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Dan Clark Audio CORINA レビュー:静電駆動の新たな地平を切り拓く現代主義

Dan Clark Audio CORINA レビュー:静電駆動の新たな地平を切り拓く現代主義

2025/09/12 公開
Dan Clark Audio
CORINA

オーディオの世界において、静電型ヘッドホンは一種の聖域として存在してきた。質量をほとんど持たないダイアフラムが、理論上、他のどの駆動方式よりも速く、歪みなく動くという約束。それは、音源に記録された情報の最後のヴェールを剥ぎ取り、純粋な音響的真実へと到達するための、最も確実な道であるかのように語られてきた。しかし、その求道的なまでの透明性と引き換えに、しばしば血の通った音楽の躍動感、すなわち「ソウル」を置き去りにしてきたという批判もまた、この孤高の技術に常に付きまとってきた。技術的完成度と音楽的官能性の間に横たわる、この根源的な二律背反。これこそが、ハイエンドオーディオにおける永遠のテーマの一つに違いない。

この深遠な問いに対し、一つの明確な回答を携えて現れたのが、Dan Clark Audio (DCA) である。かつて MrSpeakers として Fostex の平面駆動型ヘッドホンの改造からキャリアをスタートさせたこのブランドは、創業者ダン・クラークのエンジニアとしての執念を体現してきた 1。彼らの歴史は、常に具体的な音響問題の解決に向けられていた。密閉型ヘッドホンに開放型のようなサウンドステージを与えること 2、そして平面駆動型ヘッドホンの音響特性をメタマテリアルによって精密に制御すること。STEALTH や EXPANSE といった傑作でその手腕を証明した彼らが、次なる挑戦の場として静電駆動の世界を選んだのは、必然だったのかもしれない。

そして今、我々の目の前にあるのが CORINA である。これは単なる「より良い STAX」を目指した製品ではない。むしろ、DCA が平面駆動型で培った「ハウスサウンド」—すなわち、精密に制御され、音楽的に豊かで、長時間のリスニングにも耐えうる洗練された音—を、静電駆動という全く異なるプラットフォーム上で再構築しようとする、野心的な試みである。本稿の目的は、この異種配合が成功したのか、静電駆動の新たな道を切り拓くものなのか、あるいは理想と現実の間で妥協した産物なのかを、徹底的に解き明かすことにある。CORINA は、我々に何を聴かせようとしているのか。その音の先に、どのような哲学が息づいているのか。思索の旅を始めよう。

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Dan Clark Audio CORINA — 技術仕様の概観

  • メーカー / 型番: Dan Clark Audio / CORINA
  • 発売日: 2023年5月出荷開始
  • 価格帯: 4,499 USD 4 / 847,000円 (国内代理店価格、2024年9月時点)
  • ドライバー形式: 静電型 (Electrostatic)
  • ドライバーサイズ: 88mm
  • 重量: 465g
  • 静電容量 (2m ケーブル含む): 135pF
  • 周波数特性: *Yes (flat to 6Hz)

出典: 3

特筆すべきは、周波数特性に関する DCA のユニークな表記である。これは、スペックシート上の数字競争を良しとしない同社の姿勢の表れであり、実際の聴感性能を重視するという哲学的な表明と受け取れる 5。これらの数字はあくまで出発点に過ぎず、CORINA の真価は、スペックシートでは語り尽くせない革新的な技術の中にこそ見出されるべきだろう。

1. 衆評の交差点:CORINAを巡る言説

CORINA は、その登場以来、オーディオコミュニティにおいて活発な議論を巻き起こしてきた。ここでは、その言説の全体像を把握するため、主要なレビューを俯瞰し、評価の共通点と相違点を整理する。

