平面磁界駆動型ヘッドホンの世界で絶対的な地位を築き上げた米国Audeze社。その彼らが静電型(Electrostatic)という、また別の頂へ挑む意志を明確に示したのが初代「CRBN」であった。そして今、その思想と技術をさらに昇華させた後継機「CRBN2」が登場した。これは単なるモデルチェンジではない。医療用MRIの研究室という異色の出自を持つカーボンナノチューブ技術と、静電型の弱点とされてきた低音再生能力を根本から覆す新技術「SLAM」を携え、Audezeは既存の静電型ヘッドホンのヒエラルキーに挑戦状を叩きつける。
本機は、平面駆動型が持つパワフルで肉感的なサウンドキャラクターと、静電型が誇る超高速応答性と透明性をいかにして両立させるか、というオーディオ界の長年の命題に対するAudezeの回答である。本レビューでは、CRBN2が単なる高性能なヘッドホンに留まらず、ハイエンドオーディオ市場における「静電型の再定義」を試みる戦略的製品であることを、その技術的背景、音響特性、そして競合ひしめく市場での位置づけから徹底的に解き明かしていく。
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Audeze CRBN2 — Overview
- メーカー: Audeze
- 型番: CRBN2 Electrostatic Headphone
- 発売日(日本): 2025年4月11日 1
- 価格帯:
主要スペック
- 形式: プッシュプル・エレクトロスタティック(静電型)、オープンバック 6
- ダイアフラム: カーボンナノチューブ注入超薄型ポリイミドフィルム 6
- ダイアフラム制御: SLAMテクノロジー(イヤーカップ圧力解放・低域増強) 6
- トランスデューサーサイズ: 120mm x 90mm 6
- 周波数特性: 10Hz - 40kHz 6
- 最大音圧レベル (SPL): >120dB 6
- 全高調波歪 (THD): <0.1% @ 90dB 6
- 感度: 100dB, 1kHz, 100V RMS 6
- バイアス電圧: 580 VDC Stax Pro Bias 6
- 静電容量: 100 pF (ケーブル含む) 6
- 重量: 480g 6
- ハウジング: マグネシウム、ステンレススチール、ポリマーアセテート 6
- 出典:(https://www.audeze.com/products/crbn2) 6
1. 総評:メディアとユーザーの評価
Audeze CRBN2は、その革新的なアプローチにより、オーディオ専門メディアと熱心なユーザーコミュニティの両方から広範な注目を集めている。以下にその評価の抜粋をまとめる。
メディア | 引用抜粋 (和訳+原文) | 評価点 |
---|---|---|
Headfonics | 「私がこれまでに聴いた静電型ヘッドホンの中で最高の低域性能の一つ。より滑らかで力強い音色、改善されたヘッドルーム、そしてより快適な装着感を兼ね備えている。」“one of the best low-end performances from an electrostatic headphone I have heard to date. Combined with a smoother, beefier tonal character, improved headroom, and a comfier fit on the head” | 9.4/10 |
MajorHiFi | 「CRBN2のサウンドステージは広大だが、そのレイヤリングとピンポイントの正確さにおいて決して焦点を失わない。」“The CRBN2 is cavernous but never loses focus in its layering and pinpoint accuracy.” | ★★★★☆ |
Headphone.Guru | 「より優れた平面磁界型ヘッドホンの直線性と、静電型のスピードとディテールを併せ持つ。」“It has the linearity of the better Planar Magnetic headphones with the speed and detail of an electrostatic” | N/A |
Positive Feedback | 「初代CRBNと比較して、私がテストしたすべての音楽的および機械的パラメータにおいて著しく優れている。」“the CRBN2 is significantly superior in every musical and mechanical parameter I tested.” | N/A |
Audio46 | 「SLAMによって強化された低域は競合他社と一線を画し、分析的リスニングと感情的リスニングの両方のスタイルにハイブリッドな魅力を提供する。」“Its SLAM-enhanced low end sets it apart from competitors, offering a hybrid appeal to both analytical and emotional listening styles.” | N/A |
