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dCS Vivaldi レビュー:デジタル再生の「絶対王政」— 精密さと音楽性の境界線

dCS Vivaldi レビュー:デジタル再生の「絶対王政」— 精密さと音楽性の境界線

2025/11/06 公開
dCS
Vivaldi

10万ドルというのは、今では珍しくないが、発売当時のオーディオ機器の価格を大きく逸脱していた。それはもはや、哲学の値段だ。2012年後半にdCS (Data Conversion Systems) が発表したVivaldiシステムは、まさにオーディオ界における「哲学」の提示であった 1

CDトランスポート、DAC、アップサンプラー、そしてマスタークロック。4つの巨大な銀色の箱(あるいは黒色の箱)で構成されるこのシステムは 2、当時のデジタル再生における「すべて」を内包し、その総額は$108,496 3、日本円にして約1,235万円 4 という、まさに「絶対王政」と呼ぶにふさわしい威容を誇っていた。

だが、我々オーディオファイルが本当に問うべきは、その価格ではない。その「哲学」——dCSが「音の正しさ」と信じる哲学——は、我々の魂を震わせる「音楽」とイコールだったのか?

本稿では、APEXアップグレードが施される「前」の、あのオリジナルのVivaldiが何を目指し、何を達成し、そして何を(意図的に、あるいは無意識に)置き去りにしたのかを、当時のデータと、今だからこそ冷静に分析できる競合比較、そして世代論を交えて徹底的に解剖する。

dCS Vivaldi (Original) — Overview

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レビューという「登山」を始める前に、我々が挑む山の高さを正確に把握しておこう。これは、そのための「登山届」である。

  • dCS Vivaldi (オリジナル) システム:
    • メーカー: dCS (Data Conversion Systems), Ltd.
    • コンポーネント: 4ボックス構成が基本 1
      • Vivaldi Transport (CD/SACD)
      • Vivaldi DAC
      • Vivaldi Upsampler
      • Vivaldi Master Clock
    • 発売日 (本国 / 日本): 2012年後半 1 / 日本国内 2012年11月30日 4
    • 価格帯 (発売当時):

Table 1: Vivaldi System Launch Pricing (c. 2012-2014)

コンポーネント米国 (USD)日本 (JPY)出典
Vivaldi Transport$39,999448万3,500円4
Vivaldi DAC$34,999372万7,500円4
Vivaldi Upsampler$19,999232万500円4
Vivaldi Master Clock$13,499182万7,000円4
システム合計 (4-Box)$108,496約1,235万円3
  • Vivaldi DAC 主要スペック:

Table 2: Vivaldi DAC (Original) Key Specifications

項目スペック出典
DACトポロジーdCS proprietary Ring DAC™, 5-bit, 2.822/3.07MS/s3
アナログ出力1x XLR (Balanced), 1x RCA (Single-ended)2
デジタル入力USB, AES, S/PDIF, SDIF-2, etc.2
PCMフィルター4 (~6) 種類 (Fsによる)2
DSDフィルター4 (~5) 種類 (V2.0でFilter 5追加)2
出力レベル0.2V, 0.6V, 2V, 6V (選択式)9
寸法 / 重量444 x 151 x 435mm / 16.2kg2

1. Vivaldiは「買い」だったのか? — 喧々諤々のレビューサマリー

オーディオレビューにおける「絶対」は存在しない。それはこのVivaldiとて同じことだ。ここでは、当時のメディアと実際のユーザーがVivaldiの音をどう受け止めたか、その「賛否両論」の戦場を俯瞰する。

