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Bang & Olufsen Beoplay H100 レビュー:ラグジュアリーワイヤレスのサミットファイ

Bang & Olufsen Beoplay H100 レビュー:ラグジュアリーワイヤレスのサミットファイ

2025/09/20 公開
Bang & Olufsen
Beoplay H100

使い捨てられるテクノロジーが氾濫する現代において、「永続性」を持つオブジェクトとは何か。それは単なる機能の集合体ではなく、時間という試練に耐えうる哲学と美意識を内包した存在に違いない。本稿は単なるヘッドホンの評価ではない。ひとつの工業製品が、いかにして芸術の域に達し、未来の音響遺産となりうるのかを探求する思索の旅である。

この問いに一世紀近く向き合い続けてきた企業がある。デンマーク、ストルーアに本拠を置くBang & Olufsenだ。1925年の創業以来、彼らは常に形態と機能の融合を追求し、単なる利便性を超えた「魔法のような体験」を創造してきた 1。その歴史は、技術とデザインが分かちがたく結びついた、ひとつの壮大な物語である。

そして2024年、ブランド創立100周年を目前に控え、その集大成とも言うべき製品が世に送り出された。Beoplay H100。これは単なるフラッグシップモデルではない。未来の世代へと受け継がれる「音の遺産」を創造するという、野心的な試みの結晶なのである 3

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Beoplay H100 — Overview

  • メーカー / 型番: Bang & Olufsen / Beoplay H100 (Type No. 2244)
  • 発売日: 2024年9月 (日本) 3
  • 価格帯:
    • USD: $1,549 - $2,200 5
    • EUR: €1,499 - €1,700 7
    • JPY: ¥229,900 - ¥259,000 (税込) 9
  • 主要スペック:
    • ドライバー: 40mm エレクトロダイナミック・チタニウムドライバー (ネオジム磁石)
    • 周波数特性: 10 Hz - 20,000 Hz (Bluetooth), 10 Hz - 40,000 Hz (USB-C Hi-Res モード)
    • 感度: 103 dB SPL @ 1 kHz / -3dB FS
    • マイク: 合計10基 (音声用デジタルMEMS x4, ANCフィードフォワードMEMS x4, ANCフィードバックアナログ x2)
    • バッテリー駆動時間: 最大32時間 (Bluetooth + ANC), 最大30時間 (空間オーディオ), 最大26時間 (通話)
    • 充電時間: 約1時間 (フル充電), 5分の急速充電で最大5時間再生
    • 接続性: Bluetooth 5.3 (2台マルチポイント対応、3台は将来のアップデートで対応予定), USB-C (オーディオ入力/充電), 3.5mm (USB-C経由)
    • 対応コーデック: SBC, AAC (ハイレゾ対応ワイヤレスコーデックは将来のアップデートで対応予定)
    • 重量: 375g (本体), 350g (レザーポーチ)
    • 素材: アルミニウム, チタニウム, ラムスキンレザー, 牛革, 強化ガラス, ファブリック
    • 出典: https://beoworld.org/beoplay-h100/, headphonecheck.com

1. 喧騒の中の評決:H100を巡る世界の声

製品の真価は、メーカーの声明だけでなく、市場の多様な声によって多角的に照らし出される。H100も例外ではなく、専門家から熱心なユーザーまで、様々な評価が交錯している。

メディア引用抜粋 (和訳+原文)評価点
headphonecheck.com「卓越したサウンド、強力なノイズキャンセリング、一級品の作り込みと魅力的なデザインを誇る高品質なBluetoothヘッドホン」 (“a high-quality Bluetooth headphone with excellent sound… strong noise cancellation, first-class workmanship and an attractive design.”)★★★★☆
RUSSH「物理的なダイヤルでノイズキャンセリングを調整できるのは、実に爽快(delightfully refreshing)だった」 (“it was delightfully refreshing to have a physical dial that allows you to adjust your noise cancelling.”)★★★★☆
Reddit ユーザー「ボーカルは神がかっている。…発音の歯切れが良く、息遣いまで聞こえる」 (“Vocals, are DIVINE…so crisp and you can hear all the whispers and gasps of air in between words.”)★★★★☆
Esquire UK「Sonos AceやBose QC Ultraと並び、我々が試した中で最も快適なヘッドホンかもしれない」 (“Next to the Sonos Ace and Bose QuietComfort Ultra, these might be the most comfortable headphones we’ve tried.”)★★★★★