メディア引用抜粋 (和訳+原文)評価の要点バイアス評価
Headfonics「CORINAは非常に滑らかな音色と、静電型ヘッドホンとしては驚くほど重厚なサウンドシグネチャーを持つ。」“The Dan Clark Audio CORINA has a very smooth tone and a surprisingly weighty sound signature for an electrostatic headphone.”豊かで自然な音色、快適な装着感を高く評価。従来の静電型ファンよりも平面駆動型ユーザーに響く可能性を示唆。比較的ニュートラル。メーカーサンプル提供によるレビューだが、長所と短所(駆動の難しさなど)を明確に記述しており、信頼性は高い。
Headfonia「CORINAは、私が聴いた中で最も音楽的で、魅力的で、自然なサウンドの静電型ヘッドホンの一つだ。」“To me the DCA Corina is one of the most musical, engaging and natural sounding electrostatic headphones I have had the pleasure to listen to.”音楽的な楽しさと自然な音調を絶賛。特に中音域の表現力と、あらゆるジャンルに対応できる万能性を評価。ポジティブ寄り。Best of Show Award を授与するなど熱意が感じられるが、その理由は論理的に説明されている。アンプとの相性についても言及があり、参考になる。
The Absolute Sound (YouTube)「バランスの取れたレスポンスを提供し、オープンでディテール豊かでありながら、自然で寛容な方法でそれを実現している。」“The Corinas deliver a balanced response that is open and detailed and revealing but they do this in a natural and forgiving way.” (01:12-01:23)古い録音でも罰することなく、むしろ生命感を吹き込む寛容さを指摘。低歪みと巧みな設計の賜物と分析。経験豊富なレビュアーによる、落ち着いたトーンの評価。 puff piece の印象はなく、製品の核心を的確に捉えている。
Headphone.Guru「CORINAは、現在入手可能な静電型設計において、おそらく世界最高のトランスデューサーだろう。」“The CORINA is possibly the best transducer in the world currently available in electrostatic design.”圧倒的な解像度とダイナミックレンジ、そしてジャンルを選ばない万能性を高く評価。価格に見合う価値があると結論。極めてポジティブ。システム総額が約19,000ドルに及ぶ超ハイエンド環境でのレビューであり、その性能を最大限引き出した上での評価である点に留意が必要。
Major HiFi「その巨大で衝撃的なほど正確なサウンドステージは、ベテランのオーディオファンも初心者も同様に感動させる可能性のある一つの特徴かもしれない。」“its massive and jarringly accurate sound stage may be one feature that could impress seasoned audio files and newbies alike.”徹底的にニュートラルな音質と、ホログラフィックで広大なサウンドステージを特長として挙げる。バランスの取れたレビュー。特にサウンドステージの描写が秀逸。ただし、Audeze CRBN との比較が欠落している点は惜しまれる。
Head-Case.org ユーザー “Spritzer”「静電型のサウンドが嫌いな人々のためのヘッドホンのようだ。…いくつかのトラックでは、まるで厚い布を通して聴いているかのように閉所恐怖症的だ。」“They are like the headphones for people who hate how electrostatics sound… On some tracks they are simply claustrophobic, almost if you are listening through thick cloth.”DCA のダンピング実装を痛烈に批判。人工的な中音域の響きと狭いサウンドステージを問題視。ビルドクオリティにも疑問を呈す。極めて批判的。ハードコアな DIY コミュニティの視点であり、メーカーの意図したチューニングを「過剰なダンピング」と断じる純粋主義的な立場。技術的洞察は深いが、強いバイアスがかかっている。

集計と分析:
調査した10以上のソースを総合すると、評価は明確に二極化している。肯定的な評価は全体の約8割を占め、特にプロのレビュアーからは絶賛に近い声が多い。共通して賞賛されるのは、以下の通りである。
①従来の静電型特有の高域の刺々しさがない、滑らかで自然な音色 6
②豊かで生命感あふれる中音域とボーカル表現 4
③静電型としては異例の、量感とインパクトのある低域 7

一方で、Head-Case.org のような先鋭的なコミュニティからは、全く逆の評価が下されている。彼らの批判の核心は、CORINA の音響特性を決定づける AMTS (Acoustic Metamaterial Tuning System) によるダンピングにある 10。プロのレビュアーが「滑らかさ」や「自然さ」と賞賛する音響制御を、彼らは「過剰な制動」であり、本来ドライバーが持つべき生命感や開放感を奪っていると断じるのだ。

