Bowers & Wilkins Px8 S2 — Overview
オーディオファイルの世界において、「S2」という接尾辞は、大抵の場合「わずかな改良」や「マイナーチェンジ」を意味する。だが、Bowers & Wilkins Px8 S2 に関して言えば、その認識は改めねばならない。これはマイナーチェンジではない。これは、サウンドシグネチャを根底から書き換える、哲学のフルモデルチェンジだ。
まずは事実を並べよう。
- メーカー / 型番: Bowers & Wilkins Px8 S2
- 発売日 (米国): 2025年9月24日 2
- 発売日 (日本): 2025年9月25日 (国内代理店：ディーアンドエムホールディングス) 3
- 価格 (USD): $799 1。これは、オリジナルの Px8 のローンチ価格 $699 4、および現行の Px7 S3 の $479 1 と比較して、明確な価格上昇とフラッグシップとしての地位を主張している。
- 価格 (日本円): オープンプライス (実売価格 ¥129,800 程度) 3
主要スペック
- ドライバー: 2 x 40mm ダイナミック・フルレンジ・カーボン・ドライバー 1
- Bluetooth: 5.3 2
- 対応コーデック: aptX™ Lossless, aptX™ Adaptive, aptX™ HD, AAC, SBC 2
- DSP: 新開発のDSPエンジン (Px7 S3から移植され、Px8 S2専用にリチューニング) 2
- マイク: 合計8基 (ANCおよび通話用、オリジナルPx8の6基から増加) 1
- バッテリー: 最大30時間 (ANCオン) 1
- 急速充電: 15分の充電で7時間再生 10
- 重量: 310g (オリジナルPx8の320gから10g軽量化) 1
- 接続: USB-C (充電・オーディオ)、3.5mmステレオミニ (付属のUSB-Cアダプタケーブル経由) 6
- アプリ機能: 5バンド・カスタマイズEQ (オリジナルPx8の2バンドEQから大幅アップグレード) 1
スペックシートを眺めるだけでは、この$100の値上げ 4 の本質は見えてこない。Bluetooth 5.3 への更新、マイク数の増加、10gの軽量化 7。これらは確かに改善だ。
しかし、真の変更点は「aptX Lossless」「新DSP」「5バンドEQ」という、目に見えない3点に集中している 6。特に、B&Wが伝統的に提供してきた2バンドEQ（Bass/Treble）を捨て、5バンドEQという「リスナーによる積極的な音響制御」を許可したこと 6。これこそが、B&Wがターゲット層を「ラグジュアリーなライフスタイル層」から、より「テクニカルなオーディオファイル層」へと拡大、あるいはシフトしようとしている明確なシグナルに他ならない。
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1. ノイズの中の評決：Px8 S2 メタアナリシス
本機のレビューは、オーディオ界の「ウォーム（暖色）派」と「クール（寒色）派」の断層を浮き彫りにした。Px8 S2 を巡る評価は、単なる「良い/悪い」ではなく、「称賛」と「裏切り」という、ほぼ宗教的な対立を見せている。
- 集計: 調査した主要ソースは、2つの陣営に明確に分裂する。What Hi-Fi? や TechRadar などの主流メディア、そして一部のユーザーは「明瞭性の勝利」として絶賛 2。一方で、SoundGuys のような測定重視メディアや、オリジナルの Px8 を愛した古参ユーザーは「アイデンティティの喪失」として嘆いている 13。
| メディア | 引用抜粋 (和訳＋原文) | 評価点 | バイアス分析 |
|---|---|---|---|
| What Hi-Fi? | ”より自然で、スケール感と開放感が増している。オリジナルのPx8が分析的に聴こえるほどだ” (more natural… greater sense of scale and openness, which makes the original Px8 headphones sound more analytical in comparison) | ★★★★★ (Sound) | 評価: 影響力（大）。B&W製品に好意的な What Hi-Fi? が、S2の音を「より自然」と肯定的に捉えている。彼らのレビューは、主流メディアが「ウォームさ」よりも「明瞭性」を現代の美徳と見なしているトレンドを反映している。 |
| TechRadar | ”サウンドクオリティに関しては決定的な一歩前進だ…超スムーズな周波数特性と素晴らしくニュートラルなトーン” (decisive step on where sound quality is concerned… super-smooth frequency response and nicely neutral tonality) | ★★★★★ | 評価: 影響力（中）。ハイテク系メディアの典型。「ニュートラル」という言葉は、後述する測定データと照らし合わせると、オーディオファイル的な意味での「フラット」ではなく、「ブーミーな低音がなく、明瞭」という意味で使われている可能性が高い。 |
