現代社会における「静寂」とは、単なる音の不在を意味しない。それは、絶え間ない情報の奔流と喧騒の中から、自らの意志で選び取り、構築するべき積極的な状態である。我々は、静寂を求めて森へ分け入るのではなく、都市の喧騒でそれを創造するための道具を手にした。ソニーのWH-1000Xシリーズは、その誕生以来、この現代的な静寂を定義し、牽引してきた系譜に他ならない。
そして今、その第六世代となるWH-1000XM6が我々の前にある。これは単なる後継機ではない。前作XM5が示した先鋭的な美学と技術的野心、そして多くのユーザーが愛したXM4の実用的な哲学とを対話し、調和させた末に生まれた、一つの完成形であるように感じられる。本機は、我々の聴覚体験を、そして我々を取り巻く世界の音響的風景を、どのように変容させるのだろうか。その本質を探るべく、深く、思索的な旅を始めよう。
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Sony WH-1000XM6 — Overview
- メーカー / 型番: Sony / WH-1000XM6
- 発売日: 2025年5月15日(米国)、2025年5月30日(日本)
- 価格帯: $449.99 USD / 59,400円(ソニーストア直販価格)
主要スペック
- ドライバーユニット: 30mm ダイナミックドライバー、カーボンファイバー複合材ドーム
- 周波数特性(有線接続・電源ON時): 4 Hz - 40,000 Hz (JEITA)
- 周波数特性(Bluetooth接続・LDAC 990kbps): 20 Hz - 40,000 Hz
- インピーダンス: 48 Ω(電源ON時)、16 Ω(電源OFF時)
- 感度: 103 dB/mW(電源ON時)、102 dB/mW(電源OFF時)
- Bluetoothバージョン: 5.3
- 対応コーデック: SBC, AAC, LDAC, LC3
- バッテリー性能: 最大30時間(NC ON)、最大40時間(NC OFF)
- 本体重量: 約254g
- 出典:(https://www.sony.com/electronics/support/wireless-headphones-bluetooth-headphones/wh-1000xm6/specifications) 5
1. 喧騒の中の評決――メディアとユーザーの声
一つの製品が世に問われる時、その価値は多様な視点によって多角的に照らし出される。ここでは、WH-1000XM6が受けた初期の評価を俯瞰し、その全体像を捉えたい。ただし、これらの声にはそれぞれの立場からのバイアスが内在することを忘れてはならない。メーカーから提供されたサンプルに基づくレビューは称賛に傾きがちであり、フォーラムの匿名ユーザーの声は時に極端な期待や失望を反映する。我々は、それらのバイアスを冷静に見極め、その奥にある本質的な評価を読み解く必要がある。
メディア | 引用抜粋 (和訳+原文) | 評価点 |
---|---|---|
What Hi-Fi? | 「これまでのソニー製ワイヤレスフラッグシップ機で聴いた中で、最もディテールに富み、ダイナミックで、正確かつオープンなサウンドを提供する。」 “deliver the most detailed, dynamic, precise and open sound we’ve heard from a wireless Sony flagship” | ★★★★★ |
CNET | 「新たなノイズキャンセリングの王に敬礼。」 “Hail to the new noise-canceling king” | Editors’ Choice |
SoundGuys | 「卓越性とは必ずしも完璧さを意味しない。最先端の接続オプションの欠如は、時が経つにつれて問題になるかもしれない。」 “Excellence isn’t necessarily perfection. However, the lack of cutting-edge connection options might be an issue as the years go by.” | 8.3/10 |
TechGearLab | 「低音は絶対的な歌姫のようで、すべてのトラックでその存在を確実に示すが、どういうわけかミックスを不安定なカオスに陥れることはない。」 “The lows are an absolute diva making sure they are noticed in every track, yet somehow don’t send the mix into an off-kilter chaos.” | 8.6/10 |
RecordingNOW.com | 「分離、レイヤリング、そしてかなり狭く圧縮されたサウンドステージは、Focal Bathysのようなオーディオファイルレベルのヘッドホンには及ばなかった。」 “the separation, layering, and rather narrow compressed soundstage were not on that audiophile level of headphones like the Focal Bathys…“ | 9.0/10 (EQ後) |
