ぎ捨て、これまでに創造された中で最も技術的に熟達し、啓示的なヘッドホンの一つとなった。外科手術用のメスのような精密さを持ち、息をのむほどの透明性とスピードを提供する。

しかし、この正確性の追求は、その血統を定義してきたロマンティックな暖かさと軽やかな音楽性を犠牲にしている。その結果、ストックのチューニングは要求が高く、一部の者にとっては後天的な嗜好となる。その真の天才性は、それをプラットフォームとして捉えたときに明らかになる。すなわち、ユーザーの指令(イコライゼーション)によって、個人の音の理想へと彫琢されるのを待つ、完璧なトランスデューサーとして。

推奨するユーザー:

  • オーディオプロフェッショナル: 妥協のないディテールと正確性を求めるミキシング・マスタリングエンジニア 8
  • 分析的オーディオファイル: 他の何よりもディテール再現性、スピード、透明性を優先し、録音を分析することに喜びを見出すリスナー。
  • EQ愛好家: イコライゼーションを用いてサウンドを自身の好みに正確に合わせることを楽しみ、その技術に習熟しているユーザー。LCD-5は、この探求にとって考えうる最高のキャンバスである。

推奨しないユーザー:

  • クラシックAudezeファン: LCD-2/3/4のダークで暖かく、重厚な低音を愛する人々は、LCD-5のチューニングに違和感と不満を覚える可能性が高い 12
  • プラグアンドプレイを求めるリスナー: 箱から出してすぐに、調整なしで完璧なサウンドを求めるユーザー。
  • 標準的なアンプシステムの所有者: 低感度と平面磁界設計は、その性能を最適に引き出すために、強力で高電流供給能力を持つアンプを要求する。

将来の可能性:
ハードウェアの改造は考えにくいが、LCD-5の未来はソフトウェアにある。RoonやAudezeのReveal+といったプラットフォーム向けに、より洗練されたDSPプロファイルが開発されるにつれて、その多様性は増していくことだろう。

総合評価: ★★★★☆

技術的性能において新たな基準を打ち立てた、エンジニアリングの傑作。満点に及ばないのは、その挑戦的なストックチューニングが、その壮大なポテンシャルを完全に解き放つために、ユーザーの介入か特定のシステムシナジーを必要とするためである。万人向けのヘッドホンではない。しかし、適切な使い手にとっては、おそらくこれが最後のヘッドホンとなるだろう。