| SoundGuys | ”サウンドは万人向けではない…この価格ではリスクだ。8.3kHzの奇妙なスパイクがある” (the sound isn’t for everyone, and that’s a bit of a risk at this price… bizarre… spike at 8.3kHz) | 7.4/10 | 評価: 影響力（大）。測定データ（B&K 5128リグ）を重視するメディア。彼らの「奇妙なスパイク」という客観的データが、「万人向けではない」という主観的評価に直結している。TechRadar の「ニュートラル」という評価とは真っ向から対立する。 |
| Reddit ユーザー “togglebait" | "Px8はウォームで居心地が良いが、低音がルーズ… S2は素直に明瞭で、低音は引き締まっている。ボーカルが輝くためのスペースがある” (Px8 is warmer/cozier… comes at the cost of looser bass… Px8 S2 is just flat out clearer and the bass is tightened… vocals have more space to shine) | (肯定的) | 評価: 影響力（極大）。両機を所有したユーザーによる、本機を理解する上で最も重要な証言の一つ。音の変化の「質」を完璧に捉えている。「ルーズな低音」vs「引き締まった低音」、「ウォーム」vs「明瞭」。 |
| Reddit ユーザー “Working…" | "ぞっとするようなフラットな音、タイトなベース。音場はもはやウォームで親密ではない…伝統的なB&Wサウンドからの大幅なダウングレードだ” (horrid flat sound, with tight bass, the sound stage is no longer warm and intimate… major downgrade imo from the traditional b&w sound) | (否定的) | 評価: 影響力（極大）。上記の “togglebait” 氏と全く同じ「事実」を、正反対の「感情」で受け止めたレビュー。「期待バイアス」の典型だ。彼はB&Wの「ウォームで親密な」ハウスサウンドを求めてS2を買い、裏切られた。 |
このメタアナリシスから導き出される結論は明白だ。Px8 S2の評価の対立は、「性能」の対立ではない。「音の哲学」の対立である。
Reddit の二つの証言 14 は、同じ「事実」を報告している。すなわち、「S2はPx8より明瞭で、低音がタイトで、ウォームさが減った」。
あるユーザーは、Px8のルーズな低音が好きではなかったため、これを「改善 (Upgrade)」と解釈した。 別のユーザーは、Px8のウォームな低音を愛していたため、これを「改悪 (Downgrade)」と解釈した。 B&Wは、意図的に「ウォームな音楽性」から「テクニカルな解像度」へと舵を切った。これは、オリジナルPx8の一部で指摘された「ブーミーな低音」15 という批判に応え、より “Hi-Fi” なサウンドを目指した結果の、意図的な「決別」である。
2. “S2”は何が違うのか？：技術的解剖
セクション1で定義した「ウォーム」から「明瞭」への音の変化は、偶然の産物ではない。それは、DSP、ドライバーマウント、コーデックという「三位一体の技術革新」によって、意図的に生み出された音響設計である。
根拠 1: 頭脳 (DSP & EQ) の刷新
Px8 S2は、Px7 S3から移植された「新開発のDSPエンジンとアンプ」を搭載している 2。これはオリジナルPx8のDSPとは別物であり、S2のカーボンコーン・ドライバーの特性に合わせて、専用に「リチューニング（bespoke tuning）」されている 2。
つまり、S2の音はPx8の「修正版」ではなく、ゼロから書き直された「完全新作」だ。
さらに、この新DSPは、アプリで5バンドのカスタマイズEQを可能にした 1。オリジナルPx8の牧歌的な2バンド（Bass/Treble） とは雲泥の差だ。2バンドEQは「一般消費者」向け、5バンドEQは「オーディオファイル」向けである。B&Wが、リスナーによる積極的な音作りを許可したこと自体が、ターゲット層の変化を示している。
根拠 2: 筋肉 (ドライバー実装) の強化
ドライバー素材こそ同じ40mmカーボンコーンだが 1、その「実装」が根本的に異なる。S2はPx7 S3の設計思想を受け継ぎ、「より高剛性なシャーシ」「アップグレードされたモーターシステムとボイスコイル」「ドライバー固定方法の改訂」を採用している 2。