これらの評価を精査すると、いくつかの明確な傾向が浮かび上がる。

評価ソースの分析と集計

専門的なレビュー媒体(headphonecheck.com, Esquire UK)は、その豊富な経験に基づき、H100の音質、ビルドクオリティ、快適性を高く評価しつつも、その野心的な価格設定には慎重な姿勢を見せている 7。これらの評価は客観性が高く、信頼に値するだろう。

一方、ライフスタイル誌(RUSSH)のレビューは、製品の美的側面やラグジュアリーな体験に焦点を当てており、技術的な深掘りよりも感覚的な魅力を伝えることに重きを置いている 15。メーカーから提供されたサンプルによる、いわゆる「パフピース」である可能性は否めないが、物理ダイヤルの操作感といったユーザー体験の核心を突く指摘は貴重である。

最も興味深いのは、Redditのようなユーザーフォーラムから得られる、フィルターのかかっていない生の声だ。ボーカル再生の素晴らしさや広大なサウンドステージへの賛辞は、H100の音響設計の成功を裏付けている 16。しかし同時に、フレームの「きしみ音」やアプリの不安定さといった、磨き上げられた公式レビューでは見過ごされがちな、しかし決定的に重要な欠陥も報告されている 16

集計: 調査した10以上のソースを総合すると、肯定的な意見は、その比類なき素材感、美的デザイン、長時間の使用に耐える快適性、そして直感的な物理コントロールに集中している。音質は一貫して「卓越している」と評され、クローズドバック型としては広大な空間表現とディテールが称賛されている 7。ANC性能も非常に強力で、市場のトップランナーに比肩すると見なされている 7

対照的に、否定的な意見の核心は、その法外な価格設定にある。多くのレビュアーやユーザーが、性能だけではこの価格を正当化しきれないと感じているようだ 16。そして、より深刻な問題は、複数のユーザーが報告するフレームの「きしみ音」や「パキッという音」である 16。これは、この価格帯の製品に期待される完璧な品質管理に対する疑念を生じさせる。

「完璧な作り込み」という矛盾

ここに、H100が抱える根源的な矛盾が露呈している。Bang & Olufsenのブランド哲学は、「素材への誠実さ」に裏打ちされた、継ぎ目のない完璧なオブジェクトの創造にある 20。しかし、H100は同時に「モジュール性による持続可能性」という新たな価値を掲げている 21。ユーザーによる部品交換を可能にするこの設計思想は、必然的に部品間の継ぎ目や接合部を生み出す。

ユーザーが報告する「きしみ音」は、単なる品質管理の逸脱ではないのかもしれない。それは、モノリシックで完璧な美の追求と、ユーザーが分解・修理できるという実用的な要求との間に生じる、設計思想上の緊張関係が物理的に現れた兆候である可能性が高い。未来の価値(修理可能性)を担保するための特徴が、現在の価値(完璧な質感)を損なっているのだとすれば、それは極めて皮肉な事態と言えるだろう。

2. 形態は機能に従う、そして音に従う:設計思想と技術的血統

Beoplay H100を理解するためには、その表面的なスペックだけでなく、その形態を規定した思想の源流へと遡る必要がある。それは、約一世紀にわたるBang & Olufsenの歴史そのものである。

1925年、二人の若きエンジニア、ピーター・バングとスヴェン・オルフセンによって創設されたこの企業は、当初から「他とは違う考え方(We think differently)」を貫いてきた 2。バッテリー不要で家庭用電源に直接接続できるラジオ「Eliminator」は、単なる技術革新ではなく、テクノロジーをより身近で便利なものにするという思想の表れだった 2。プッシュボタン式の選局機能や、ベークライトという新素材の採用など、彼らの歴史は常に「ユーザー体験」と「素材への探求」と共にある 22。デザインは単なる装飾ではなく、企業の価値観を伝える「言語」として機能してきたのだ 1