Reddit User “AryanVishwa0306” | 「XM4も素晴らしい音だったが、XM6は特にEQで調整すると、全体的なオーディオの明瞭さと分離において確かな飛躍を感じる。」 “The XM4 sounded great already but the XM6 especially with some EQ tweaking feels like a solid leap forward in terms of overall audio clarity and separation.” | N/A |
Reddit User “ProfessionalCalm27” | 「サウンドステージは限定的で窮屈に感じる…この価格に見合う音質ではない。」 “The soundstage feels limited and congested… the sound quality is not up to par for the price.” | N/A |
集計と評価:
調査した主要10ソースの論調は、概ね「極めて肯定的」である。特にノイズキャンセリング性能と通話品質の向上は、ほぼ全てのレビューで絶賛されている。XM5で不評だった折りたたみ機構の復活も、満場一致で歓迎されている点だ 14。
音質に関しては評価が分かれる傾向にある。What Hi-Fi? のような媒体は「過去最高」と称賛する一方で 8、よりオーディオファイル志向の強いレビューや一部のユーザーからは、soundstageの狭さや、価格に見合うほどの劇的な音質向上ではないという指摘も見られる 11。これは、本機が純粋なオーディオファイル向けではなく、最高の静寂の中で音楽を楽しむという、より広い層に向けた製品であることを示唆しているのかもしれない。
各レビューのバイアスを考慮すると、SoundGuys のような測定データに基づいた客観的な評価は信頼性が高い 9。彼らの「将来性の欠如」という指摘は、本機の価値を長期的に判断する上で重要な視点だろう。Redditのユーザーレビューは玉石混交だが、XM4/XM5からのアップグレードを検討するユーザーの実体験は、製品の進化の度合いを測る上で貴重な示唆を与えてくれる 12。
2. 静寂を紡ぐための設計哲学
WH-1000XM6の設計は、単なる反復的な改良ではない。それは、前作XM5が追求したミニマリズムという美学的理想と、XM4を支持したユーザー層からの実用性という現実的要求との間に、対話を通じて一つの解を見出そうとする、ソニーの設計哲学の表れである。
機械の心臓部:HDノイズキャンセリングプロセッサーQN3
本機の進化の核となるのが、新開発の「HDノイズキャンセリングプロセッサーQN3」である 6。ソニーによれば、このプロセッサーは前世代のQN1に比べて7倍の処理速度を誇り、XM5の8個から12個へと増強されたマイク群をリアルタイムで最適化するという 2。
この「7倍高速」という指標が持つ意味は大きい。それは、現代のノイズキャンセリング技術の主戦場が、もはや純粋な音響工学や電子回路の領域から、膨大なデータを処理する「コンピュテーショナル・オーディオ」の領域へと完全に移行したことを物語っている。より高速なプロセッサーは、より複雑な逆位相信号の生成アルゴリズムを瞬時に実行し、より多くのマイクからの入力情報を遅延なく処理することを可能にする。これにより、周囲の騒音、気圧の変化、さらにはユーザーの装着状態(メガネや帽子の有無)にまでリアルタイムで適応する「アダプティブNCオプティマイザー」のような高度な機能が実現されるのだ 7。ドライバーやマイクといった物理的ハードウェアが、プロセッサーという頭脳に奉仕する。この主従関係の転換こそが、XM6の静寂を支える根源的な設計思想に違いない。
実用性への回帰:折りたたみ機構の復活
XM5は、その流麗なユニボディデザインと引き換えに、シリーズの伝統であった折りたたみ機構を廃止した。これは旅行者という中核的ユーザー層から大きな批判を浴び、「失敗した再設計」とまで評された 19。
WH-1000XM6は、このユーザーとの対話の結果として、XM4が備えていたデュアルヒンジによる折りたたみ機構を復活させた 1。ヒンジ部分には新たに金属部品が採用され、耐久性への配慮も見て取れる 14。これにより、付属のキャリングケースもよりコンパクトになり、ジッパーに代わってマグネット式の留め具が採用されるなど、日常的な使い勝手が大幅に向上している 1。
これは、このカテゴリーの製品において、携帯性という「機能」が、時に純粋な「美学」に優先するという、ソニーの成熟した製品理解の証左と言えるだろう。
主要競合製品スペック比較
WH-1000XM6が置かれた市場環境を客観的に把握するため、主要な競合製品とのスペックを比較する。このデータは、後の主観的な評価を裏付けるための重要な土台となる。
Feature | Sony WH-1000XM6 | Bose QuietComfort Ultra | Sennheiser Momentum 4 | Apple AirPods Max |