日本国内の発表記事によれば、その違いは決定的だ。オリジナルのPx8が接着剤固定だったのに対し、S2は「4点のビス留め構造」に変更された 3。
これこそが「タイトな低音」の物理的根拠である。高剛性なシャーシとビス止めは、ドライバーの不要な共振（＝歪み）を劇的に減らす。これにより、ドライバーはDSPからの信号に対し、より速く、より正確に反応できる。オリジナルPx8の「ルーズな低音」14 は、この機械的な「遊び」からも生まれていたと推測される。S2は、まず機械的に「遊び」を排除し、その上でクリアなDSPチューニングを施すことを可能にしたのだ。
根拠 3: 伝送路 (Codec) の拡張
Px8 S2はBluetooth 5.3にアップグレードし、aptX Lossless に新たに対応した 3。オリジナルPx8はaptX Adaptiveが最高だった 12。
aptX Lossless（24bit/96kHzハイレゾオーディオ対応）9 は、現時点で対応するスマートフォンが非常に限られており、実用性は低い。しかし、これは「実用性」の問題ではない。「ステートメント（意思表明）」だ。B&Wは「我々のヘッドホンは、ワイヤレスで伝送できる最高純度の信号を受け止めるにふさわしい」と宣言している。これは、S2の「解析的」「高解像度」という新しい音の方向性と完全に一致する。
スペック比較表：ラグジュアリー・アリーナ
Px8 S2の真の戦場は、もはやSonyやBoseの土俵ではない。Focal、Dali、Mark Levinsonがひしめく$700超の「ラグジュアリーANC市場」である。
| モデル (Model) | ドライバー (Driver) | 主要コーデック (Codecs) | バッテリー (Battery) | 重量 (Weight) | 実売価格 (Price USD) |
|---|---|---|---|---|---|
| B&W Px8 S2 (本機) | 40mm カーボンコーン 1 | aptX Lossless, aptX Adaptive, AAC 6 | 30 hours 1 | 310g 7 | $799 1 |
| Focal Bathys (競合A) | 40mm Al-Mg ‘M’ ドーム 16 | aptX Adaptive, aptX, AAC 16 | 30 hours 16 | 350g 16 | $699 16 |
| Dali IO-12 (競合B) | 50mm SMC コーン 17 | aptX Adaptive, aptX HD, AAC 17 | 35 hours 17 | 370g 17 | $1,300 18 |
| Mark Levinson No. 5909 (競合C) | 40mm ベリリウムコート 19 | LDAC, aptX Adaptive, AAC 20 | 30-34 hours 19 | 340g 19 | $999 21 |
この比較から、Px8 S2の戦略が透けて見える。この市場において「最軽量 (310g)」 かつ「唯一のaptX Lossless対応機」 という2つの明確なアドバンテージを持っている。競合が50mm径 17 やベリリウム 19 といった、よりエキゾチックなドライバー素材で勝負する中、Px8 S2は「カーボンコーン」という伝統的素材を、最新のDSPとマウント技術でどこまで引き上げられるかに賭けている。
3. 測定データに基づく客観的考察
主観的な評価が「明瞭」と「フラット」に引き裂かれる中、客観的な測定データは、その理由を冷徹に指し示している。
論点 1: 8.3kHzのスパイクと2-4kHzの谷
SoundGuys がB&K 5128測定リグで計測したPx8 S2の周波数特性は、実に「個性的」だ 13。それは「強い低音」、「2-4kHzの奇妙なアンダーエンファシス（谷）」、そして「8.3kHzの奇妙でラウドなスパイク（山）」を特徴としている 13。SoundGuys はこれを「非常に…ブティックなサウンド」と呼び、「甲高い音（shrill things）が耐え難くなる可能性がある」と結論付けた 13。
このデータは、What Hi-Fi? が言う「卓越した明瞭性」8 と、どのように両立しうるのか？
これは「欠陥」ではなく、意図的な「音響調整」である可能性が高い。
- 8.3kHzという周波数帯は、シンバルやハイハットの「空気感 (air)」や「輝き (brilliance)」を司る。
- 一方、2-4kHzの「谷」は、ボーカルの「存在感 (presence)」や、耳に最も「うるさく」聞こえる「シャウト感」を司る帯域だ。
- 仮説: B&Wのエンジニアは、意図的に2-4kHzの「シャウト感」をわずかに抑え（谷）、同時に8kHz以上の「空気感」を強調した（山）。