Table 3: Review Summary - The Two Sides of Vivaldi

メディア引用抜粋 (和訳+原文)評価点
The Absolute Sound (R. Harley)“情報の純粋な密度がVivaldiをかくもアナログライクに聴かせ、従来のデジタル再生をやや『骨組み』だけのように感じさせる” (“The sheer density of information makes the Vivaldi sound so analog-like, and conventional digital playback seem a bit ‘skeletal’…”)★★★★★
Stereophile (M. Fremer)“dCS Vivaldiコンポーネントは、色彩と生命力に満ちた、テクスチャがしなやかで、繊細で、音楽的に引き込まれるサウンドを生み出した” (“…produced a texturally supple, delicate, musically involving sound filled with color and life.”)★★★★★
6moons (Show Report)“その体験は失望的で、退屈で、感情的なインパクトに欠け、さらに疲れるものだった” (“I found the experience to be disappointing, boring, lacking in emotional impact and also fatiguing.”)★☆☆☆☆
Hi-Fi News (A. Everard)“…そのサウンドには、わずかに正確すぎるところがあった…少し、まあ、学術的すぎると感じたこともあった” (“…there’s been something slightly too precise about its sound…a little too, well, academic.”)★★★☆☆
  • 集計とバイアス評価:
    • 肯定派 (TAS, Stereophile): Robert Harley氏 11 と Michael Fremer氏 12 は、Vivaldiを「救世主」として迎えた。両氏に共通するのは、「情報密度の高さ」と「テクスチャのしなやかさ」が、従来のデジタルの「骨組み」感 (skeletal) を超え、ついに「アナログライク」な領域に達したという熱狂だ。
      • Bias Check: これらは典型的なメーカー貸与機による長期レビューであり、非常に高価な製品に対するポジティブなバイアス(いわゆる「Puff Piece」)が掛かりやすい。特にHarley氏の「アナログライク」という表現 11 は、この後のオーディオ界におけるVivaldiの評価を決定づけた、影響力の強いキーワードとなった。
    • 否定・留保派 (6moons, Hi-Fi News): 対照的に、6moonsのショーレポート 13 は、総額$300,000のシステム(Vivaldiを含む)を「退屈 (boring)」「疲れる (fatiguing)」と、10万ドルのシステムに対してあり得ないほどの酷評を下している。
      • Bias Check: 6moonsのレポート 13 はショーでの一過性の試聴であり、セッティングや他のコンポーネント(Magico M3, D’Agostino)とのミスマッチが原因である可能性を排除できない。しかし、この「感情的インパクトの欠如」という指摘は、無視できない重要なカウンター・ナラティブである。
    • 最も重要な証言: Hi-Fi News 14 のAndrew Everard氏は、APEX(後継機)のレビューにおいて、オリジナルVivaldiを「わずかに正確すぎた (slightly too precise)」「学術的すぎた (academic)」と回想している 14
      • Bias Check: この「後からの回想」は、バイアス評価において価値が高い。新製品(APEX)の登場によってオリジナルの個性が明確化された(=APEXは、オリジナルの “学術的” な部分を “人間的” にするために作られた)ことを示唆しており 14、単なるPuff Pieceではない、深い洞察である可能性が非常に高い。
  • Vivaldiの「二重性」の解読
    • (主張) Harleyの「アナログライク」と6moonsの「退屈」は、矛盾していない。
    • (根拠) Harley氏が「アナログライク」と呼んだのは、LPの持つ「温かみ」や「ノリ」では断じてない。それは、スタジオで回る「マスターテープが持つ、情報の欠落のなさ」だ 11
    • (帰結) Vivaldiの音は、「完璧なまでの情報再現性」を持つ。それを「アナログ(=マスターテープ)のようだ」と解釈する(Harley派)か、「精密すぎて音楽の “揺らぎ” や “情熱” がない」(6moons/Hi-Fi News派)と解釈するか。この二重性こそが、Vivaldi (Original) の本質的なサウンドキャラクターである。

2. VivaldiをVivaldiたらしめるもの — 技術的特徴と設計思想

なぜVivaldiは、あの「学術的 (academic)」14 な音にたどり着いたのか? それは偶然ではない。dCSの血統と、彼らが生み出した「Ring DAC」という心臓部の設計思想に、その答えはすべて刻まれている。

dCSの血統:プロオーディオの精度こそが正義

dCSは、オーディオマニアのためのガレージメーカーとして始まったのではない。彼らのルーツは、軍事航空(シーハリアー戦闘機のレーダーシステム)16 と、プロフェッショナルなレコーディングスタジオにある 16

  • 1989年: dCS 900 16 - 世界初の24bit ADC(アナログ→デジタル変換機)。これは「音楽を楽しく聴く」ための機械ではなく、Bob Ludwigのようなマスタリング・エンジニアが「音を正確に記録する」ためのツールであった 16
  • 1993年: dCS 950 17 - 世界初の24bit DAC(デジタル→アナログ変換機)。これもプロ用だったが、日本の先鋭的なオーディオファイルが「この “醜い箱” は、他のどんな高価なHi-Fi機より音が良い」ことを見抜き、Hi-Fi市場への道が拓かれた 17
  • 2007年: Scarlatti 11 - Hi-Fiフラッグシップの確立。

dCSの音は「正確」であるべくして「正確」なのだ。彼らのDNAは「スタジオでの正確なマスタリング」にある 16。彼らの製品は、アーティストが意図した音を「変更しない」ことが至上命題だった。Vivaldi (2012) は、その血統の直系の子孫である 1