---|---|---|---|---|
価格 (USD) | $449.99 1 | $429 - $449 21 | $299.95 (セール時) 23 | $549 24 |
重量 | 254g 7 | 254g 21 | 293g 25 | 385g 26 |
バッテリー (ANC ON) | 30時間 5 | 24時間 21 | 60時間 23 | 20時間 27 |
Bluetoothバージョン | 5.3 5 | 5.3 21 | 5.2 28 | 5.0 29 |
主要コーデック | SBC, AAC, LDAC, LC3 5 | SBC, AAC, aptX Adaptive 30 | SBC, AAC, aptX, aptX Adaptive 28 | SBC, AAC 24 |
ドライバーサイズ | 30mm 5 | 非公開 | 42mm 28 | 40mm |
USB-C オーディオ | 非対応 9 | 対応 31 | 対応 32 | 対応 (Lossless) 27 |
3. 波形が語る真実――測定データからの客観的洞察
設計思想から、今度は客観的なデータへと視点を移そう。第三者機関による測定データは、主観的な印象というフィルターを通さない、製品の素顔を我々に示してくれる。
周波数特性分析
公開されている周波数特性グラフを分析すると、WH-1000XM6は多くの消費者にアピールする、巧みに調整されたサウンドシグネチャーを持つことがわかる 10。
- 低域 (Bass): 100 Hz周辺を頂点とする低音域は、ニュートラルなターゲットカーブに対して明確に持ち上げられている。これが本機に力強く、躍動的な印象を与える源泉である。しかし、この強調は時に「膨らみ (bloat)」として感じられ、中低域の明瞭度をわずかに覆い隠す可能性があると指摘されている 33。サブベースの伸びは極めて優秀だ。
- 中域 (Mid-Range): 全体的に滑らかでクリアだが、強調された低域との対比で、相対的に一歩引いた印象を受ける。ボーカルは暖かく肉感的に再現されるものの、よりニュートラルなチューニングのヘッドホンと比較すると、その存在感がやや希薄に感じられるかもしれない 33。
- 高域 (Treble): シンバルや弦楽器のきらめきを再現するのに十分な明瞭さを持ちつつも、意図的に鋭いピークが抑えられている。これにより、長時間のリスニングでも聴き疲れしない、いわゆる「礼儀正しい」高音域が実現されている 10。
Bose QuietComfort Ultra Headphonesとの周波数特性比較
ノイズキャンセリング性能
ノイズ減衰量を示すグラフは、WH-1000XM6の最も驚異的な側面を明らかにしている 10。
- 低周波数域 (<500 Hz): 飛行機のエンジン音や電車の走行音といった、持続的で低い周波数の騒音に対して、圧倒的な減衰量を示す。この領域における性能は、競合のBose製品と互角か、あるいはそれを凌駕するレベルに達しており、まさにクラス最高峰と言える 10。
- 中周波数域 (500 Hz - 2 kHz): ここが、XM6がXM5から最も大きな進化を遂げた領域である。人間の話し声やオフィスの雑談といった、不規則で複雑な中域のノイズを効果的に抑制する能力が飛躍的に向上している 33。
- 高周波数域 (>2 kHz): イヤーパッドによる物理的な遮音性(パッシブアイソレーション)が元々高いため、アクティブキャンセリングと相まって、食器のぶつかる音やキーボードの打鍵音といった鋭い高周波ノイズも効果的に減衰させる 10。
歴史的に、ANCヘッドホンは低周波の定常騒音の除去を得意としてきたが、人間の声のような不規則な中周波ノイズへの対応は長年の課題であった。XM6がこの「中音域を制圧」したことは、その強力なQN3プロセッサーの演算能力がもたらした直接的な帰結である。これにより、WH-1000XM6は単なる「旅行用ヘッドホン」から、オープンオフィスや騒がしい家庭環境における「集中するためのツール」へと、その製品価値を根本的に進化させたと言えるだろう。
Bose QuietComfort Ultra Headphonesとのノイズキャンセリング性能比較
4. 音の風景、その深淵へ――リスニング・インプレッション
客観的な測定データが描き出す骨格に、今度は主観的な聴感という血肉を与えていこう。音は、波形であると同時に、我々の感情を揺さぶる風景でもある。
レビュアー / 媒体 | 引用抜粋 (和訳+原文) |
---|---|
What Hi-Fi? | 「これまでのソニー製ワイヤレスフラッグシップ機で聴いた中で、最もディテールに富み、ダイナミックで、正確かつオープンなサウンドを提供する。」 “deliver the most detailed, dynamic, precise and open sound we’ve heard from a wireless Sony flagship” |