- 帰結: このチューニングの結果、多くの楽曲では、耳障りなアタック音を抑えつつ、「空気感」や「開放感」だけが強調されて聴こえる。これこそが、What Hi-Fi? が「明瞭性 (clarity)」や「開放感 (openness)」 と感じたものの正体だろう。
- リスク: しかし、このチューニングは諸刃の剣だ。SoundGuys が指摘するように 13、もともと8kHz付近にエネルギーが集中している「甲高い」音源（一部のシンセサイザー、録音の悪いシンバル）では、このスパイクが過剰に強調され、「奇妙」で「耐え難い」音になる。
Px8 S2の音は「ニュートラル」 ではない。それはB&Wの音響哲学に基づき、高度に「調整」されたサウンドだ。この8.3kHzのスパイクこそが、本機の「明瞭性」であり、同時に「潜在的な疲労源」でもある。
論点 2: ANC性能の立ち位置
Px8 S2のANC（アクティブ・ノイズ・キャンセリング）性能は、その音作りと同様に、明確な「選択」をしている。
What Hi-Fi? は、ANC性能がPx7 S3からは向上しているものの、「（Sony WH-1000XM6のような）最高クラスには及ばない」と明確に述べている 7。特に「高周波の漏れ（high-frequency leakage）」や「風切り音」がSonyより大きいと指摘している 7。
この点は、B&Wの日本代理店D&M（ディーアンドエムホールディングス）も、発表会で（事実上）認めている。彼らは「ノイズを消すことよりも音楽の自然さを優先したチューニング」を重視している、と説明している 3。
B&Wは、ANC性能のレースでSony/Boseに勝てないことを知っている。そこで彼らは、このトレードオフを逆手に取った。「我々のANCは、音楽のダイナミクスとエネルギーに一切影響を与えない 10。我々は『完全な静寂』ではなく、『最高の音』を売っている」。これは、オーディオファイルというターゲット層に訴えかける、非常にクレバーなマーケティング戦略である。
4. リスニング・インプレッション：音の肖像
客観データと主観レビューを統合し、Px8 S2が実際にどのような音を奏でるのかを描写しよう。
| レビュアー / 媒体 | 引用抜粋 (和訳＋原文) |
|---|---|
| What Hi-Fi? | ”スケール感と開放感が増し、オリジナルのPx8が分析的に聴こえるほどだ” (greater sense of scale and openness, which makes the original Px8 headphones sound more analytical in comparison) |
| Audio46 | ”（S2は）よりパンチがありタイトなサウンド。サブベースの周波数は振動し、触覚的な品質（tactile quality）がある” (Has a punchier and tighter sound… Sub-bass frequencies rattle and have a tactile quality) |
| AV Nirvana | ”（Px8 S2は）すべてを引き締め（tightens it up）、より均整のとれたプレゼンテーション…低音は集中し、規律が取れている” (takes everything the does and tightens it up… more even-tempered presentation… low-end… focused and disciplined) |
| Reddit ユーザー “togglebait" | "Px8はウォームで居心地が良いが、低音がルーズ… S2は素直に明瞭で、低音は引き締まっている” (Px8 is warmer/cozier… comes at the cost of looser bass… Px8 S2 is just flat out clearer and the bass is tightened) |
| Reddit ユーザー “Working…" | "（S2は）ぞっとするようなフラットな音、タイトなベース。音場はもはやウォームで親密ではない” (horrid flat sound, with tight bass, the sound stage is no longer warm and intimate) |
これらの証言は、セクション2の技術（ビス止め構造 3）とセクション3のデータ（8.3kHzスパイク 13）によって、完璧に説明がつく。
低音 (Bass): 「ビス止め構造」 が不要な共振を排除した結果、レビューア全員が（好き嫌いは別として）「タイト(tight)」、「引き締まった(tightened)」14、「規律が取れている(disciplined)」22 と表現する低音を実現した。これはオリジナルPx8の「ルーズ(looser)」14 または「ブーミー(boomy)」15 と評された低音からの、最も明確な変化である。Audio46が言う「触覚的な品質(tactile quality)」6 とは、このスピード感と正確さの表れだ。 中高音 (Mids/Highs): 「8.3kHzスパイク」 を含むDSPチューニングの結果、レビューアは「明瞭(clearer)」、「開放感(openness)」、「スケール感(scale)」 を感じている。