したがって、Vivaldiの音が「学術的 (academic)」14 あるいは「分析的 (analytical)」18 と評されるのは、欠点ではなく、彼らの設計思想が「正しく」実現された結果に他ならない。彼らは「楽しい音」ではなく「正しい音」を目指したのだ。

心臓部「Ring DAC」の解剖:なぜ彼らは汎用チップを使わないのか?

Vivaldiは、ESSやAKMの既製DACチップに依存しない。彼らは独自の「dCS Ring DAC」をFPGA(プログラム可能な集積回路)上に構築している 2

  • 基本原理: Ring DACは、R-2RラダーDACの一種だが、決定的な違いがある。
  • キモは「マッピング」: 5ビットのデータをRing DACコアの「48個のラッチ(電流源)」に割り当てる 1。この「割り当て(マッピング)」を高速でランダムに切り替える 19
  • なぜそれを行うか?: 48個の電流源(抵抗)には、ミクロな「個体差(誤差)」が必ず存在する。この誤差をランダム化し、平均化することで、特定の信号レベルに紐づく歪み(非線形性)を、オーディオ信号とは無関係な「ホワイトノイズ」に変換してしまう 19

(主張) 汎用チップでは、歪みは信号に依存し、音楽の「色付け」となる。
(根拠) Ring DACは、誤差をランダムなノイズに変える 19
(帰結) 結果、dCSのDACは「消失するほど低い歪み (vanishingly low distortion)」19 と、極めて高い「直線性(リニアリティ)」20 を実現する。これが、あの「精密」な音の源泉である。

Vivaldi 2.0 アップデート (2016年) の意味

発売から約4年後、dCSはVivaldi 2.0をリリース 1。これはハードウェアの変更(Upsamplerのネットワークボード等)も含むが、DACの核心的なアップデートはソフトウェアにあった 9

  • 新マッパーの追加 9:
    • MAP 2 (Original): 3MHz駆動
    • MAP 1, MAP 3 (New): 6MHz駆動

Ring DACの「マッピング」(誤差のランダム化)は、速ければ速いほど、より効率的に誤差をノイズに変換(デコリレート)できるはずだ 19。3MHzから6MHzへの倍速化 9 は、このノイズ化のプロセスをさらに「完璧」に近づける試みである。これは、dCSが「精密さ」の追求を止めていないことの証左であり、Vivaldi (Original) のキャラクターをさらに先鋭化させるアップデートだったと推測される。

Table 4: Flagship DAC Technology Stacks (c. 2012-2015)

メーカーモデル (当時)DAC技術価格帯 (DAC)出典
dCSVivaldi DAC独自FPGA (Ring DAC)$34,9996
MSBDiamond DAC IV独自R-2R ラダー (モジュール)$35,000+21
CH PrecisionC1PCM1704$36,000+22
EsotericGrandioso D1AKM (市販チップ x 複数)$46,000 (Pair)24

3. ベンチマークの「Wow!」— 測定データが示す客観的実力

「耳」の話は、まず「データ」を片付けてからだ。dCSが「Ring DACは歪みを消し去る」と主張する 19 なら、我々はその証拠をベンチマークで確認せねばならない。幸い、Stereophile のJohn Atkinson氏 26Hi-Fi News のPaul Miller氏 27 という、世界で最も信頼できる測定者が、Vivaldiをテストしている。