この哲学は、H100の細部にまで宿っている。同社が得意とするアルミニウムの加工技術は、単なる美しさのためだけではない。強度、軽量性、そして放熱性という機能的な要求を満たすための必然的な選択である 1。ラムスキンレザーのイヤーパッド、強化ガラスのタッチパネル、そして手触りの良いファブリック。これらはすべて「素材への誠実さ」という原則に基づき、そのものが持つ本質的な価値を最大限に引き出すために配置されている 4。このヘッドホンがプレミアムに感じられるのは、実際にプレミアムな素材で構成されているからに他ならない。

そして、この歴史的文脈に「モジュール設計」という新たな一章が加わる 3。バッテリー、ヘッドバンド、イヤーパッドといった消耗部品をユーザー自身が交換できるという設計は、現代の消費電子製品に蔓延する計画的陳腐化に対する明確なアンチテーゼである。これは、同社が長年培ってきた「耐久性」や「長期的信頼性」という価値観を、21世紀のサステナビリティという概念で再解釈した試みと言えるだろう 1

「哲学税」という価値の再定義

このH100の価格設定を、単に競合製品との性能比較で論じることは本質を見誤る。H100は、技術的に類似した競合製品よりも著しく高価である 6。その価格差はどこから来るのか。それは、製品の価値を構成する要素に、新たな変数が加えられたからだと考えられる。

従来のヘッドホンの価値が「音質+機能+ビルドクオリティ」という方程式で算出されるとすれば、H100はそこに「長期所有可能性/持続可能性」という第四の変数を加えた。この第四の変数は、より複雑なエンジニアリングや部品供給網の維持といった物理的なコストと、数年ごとの買い替えサイクルから解放されるという非物理的な価値(安心感、倫理的満足感)の両方を含んでいる。

つまり、H100の価格プレミアムは、この第四の変数に対する対価、いわば「哲学税」と呼べるものである。ユーザーは高い初期投資を支払うことで、製品を長期にわたって維持し、愛用する権利を購入する。これにより、価値の尺度は短期的な性能対価格比から、10年、あるいはそれ以上のスパンで見た総所有コストへとシフトするのである。

競合製品とのスペック比較

この独自の哲学的位置づけを理解した上で、客観的な技術仕様を比較することは、H100の市場における立ち位置を明確にする上で不可欠である。

FeatureBang & Olufsen Beoplay H100Bowers & Wilkins Px8Focal Bathys MGApple AirPods Max
ドライバー40mm Titanium40mm Carbon Cone40mm Magnesium ‘M’-dome40mm Apple-designed dynamic
重量375g320g350g386g
バッテリー (ANC ON)32時間30時間30時間20時間
Bluetooth コーデックSBC, AAC (Hi-Res promised via update)SBC, AAC, aptX Adaptive, aptX HDSBC, AAC, aptX AdaptiveSBC, AAC
有線ハイレゾUSB-C (24-bit/96kHz)USB-C (24-bit/48kHz)USB-C DAC Mode (24-bit/192kHz)Lightning to 3.5mm (requires DAC)
独自機能モジュール設計 (交換可能部品), 物理ダイヤル制御, EarSense物理ボタン制御物理ボタン制御, 内蔵DACモードデジタルクラウン, シームレスなエコシステム連携
価格 (USD)~$1,549 - $2,200~$699~$799~$549
価格 (JPY)~¥229,900~¥100,000~¥118,000~¥84,800

出典: H100 4, Px8 23, Bathys MG 25, AirPods Max 27

この表が示すように、H100は重量やバッテリー性能で優位に立つものの、発売時点でのコーデック対応では競合に劣る。しかし、その真の差別化要因は、この表には現れない「モジュール設計」という思想にこそあるのだ。

3. 測定データが示す真実の輪郭

音響製品の評価において、主観的な聴感印象と客観的な測定データは、車の両輪のような関係にある。しかし、本稿執筆時点において、Beoplay H100に関する独立した第三者機関(Rtings, Audio Science Reviewなど)による精密な測定データは公表されていない。したがって、本セクションはメーカー公称スペックと、多数のレビューから得られる聴感印象を統合し、その音響特性を分析的に推論する試みとなることを、まず明確にしておきたい。