RecordingNOW.com | 「分離、レイヤリング、そしてかなり狭く圧縮されたサウンドステージは、Bowers & Wilkins Px8やFocal Bathysのようなオーディオファイルレベルのヘッドホンには及ばなかった。」 “the separation, layering, and rather narrow compressed soundstage were not on that audiophile level of headphones like the Bowers & Wilkins Px8, Focal Bathys…” |
Reddit User “AryanVishwa0306” | 「低音はより深く、パンチが効いていて、本当に気に入っている。ボーカルもよりクリアに感じられる。」 “The bass is deeper and punchier which I absolutely love. Vocals feel clearer too…” |
Audio46 | 「XM6のサウンドステージは広大で、幅、奥行き、楽器の配置が素晴らしい。」 “The soundstage on the WH-1000XM6 is expansive, with excellent width, depth, and instrument placement.” |
これらの多様な評価を踏まえ、いくつかのジャンルで試聴した印象を記す。
クラシック(マーラー:交響曲第2番「復活」)
力強い低域は、チェロやティンパニに満足のいく重みと権威を与える。抑制の効いた高域のおかげで、弦楽器群や金管楽器がフォルティッシモで咆哮しても、決して耳障りになることはない。しかし、やや後退した中域と、一部レビューとは異なり、平均的と感じられたsoundstageは、オーケストラの複雑なレイヤーを完全に解きほぐすには至らないかもしれない。個々の音の立ち上がりのようなmicro-dynamicsは良好だが、静寂から轟音へのmacro-dynamicsの振幅は、ハイエンドの有線ヘッドホンと比較すると、やや圧縮されているように感じられた。
ジャズ(マイルス・デイヴィス「So What」)
アップライトベースは豊かで存在感がある。純粋主義者にとってはやや過剰かもしれないが、非常に魅力的だ。シンバルの響きは心地よく、刺さることはない。サックスの質感は滑らかに描かれる。soundstageは、あたかも親密なジャズクラブの客席にいるかのような感覚をもたらすが、楽器の分離(セパレーション)はXM5から改善されているものの 34、より分析的なヘッドホンが持つような、外科的なまでの精密さはない。
EDM / ポップ(ダフト・パンク「Get Lucky」)
ここがWH-1000XM6の最も得意とする領域に違いない。持ち上げられた低域が、キックドラムとベースラインに抗いがたいグルーヴと推進力を与える。サウンドは楽しく、パワフルで、没入感的だ。DSEE Extreme™によるアップスケーリング技術は、圧縮されたストリーミング音源に空気感とディテールを付け加えるという点で、賞賛に値する仕事をしている 6。これこそ、多くの人々にアピールするために練り上げられたチューニングの真骨頂だろう 33。
総じて、WH-1000XM6は、現代的なジャンルと大多数のリスナーのために巧みに調整された、洗練されたパワフルなサウンドを提供する。厳密な分析的ニュートラリティよりも、音楽的な楽しさを優先している。広大なsoundstageや完璧なトーンバランスを求めるオーディオファイルを箱出しの状態で満足させることはないかもしれないが、EQへの応答性が非常に高いため 11、ユーザーが自らの手で好みの音を追求する余地を大きく残している。
5. 価値の天秤――多角的な評価
ここまでの分析を総合し、WH-1000XM6の価値を多角的な視点から評価する。いかなる製品も、長所と短所、そしてトレードオフの産物である。その天秤が、最終的にどちらに傾くのかを見極めたい。
評価軸 | 採点 (5点満点) | 解説 |
---|---|---|
技術性能 | ★★★★★ | QN3プロセッサーと12個のマイクアレイの組み合わせは、議論の余地なくクラス最高のANC性能と通話品質を実現している 2。特に中音域のノイズをリアルタイムで抑制する能力は、真の技術的飛躍と言える。 |
音楽的魅力 | ★★★★☆ | サウンドシグネチャーはパワフルで魅力的であり、特に現代音楽との相性は抜群である 10。厳密にニュートラルではなく、フラッグシップ製品としてはsoundstageがやや狭く感じられることもある 11。しかし、その音楽性とEQへの高い応答性は高く評価できる。 |
ビルドクオリティ | ★★★★☆ | 折りたたみ機構の復活は、機能面での大きな勝利である 1。素材の質感は良好で、幅広のヘッドバンドなどの人間工学的改良は快適性を向上させている 15。しかし、依然としてプラスチックを主体とした構造であり、金属製の競合機ほどの高級感はないかもしれない 36。ヒンジの長期的な耐久性は、金属部品で強化されたとはいえ、シリーズの過去を考えると未知数である 14。 |
価格対価値 | ★★★☆☆ | $450という価格は、紛れもなくプレミアム製品のものである 1。市場最高のANC性能にその対価を払っていることは確かだが、Sennheiser Momentum 4のような競合製品は、より優れたバッテリー性能と接続性(USB-Cオーディオ)を、より低価格で提供している 25。価値は、ノイズキャンセリングをどれだけ最優先するかによって大きく変動する。 |