The Absolute Sound | 「CRBN2は非常に特別なヘッドホンだ。その自然で低歪みなダイナミックなキャラクターで音楽への洞察を提供する。」“the Odyssey Carbon 2 is a very special headphone it delivers insight into the music with its natural lowdistortion dynamic character.” | N/A |
Reddit ユーザー “tehw4nderer” | 「ヘッドホンで聴いた中で最高の低音、以上。」“Best bass I’ve heard in a headphone, period.” | N/A |
Reddit ユーザー “oratory1990” | 「CanJam SoCalで試聴したが、かなりがっかりした。初代CRBNは私が試した中で最高のヘッドホンの一つだったので奇妙だ。」“I tried it at CanJam SoCal and was rather disappointed. Which was strange, because the CRBN (1) is one of the best headphones I ever tried.” | N/A |
集計:
調査した10以上のソースを総合すると、CRBN2に対する評価は圧倒的に肯定的である。特に、静電型の常識を覆す低音の質と量、豪華なビルドクオリティ、そして初代から改善された快適性が共通して高く評価されている。一方で、そのユニークなチューニングは一部のユーザー、特に伝統的な静電型サウンドを好む層からは、初代機からの変化を疑問視する声も少数見られる。全体として、CRBN2は静電型ヘッドホンの新たな可能性を提示した画期的な製品として受け入れられているが、そのサウンドキャラクターは万人に受け入れられるものではなく、明確な個性を持つフラッグシップ機と位置づけられている。
2. 技術的背景:MRI研究室から生まれた革新
CRBN2の音響性能を理解するためには、その異例の開発経緯と、そこに結実した二つのコア技術――カーボンナノチューブ(CNT)ドライバーとSLAMテクノロジー――を深く掘り下げる必要がある。
MRI研究室との共同開発が生んだブレークスルー
CRBN2の技術的根幹は、オーディオファイルのためではなく、医療現場の過酷な要求に応えるために生まれた 7。AudezeはUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の神経科学研究所と協力し、MRI(磁気共鳴画像法)装置内で使用可能なヘッドホンの開発に着手した 10。MRI装置内は、最大120dBに達する騒音と、あらゆる電子機器に敵対的な強力な磁場が存在する特殊環境である 10。
このプロジェクトが、CRBNの核心技術を生み出す直接的な引き金となった。従来の静電型ヘッドホンの振動板は、導電性を確保するために極薄のフィルムに金属コーティングを施すのが一般的であった。しかし、MRI環境では強磁性体である金属の使用は一切許されない。この制約が、Audezeに全く新しいアプローチを強いた。その解決策こそが、金属コーティングに頼らずに振動板自体に導電性を持たせる「カーボンナノチューブ注入技術」であった 7。導電性のカーボンナノチューブをポリマーフィルム素材の内部に直接分散させることで、非磁性でありながら振動板全体に均一な電荷を保持することに成功したのである。
この医療目的の技術開発は、期せずしてオーディオファイルにとっての福音をもたらした。電荷がフィルム表面のコーティングではなく内部全体に均一に分布するため、駆動力が極めて均質になり、分割振動や歪みを原理的に低減できる 8。さらに、コーティング層が不要な分、振動板はより軽量かつ高効率になり、耐久性も向上するという、音響性能における数々の副次的メリットが発見されたのである。
第二世代カーボンナノチューブ・ドライバー
CRBN2には、この革新的な技術をさらに洗練させた第二世代のドライバーが搭載されている 3。120mm x 90mmという大口径の振動板は、超薄型のポリイミドフィルム内にカーボンナノチューブが注入されたAudeze独自の構造を持つ 6。これにより、静電型ドライバーに求められる究極の低質量と、平面駆動型ドライバーのような均一な駆動力を両立させ、極めて低い歪み率(90dB SPLで0.1%未満)と広大な周波数特性(10Hz - 40kHz)を実現している 6。
SLAMテクノロジー:静電型低音の革命
CRBN2を初代機や他の静電型ヘッドホンと明確に区別する最大の技術革新が、特許出願中の「SLAM(Symmetric Linear Acoustic Modulator)」テクノロジーである 12。これは単なるバスレフポートのような単純な機構ではない。