公称スペックの解読

  • 周波数特性 (10Hz - 40kHz): この数値は、ドライバーが物理的に振動可能な周波数の範囲を示すものであり、実際の周波数応答(どの周波数がどれくらいの音量で再生されるか)を示すものではない 4。これはあくまで潜在能力の指標であり、この数値自体が音質の優劣を決定づけるわけではない。
  • ドライバー素材 (チタニウム): H100が採用するチタニウム製ドライバーは、その物理的特性から音質に大きな影響を与える 3。チタンは軽量でありながら高い剛性を持つため、振動板の応答が速く、分割振動(振動板が歪むことによる音の濁り)が起こりにくい。これは一般的に、音の立ち上がりが速い(優れたトランジェント特性)、歪みが少ない、そして特に高音域や中高音域におけるディテールの再現性が高い、という音響的利点に繋がる。レビューで頻繁に言及される「歯切れの良い」「ディテール豊かな」サウンドは、この素材特性に裏打ちされている可能性が高い。

周波数応答の推論

複数のレビューにおける聴感上の描写を統合することで、H100の周波数応答カーブをある程度推測することができる。

  • 低域 (Bass): 前モデルH95よりも「低音が増している」との指摘がある一方で 30、その質は「素晴らしくドライで輪郭がはっきりしている」と評されている 7。これは、重低音域(サブベース)を適度に持ち上げつつ、中低音域(ミッドベース)の過度な膨らみを抑えることで、力強さと明瞭度を両立させているチューニングを示唆している。多くのコンシューマー向けヘッドホンに見られるような、中域を覆い隠す「ブーミー」な低音とは一線を画す、洗練された低域であると推察される。
  • 中域 (Midrange): ボーカルは「神がかっている」「親密」と絶賛される一方で 16、「(低域に比べて)あまり前に出てこない」「後退しているように聴こえる」との意見も見られる 16。これは、中域の中心部をわずかに窪ませる、いわゆる「U字型」に近い特性を持つ可能性を示している。このチューニングは、音場に広がりと奥行き感を与え、ボーカルの刺々しさを抑える効果があるが、一方でソースによってはボーカルがやや遠くに感じられることもある。
  • 高域 (Treble): 全体的に明瞭でありながら、刺々しさや歯擦音(サ行のきつい音)は感じられないと評価されている 14。これは、高域が十分に伸びていながらも、最も高い周波数帯域では緩やかにロールオフ(減衰)させることで、長時間のリスニングでも聴き疲れしない、滑らかな音質を実現していることを示唆している。これは、ラグジュアリー製品として、音楽への没入感と快適性を両立させるための意図的な設計であろう。

結論として、 Beoplay H100は、臨床的なまでにフラットなスタジオモニターではなく、音楽的で魅力的なリスニング体験を提供するために、巧みに調整された「ハウスサウンド」を持つと考えられる。そのサウンドシグネチャーは、わずかにU字型に寄せた「ウォーム・ニュートラル」と表現するのが最も適切かもしれない。それは、Bang & Olufsenが追求する、機能性と芸術性の融合というブランド哲学を音響的に体現したものと言えるだろう。

4. 耳が捉える芸術:リスニング・インプレッション

技術的な分析と思索を経て、いよいよH100が奏でる音の世界へと深く分け入る時が来た。ここでは、様々なジャンルの音楽を通して、その芸術的な表現力を探求する。

レビュアー / 媒体引用抜粋 (和訳+原文)
headphonecheck.com「チェロやベースが柔らかく始まると、トゥッティのパッセージではディテールとボリュームをもって再現される」 (“cellos and basses that start softly, are reproduced with detail and volume in tutti passages.”)
Reddit ユーザー「楽器とボーカルの分離は驚異的だ!…まるで息をする余裕があるかのよう」 (“the separation of vocals and instruments are amazing!…They all have room to breathe”)
Reddit ユーザー「H100の空間的なサウンドステージはH95よりわずかに広い」 (“The H100 spatial soundstage is a smidge wider than the H95.”)
Esquire UK「ダイナミックで魅力的であると同時に、長時間のリスニングセッションに最適な明瞭さと滑らかさを提供するようチューニングされている」 (“They’re tuned to be dynamic and engaging while offering a lot of clarity and a smoothness that makes them perfect for long listening sessions.”)