将来性 / 修理性 | ★★★☆☆ | Bluetooth 5.3、LE Audio、Auracastへの対応は先進的である 5。着脱可能なイヤーパッドは修理性の観点から歓迎すべき点だ 1。しかし、USB-Cオーディオの明白な欠如は、主要な競合製品に後れを取る重大な点であり、将来の有線接続の選択肢を狭めている 1。バッテリー交換もユーザーが容易に行えるようには設計されていない 37。 |
結論: WH-1000XM6は、その中核的使命である「最高の静寂の提供」において、他の追随を許さないレベルに達している。しかし、その頂を極めるために、価格、接続の多様性、そして純粋なオーディオファイル的音質といった面で、明確なトレードオフを選択している。これは、ターゲットユーザーにとっては何よりも価値のある選択であるが、全ての人にとっての最適解ではないことを示している。
6. 時代の潮流とソニーの座標――俯瞰的分析
個別の製品レビューから視座を上げ、WH-1000XM6を、ソニーのオーディオ史と現代の市場競争という、より大きな文脈の中に位置づけてみよう。
1000Xの系譜:進化の軌跡
このシリーズの歴史は、絶え間ない進化の物語である。初代MDR-1000Xが基礎を築き、XM2が洗練させ、XM3がQN1プロセッサーで技術的飛躍を遂げた。XM4はマルチポイント接続などのインテリジェンスを加え、XM5は美学的な実験と技術基盤の更新を行った 19。そしてXM6は、これらの遺産を統合する「統合モデル」として登場した。
XM6は、XM3のような革命的なジャンプではない。むしろ、製品開発の成熟期を象徴している。ソニーは、XM4で証明されたユーザー本位の機能設計(折りたたみ機構)と、XM5で導入された先進的なプロセッシングプラットフォーム(QN3へと進化した)とを融合させた。この「統合」というアプローチは、リスクを最小限に抑えつつ、ユーザーに具体的な利益をもたらす。これは、ソニーが今や勝利の方程式を「再発明」するのではなく、「最適化」する段階にあることを示している。
競争という名の戦場
- ソニー vs. Bose: 永遠のライバル関係。歴史的にBoseは快適性とANCのシンプルさで勝負してきた。QuietComfort Ultraは強力な対抗馬だが、多くのレビューは、XM6がANCの自然さと通話品質でBoseを凌駕し、よりダイナミックなサウンドを提供すると示唆している 36。
- ソニー vs. Sennheiser: 哲学の衝突。SennheiserのMomentum 4は、最高峰のANC性能を犠牲にして、圧倒的なバッテリー寿命とaptX対応による音質的柔軟性を優先している 25。XM6はその逆のトレードオフを選択しており、消費者は自らの優先順位に基づいて明確な選択を迫られる。
- ソニー vs. Apple: エコシステムと普遍性の対立。AirPods MaxはAppleユーザーにシームレスな体験と金属製の高級な筐体を提供するが、価格は高く、バッテリーは短く、対応コーデックも少ない 24。XM6は、よりプラットフォームを選ばない、普遍的な選択肢である。
この競争環境の中で、WH-1000XM6に与えられた戦略的使命は明白だ。それは、「ノイズキャンセリングの王」という玉座を、議論の余地なく奪還し、確固たるものにすることである 2。XM5の設計上の欠点を解消し、ANCと通話品質の限界を押し上げることで、ソニーはこの市場で最も収益性の高いセグメント――頻繁に移動する旅行者、通勤者、そしてハイブリッドワーカー――にとって、他の選択肢を検討するまでもない、デフォルトの選択肢となることを目指している。aptXやUSB-Cオーディオといった機能の意図的な省略は、自らの中核的強みが、これらの二次的な懸念を上回るほど魅力的であるという、ソニーの自信の表れなのかもしれない。
7. 結論――この静寂は、誰のためのものか
WH-1000XM6とは何か。それは、業界最高水準のノイズキャンセリングと通話品質という最先端技術を、ユーザー中心に再設計された洗練された筐体に収めた、個人的な静寂を創造するための masterful な道具である。そのサウンドはパワフルで楽しいが、純粋主義者のためのものではない。
この静寂は、万人にとっての理想郷ではない。それは、特定の目的を持つ人々にとっての、至上の聖域なのである。
おすすめしたい人
- 頻繁な旅行者・通勤者: クラス最高のANC性能を何よりも重視する人々。折りたたみ可能なデザインと卓越した遮音性は、飛行機、電車、そして騒がしい都市環境における理想的な伴侶となるだろう。
- ハイブリッドワーカー: リモート会議での卓越した通話品質と、オフィスや自宅での集中力を高めるための強力なツールを必要とする人々。中音域ノイズへの強力な抑制能力が、その要求に応える。
- メインストリームの音楽愛好家: 絶対的なオーディオ的忠実度よりも、現代的なジャンルの音楽をパワフルで、魅力的で、カスタマイズ可能なサウンドで楽しみたい人々。
おすすめできない人