引用文献

1. Audeze LCD-5 headphones Specifications - Stereophile.com, https://www.stereophile.com/content/audeze-lcd-5-headphones-specifications
2. Audeze LCD-5 Flagship Planar Headphones for Audiophiles, Open-Back, https://www.audeze.com/products/lcd-5
3. Audeze LCD-5 review - SoundGuys, https://www.soundguys.com/audeze-lcd-5-review-2-82426/
4. Audeze LCD-5 Planar Magnetic Headphones - Kitsune Hifi, https://kitsunehifi.com/products/audeze-lcd-5-planar-magnetic-headphones
5. Audeze LCD-5 Review, Measurements, Interview - YouTube, https://www.youtube.com/watch?v=JFcHuNdu7SA
6. Over-Ear Headphones - EQ Audio Video, https://eqaudio.ca/over-ear-headphones/
7. Audeze LCD-5 Scores 9.3/10 on Headfonics, https://www.audeze.com/blogs/publication-reviews/audeze-lcd-5-scores-9-3-10-on-headfonics
8. Audeze LCD-5 headphones Page 2 - Stereophile.com, https://www.stereophile.com/content/audeze-lcd-5-headphones-page-2
9. Audeze LCD-5 Revisited Review - Major HiFi, https://majorhifi.com/audeze-lcd-5-revisited-review-a-flagship-redefining-planar-magnetic-excellence/
10. Chpt 3: The Audeze LCD-5 - Critical Listening and Final Thoughts - The Audiophile World, https://www.theaudiophileworld.net/2024/04/chpt-3-audeze-lcd-5-critical-listening.html
11. Audeze LCD-5 Review | Audiophile’s End Game? - YouTube, https://www.youtube.com/watch?v=u9U4K0O2a0c
12. Quick, Drunk, And Dirty, Audeze LCD 5 Review. : r/headphones, https://www.reddit.com/r/headphones/comments/ul3v9t/quick_drunk_and_dirty_audeze_lcd_5_review/
13. What’s the top tier choice nowadays? LCD-5, Susvara, Utopia? : r/headphones - Reddit, https://www.reddit.com/r/headphones/comments/qh6e5u/whats_the_top_tier_choice_nowadays_lcd5_susvara/
14. Audeze LCD-5 - Official Thread - Page 6 - The HEADPHONE Community, https://forum.headphones.com/t/audeze-lcd-5-official-thread/14588?page=6
15. Audeze LCD-5 - A Statement Review - Soundnews, https://soundnews.net/headphones/full-size/audeze-lcd-5-a-statement-review/
16. Currents: An Audeze LCD-5 Essay - Den-Fi.com, https://den-fi.com/audeze-lcd-5-flux/
17. About Us - Audeze, https://www.audeze.com/pages/about-us
18. Brand Story: Audeze | hifiheadphones.co.uk, https://blog.hifiheadphones.co.uk/brand-story-audeze/
19. The Audeze Headphone Guide - Moon Audio, https://www.moon-audio.com/blogs/expert-advice/the-audeze-headphone-guide
20. Audeze LCD-5 Review - Headfonia, https://www.headfonia.com/audeze-lcd-5-review/
21. Audeze LCD-5 Review — Headfonics, https://headfonics.com/audeze-lcd-5-review/
22. ​​Review: Audeze LCD-5 – Music Under a Microscope | Headphonesty, https://www.headphonesty.com/2022/05/review-audeze-lcd-5/
23. Roon Ready Writeups: Audeze LCD-4z and LCD-5 Review - Roon Labs, https://blog.roonlabs.com/roon-ready-writeups-audeze-lcd-4z-and-lcd-5-review/
24. Audeze LCD-5 Flagship Planar Headphones for Audiophiles, Open-Back, https://www.audeze.co.uk/products/lcd-5
25. Audeze LCD-5 Headphones Review - Light in Weight, Heavy in …, https://www.techpowerup.com/review/audeze-lcd-5-planar-magnetic-headphones/5.html
26. Audeze LCD-5 headphones - Stereophile.com, https://www.stereophile.com/content/audeze-lcd-5-headphones
27. LCD-XC - Audeze, https://www.audeze.com/products/lcd-xc
28. Audeze LCD-5 Reference Planar Magnetic Open Back Headphones review, https://addictedtoaudio.com.au/blogs/reviews/audeze-lcd-5-reference-planar-magnetic-open-back-headphones-review
29. Audeze LCD-5 Review | Bloom Audio, https://bloomaudio.com/blogs/articles/audeze-lcd-5-review
30. Audeze LCD-5 Review - Headfonia, https://www.headfonia.com/audeze-lcd-5-review/4/
31. LCD-5 vs Focal Utopia vs HD600: Three Titans : r/headphones, https://www.reddit.com/r/headphones/comments/16iw4cu/lcd5_vs_focal_utopia_vs_hd600_three_titans/
32. Audeze LCD-5 - Official Thread - Page 20 - The HEADPHONE Community, https://forum.headphones.com/t/audeze-lcd-5-official-thread/14588?page=20
33. Audeze LCD 5 Headphones vs Focal Utopia Headphones; The King of flagship headphones? - YouTube, https://www.youtube.com/watch?v=VicZyCLXdaw
34. The Audeze LCD-5 Is the BEST Headphone in the World. - YouTube, https://www.youtube.com/watch?v=BNjfYxyz35s
35. Ultimate Headphone Showdown: Focal Utopia 2022 vs. DCA …, https://thesourceav.com/blogs/news/ultimate-headphone-showdown-focal-utopia-2022-vs-dca-expanse-vs-meze-elite-vs-audeze-lcd-5-flagship
36. Audeze LCD-5-Reference/Mixing/Mastering Sound BUT at a Hefty Price - Honest Audiophile Impressions - YouTube, https://www.youtube.com/watch?v=wCU5kxkqxf8 37. LCD-5 OPEN-BACK HP | 新品 通販フジヤエービック, [https://www.fujiya-avic.co.jp/shop/g/g200000061411/)

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