これらの証言は、H100が単なる音の再生装置ではなく、音楽の感情や構造を深く描き出す能力を持つことを示唆している。

ジャンル別聴感分析

  • クラシック (Classical): H100の真価が最も発揮されるジャンルの一つに違いない。クローズドバック型とは思えない広大なサウンドステージと、卓越した楽器分離性能が、オーケストラの複雑なテクスチャーを見事に解きほぐす 16。マーラーの交響曲のような大編成の楽曲を聴けば、弦楽器群の奥に位置する金管楽器や打楽器の位置関係が、まるでコンサートホールにいるかのように立体的に浮かび上がるだろう。特に、弱音(ピアニッシモ)から強音(フォルティッシモ)へと移行する際のダイナミクスの表現力は圧巻で、引用にあるように、チェロの静かな導入からオーケストラ全体が鳴り響くトゥッティに至るまで、あらゆるディテールを失うことなく描き切る 7
  • ジャズ (Jazz): ここで求められるのは、リアリズムと親密さだ。ビル・エヴァンス・トリオのような小編成の録音では、まるで目の前で演奏されているかのような生々しい「空気感」が立ち込める。ユーザーが「神がかっている」と評したボーカル再生能力は、エラ・フィッツジェラルドのため息や息遣いまでもリアルに捉え、聴き手の魂を直接揺さぶるだろう 16。輪郭の明確な低域は、ウッドベースの胴鳴りと弦の指弾きの質感を両立させ、ピアノの和音を濁らせることなく、グルーヴの根幹を支える。
  • EDM / ポップ (Pop): 現代的なプロダクションの楽曲では、H100のコントロールされた低域がその力を発揮する 30。Daft Punkのトラックを再生すれば、そのシンセベースは量感豊かでありながら決して明瞭度を犠牲にせず、タイトでリズミカルな躍動感を生み出す。チタニウムドライバーの高速なトランジェント特性は、複雑にレイヤーされた電子音の一つ一つを正確に描き分け、広大な音場の中でシンセサイザーのパッドが心地よく広がる。
  • ロック / メタル (Rock / Metal): ダイナミクスとコントロール能力が試されるジャンルだ。高密度に圧縮されたディストーションギターの壁も、H100の優れた分離性能にかかれば、個々のリフが混濁することなく聴き分けられる 16。Esquire誌が指摘する「長時間のリスニングでも疲れない滑らかさ」は、攻撃的な音楽ジャンルにおいても重要であり、高音域の刺激を巧みに抑えながらも、シンバルのきらめきやアタック感を失わない絶妙なバランスを実現している 14。
  • 空間オーディオ (Spatial Audio): Dolby Atmosへの対応は、単なる付加機能ではない。ユーザーが「音楽がより生き生きと、より楽しく感じられる」と述べたように、これはB&Oが目指す没入感のある「魔法のような体験」を具現化する重要な要素である 16。特に映画音楽やサウンドトラックとの相性は抜群で、頭の動きに追従するヘッドトラッキング機能と相まって、従来のステレオ再生では得られない、音に包み込まれるようなシネマティックな体験を提供する 14。

5. 価値の天秤:多角的な評価

Beoplay H100は、単純な指標では測れない多面的な価値を持つ製品である。その真価を明らかにするため、ここでは複数の評価軸から客観的な採点と分析を行う。

評価軸採点 (5点満点)解説
技術性能4.5卓越したANC、革新的な物理コントロール、優れたバッテリー性能。ただし、発売時点でaptX Adaptive/LDACといったハイレゾコーデックが欠けている点は、将来のアップデートに期待する形となり、わずかな減点要因。
音楽的魅力4.5広大で分離の良いサウンドステージと、ディテール豊かで長時間のリスニングでも疲れない、巧みに調整されたサウンド。純粋なモニター的正確さよりも、音楽への没入感を優先した芸術的なチューニング。
ビルドクオリティ4.0アルミニウム、レザー、ガラスといった最高級の素材を使用し、所有欲を完全に満たす。しかし、複数のユーザーから報告されているフレームの「きしみ音」は、この価格帯では看過できない品質管理上の懸念であり、満点には至らない。
価格対価値3.0純粋な音響性能だけで見れば、価格は極めて高い。しかし、交換可能な部品による長期的な所有コストと、サステナビリティという哲学に価値を見出すならば、その評価は変わる。典型的な消費者向け製品の価値基準では測れない。
将来性 / 修理性5.0バッテリー、ヘッドバンド、イヤーパッドがユーザー交換可能というモジュール設計は、業界の現状に対する革命的なアンチテーゼ。この製品の存在意義そのものであり、比類なき将来性を保証する。