  • John Atkinson (Stereophile) の測定 26:
    • Atkinson氏は、Vivaldiの測定結果に3度「Wow!」と記している 26。これは彼にとって最大限の賛辞だ。
    • 解像度: 24bitデータでノイズフロアが24dB低下。これは「少なくとも20ビット」の実効解像度を持つことを示し、「最先端 (state of the art)」であると結論 26
  • 歪み: フルスケール信号(50Hz)で、第3高調波は-130dB (0.00003%)、第2高調波は-126dB (0.00005%) 26。これは、ほぼ測定限界であり、dCSの「歪みのない」主張 19 が正しいことを証明している。
  • ジッター: 「見事なジッター抑制 (superb jitter rejection)」26
  • 総評: Vivaldiは、旧フラッグシップScarlattiを「ほぼあらゆる面で上回っている」26
  • Paul Miller (Hi-Fi News) の測定 27:
    • S/N比: 108.9-109.1dB 27。これもAtkinson氏の測定と一致する、非常に低いノイズフロア。
    • 歪み: 1kHzで0.00002% 27。Atkinson氏の数値をさらに下回る、驚異的な低歪み。
    • ジッター: ここが興味深い。USB/Network入力では10psecと非常に低いが、CD入力では116psec、SACDでも30psecと、相対的に高い数値が出ている 27

Vivaldiが体現した「測定値の限界」

Vivaldiの測定値は、2012年当時、人類が到達した「ほぼ完璧」なレベルにある 26。これはRing DACの技術的勝利だ 19

しかし、思い出してほしい。Section 1で見たように、この「完璧」なはずのDACが「退屈だ (boring)」13、「学術的だ (academic)」14 と評されている。

もし「完璧な測定値」が「完璧な音」を意味するなら、このような批判は出ないはずだ。

Vivaldi (Original) は、「測定値至上主義の終焉」を象徴する製品だったのかもしれない。その音は、「完璧な測定値とは、オーディオ的にどう聴こえるか?」という問いに対する、dCSの(当時の)回答そのものだ。それは、Hi-Fi Newsが言うところの「学術的な」音 14 だったのである。この発見こそ、6moons 13 やAudio Science Reviewのフォーラム 28 での議論の火種であり、後にdCSがAPEX(=より人間的な音)14 を開発する動機となった可能性が高い。

$40,000のTransportは、すでに時代遅れだった?

もう一つの皮肉な真実を指摘せねばなるまい。

Paul Millerの測定 27 は、Vivaldi Transport ($39,999) 6 経由のCD再生(ジッター 116psec)が、Vivaldi Upsampler ($19,999) 6 経由のUSB/Network(ジッター 10psec)よりも、ジッターにおいて10倍以上「劣っている」ことを示している 27

Vivaldi Transportは、Esotericの最高級メカ「VRDS-Neo」を採用した、物理メディア再生の頂点の一つである 2。にもかかわらず、dCSは、$108kのシステムを発売した2012年の時点 1 で、「物理メディアは、ファイル再生のジッター性能に勝てない」ことをデータとして(おそらく意図せず)示してしまった。これは、4ボックス・システム全体の存在意義、特に高価なTransportの「価値」に対する、痛烈な皮肉である。


4. リスニング・インプレッション — 「精密」と「音楽性」の境界線

データ(測定値)は「優等生」であることを示している。では、我々の「耳」はそれをどう感じるのか? ここでは、世界中のレビューアの「耳」を借りながら、Vivaldiの音をジャンル別に解剖する。