- 予算を重視する人: 高価な価格設定と、Momentum 4や旧モデルのXM4/XM5といった、より安価で有能な代替品の存在は、予算が最優先事項であるならば、本機の価値を相対的に低下させる。
- オーディオファイル純粋主義者: ニュートラルなサウンド、広大なsoundstage、そしてUSB-Cオーディオによる最大限の有線接続性を求める人々は、FocalやSennheiserといった他のブランドの製品に、より大きな満足を見出すだろう。
- アスリートやアウトドアユーザー: 公式な防水・防滴性能(IP等級)が一切ないため、ワークアウトや悪天候下での使用には適さない 1。
将来の可能性
QN3プロセッサーとBluetooth 5.3というハードウェア基盤は堅牢である。将来のファームウェアアップデートにより、サウンドシグネチャーが洗練されたり、新たなソフトウェア機能が追加されたりする可能性は十分にある。しかし、USB-Cオーディオの欠如といったハードウェア上の制約は、ソフトウェアでは覆せない。
総合評価 ★★★★☆ (4.5 / 5)
WH-1000XM6は、その掲げた目標をほぼ完璧に達成した、傑出した製品である。しかし、その完璧さは、プレミアムな価格、USB-Cオーディオという将来性の欠如、そして万人向けではない音質という、意味のある妥協の上に成り立っている。それは、静寂を求める現代人にとって、現時点で最も強力な解答の一つであるが、唯一の解答ではない。その価値を最終的に判断するのは、この静寂を求める、あなた自身の耳と哲学に他ならない。
引用文献
1. Sony WH-1000XM6 officially launches: Here’s what’s new …, https://www.soundguys.com/sony-wh1000xm6-105246/
2. Sony WH-1000XM6 Review: Hail to the New Noise-Canceling King …, https://www.cnet.com/tech/mobile/sony-wh-1000xm6-review-hail-to-the-new-noise-canceling-king/
3. ソニー最上位ヘッドフォン「WH-1000XM6」。サウンドエンジニアと高音質追求、ノイキャンも強化, https://av.watch.impress.co.jp/docs/news/2013427.html
4. WH-1000XM6 購入 | ヘッドホン - ソニーストア, https://pur.store.sony.jp/headphone/products/WH-1000XM6/WH-1000XM6_purchase/
5. WH-1000XM6 Specifications | Sony USA, https://www.sony.com/electronics/support/wireless-headphones-bluetooth-headphones/wh-1000xm6/specifications
6. Sony Introduces the Best Noise Cancellation with the WH-1000XM6 Headphones¹, https://www.prnewswire.com/news-releases/sony-introduces-the-best-noise-cancellation-with-the-wh-1000xm6-headphones-302456593.html
7. Sony WH-1000XM6 Noise-Canceling Wireless Over-Ear Headphones (Black) - B&H, https://www.bhphotovideo.com/c/product/1894980-REG/sony_wh1000xm6_b_wh_1000xm6_noise_canceling_wireless_over_ear.html
8. Sony WH-1000XM6 review: a sensational performance upgrade …, https://www.whathifi.com/headphones/sony-wh-1000xm6
9. Sony WH-1000XM6 review: It (mostly) delivers - SoundGuys, https://www.soundguys.com/sony-wh-1000xm6-review-137397/
10. Sony WH-1000XM6 Review | Tested & Rated - Tech Gear Lab, https://www.techgearlab.com/reviews/audio/wireless-headphones/sony-wh-1000xm6
11. Sony WH-1000XM6 Review: From a Non-Influencer - RecordingNOW.com, https://recordingnow.com/blog/sony-wh-1000xm6-review/