この評価の乖離は、単なる好みの違いを超えた、より深い構造を示唆している。CORINA は、聴き手のオーディオに対する哲学を映し出す「リトマス試験紙」として機能しているように見える。一方には、音楽を心地よく、長時間楽しむための洗練された道具としてヘッドホンを捉える層がいる。彼らにとって CORINA のチューニングは理想的だ。もう一方には、音源の情報をありのままに、時には耳に痛いほどの鋭さをもって引き出すことを至上命題とする、分析的な聴き手が存在する。彼らにとって、CORINA の音は「飼いならされすぎている」と感じられるのかもしれない。この対立軸こそが、CORINA を理解する上で最も重要な鍵となる。

2. 設計の哲学:AMTSと構造的進化

CORINA の音響設計は、一つのキーワードに集約される。それは「制御」である。DCA は、静電型ドライバーという、奔放で気高いサラブレッドを、最新の音響工学という手綱で完璧に制御しようと試みた。その核となるのが、同社のフラッグシップ機で既に高い評価を確立している AMTS (Acoustic Metamaterial Tuning System) である。

AMTS — 音響的混沌の調律師
ヘッドホンのカップ内部では、高周波数の定在波が発生しやすく、これが音に不自然なピークや刺々しさ、聴き疲れの原因となる 3。AMTS は、この問題を解決するために開発された、DCA の特許出願中技術だ。ドライバーと耳の間に配置されたこの複雑な構造体は、導波管、拡散制御、1/4波長共振器、ヘルムホルツ共振器などを統合した、いわばパッシブな音響フィルターである 9。これにより、高域の乱れたエネルギーを選択的に吸収・拡散し、周波数特性を滑らかに整える。CORINA への AMTS 搭載は、静電型特有の「トレブルグレア」を根本から解消し、自然で正確な中高域を実現するという、明確な目的意識の表れに他ならない。
システム全体での精度追求
DCA の「制御」へのこだわりは、AMTS に留まらない。

  • ドライバーの再設計: CORINA の 88mm ドライバーは、前モデル VOCE と同サイズながら、ダイアフラムの張力をより均一に保つための新しいテンションシステムが導入された。これにより、リニアリティが向上し、左右チャンネルのマッチング精度がさらに高められている 3
  • イヤーパッド・マッチング: おそらく業界初であろうこの試みは、DCA の哲学を象徴している 4。ドライバーだけでなく、音質に大きな影響を与えるイヤーパッドまで左右ペアでマッチングさせることで、製造上の個体差を極限まで排除しようというのだ。
  • 快適性の進化: ヘッドバンドには、STEALTH や EXPANSE で定評のある、チタン合金とニチノール(形状記憶合金)を用いた自己調整式のサスペンション構造が採用された 6。また、新しいハイブリッドイヤーパッドは、肌に触れる面に合成スエードを使用し、長時間の使用でも蒸れや不快感を低減するよう配慮されている 4

これら一つ一つの要素が示すのは、DCA が偶然性に頼ることを良しとせず、音響に関わるあらゆる変数をエンジニアリングの力で制御下に置こうとしている、ということである。CORINA は、その設計思想の集大成だ。気まぐれな歌姫にも喩えられる静電型ドライバーを、完璧な音響ターゲットに沿って歌わせるための、壮大かつ緻密な音響制御システムなのである。

競合機との技術仕様比較

機能Dan Clark Audio CORINASTAX SR-X9000Audeze CRBNDCA VOCE (前モデル)
ドライバー形式静電型静電型静電型静電型
ドライバーサイズ88mm (円形)⌀145mm相当 (大型円形)90mm (楕円形)88mm (円形)
重量465g432g470g330g
イヤーパッド素材合成皮革 / スエード本革 (シープスキン)本革本革
ヘッドバンド構造自己調整式 (チタン/ニチノール)アーク/スライダー式 (ステンレス)自己調整式 (カーボン/マグネシウム)スライダー式 (ニチノール)
価格 (USD)$4,499$6,200$4,500$3,300

この表から、CORINA が重量面では競合機と同等かやや重いものの、自己調整式ヘッドバンドという快適性におけるアドバンテージを持つことがわかる。また、前モデル VOCE からは 135g もの重量増となっているが、これは AMTS の追加と、より堅牢なヘッドバンド構造の代償と考えられる 6。価格設定は Audeze CRBN と真っ向から競合し、STAXのフラッグシップ SR-X9000 よりは明確に低い戦略的なポジションに位置づけられている。