Table 5: Listening Impressions - Evidence Board

レビュアー / 媒体引用抜粋 (和訳+原文)
Robert Harley / TAS“空間的な表現は見事で、奥行き、音像のフォーカス、イメージ間の空間感覚は、信じがたいほどだ” (“The Vivaldi’s spatial presentation is stunning, with depth, image focus, and sense of space between images that must be heard to be believed.”)
Michael Fremer / Stereophile“…テクスチャがしなやかで、繊細で、音楽的に引き込まれるサウンド…” (“…texturally supple, delicate, musically involving sound…”)
Andrew Everard / Hi-Fi News“…感情を爆発させて背筋をゾクゾクさせることにわずかなためらいがあった” (“…a marginal reluctance to let rip and tingle the spine.”)
AudioShark ユーザー“dCSを聴くといつも、彼らは分析的でリジッド(硬直的)な傾向があるように思える” (“Whenever I hear dCS they seem to lean analytical and rigid.”)
  • 音質の特徴(ジャンル別):
    • クラシック (オーケストラ / 室内楽):
      • (主張) Vivaldiの独壇場である。
      • (根拠) Harley氏が絶賛した「空間表現」と「音像フォーカス」11 が、オーケストラの複雑なレイヤーを完璧に解きほぐす。Fremer氏の言う「テクスチャのしなやかさ」12 が、弦楽器の倍音を美しく描き出す。
      • (帰結) しかし、これがHi-Fi Newsの言う「学術的」14 の正体でもある。ホールに響くすべての反響音、演奏者の息遣い、楽譜のめくれる音まで、「情報」として等価に提示する。これは「分析」には最適だが、音楽の「パッション」よりも「設計図」を聴いている感覚に近い。
    • ジャズ (ヴォーカル / トリオ):
      • (主張) 得意だが、ライバル(MSB)の影がちらつく。
      • (根拠) dCSの「ニュートラルでスムーズ」な特性 21 は、ヴォーカルやサックスを滑らかに再生する。
      • (帰結) しかし、フォーラムではMSBが「ボーカル周りの”hash”(ざらつき)が少ない」29、「よりダイナミックで”live”(ライブ)感がある」21 と指摘されている。Vivaldiの「精密さ」は、ジャズクラブの「生々しい熱気」や「ライブ感」を、わずかにフィルタリングしてしまう(=レイドバックさせてしまう)21 可能性がある。
    • ロック / EDM:
      • (主張) 最も不得手なジャンルかもしれない。
      • (根拠) Hi-Fi Newsの「感情を爆発させることへのためらい (reluctance to let rip)」14 という表現がすべてを物語っている。
      • (帰結) 完璧に制御された低域と、一切の歪みがない高域は、ロックの「荒々しさ」やEDMの「アタック感」を「行儀よく」しすぎてしまう。What’s Best Forumのあるユーザーは、Scarlattiが持っていたかもしれない「ダイナミックな活気 (dynamic verve)」21 がVivaldiでは失われているのではないか、と疑問を呈している。Vivaldiは「分析的でリジッド」18 であり、“let rip” (爆発) しないのだ。

5. Vivaldi スコアカード — 5軸評価とバイアスチェック

では、2012年の「絶対王者」に、今、我々が点数をつけるならどうなるか。

Table 6: Vivaldi (Original) 5-Axis Scorecard

評価軸採点 (5点満点)解説
技術性能★★★★★ (5.0)議論の余地なく満点。Ring DAC 19 の設計思想と、Atkinson/Miller氏が測定した「ほぼ完璧」なベンチマーク 26 は、2012年当時の技術的到達点。
音楽的魅力★★★☆☆ (3.5)ここが最大の論点。「退屈」13 で「学術的」14。「感情の爆発をためらう」14 点は、音楽の「魅力」として減点せざるを得ない。Fremer氏の言う「音楽的」12 とは、別のベクトルである。
ビルドクオリティ★★★★★ (5.0)航空宇宙グレードのアルミ削り出しシャーシ 30。16.2kgのDAC 2、23.2kgのTransport 7。価格に見合う、あるいはそれ以上の「物量」と「仕上げ」である。
価格対価値★☆☆☆☆ (1.5)10万ドル超 3。これは「価値」の問題ではない、「価格」の暴走だ。特にTransport ($40k) がUSB入力 ($20k Upsampler) にジッター性能で劣る 27 という事実は、価値のバランスを著しく欠いている。
将来性 / 修理性★★★★☆ (4.5)4.5点。2012年の製品が2016年 (V2.0) 1 にメジャーアップデートを受け、2022年 (APEX) 15 には$9,000 33 で最新世代の心臓部に交換可能。この長期サポート体制は、高額な初期投資を正当化する、dCS最大の「価値」である。
  • Bias Check (総括):
    • (Positive) Vivaldi (Original) は、デジタルオーディオが「アナログ(マスターテープ)の情報密度にどこまで迫れるか」という問いに対し、2012年時点で「測定値」という名の回答を叩きつけた、記念碑的製品である 11
    • (Negative) しかし、その回答はあまりに「精密」で「学術的」14 であり、一部のリスナー(と6moons)13 には「音楽の情熱が欠落している」と受け取られた。
    • (Conclusion) 評価は「何を求めるか」で180度変わる。録音の「完全な分析」を求めるなら100点。音楽の「情熱的な体験」を求めるなら60点。このレビュー 13 とdCS自身によるAPEX(=人間性の追加)14 の存在が、その証拠である。

6. 俯瞰的視点による分析 — Vivaldiの功罪

Vivaldiを「ただのDAC」として語るのは無意味だ。この4つの箱は、2010年代のハイエンドオーディオの「潮流」そのものだった。ここでは、ライバルとの死闘、そして「父」たるScarlattiとの世代交代劇から、Vivaldiの真の立ち位置を分析する。