SLAMは、ドライバーユニットを囲むように配置された金色のリング内部に、精密に設計された複数の音響チャネルを設けたパッシブ(非電源)システムである 3。このチャネルがイヤーパッドとドライバー間の空間の音響インピーダンスを能動的に調整し、イヤーカップ内の圧力を最適化する。その結果、歪みを増加させることなく100Hz以下の低周波数帯域のレスポンスを初代CRBN比で最大6dBもブーストすることに成功した 3。
この技術は、Audezeが静電型市場に仕掛けた戦略的な一手と言える。伝統的に静電型ヘッドホンは、その軽量な振動板ゆえに空気の制動を受けやすく、パワフルな低音再生が苦手とされてきた。この「軽やかだが、迫力に欠ける」というイメージは、一部のオーディオファイルを惹きつける一方で、平面駆動型やダイナミック型の力強いサウンドに慣れた層からは敬遠される要因でもあった。SLAMテクノロジーは、この長年の課題に対するAudezeの明確な回答である。彼らはSTAXに代表される伝統的な静電型のサウンドを模倣するのではなく、自社が平面駆動型で培ってきた「パワフルで量感豊かな低音」というハウスサウンドを静電型のプラットフォームに移植することを選んだ。これにより、CRBN2は従来の静電型ファンだけでなく、より広い層のオーディオファイルにアピールする、ハイブリッドな魅力を持つ製品となっている。
フラッグシップ静電型ヘッドホン スペック比較
特徴 | Audeze CRBN2 | STAX SR-X9000 | Dan Clark Audio CORINA |
---|---|---|---|
ドライバーサイズ | 120mm x 90mm (楕円形) | 不明 (円形) | 88mm (円形) |
振動板技術 | カーボンナノチューブ注入ポリイミドフィルム | 超薄型スーパーエンプラフィルム | 不明 |
特殊音響技術 | SLAM (Symmetric Linear Acoustic Modulator) | MLER-3 (4層固定電極) | AMTS (Acoustic Metamaterial Tuning System) |
重量 | 480g | 432g | 465g |
周波数特性 | 10Hz - 40kHz | 5Hz - 42kHz | 6Hzまでフラット (上限非公開) |
価格 (USD) | $5,995 | $6,200 | $4,499 |
3. 測定データに基づく客観的考察
現時点で、Audio Science ReviewやSoundStage! Soloといった信頼性の高い第三者機関によるCRBN2の詳細な測定データは公開されていない。しかし、その前身である初代CRBNの測定データを分析することで、CRBN2の技術的基盤と音響設計の思想を深く理解することができる 31。
周波数特性 (Frequency Response)
初代CRBNは、すでに静電型としては異例なほどフラットで伸長した低域特性を誇っていた。Positive Feedback誌に掲載されたAudezeによる測定では、その低音は20Hzまで滑らかに伸び、わずかなEQで300Hzまで完全にフラットな応答を得ることができた 31。さらに特筆すべきは、左右チャンネルのマッチング精度であり、実測で全帯域にわたり1dB未満という驚異的な一貫性を示した。これは安定した揺るぎないステレオイメージの根幹をなす要素である 31。CRBN2は、この優れた低域性能を土台とし、SLAMテクノロジーによってさらなる量感とインパクトを加えることを目指したモデルと言える。公称スペックが初代の20Hzから10Hzへと拡張されている点も、この進化を裏付けている 6。
全高調波歪 (Total Harmonic Distortion, THD)
CRBN2の音質を語る上で最も重要なのが、その驚異的な低歪み特性である。初代CRBNの時点で、その全高調波歪(THD)は「前例のない成果」と評された。80dB SPLという実用的な音量下で、30Hz以上では1%未満、80Hz以上では0.5%未満、そして大半の帯域で0.2%未満という、磁気駆動型では達成が困難なレベルの低歪みを、特に低音域で実現していた 31。この特性こそが、CRBNシリーズが持つ「透明感」「明瞭さ」「effortlessなディテール再現能力」の技術的な裏付けである 31。SLAMテクノロジーが歪みを増やすことなく低域をブーストできるのは、この元来極めて歪みの少ないプラットフォームがあってこそだ。大音量でも歪みが増加しないため、SLAMがもたらすパワフルな低音は、歪みによる濁りや膨張感を伴わず、極めてクリーンで「高解像度な低音」として知覚されるのである 31。
過渡応答 (Transient Response)
数値化されたスペックはないものの、静電型ドライバーの物理的特性――すなわち、極めて軽量な振動板――は、原理的に非常に高速な過渡応答(トランジェント)を約束する 14。音が鳴り始めてから立ち上がり、そして消え去るまでのスピードが極めて速いため、打楽器のアタックや弦楽器のピッキングといった微細なニュアンスを忠実に再現できる。CRBN2のユニークさは、この静電型特有の「スピード」と、SLAMがもたらす平面駆動型のような「インパクト」を融合させた点にあり、これが多くのレビューで語られるハイブリッドなサウンドキャラクターの源泉となっている 16。