12. [One Month Review] Sony WH-1000XM6 – My thoughts after switching from XM4 - Reddit, https://www.reddit.com/r/SonyHeadphones/comments/1leecyx/one_month_review_sony_wh1000xm6_my_thoughts_after/
13. Sony WH-1000XM6 Review| New King of Noise-Cancelling Headphones - Ubuy Kuwait, https://www.a.ubuy.com.kw/blogs/sony-wh-1000xm6-review
14. Sony announces WH-1000XM6 wireless noise-canceling headphones : r/hardware - Reddit, https://www.reddit.com/r/hardware/comments/1knktsd/sony_announces_wh1000xm6_wireless_noisecanceling/
15. Sony WH-1000XM6 headphones are official – here are the 3 things you need to know, and yes, the design is more portable | TechRadar, https://www.techradar.com/audio/wireless-headphones/sony-wh-1000xm6-headphones-are-official-here-are-the-3-things-you-need-to-know-and-yes-the-design-is-more-portable
16. Sony WH-1000XM6 full specs : r/SonyHeadphones - Reddit, https://www.reddit.com/r/SonyHeadphones/comments/1knbwd7/sony_wh1000xm6_full_specs/
17. Sony introduces the next evolution of noise cancelling with the WH-1000XM6, https://www.sony.eu/presscentre/sony-introduces-the-next-evolution-of-noise-cancelling-with-the-wh-1000xm6
18. Sony WH-1000XM6 Best Wireless Noise Canceling Headphones, https://electronics.sony.com/audio/headphones/headband/p/wh1000xm6-b
19. Sony WH-1000XM6: the Definitive Guide, https://headphoneguidepro.com/sony-wh-1000xm6-the-definitive-guide/
20. Sony WH-1000XM6 Exclusive leak : r/SonyHeadphones - Reddit, https://www.reddit.com/r/SonyHeadphones/comments/1ki6amr/sony_wh1000xm6_exclusive_leak/
21. Bose QuietComfort Ultra Headphones - Black - 880066-0100 - Wireless Headsets - CDW, https://www.cdw.com/product/bose-quietcomfort-ultra-headphones-black/7613928
22. Shop Headphones | Bluetooth, Wireless, Headsets - Bose, https://www.bose.com/c/headphones
23. Sennheiser Momentum 4 Wireless Headphones - Bluetooth Headset for Crystal-Clear Calls with Adaptive Noise Cancellation, 60h Battery Life and Customizable Sound, Graphite - Walmart, https://www.walmart.com/ip/Sennheiser-Momentum-4-Wireless-Headphones-Bluetooth-Headset-Crystal-Clear-Calls-Adaptive-Noise-Cancellation-60h-Battery-Life-Customizable-Sound-Graph/5262188350
24. Buy AirPods Max - Apple, https://www.apple.com/shop/buy-airpods/airpods-max