ジャンル別パフォーマンス分析
- クラシック & ジャズ: S2の「明瞭性」 と「規律の取れた低音」 は、このジャンルで最も輝く。コントラバスの弦の震え、オーケストラの分離、ピアニッシモの空気感。これらはオリジナルPx8の「ウォームなヴェール」14 の下では不明瞭だったかもしれない。S2は、演奏のディテールを暴き出す「解析的」なリスニングを提供する。
- ロック & EDM: ここが運命の分かれ道だ。S2の「パンチがありタイトな」低音 6 は、技術的には高速なドラムやベースラインの追従性に優れている。しかし、オリジナルPx8の「ウォームで居心地の良い」14 サウンドは、リスナーを包み込むような「クラブのフロア感」を提供していた。S2が提供するのは「スタジオのモニタースピーカーで聴く、ミックスが完璧な音源」。Px8が提供していたのは「ライブハウスのPAスピーカーから浴びる、一体感のある音の塊」。S2は「頭」で聴き、Px8は「体」で聴いていた。
ハウスサウンドの変遷: オリジナルPx8は「B&Wハウスサウンド」を「意図的に作られた音楽的なサウンド…厳格な中立性ではない」と定義した 23。Px8 S2は、この定義を再定義する。それは、オリジナルPx8の「ウォームで滑らかな」22 サウンドを捨て、「クリーンで、速く、ディテール志向」22 のサウンドへと舵を切った。 これは、B&Wが「英国紳士の心地よい音（British Hi-Fi）」という伝統的なイメージから脱却し、「グローバルなオーディオファイルが求める、テクニカルな解像度（Global Hi-Fi）」へと本格的に進出するための狼煙（のろし）である。
5. 価値の天秤：Px8 S2 総合評価
すべての分析を総合し、この$799のヘッドホンが持つ「価値」を判定する。
| 評価軸 | 採点 (5点満点) | 解説 |
|---|---|---|
| 技術性能 (Objective) | ★★★★☆ | aptX Lossless 6、新DSP 9、BT 5.3 6、8マイクシステム 8 は最先端。技術的にはほぼ満点。しかし、ANC性能がSony/Boseに客観的に劣る 7 という一点において、満点は与えられない。 |
| 音楽的魅力 (Subjective) | ★★★★☆ | 「明瞭性」「スピード感」「タイトな低音」を求めるリスナーにとっては、疑いなく5つ星のサウンド 6。しかし、「ブティック」13 と評される個性的なチューニングは、すべての人を幸せにはしない。8.3kHzの刺激 13 と、失われた「ウォームさ」14 は、減点対象となる。 |
| ビルドクオリティ (Build) | ★★★★☆ | 素材: ナッパレザーとアルミダイキャスト 1 の質感は、まさに$800の所有欲を満たす。文句なしの5つ星。耐久性: しかし、B&Wブランドには、Px7 S2やオリジナルPx8における「ヘッドバンドの接着剤剥がれ」という悪名高い持病が長年報告されている 24。S2で対策された可能性は高いが、長期的な不安は拭えない。 |
| 価格対価値 (Value) | ★★★☆☆ | $799 [1] という価格は、オリジナルPx8の$699 4 からの強気な値上げだ。音質は確かに進化した 8 が、その下のPx7 S3 1 が非常に優秀なため、価格差を正当化するのは難しい。Focal Bathysは$699で強力なライバルであり続けている 16。 |
| 将来性 / 修理性 (Future) | ★★☆☆☆ | 致命的欠陥。 B&Wは、イヤーパッドとヘッドバンドの交換が可能だと言うが、それは「訓練を受けたサービスエンジニア」によってのみだ 4。これは現代のサステナビリティと「修理する権利」に逆行する。AppleのAirPods Max（マグネット式パッド）がいかにユーザーフレンドリーであるかを証明してしまった。$800の製品を「数年で使い捨て」にするデザインは擁護できない。 |
Bias Check: ポジティブ要素とネガティブ要素の均衡
ポジティブ (Pros):
- 圧倒的な解像度: 「明瞭」「開放的」と評される、新次元のサウンド 8。
- 規律ある低音: オリジナルPx8の「ルーズさ」14 を克服した、「タイト」で「パンチ」のある低域 6。
- 最上級の質感: ナッパレザーとアルミが織りなす、触覚的な満足感 1。
- 進化したアプリ: 5バンドEQによる、本格的な音質カスタマイズ 6。
ネガティブ (Cons):
- 失われた”魂”: B&Wの伝統的な「ウォームで親密な」音 14 を愛するファンにとっては「改悪」。