最大音圧レベル (Maximum SPL)
CRBNの大きな魅力の一つは、静電型でありながら十分な音圧を確保できる点にある。Mjolnirアンプとの組み合わせでは、1kHzで0.025%THDという極めて低い歪みを保ちながら、113.4dB SPLという大音量レベルまで駆動可能であることが測定によって実証されている 31。これは、従来の静電型ヘッドホンが大音量時に起こしがちなダイナミック圧縮や歪みの増大を、CRBNシリーズが優秀にコントロールしていることを示している。CRBN2では、このプラットフォームにSLAMテクノロジーが加わることで、さらなるヘッドルーム確保と、大音量時での安定性向上が期待される。
絶対極性 (Absolute Polarity)
初代CRBNの測定では、絶対極性が反転しているという興味深い結果が報告されている 31。しかし、これは静電型ヘッドホンの音質に影響を与えない可能性が高い。CRBNのような完全なプッシュプル型ドライバーは、正相と逆相の信号に対して極めて対称的に動作するため、極性が反転しても歪み特性に変化が生じず、聴感上の差異として認識されにくいからである 31。これはCRBNのドライバー設計がいかに線形で対称的であるかを示す、もう一つの証左と言えるだろう。
4. リスニング・インプレッション:魂を揺さぶるサウンド
技術的な分析を基に、CRBN2が実際にどのような音楽体験を提供するのか、複数のレビューから引用した印象と、それらを統合した分析を通じて明らかにする。
レビュアー / 媒体 | 引用抜粋 (和訳+原文) |
---|---|
Headfonics | 「あまりにも”丁寧”と評されがちなドライバータイプから、より深く、ほとんど触覚的な体験を生み出している。」“an even deeper, almost tactile experience, from a driver type that is all too often described as ‘polite’.” |
MajorHiFi | 「ステレオフィールドは、あなたの頭の周りを包む泡のような外観を呈し、完全にオープンでホログラフィックだ。」“The stereo field takes on the appearance of a bubble wrapping around your headspace… completely open and holographic” |
Stereophile (Herb Reichert) | 「ニュートラルで自然、高精細、低疲労でリスナーに優しいヘッドホン体験。」“neutral, natural, high-detail, low-fatigue, listener-friendly headphone experience.” |
Reddit ユーザー “tehw4nderer” | 「以前はそれほど顕著ではなかった、深みのある低音(キックドラム、バスドラムなど)の新たなテクスチャが今も聞こえる。」“Still hearing new textures in deep bass (kick drums, bass drums, etc.) that weren’t as pronounced before.” |
Headfonia | 「ボーカルの表現はより前面に出ており、明確な焦点が当てられている。より柔らかく、溶け込むようなボーカルが好きな人には、CRBN2はおそらく向いていないだろう。」“The vocal presentation is more to the front and has a clear focus on it. If you like softer, blending in vocals, the CRBN2 probably isn’t the headphone for you.” |
音楽ジャンル別インプレッション
これらのレビューを総合すると、CRBN2のサウンドはAudezeの伝統的なハウスサウンド――パワフルな低域、豊かでやや前方定位する中域、そして滑らかで聴き疲れしない高域――を静電型のプラットフォームで見事に再現したものと言える 3。
クラシック音楽
広大でホログラフィックなサウンドステージは、大編成のオーケストラ録音と非常に相性が良い 19。各楽器の定位はピンポイントで正確であり、コンサートホールの空間そのものを再現する能力に長けている。特にチェロやコントラバスといった低弦楽器の響きは、SLAMテクノロジーの恩恵を受け、従来の静電型では得られなかった胴鳴りの豊かさと重量感を伴って再生される 20。ピアノの音は、アタックの鋭さとサステインの美しさを両立し、ダイナミックレンジの広さを存分に感じさせる 19。その高解像度は録音の良し悪しを露わにするが、優れた録音であれば、まさに目の前で演奏されているかのような生々しい体験を提供する。
ジャズ