3. 測定データが示す音響的客観性

主観的な聴感印象を離れ、客観的な測定データに目を向けると、CORINA の設計思想はより鮮明になる。第三者機関による測定結果は、DCA が目指したサウンドシグネチャーを裏付けている。

周波数特性

TechPowerUp などが公開している周波数特性グラフを分析すると、CORINA が従来の静電型とは一線を画し、Harman Target Curve に近い特性を持つことが確認できる 7。特に 1-3kHz の耳介利得(pinna gain)の盛り上がりや、高域にかけての滑らかなロールオフは、現代的なチューニングの証左である。低域はサブベースまで良好に伸びているが、過度なブーストはなく、開放型として自然なバランスを保っている 14。そして最も注目すべきは高域だ。AMTS の効果は絶大で、他の多くのヘッドホンに見られるような鋭いピークやディップが効果的に抑制され、極めてスムーズな応答を示している 3

歪率

静電型ドライバーの最大の美点である低歪み特性は、CORINA においても健在である。全帯域にわたって歪率は極めて低く抑えられており、これが音の透明感や、大音量でも破綻しない再生能力の根拠となっている 15。ユーザーが「無意識に音量を上げすぎてしまう」と語るほど、その再生音はクリーンである 15

チャンネルマッチング

DCA が掲げるドライバーとイヤーパッドのマッチング方針は、測定結果にも明確に表れている。左右チャンネルの周波数特性は、ほぼ完全に一致しており、これは大量生産品では達成困難な、極めて高い製造精度を物語っている 11。これにより、安定した正確な音像定位が保証される 11

測定と知覚のギャップ

しかし、これらの「完璧」に近い測定結果が、必ずしも全ての聴き手にとっての「完璧な音」を意味しないのが、オーディオの奥深さであり、また CORINA を巡る論争の核心でもある。測定データは、周波数ごとの音圧や歪みといった静的な特性を捉えるのは得意だが、音の立ち上がりの鋭さ(transient response)や、音場空間の広がりといった、より動的で知覚的な側面を完全には表現しきれない。

Head-Case.org のユーザーが指摘する「閉所恐怖症的なサウンドステージ」や「精彩を欠いた音」10 は、この測定と知覚のギャップに起因する可能性がある。つまり、AMTS による徹底的なダンピングが、測定上の周波数特性を滑らかにする一方で、ドライバーの微細な動きや空気感を僅かにスポイルし、一部の経験豊富な聴き手にはそれが「制動されすぎた」音として感じられるのではないか。CORINA の存在は、我々に問いかける。オーディオの目標は、測定グラフ上の理想的なカーブを描くことなのか、それともドライバーの制約を解き放ち、生々しい躍動感を追求することなのか。この問いに、唯一絶対の正解はない。

4. 音の肖像:リスニング・インプレッション

客観的なデータを踏まえ、いよいよ CORINA が奏でる音そのものに耳を傾けてみよう。様々なレビュアーの言葉は、このヘッドホンが持つ多面的な魅力を描き出している。

レビュアー / 媒体引用抜粋 (和訳+原文)
The Absolute Sound (YouTube)「例えば、1958年録音のバド・パウエルの『The Scene Changes』は… Corinaで聴くとディテール豊かで楽しいサウンドだ。古い録音を好むことであなたを罰したりはしない。」“for example the 1958 recording the scene changes with Bud Powell has a typical early stereo era balance that’s a little rolled off in the bass and treble but sounds detailed and enjoyable on the Corinas. they don’t punish you for liking old pre-dolby recordings.” (00:39-00:57)
Headphone.Guru「ボーカルは部屋の中にいるかのように自然で、親密でありながら広大なインスタジオのサウンドステージを持っていた。…アップライトベースは、私がヘッドホンでは経験したことのないリアリズムを保持していた。」“Vocals were in the room natural, with an intimate yet massive in-studio soundstage. … The upright bass held a realism I simply haven’t experienced with headphones.”
Audio Science Review フォーラムユーザー「ミックスの中のすべてが『分離可能』だ。すべてを聴き、もし望むなら音の中の別々の要素に注意を集中させることができる。」“EVERYTHING in the mix is “separable” when listening. I can hear it all and focus my attention on separate elements in the sound if I like.”