- ピーキーな高域: 8.3kHzのスパイク 13 が、一部の音源やリスナーにとって「耳障り」になるリスク。
- “十分”なANC: ANCは改善された 28 が、Sony/Boseの「静寂」には及ばない 7。
- 修理不可能な設計: ユーザーがパッドを交換できないという、時代錯誤な仕様 4。
- 耐久性への不安: 過去モデルから引き継がれる「接着剤」問題の悪夢 25。
6. 俯瞰的視点：ラグジュアリー市場におけるPx8 S2の存在意義
Px8 S2は、B&Wによる「市場の分割」戦略である。
B&Wは、$400-$500の「機能性ANC市場」での勝利を（Sony 29 やBose 30 相手に）諦めた。代わりに、$700以上の「音質・ラグジュアリーANC市場」31 の制覇に乗り出した。
この市場の競合（Focal, Dali）と戦うために、オリジナルPx8の「ウォームだがブーミー」15 なサウンドでは勝てないと判断した。そこで、音響設計を「解析的」に一新した「Px8 S2」を投入した。
巧妙なのは、オリジナルPx8の「ウォーム」なサウンドを愛したファンも切り捨てなかった点だ。彼らには、Px7 S3（バイオセルロースドライバー）1 という「ウォームで滑らかな」22 サウンドの受け皿を用意した。
B&Wは自社のハウスサウンドを「解析的なS2」と「音楽的なS3」に意図的に「フォーク（分岐）」させ、両方の市場を獲りに来ている。Px8 S2は、その先鋭的な「解析」フラッグシップである。
音質の長所と短所（競合比較）
- vs. Focal Bathys (Focalの刺客) 32
- Px8 S2の勝利: ビルドの高級感。Bathysの「プラスチッキーなボタン」33 と比べ、Px8 S2の金属と革の仕上げは一段上。
- Bathysの勝利: 音場 (Soundstage)。Bathysは一貫して「より広い」「より開放的」「ホログラフィック」と評される 32。音の分離感に優れ、Px8 S2より「バランスが取れている」32 との評価。空間表現のFocal、ディテールのB&W。
- vs. Dali IO-12 (真のラスボス) 36
7. 結論 ＆ 推奨ユーザー
- おすすめしたい人:
- やめた方が良い人:
- B&Wの”ウォーム”な信奉者: B&Wの伝統的な「ウォームで親密な（warm and intimate）」 サウンドを愛する人。S2の音は「フラットで冷たい」 と感じるだろう。あなたは（皮肉なことに）Px7 S3 22 を買うべきだ。
- 高域（8kHz）に敏感な人: SoundGuysが指摘する8.3kHzのスパイク 13 に敏感な聴覚を持つ人。この「明瞭性」はあなたにとって「疲労」にしかならない。
- ANC性能（静寂）が最優先の人: 黙ってSony WH-1000XM6 かBose QC Ultraを選ぶべきだ。
- 製品を長く使いたい人: ユーザー自身がイヤーパッドを交換できない 4 という致命的な設計は、長期的な愛用を困難にする。
総合評価：★★★★☆ （4.0/5.0）
Px8 S2は、B&Wが「心地よさ」と引き換えに「高解像度」を手に入れた、野心的なリファレンス機だ。 これは、ラグジュアリー市場の新たな”音質ベンチマーク”であり、同時に古くからのファンへの”踏み絵”でもある。 『冷徹な紳士』
引用文献
1. Px8 S2 - Over-ear noise-canceling headphones | Bowers & Wilkins - United States, https://www.bowerswilkins.com/en-us/product/over-ear-headphones/px8-s2/301021.html 2. Bowers & Wilkins Px8 S2 review: over-ear ANC headphones that …, https://www.techradar.com/audio/headphones/bowers-wilkins-px8-s2-review 3. Bowers & Wilkins、最上位ワイヤレスヘッドフォン「Px8 S2」発表 構造設計を刷新し、800シリーズ譲りの高解像サウンドを追求 - 週刊アスキー, https://weekly.ascii.jp/elem/000/004/335/4335254/ 4. There’s Only One Bad Thing About Bowers & Wilkins’ PX8 S2 Headphones: Their Price Hurts, https://www.cnet.com/tech/mobile/the-only-bad-thing-i-can-say-about-bowers-wilkins-exceptional-new-px8-s2-headphones-is-their-price-hurts/ 5. ブルートゥースヘッドホン