ウッドベースの深く沈み込むような低音と、指が弦を弾く際の微細なテクスチャの再現性は特筆に値する 17。シンバルの煌びやかさは、高域の滑らかなチューニングにより、金属的な刺激を伴わずに表現され、ブラシワークの繊細な動きまで手に取るようにわかる 19。ボーカルはやや前方に定位し、息遣いや声の揺らぎといったディテールが非常に生々しく、親密な空間で聴いているかのような感覚に陥る 22。静電型ならではのスピード感は、複雑なインプロヴィゼーションの各音符を混濁させることなく描き分ける。
EDM / エレクトロニカ
CRBN2が最もその個性を発揮するジャンルの一つである。静電型ヘッドホンが苦手としてきた、深く沈み込むシンセベースやパワフルなキックドラムを、歪みなく、かつ「触覚的」なインパクトをもって再生する能力は圧巻である 3。その低音は量感がありながらも極めて高速でタイトなため、グルーヴ感を損なうことなく、楽曲の持つエネルギーをダイレクトに伝える。広大な音場表現は、空間的なエフェクトを多用するトラックの魅力を最大限に引き出し、没入感の高いリスニング体験を可能にする。
ロック / ポップス
エレキベースのラインとドラムスの力強いビートが楽曲の土台をしっかりと支え、平面駆動型ヘッドホンに匹敵する満足感を提供する 17。中域の豊かさは、エレキギターのリフに厚みとエネルギーを与え、ボーカルを他の楽器から明瞭に分離させる。ただし、一部のレビューでは、録音やアンプとの相性によって中高域がやや「シャウティ(叫ぶような)」に感じられる可能性も指摘されており、特に攻撃的なミックスのロック音源では注意が必要かもしれない 24。
5. 総合評価:フラッグシップの価値を問う
CRBN2の性能と価値を、複数の評価軸から多角的に分析する。
評価軸 | 採点 (5点満点) | 解説 |
---|---|---|
技術性能 | 5.0 | 第二世代CNTドライバーと革新的なSLAMテクノロジーの組み合わせは、静電型ヘッドホンの設計における真の進歩である。THDなどの公称スペックは世界トップクラスであり、その技術的優位性は実際の音質に明確に反映されている。 |
音楽的魅力 | 4.5 | 非常に魅力的でパワフルなサウンドを持ち、特に現代的な音楽ジャンルでその真価を発揮する。その個性的なキャラクターは最大の強みだが、伝統的な静電型のサウンドとは一線を画すため、すべての静電型ファンに受け入れられるわけではない。 |
ビルドクオリティ | 5.0 | マグネシウム、カーボンファイバー、プレミアムレザーといった高級素材を惜しみなく使用し、カリフォルニアの自社工場で手作業で組み立てられている。その作り込みはフラッグシップの名に恥じない、最高レベルのものである 12。 |
価格対価値 | 3.5 | 5,995ドルという価格に加え、別途高性能な静電型専用アンプが必須となるため、導入コストは極めて高い。その性能は価格に見合うものだが、総所有コストを考慮すると、その価値を享受できるのは一部の熱心な愛好家に限られる。 |
将来性 / 修理性 | 3.5 | ケーブルが本体固定式である点は、長期的なメンテナンス性やカスタマイズの観点から大きなマイナス要素である 12。しかし、Audezeが初代CRBNからCRBN2への有償アップグレードプログラムを提供した実績は、将来的なサポートへの期待を抱かせる 20。 |
Bias Check: A Balanced View
公開されるレビューは製品の長所を強調する傾向があるため、ここではCRBN2のポジティブな側面とネガティブな側面を公平に列挙し、バランスの取れた視点を提供する。
ポジティブ要素:
- 静電型としては前例のない、パワフルで質感豊かな低音再生能力
- 極めて高いディテール再現能力と高速なトランジェント
- 広大で三次元的なホログラフィック・サウンドステージ
- 最高級素材を使用した、非の打ちどころのないビルドクオリティとデザイン
- そのサイズと重量に対して優れた装着感と快適性
- 初代CRBNで問題となった「スタックス・ファート(振動板の張り付き音)」が解消されている 3
ネガティブ要素:
- 非常に高価な本体価格
- 別途、高価な静電型専用アンプ(エナジャイザー)が必須
- 本体固定式のケーブルは、断線時の修理やリケーブルによる音質チューニングを困難にする
- Audeze特有のサウンドキャラクターは、静電型の伝統的な中立性や明るさを求めるユーザーには合わない可能性がある
- その高い解像度ゆえに、録音の質の悪さを容赦なく暴き出す
6. 俯瞰的視点:静電型ヘッドホン市場におけるCRBN2の存在意義
CRBN2を単体の製品として評価するだけでなく、ハイエンド静電型ヘッドホン市場全体の文脈の中に位置づけることで、その真の存在意義が明らかになる。現在、この市場の頂点には、それぞれ異なる設計思想を持つ3つの巨頭が存在する。
現代静電型ヘッドホンの三頭政治
Audeze CRBN2 (The Disruptor - 破壊者)
CRBN2は、静電型ヘッドホンの世界に平面駆動型の哲学を持ち込んだ「破壊者」である。その設計思想は、パワー、インパクト、そして豊かでウォームな音色を最優先する。静電型の技術的純粋さと、平面駆動型の肉体的スリルを両立させることを目指しており、「スピード」と「スラム(衝撃)」の両方を求めるリスナーをターゲットにしている。