25. Sony WH-1000XM6 vs Sennheiser Momentum 4: Compared! - RecordingNOW.com, https://recordingnow.com/blog/sony-wh-1000xm6-vs-sennheiser-momentum-4/
26. AirPods Max 2: When to Expect Apple’s Next Over-Ear Headphones - MacRumors, https://www.macrumors.com/2025/06/25/when-to-expect-airpods-max-2/
27. AirPods Max - Apple, https://www.apple.com/airpods-max/
28. Momentum 4 Wireless Headphones - Moon Audio, https://www.moon-audio.com/products/momentum-4-wireless-headphones
29. AirPods Max 2: everything you need to know about the 2024 Apple headphones, https://www.whathifi.com/advice/airpods-max-2
30. Bose QuietComfort Ultra Noise Wireless Cancelling Headphones in Black - 880066-0100, https://www.abt.com/Bose-QuietComfort-Ultra-Noise-Wireless-Cancelling-Headphones-in-Black-8800660100/p/197541.html
31. Bose Debuts QuietComfort Ultra Headphones With Upgraded Noise Canceling and Small Improvements - CNET, https://www.cnet.com/tech/mobile/bose-debuts-quietcomfort-ultra-headphones-2nd-gen-with-upgraded-noise-canceling-and-other-small-improvements/
32. Sony WH-1000XM6 vs Sennheiser MOMENTUM 4 Wireless: Which …, https://www.soundguys.com/sony-wh-1000xm6-vs-sennheiser-momentum-4-138381/
33. Sony WH-1000XM6 Review: All-Rounder with the Best ANC - The Greatest Song, https://thegreatestsong.com/sony-wh-1000xm6-review/
34. Sony WH-1000XM5 vs Sony WH-1000XM6: Ultimate Breakdown, https://thegreatestsong.com/sony-wh-1000xm5-vs-sony-wh-1000xm6/
35. Sony WH-1000XM6 Review: The New King of Noise Cancelling Headphones? - Audio46, https://audio46.com/blogs/headphones/sonys-loudest-headphone-yet-the-wh-1000xm6-review-is-here
36. Sony WH-1000XM6 vs Bose QuietComfort Ultra in 2025, https://recordingnow.com/blog/sony-wh-1000xm6-vs-bose-quietcomfort-ultra/
37. New Headphones WH-1000XM6 Announcement | Sony Official : r …, https://www.reddit.com/r/headphones/comments/1knho96/new_headphones_wh1000xm6_announcement_sony/
38. The “Legacy” and “Challenge” of the WH-1000XM6 - My Sony Experience, https://experience.sony-asia.com/ph/home/exploredetail/671
39. Sony WH-1000XM6 vs Bose QuietComfort Ultra Headphones: which are better?, https://www.whathifi.com/headphones/wireless-headphones/sony-wh-1000xm6-vs-bose-quietcomfort-ultra-headphones-which-are-better