Vivaldiのハウスサウンド:「ニュートラル」という名の「dCSトーン」の正体

多くのレビューアが「ニュートラル」と評するdCSサウンド。だが、それは「無個性」という意味ではない。

Vivaldiの音は、Ring DAC 19 によって「歪み」と「デジタルの粗さ (skeletal)」11 を徹底的に除去(=Smoothness)し、その結果、音源の「情報」をありのままに提示(=Scholarly)する。

これがdCSトーンの正体だ。それは「無色透明」なニュートラルではない。「高い解像度と、デジタルの粗さを一切感じさせない滑らかさ(柔らかさ)を両立させた音」。これが彼らの「ハウスサウンド」である。

音質の長所と短所(競合比較)

関連レビュー(音質・比較)

「比較こそ命」。Vivaldiの「学術的な滑らかさ」を、同時代の怪物たち(MSB, CH, Esoteric)とぶつけてみよう。

  • vs. MSB Select (Diamond IV): 「ディテール」のdCSか、「流麗さ」のMSBか。
    • (主張) 最も長く続くライバル関係。音の哲学が真逆だ。
    • (根拠) フォーラムでの比較 21 によれば、dCSは「ニュートラル、スムーズ、速い」、MSBは「スイート(中域)、ダイナミック、“ライブ”感」。dCSは「レイドバック (laid back)」している 21
    • (帰結) dCSユーザー (still-one) の証言 29 が核心を突いている。「MSBはボーカル周りの”hash”(ざらつき)が消え、ボーカルがより良く聴こえる」が、「VivaldiはMSBが拾いきれない “ディテール” を引き出す」。
    • dCSの長所: 分析的なまでのディテール再現性。
    • dCSの短所 (MSB比): “live”感、ボーカルの「生々しさ」の不足。
  • vs. CH Precision C1: 「柔らかさ」のdCSか、「一切の平滑化なき」CHか。
    • (主張) これは「ニュートラル」の定義を巡る、ハイレベルな戦いだ。
    • (根拠) High Fidelity誌の比較レビュー 23 は決定的だ。CH C1.2は「並外れて正確 (uncommonly precise)」で「平滑化 (smoothing) が一切ない」。対してVivaldi 2.0は「いくらかの柔らかさ (some softness)」があり、「滑らかにされた (smoothed out)」ように聴こえる。
    • (帰結) dCSの「学術的な滑らかさ」が、CH Precisionの前では「色付け(=柔らかさ、平滑化)」として認識されている。
    • dCSの長所 (CH比): 聴き疲れのしない、滑らかで「しなやか」な音 12
    • dCSの短所: アタックの「究極の正確さ」においてはCHに一歩譲る。
  • vs. Esoteric Grandioso (P1/D1): 「自然な滑らかさ」のdCSか、「中域の熱量」のEsotericか。
    • (主張) 日本の横綱と英国の巨頭。
    • (根拠) Soundstage Ultra 34 は、VivaldiとGrandioso(セパレート機)は、Esoteric K1よりもヴァイオリンの「輝きと甘さ (brilliance and sweetness)」をわずかに多く引き出す、と両者を同格のトップティアとして扱っている。
    • (根拠) 一方で、EsotericからdCSに乗り換えたdCS Communityユーザー 35 は、Esotericのハウスサウンド(張り出したミッドと下部高域)を「キュレーションされた音(作られた音)」「疲れる (fatiguing)」と評し、dCSの「自然な滑らかさ (natural smoothness)」と「並外れた明瞭さ (extraordinary clarity)」を評価している。
    • dCSの長所 (Esoteric比): 色付けの少ない、自然で疲れない明瞭さ。
    • dCSの短所: Esotericが持つ中域の「熱量」や「ドライブ感」35 は薄い。

世代間比較:Scarlatti vs. Vivaldi

ここで、ユーザーからしばしば寄せられる疑問に答えよう。「なぜScarlatti(2007) をVivaldi(2012)より好む層がいるのか?」

The Absolute Sound 5 によれば、VivaldiはScarlattiからの「かなりのアップグレード (considerable upgrade)」であり、特に「音像の安定性 (image stability)」と「全体的な音楽的コヒーレンス (overall musical coherence)」が向上した。