バイアスチェックと均衡の取れた議論

  • 肯定的側面: H100は、比類なきデザインと素材への誠実さを誇る。そのサウンドは真に音楽的で、長時間の使用でも聴き疲れしない。持続可能性と修理可能性に対するアプローチは業界をリードしており、一日中装着していても快適な装着感と、触れる喜びを感じさせる直感的なコントロールも特筆に値する。
  • 否定的側面: その価格は、ほとんどの消費者にとって理性の限界を試すレベルにある。オーディオファイル向け製品でありながら、発売時点でハイレゾ対応のワイヤレスコーデックを欠いている点は重大な欠落だ。プレミアムな素材にもかかわらず、フレームのきしみに関する報告は品質管理への懸念を抱かせる。また、コンパニオンアプリの信頼性にも改善の余地がある。

「未来を担保する」という賭け

H100の評価をさらに複雑にしているのは、その製品としてのあり方そのものである。このヘッドホンは、発売時点で完成された製品というよりも、将来の進化を約束された「プラットフォーム」として提供されている。ハードウェアは長期使用を前提としたモジュール構造で設計され、ソフトウェアは将来のアップデートによってハイレゾコーデックなどの新機能が追加されると約束されている 4。

これは、従来の製品購入の力学を根本から覆すものだ。通常の製品は発売時が価値のピークであり、技術の進歩と共にその価値は減価していく。しかしH100は、ハードウェアの価値が時間と共に熟成し、ソフトウェアの価値がアップデートによって向上していくという、新たな価値曲線を提案している。

このモデルは、消費者とメーカーの間に新たな関係性を要求する。消費者は、単に製品を購入するのではなく、B&Oという企業が将来にわたって信頼できるソフトウェア・ロードマップを提供し続けるという約束に投資することになる。これは、消費者とメーカー双方にとって、非常にリスクの高い賭けである。H100の真の成功は、発売時の品質だけでなく、今後何年にもわたってその約束が果たされるかどうかにかかっているのだ。

6. ラグジュアリーオーディオの現在地:H100の存在意義

Beoplay H100は、真空中に存在するのではない。それは、熾烈な競争が繰り広げられるラグジュアリー・ワイヤレスヘッドホン市場という、特定の文脈の中に位置づけられるべき製品である。その存在意義を理解するためには、競合するフラッグシップモデルがそれぞれどのような哲学に基づいているかを分析する必要がある。

フラッグシップヘッドホンに宿る四つの哲学

  1. テクノロジスト(技術至上主義者)- Sony: SonyのWH-1000Xシリーズは、業界最高クラスのノイズキャンセリング性能をはじめとする、圧倒的な技術仕様と機能で市場を制する。その形態は、常に最新のスペックという機能に従う。製品の価値は、技術的優位性によって定義される 31。
  2. エコシステム・ビルダー(生態系構築者)- Apple: AppleのAirPods Maxは、単体の性能以上に、Appleデバイス間のシームレスな連携と、コンピュテーショナル・オーディオによる洗練されたユーザー体験で勝負する。製品は、より大きなネットワークの一部として機能することで、その価値を最大化する 27。
  3. サウンド・ピュアリスト(純粋音響主義者)- Focal: フランスのハイエンドスピーカーブランドであるFocalは、その音響技術の遺産を背景に、何よりもまず純粋な音の忠実性を優先する。Focal Bathysは、本質的には有線オーディオファイルヘッドホンにワイヤレス機能を追加したものであり、その核心は音響性能にある 25。
  4. アルチザン(職人)- Bang & Olufsen: そしてH100を擁するB&Oは、これらとは異なる第四の道を提示する。それは、包括的で持続可能なラグジュアリーという哲学だ。ここでは、オブジェクトの時代を超越した美しさ、触感、そして修理可能性が、音質と同等に重要な価値を持つ。H100は、単なる電子機器ではなく、長年にわたって愛用される個人の所有物(Personal Equipment)として設計されている 1。

H100が投げかける批評的メッセージ

この文脈において、H100は「2025年以降のプレミアムとは何か?」という問いに対する、Bang & Olufsenからの明確な回答として立ち現れる。その答えは、単なるスペックの向上ではなく、「永続性」である。数年ごとの買い替えを暗黙の前提とする業界の潮流に対する、静かだが力強い批評なのだ。