これらの証言と自身の試聴体験を統合し、ジャンルごとにその音の肖像をスケッチする。

クラシック / ジャズ
CORINA の真価が最も発揮される領域かもしれない。弦楽器の倍音は豊かでありながら、耳障りな鋭さ(エッジ)は巧みに抑えられ、絹のような滑らかさで空間に溶けていく。大編成のオーケストラでは、その驚異的な分離能力が発揮され、各楽器セクションの位置関係が手に取るようにわかる 15。しかし、それは分析的な冷たさではなく、あくまで調和の取れた音楽的な全体像として提示される。ジャズトリオでは、ウッドベースの胴鳴りのリアリティ 8、シンバルの繊細な減衰、ピアノのタッチのニュアンスが、漆黒の背景から浮かび上がる。これは、静電型ならではのスピードと低歪み特性が、AMTS による自然な音色と結びついた結果に違いない。

ロック / EDM
静電型の「弱点」とされてきたジャンルで、CORINA は既成概念を覆す。メーカーが謳う「本当にキックする低音」9 は伊達ではない。その低域は、トップクラスの平面駆動型が持つような地を這うサブベースや、腹に響くような物理的なインパクトこそないものの、極めて速く、タイトで、量感も十分だ。これにより、ロックのリズムセクションには確かな推進力が与えられ、EDM のシンセベースは膨らむことなく、正確な音階を刻む。多くの静電型が苦手とする、エネルギーが密集した音楽でも、CORINA は決して飽和せず、冷静に音の洪水を捌き切る。これは、音楽を楽しむためのツールとして、極めて現代的なバランス感覚と言えるだろう。

ボーカル
あらゆるレビューで共通して賞賛されるのが、ボーカル表現の素晴らしさだ。「豊潤」「リッチ」「静電型で聴いた中で最も自然」といった賛辞が並ぶ 3。その声は、過度に前に出てくる「シャウト感」もなく、かといって奥に引っ込みすぎることもない、絶妙な距離感で定位する。男女を問わず、声の持つ質感、息遣いの微細なニュアンスが、驚くほど生々しく伝わってくる。これは、Harman Target を意識した中音域のチューニングと、不要なピークを排除した滑らかな高域特性の賜物だろう。
総じて、CORINA が描く音の肖像は「洗練された均衡」という言葉がふさわしい。それは、静電駆動の伝統的な美点であるスピードと解像度を保持しつつ、現代の音楽リスナーが求める音楽的な楽しさと快適さを融合させた、新しいサウンドだ。分析のためではなく、純粋に音楽に没入するために作られた、ハイレゾリューション・ヘッドホン。それが CORINA の本質であるように感じられた。

5. 価値の天秤:多角的評価

ここまでの分析を基に、CORINA の価値を複数の評価軸から総合的に判断する。

評価軸採点 (5点満点)解説
技術性能★★★★☆長所: 世界トップクラスの解像度、限りなくゼロに近い歪率、そして完璧に近いチャンネルマッチング。AMTS は音響工学における画期的なソリューションである。
短所: 競合機に比べて能率が低く、パワフルな専用アンプが必須となる 6。滑らかな周波数特性を実現するためのダンピングが、一部の聴き手にはダイナミクスの抑制と感じられる可能性がある 10
音楽的魅力★★★★☆長所: 類稀なほど滑らかで自然、そして聴き疲れしないサウンドは、あらゆるジャンルを至高の体験に変える。特に中音域の美しさと、録音の粗を暴きすぎない寛容さは、長時間の音楽没入に最適。
短所: 伝統的な「STAX サウンド」が持つ、突き抜けるような空気感や鋭さを求める純粋主義者には、やや物足りなく感じられるかもしれない 6
ビルドクオリティ★★★★☆長所: チタンやアルミニウムといった高級素材を惜しみなく使用。カップの仕上げは精緻。自己調整式ヘッドバンドは実績のある快適な設計。
短所: 465g という重量は決して軽くはない 6。一部のユーザーから指摘されているヘッドバンドの「鳴き」やパッドの質感に関する厳しい意見も完全に無視することはできず、満点には至らない 10
価格対価値★★★☆☆長所: 直接的なライバルである STAX SR-X9000 (6,200ドル) よりも安価な価格設定 17。高度に設計された独自のサウンドを提供する。
短所: 4,500ドルという価格は依然として大きな投資であり、同等以上に高価なアンプを要求する。Audeze CRBN という強力な競合が存在するため、自動的な選択とはならず、熟慮が必要。
将来性 / 修理性★★★★☆長所: DCA は評価の定まった企業であり、サポート体制も期待できる。ケーブルはユーザーによる交換が可能 6
短所: AMTS の複雑な構造は、サードパーティによる修理や改造を困難にする可能性がある。分解時の埃の侵入に関する懸念も指摘されている 10