ウォーム・ストーン PX8S2/WS [ノイズキャンセリング対応 /Bluetooth対応], https://www.biccamera.com/bc/item/14477756/ 6. Bowers & Wilkins Bluetooth Battle: Px8 S2 vs. Px8 Comparison | Blog Audio46, https://audio46.com/blogs/headphones/bowers-wilkins-bluetooth-battle-px8-s2-vs-px8 7. Bowers & Wilkins Px8 S2 review: luxury wireless headphones with …, https://www.whathifi.com/headphones/bowers-and-wilkins-px8-s2 8. Bowers & Wilkins Px8 S2 vs Px8: which premium headphones are better? | What Hi-Fi?, https://www.whathifi.com/headphones/wireless-headphones/bowers-and-wilkins-px8-s2-vs-px8-which-premium-headphones-are-better 9. Bowers & Wilkins’ Px8 S2 headphones have updated drivers, improved ANC and a new look, https://www.engadget.com/audio/headphones/bowers—wilkins-px8-s2-headphones-have-updated-drivers-improved-anc-and-a-new-look-181913079.html 10. Px8 S2 - Over-ear noise-cancelling headphones | Bowers & Wilkins - Global, https://www.bowerswilkins.com/en/product/over-ear-headphones/px8-s2/FP45365P.html 11. Px8 - Flagship noise-cancelling wireless headphone | Bowers & Wilkins - United States, https://www.bowerswilkins.com/en-us/product/over-ear-headphones/px8/300494.html 12. Px8 - Flagship noise-cancelling wireless headphones | Bowers & Wilkins - Global, https://www.bowerswilkins.com/en/product/over-ear-headphones/px8/FP42951P.html 13. Bowers and Wilkins Px8 S2 review: an unlikely successor - SoundGuys, https://www.soundguys.com/bowers-and-wilkins-px8-s2-review-an-unlikely-successor-147206/ 14. B&W please do not let the PX8 S2 become the standard for sound. - Reddit, https://www.reddit.com/r/BowersWilkins/comments/1oivmbk/bw_please_do_not_let_the_px8_s2_become_the/ 15. Bowers and Wilkins PX8 - Official Thread - The HEADPHONE Community, https://forum.headphones.com/t/bowers-and-wilkins-px8-official-thread/19225 16. Focal Bathys High-Fidelity Bluetooth Noise Cancelling Headphones - Creative Audio, https://creativeaudio.net/fbathys/ 17. DALI IO-12 | State-of-the-art Hi-Fi headphones - DALI Speakers, https://www.dali-speakers.com/en/products/io/dali-io-12/ 18. 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