STAX SR-X9000 (The Purist - 純粋主義者)
SR-X9000は、静電型の伝統を受け継ぐ正統な後継者、「純粋主義者」である。その設計哲学は、ソースに対する絶対的な透明性と忠実性を中心に据えている 15。MLER-3(多層固定電極)のような先進的な電極構造や、共振を徹底的に排除する筐体設計は、空気のように軽やかで、超高精細、そしてしばしば明るいと評されるサウンドを実現するためのものである 27。ヘッドホンを録音に対する「開かれた窓」と捉え、いかなる色付けも排したいと考えるリスナーのためのベンチマークである。
Dan Clark Audio CORINA (The Naturalist - 自然主義者)
CORINAは、音楽性と聴き疲れのなさを追求する「自然主義者」と位置づけられる。革新的なAMTS(音響メタマテリアル・チューニング・システム)を採用し、一部の静電型ヘッドホンを刺々しく、不自然に感じさせる原因となる高周波のピークや定在波を積極的に制御する 29。その目標は、高解像度でありながらも、どこまでも滑らかで自然、そしてバランスの取れたサウンドである。分析的な聴き方ではなく、長時間のリスニングにおける心地よさと、生命感あふれる音色を最優先するリスナーに応える。
市場の細分化とCRBN2の戦略
これら3つのフラッグシップモデルは、単に競合しているだけではなく、頂上決戦の静電型市場を積極的に「細分化」している。かつて、この市場はSTAXが定義するサウンドプロファイルによって、ある意味で単一の価値観で支配されていた。しかし、AudezeとDan Clark Audioは、STAXを模倣するのではなく、平面駆動型やダイナミック型の世界で形成された異なるリスナーの嗜好に応える製品を投入することで、新たな市場セグメントを創出した。
CRBN2は、Audezeの忠実なファンや、「オーディオファイルでありながらベースヘッド」でもある層を明確にターゲットにしている。CORINAは、高域の刺激に敏感で、豊かで滑らかな体験を求めるリスナーに訴求する。そしてSR-X9000は、絶対的な透明性を何よりも重視する伝統主義者のための王座を守り続けている。この多様化は市場をより健全にし、ユーザーに明確な選択肢を提供する。もはや「唯一最高の静電型ヘッドホン」は存在せず、「あなたにとって最高のヘッドホン」が存在する時代になった。CRBN2の登場は、ハイエンド市場が単一の音響的理想を超えて成熟したことの証左なのである。
7. 結論 & 推奨ユーザー
Audeze CRBN2は、静電型ヘッドホンの歴史において画期的な製品である。医療技術という異色の出自から生まれたカーボンナノチューブ・ドライバーと、低音再生の常識を覆したSLAMテクノロジーという二つの革新を武器に、これまで両立が難しいとされてきた平面駆動型のパワーと静電型の繊細さを見事に融合させた。そのサウンドは、深く、速く、そして広大。音楽の持つエネルギーとディテールを余すところなく引き出し、聴く者を圧倒的な没入感で包み込む。
しかし、その個性は万人向けではない。これは、静電型の伝統にAudeze流の解釈を加えた、極めて意図的なサウンドである。その価値を最大限に引き出すには、相応の投資と理解が必要となる。
おすすめしたい人
- 平面駆動型ユーザー: 現在のヘッドホンに満足しつつ、さらなるスピードと解像度を求めているが、低音のインパクトは失いたくない人。
- モダンジャンルの愛好家: EDM、ロック、ポップス、ヒップホップなどをメインに聴き、従来の静電型ではエネルギーやパワーが不足していると感じていた人。
- Audezeファン: Audeze特有のハウスサウンドを愛し、その究極の表現を体験したい人。
- サウンドステージ重視のリスナー: ホログラフィックで三次元的な音場と、触覚的な高解像度ベースを求める人。
やめた方が良い人
- 静電型純粋主義者: STAXに代表される、伝統的で明るく、軽やかで、究極的にニュートラルなサウンドを好む人。
- 予算重視のユーザー: 本体価格に加えて、高性能な専用アンプへの投資が必要となるため、総コストは極めて高額になる。
- カスタマイズ性を求める人: ケーブルが固定式であるため、リケーブルによる音質変化やメンテナンス性を重視する人。
- 録音の質を問わず楽しみたい人: その卓越した解像度は、録音のアラを mercilessly に暴き出すため、ソースを選ぶ傾向がある。
将来の更新・Mod可能性
ケーブルが固定式であるため、サードパーティ製のアクセサリーによる改造の余地はほとんどない。しかし、Audezeが初代CRBNからCRBN2へのアップグレードプログラムを提供した実績から、将来的にもメーカー主導での機能強化や改良が期待できるかもしれない。現実的なアップグレードパスとしては、より高性能なエナジャイザーへの投資が、CRBN2のポテンシャルをさらに引き出す最も確実な方法となるだろう。