この「進化」こそが、謎を解く鍵だ。

Vivaldiは「安定性」と「コヒーレンス」を 向上 させた 5。これは、裏を返せば、ScarlattiはVivaldiよりも「不安定」で「コヒーレンスが低い」が、見方を変えれば「荒々しい」「生々しい」音であった可能性を示唆する。

Scarlatti (2007) は、dCSのプロ機 16 の血統により近い「第一世代」のHi-Fiフラッグシップである 16。フォーラムでは、Scarlattiが持つ(と期待される)「ダイナミックな活気 (dynamic verve)」21 という表現が見られる。

(主張) Vivaldiへの進化は、「安定性」と「滑らかさ」を獲得するプロセスだった。
(根拠) Scarlattiは「活気」21 を、Vivaldiは「安定性」5 と「学術的な」14 音を持つ。
(帰結) Scarlattiを好む層とは、Vivaldiが達成したその「洗練」を、「音楽の”牙”を抜かれた “馴化”」だと感じる人々なのであろう。彼らはVivaldiの「完璧な制御」よりも、Scarlattiの「制御しきれないエネルギー」を愛したのだ。


7. 結論 & 推奨ユーザー

長い分析にお付き合いいただき、感謝する。結局のところ、10万ドルのVivaldi (Original) は、我々の魂を震わせる「楽器」なのか、それとも音源を解剖する「メス」なのか。

総合評価(★x5)

総合スコア: ★★★★☆ (4.0 / 5.0)
(技術とビルドは完璧。価格と音楽的魅力が足を引っぱり、将来性で持ち直す)

  • 総評:
    • この機の本質: 圧倒的な情報量と制御力で、デジタル音源の「設計図」を完璧に描き出す、精密な3Dプリンタ。
    • 誰に刺さるか: 録音の隅々まで見通したい「分析家」であり、システムの最終回答を求める「求道者」。
    • ニックネーム:「The Digital Architect」 (デジタル領域の建築家)
  • おすすめしたい人:
    • 録音された「情報」のすべてを、1ビットの欠落もなく引き出したい人 19
    • Stereophile の測定値 26 のような「完璧な客観性」を音の基準(リファレンス)としてシステムに導入したい人。
    • 「学術的」14 であることを「退屈」ではなく「正確」だと評価できる、分析的なリスナー 18
    • dCSの長期サポート 1 を信じ、将来のAPEXアップグレード($9,000)33 を前提に「ベース」として導入できる人。
  • やめた方が良い人:
    • 「音楽は楽しく、ノリ良く、情熱的に」が信条の人。Vivaldiは「爆発 (let rip)」しない 14
    • MSBの「ライブ感」21 や、Esotericの「中域の熱量」35、あるいはScarlattiの「活気」21 を求める人。
    • CH Precisionのような「一切の平滑化なき」アタックの正確性 23 を求める人(Vivaldiはわずかに「柔らかい」)。
  • 将来の更新・Mod 可能性:
    • Vivaldi (Original) の最大の価値は、皮肉にも、発売から10年後に示された「将来性」にある。
    • (根拠) 2022年に発表された「APEX」アップグレード 32 は、Ring DACの基板とアナログ出力段を刷新する、実質的なメジャーアップデートである 15
    • (帰結) Hi-Fi Newsは、このAPEX化によって、オリジナルの「学術的」なサウンドが「より自然で、オーガニックで、人間的 (more natural, more organic, more… human)」になったと絶賛している 14
    • Vivaldi (Original) を今から中古で手に入れることは、dCSが10年かけてたどり着いた「精密さ」から「人間性」への旅の「前半」を体験することを意味する。そして、$9,000 33 という「追加チケット」を払えば、いつでもその旅の「後半(=結論)」に合流できるのだ。

引用文献

1. dCS Launches New Flagship Vivaldi 2.0 System - The Absolute Sound, https://www.theabsolutesound.com/articles/dcs-launches-new-flagship-vivaldi-20-system/
2. Vivaldi - The Pioneer - dCS Audio, https://dcsaudio.com/product/vivaldiapex
3. dCS Vivaldi digital playback system Specifications | Stereophile.com, https://www.stereophile.com/content/dcs-vivaldi-digital-playback-system-specifications
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19. Ring DAC | Peerless Performance - dCS Audio, https://dcsaudio.com/ring-dac
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