したがって、H100はSonyAppleの販売台数を追い越すために作られた製品ではない。その存在意義は、職人技と持続可能性に価値を見出し、そのための相当なプレミアムを支払うことを厭わない、特定のニッチな層に応えることにある。この製品の成功は、四半期の販売実績ではなく、2035年にどれだけの個体が現役で愛用されているかによって測られるべきなのかもしれない。

7. 結論:誰のためのヘッドホンか

長い思索の旅の終わりに、我々は問いの出発点に戻る。このBeoplay H100は、一体誰のためのヘッドホンなのだろうか。

おすすめしたい人

  • 審美家: デザインと物質的な品質を、音質と同等、あるいはそれ以上に重視する人。所有する喜びそのものに価値を見出すことができる人。
  • 思想家: 使い捨てのテクノロジー文化に疑問を持ち、一つの製品を修理しながら長期的に愛用するというライフスタイルに共感する人。
  • 長期投資家: 初期コストは高くとも、買い替えを繰り返すよりも総所有コストが低くなる可能性に賭け、持続可能性という哲学に投資できる経済的余裕のある人。

やめた方が良い人

  • 合理主義者: コストパフォーマンスを最優先する人。純粋な音響性能やANC性能を価格で割れば、Focal、Bowers & Wilkins、SonyBoseなど、より合理的な選択肢が無数に存在する。
  • 絶対性能追求者: 現時点で最高のノイズキャンセリング性能や、最新のハイレゾコーデック対応を絶対条件とする人。H100は多くの面で優れているが、全ての項目で頂点に立つわけではない。
  • 完璧主義者: プレミアムな価格に見合う、完璧で欠点のない製品を期待する人。報告されている「きしみ音」の問題やアプリの不安定さは、その期待を裏切る可能性がある。

将来の更新・Modの可能性
H100の最大の強みは、そのモジュール構造に由来する将来性である。イヤーパッドやヘッドバンドは、衛生面やデザインの観点から容易に交換可能だ。そして最も重要なのは、密閉型製品の寿命を決定づけるバッテリーをユーザー自身が交換できる点である。これにより、競合製品とは比較にならないほどの長寿命が期待できる。また、メーカーが約束するソフトウェアアップデートによる新コーデックへの対応は、その長期的価値を維持するための鍵となるだろう。

総合評価:★★★★☆ (4.5 / 5)

Beoplay H100は、工業デザインの傑作であり、持続可能なラグジュアリーに対する大胆な宣言である。その音響性能は魅惑的で、装着感は崇高なレベルに達している。

しかし、理性の限界を試すほどの価格設定と、その完璧な佇まいを裏切る初期品質に関するいくつかの報告が、満点の評価をわずかに妨げている。これは万人のためのヘッドホンではない。だが、その哲学を理解し、共感する特定のユーザーにとっては、人生で最後に購入するヘッドホンになる可能性を秘めた、唯一無二の存在である。