総合評価: ★★★★☆
二つの異なるヘッドホン哲学を融合させることに成功した、画期的な技術的偉業。静電型ヘッドホンにおける低音性能の新たなベンチマークを打ち立て、深く魅力的な音楽体験を提供する。天文学的な価格、固定ケーブルという実用上の制約、そしてその専門的なチューニングが、頂上決戦の市場の隅々までを満足させるものではないという点を考慮し、満点からわずかに引いた評価とした。しかし、その存在がハイエンドオーディオの世界をより面白く、多様なものにしたことは間違いない。
引用文献
1. 【Audeze】CRBN2-ELECTROSTATIC-HP 発売 - リリース | 完実電気株式会社 | KANJITSU DENKI CO.,LTD, https://kanjitsu.com/release/crbn2-electrostatic-hp/
2. 【春のヘッドフォン祭2025リポート07】AUDEZE「CRBN」の後継機「CRBN2」が人気に! クラファンで話題のem「NEXIEM」が試聴可能。「ながら聴き」イヤフォン「HP-H10BT」にも注目が集まる - Stereo Sound ONLINE, https://online.stereosound.co.jp/_ct/17763817
3. Audeze CRBN2 Review - Headfonics, https://headfonics.com/audeze-crbn2-review/
4. Audeze CRBN 2 Electrostatic - HeadAmp, https://www.headamp.com/products/audeze-crbn-2
5. Audeze、100万円超の静電型オーバーイヤーヘッドホン「CRBN2」。低域強化の独自技術搭載, https://www.phileweb.com/sp/news/audio/202504/16/26357.html
6. CRBN2 Electrostatic Headphone - Audeze, https://www.audeze.com/products/crbn2
7. Audeze CRBN Innovative Flagship Electrostatic Headphones, Open-Back, https://www.audeze.com/products/crbn
8. Gramophone Dreams #56: Woo Audio 3ES preamplifier/headphone …, https://www.stereophile.com/content/gramophone-dreams-56-woo-audio-3es-preamplifierheadphone-amplifier-and-audeze-crbn-0
9. Audeze CRBN2 Electrostatic Headphones with “SLAM” Bass Tech | Sound & Vision, https://www.soundandvision.com/content/audeze-crbn2-electrostatic-headphones-slam-bass-tech
10. Press Release for the Audeze and SMRT Image collaboration for CRBN Electrostatic MRI Headphones, https://www.audeze.com/blogs/audeze-journal/press-release-for-the-audeze-and-smrt-image-collaboration-for-crbn-electrostatic-mri-headphones
11. Audeze unveils CRBN electrostatic headphones - What Hi-Fi?, https://www.whathifi.com/news/audeze-announces-crbn-electrostatic-audiophile-headphones-first-developed-for-use-in-hospitals
12. Audeze CRBN2 Review - Headfonia, https://www.headfonia.com/audeze-crbn2-review/
13. CRBN2 ELECTROSTATIC HP - Audeze | 完実電気株式会社 | KANJITSU DENKI CO.,LTD, https://kanjitsu.com/product/crbn2-electrostatic-hp/
14. SoundStageSolo.com - Stax SR-X9000 and SRM-T8000 Headphone System, https://www.soundstagesolo.com/index.php/equipment/headphones/443-stax-sr-x9000-and-srm-t8000-headphone-system