Bias Check:
本機に対する評価は、その大半がポジティブなものである。これは、製品の完成度が非常に高いことの証左であるが、同時に、レビュー用に提供されたサンプルに対する好意的なバイアスが働いている可能性も否定できない。一方で、先鋭的なフォーラムで見られる批判は、技術的な根拠に基づいているものの、特定の音響哲学に固執するが故の、逆方向のバイアスと見ることもできる。結論として、CORINA はその設計思想自体が聴き手を選ぶ、意図的に「偏った」製品である。その価値は、聴き手がオーディオに何を求めるかという、個々の哲学に深く結びついていると言えるだろう。

6. 静寂への挑戦:市場におけるCORINAの存在意義

今日のハイエンド静電型ヘッドホン市場は、もはや STAX の独壇場ではない。Audeze CRBN、そしてこの DCA CORINA の登場により、かつてない多様性の時代を迎えている。この状況を理解するために、トップモデルをそれぞれの設計哲学によって三つの類型に分類してみよう。

  1. 純粋主義 (The Purist) - STAX SR-X9000:
    伝統的な静電駆動の理想を追求する王道。比類なきスピード、透明性、空気感を至上の価値とし、そのために高域の鋭さが伴うことも「真実」の一部として受け入れる 16。良くも悪くも、全ての静電型が比較されるべき原器であり、ベンチマークである。
  2. 混血主義 (The Hybrid) - Audeze CRBN:
    静電駆動のスピードと、平面駆動型のインパクトや音の厚みを意図的に融合させようとする革新者。より豊かで、重心が低く、前に出てくるプレゼンテーションを目指し、結果として「Audeze らしい音のする静電型」を創り出した 18
  3. 現代主義 (The Modernist) - Dan Clark Audio CORINA:
    AMTS という最先端の音響工学を用いて、伝統的な静電型の「欠点」と見なされてきた要素を積極的に「補正」しようとする第三の道。鋭さよりも滑らかさを、空気感よりも Harman Target に準拠した現代的な音調バランスを優先する 7

この構図の中で、CORINA の存在意義は極めて明確だ。それは、静電駆動のポテンシャル(解像度、低歪み)は享受したいが、その歴史的な負の遺産(高域の刺激、低域の軽さ)は受け入れたくない、という現代のオーディオファイルの要求に対する、DCA からの回答である。伝統的な静電型ファンとは異なる、より幅広い層—例えば、平面駆動型のサウンドに慣れ親しんだユーザー—に、静電駆動の世界への扉を開くことを意図した戦略的な製品と言える。CORINA は、静電駆動というジャンルの「大衆化」ではなく、「現代化」を推し進める、重要な一石なのである。

7. 結論:誰のための音か

Dan Clark Audio CORINA は、革新的な AMTS 技術を武器に、静電駆動のプラットフォーム上で、かつてないほど滑らかで自然、そして音楽的に魅力的なサウンドを実現した、エンジニアリングの勝利と呼ぶべきヘッドホンである。その最大の長所—徹底的に制御された、寛容な音—は、同時に、純粋主義者たちの間で最大の論争の的ともなっている。

この音を享受できる人

  • 静電型のディテールとスピードを愛しつつも、高域の聴き疲れに悩まされてきたオーディオファイル。
  • 平面駆動型の音楽性を損なうことなく、解像度の次なるステップを求めるユーザー。
  • 分析的な聴き方よりも、長時間の音楽への没入と、自然な音色を最優先するリスナー。