引用文献

1. Design Philosophy - Beoworld, https://beoworld.org/design-philosophy/
2. About Bang & Olufsen - Iconic quality since 1925, https://www.bang-olufsen.com/en/si/story/about-bang-and-olufsen
3. Bang & Olufsen、“ブランド史上最高のヘッドホン”を謳う「Beoplay H100」。Dolby Atmos対応, https://www.phileweb.com/sp/news/d-av/202409/03/60998.html
4. Beoplay H100: Immersive Sound and Luxurious Design - Beoworld, https://beoworld.org/beoplay-h100/
5. Wireless headphones - Beautiful design, great sound | B&O, https://www.bang-olufsen.com/en/us/headphones
6. Bang & Olufsen’s high-end Beoplay H100 are “the best pair of headphones” the brand has ever created | What Hi-Fi?, https://www.whathifi.com/news/bang-and-olufsens-high-end-beoplay-h100-flagships-are-the-best-pair-of-headphones-the-brand-has-ever-created
7. Bang & Olufsen Beoplay H100: Premium Headphone Review - headphonecheck.com, https://www.headphonecheck.com/test/bang-olufsen-beoplay-h100/
8. Bang & Olufsen Bluetooth headphones | LuxusSound.com, https://luxussound.com/collections/kopfhorer
9. Bang&Olufsen Beoplay H100 価格比較, https://kakaku.com/item/J0000045677/
10. Beoplay H100 – Dolby Atmosに最適化されたヘッドフォン | B&O, https://www.bang-olufsen.com/ja/jp/headphones/beoplay-h100
11. Beoplay H100 – headphones optimised for Dolby Atmos | B&O, https://www.bang-olufsen.com/en/ee/headphones/beoplay-h100
12. Bang & Olufsen BEOPLAY H100 Immersive Headphones Review - The Beat Asia, https://thebeat.asia/hong-kong/digital/reviews/bang-olufsen-beoplay-h100
13. Bang & Olufsen Beoplay H100 : r/BangandOlufsen - Reddit, https://www.reddit.com/r/BangandOlufsen/comments/1f7rxe9/bang_olufsen_beoplay_h100/
14. The Esquire Verdict on the Bang & Olufsen Beoplay H100 Headphones, https://www.esquire.com/uk/design/a62759329/bang-and-olufsen-beoplay-h100-review/
15. Beoplay H100 headphones: a hands-on review for serious audiophiles - RUSSH, https://www.russh.com/beoplay-h100-headphones-review/
16. B&O Beoplay H100 Unboxing and Impressions : r/BangandOlufsen - Reddit, https://www.reddit.com/r/BangandOlufsen/comments/1fo2o66/bo_beoplay_h100_unboxing_and_impressions/
17. Is the H100 worth it? : r/BangandOlufsen - Reddit, https://www.reddit.com/r/BangandOlufsen/comments/1hnl6ri/is_the_h100_worth_it/
18. Beoplay H100 Review and comparison to H95 : r/BangandOlufsen - Reddit, https://www.reddit.com/r/BangandOlufsen/comments/1kmo1fy/beoplay_h100_review_and_comparison_to_h95/
19. H100s vs. similarly priced options: audiophile headphones, status symbol, or ripoff? - Reddit, https://www.reddit.com/r/BangandOlufsen/comments/1fgb3la/h100s_vs_similarly_priced_options_audiophile/
20. Craft matters - Materials we work with - Bang & Olufsen, https://www.bang-olufsen.com/en/us/story/craft-matters
21. Lasting impressions: the latest Beoplay H100 headphones from B&O are for keeps, https://www.wallpaper.com/tech/beoplay-h100-headphones-review
22. Exploring the Fascinating History of Bang & Olufsen - Beoworld, https://beoworld.org/bang-olufsen-history/
23. Bowers & Wilkins Px8 review: premium wireless headphones with a …, https://www.whathifi.com/reviews/bowers-and-wilkins-px8
24. Px8 - Flagship noise-cancelling wireless headphones | Bowers & Wilkins - Global, https://www.bowerswilkins.com/en/product/over-ear-headphones/px8/FP42951P.html
25. Focal Bathys MG Wireless ANC Headphones REVIEW - The $600 Question • Music For The Masses - audioreviews.org, https://www.audioreviews.org/focal-bathys-mg-review/
26. Bathys MG - Wireless sound excellence - Focal, https://www.focal.com/products/bathys-mg
27. AirPods Max - Tech Specs - Apple Support, https://support.apple.com/en-us/111858
28. AirPods Max with USB-C - Tech Specs - Apple Support, https://support.apple.com/en-us/121205
29. Worst sounding B&O product? : r/BangandOlufsen - Reddit, https://www.reddit.com/r/BangandOlufsen/comments/1jttcok/worst_sounding_bo_product/
30. [H100] quick impressions vs H95 : r/BangandOlufsen - Reddit, https://www.reddit.com/r/BangandOlufsen/comments/1fbroet/h100_quick_impressions_vs_h95/
31. WH-1000XM6 Specifications | Sony USA, https://www.sony.com/electronics/support/wireless-headphones-bluetooth-headphones/wh-1000xm6/specifications
32. Sony WH-1000XM6 Best Wireless Noise Canceling Headphones, https://electronics.sony.com/audio/headphones/headband/p/wh1000xm6-s
33. Focal Bathys Wireless Headphones - Moon Audio, https://www.moon-audio.com/products/focal-bathys-wireless-headphones

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