15. The STAX Principles, https://staxheadphones.com/pages/the-star-principles
16. Audeze CRBN2 Electrostatic Headphones – from performance to perfection, https://headphone.guru/audeze-crbn2-electrostatic-headphones-from-performance-to-perfection/
17. Audeze CRBN impressions : r/headphones - Reddit, https://www.reddit.com/r/headphones/comments/1e23g7c/audeze_crbn_impressions/
18. Audeze CRBN2 Electrostatic Headphone, https://www.headphonezone.in/products/audeze-crbn2
19. Audeze CRBN2 Review - Major HiFi, https://majorhifi.com/audeze-crbn2-review/
20. Audeze CRBN2’s in the house : r/headphones - Reddit, https://www.reddit.com/r/headphones/comments/1jxx71b/audeze_crbn2s_in_the_house/
21. CORINA Reference Electrostatic Headphone from the team at Dan Clark Audio, https://headphone.guru/corina-reference-electrostatic-headphone-from-the-team-at-dan-clark-audio/
22. Audeze CRBN2 Electrostatic Headphone Review - Audio46, https://audio46.com/blogs/headphones/audeze-crbn2-electrostatic-headphone-review
23. New Audeze CRBN 2 : r/headphones - Reddit, https://www.reddit.com/r/headphones/comments/1foam3e/new_audeze_crbn_2/
24. Audeze CRBN - Electrostatic Headphone - Official Thread - Page 2, https://forum.headphones.com/t/audeze-crbn-electrostatic-headphone-official-thread/13786?page=2
25. Audeze CRBN2 Review - Headfonia, https://www.headfonia.com/audeze-crbn2-review/2/
26. Quiet Soul - STAX Electrostatic Earspeakers | Soundstage Hi-Fi, https://www.soundstagehifi.co.uk/blog/quiet-soul-stax-electrostatic-earspeakers
27. Best Headphones Series: Stax SR-X9000 electrostatic headphones - The Absolute Sound, https://www.theabsolutesound.com/articles/best-headphones-series-stax-sr-x9000-electrostatic-headphones/
28. Stax SR-X9000 Open Back Headphones - AudioCubes.com, https://audiocubes.com/products/stax-sr-x9000-open-back-headphones
29. Dan Clark Audio CORINA Review - Headfonics, https://headfonics.com/dan-clark-audio-corina-review/
30. CORINA Reference Electrostatic Headphone - Dan Clark Audio, https://danclarkaudio.com/corina.html
31. The Audeze CRBN Headphones, Part Two: The Measurements …, https://positive-feedback.com/audio-discourse/audeze-crbn-headphones-part-two/