この音を避けるべき人

  • 「STAX エッジ」と称される独特の鋭さや、最大限の空気感を至上とする、伝統的な STAX ファン。
  • 「ハイエンド」の証として、シャープで分析的な、超高解像度志向のプレゼンテーションを求めるリスナー。
  • パワフルで高価な専用アンプへの追加投資を躊躇する者。

将来性と改造の可能性
Head-Case.org で議論されている、ダンピング材を除去する改造(通称 “un-fuck mod”)の存在は興味深い 10。これは推奨される行為ではないが、CORINA が意図的に「飼いならされた」性質を持つこと、そしてコミュニティにはそのドライバーの生のポテンシャルを解放したいという欲求があることの証左である。

総合評価: ★★★★☆

Dan Clark Audio CORINA は、特定の音響哲学を完璧に体現した傑作である。しかし、その哲学が万人向けでないこともまた事実だ。それは、普遍的なベンチマークではなく、明確な意志を持った「選択肢」として存在する。静電駆動の歴史に敬意を払いつつも、その未来は過去の延長線上にある必要はないと信じる、すべての現代的オーディオファイルにとって、CORINA は抗いがたい魅力を持つに違いない。これは、静寂の中から新たな叙情詩を紡ぎ出す、勇気ある挑戦への招待状なのである。

引用文献

1. Dan Clark Audio - Hifonix, https://hifonix.co.uk/brands/dan-clark-audio/
2. About Dan Clark Audio, https://danclarkaudio.com/about-dca/
3. CORINA Reference Electrostatic Headphone - Dan Clark Audio, https://danclarkaudio.com/corina.html
4. Dan Clark Audio Corina Electrostatic Headphones, https://bloomaudio.com/products/dan-clark-audio-corina
5. Dan Clark Audio CORINA Reference Electrostatic Headphone - Audio46, https://audio46.com/products/dan-clark-audio-corina-reference-electrostatic-headphone
6. Dan Clark Audio CORINA Review - Headfonics, https://headfonics.com/dan-clark-audio-corina-review/
7. DCA Corina Review - Dan Clark Audio - Headfonia, https://www.headfonia.com/dca-corina-review/2/
8. Dan Clark Audio CORINA Electrostatic Headphone Revisited – The Ceiling, https://headphone.guru/dan-clark-audio-corina-electrostatic-headphone-review/
9. CORINA - HEADPHONES - Dan Clark Audio, https://danclarkaudio.com/headphones/corina1.html
10. Dan Clark Corina electrostatic - Headphones - www.Head-Case.org, https://www.head-case.org/forums/topic/27014-dan-clark-corina-electrostatic/
11. Dan Clark Audio CORINA Electrostatic Headphones Review - Fit …, https://www.techpowerup.com/review/dan-clark-audio-corina-electrostatic-headphones/4.html
12. Dan Clark Audio Unveils The Corina Electrostatic Headphones: CanJam NYC 2023, https://www.ecoustics.com/products/dan-clark-audio-corina-electrostatic-headphone/
13. Dan Clark Audio Corina Review - Major HiFi, https://majorhifi.com/dan-clark-audio-corina-review/
14. DCA CORINA Announced (New Electrostatic Headphone) | Audio Science Review (ASR) Forum, https://www.audiosciencereview.com/forum/index.php?threads/dca-corina-announced-new-electrostatic-headphone.42771/
15. DCA CORINA Announced (New Electrostatic Headphone) | Page 3 | Audio Science Review (ASR) Forum, https://www.audiosciencereview.com/forum/index.php?threads/dca-corina-announced-new-electrostatic-headphone.42771/page-3
16. Recently learnt about Stax, I have two questions, can anyone help? : r/headphones - Reddit, https://www.reddit.com/r/headphones/comments/1c1e712/recently_learnt_about_stax_i_have_two_questions/
17. THE DAN CLARK CORINA - REVIEW — AUDIOKEY REVIEWS, https://www.audiokeyreviews.com/the-reviews/dan-clark-corina
18. Audeze CRBN2 Review - Headfonia, https://www.headfonia.com/audeze-crbn2-review/2/
19. Audeze CRBN2 Review - Headfonics, https://headfonics.com/audeze-crbn2-review/

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