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Rockport Technologies Orion レビュー:無共振思想の到達点

Rockport Technologies Orion レビュー:無共振思想の到達点

August 13, 2025
Rockport Technologies
Orion
rockport-orion

序章:音符の間に存在する静寂

音楽とは、単に音の連なりではない。それは音と、音の間に存在する静寂との関係性によって編み上げられる芸術である。クロード・ドビュッシーが看破したように、音楽の真髄はその音符の間にこそ宿る。この哲学的な観点に立つならば、オーディオ再生における究極の目標とは、その「間」を、その静寂を、いかに汚さず、いかに忠実に描き出すかという問いに帰結するのではなかろうか。

この問いに対する一つの極致的な回答を提示するのが、ラウドスピーカーという装置である。その存在自体が矛盾を孕んでいる。物理的な質量と構造を持ちながら、その使命は音響的に「無」になること。音楽信号以外の何ものも付加せず、ただひたすらに空気の振動へと変換する、完璧なトランスデューサーとしての理想を追求する。この過程で最大の敵となるのが、スピーカー自身が発する「声」、すなわちエンクロージャー(筐体)の共振である。

この共振との永続的な闘争において、他の追随を許さない執念で一つの道を突き進んできたブランドがある。米国メイン州に拠点を置くRockport Technologies、そしてその創業者であるAndrew Payor氏である。彼らにとってエンクロージャーは楽器ではなく、音を封じ込めるための、徹底的に不活性な「器」でなければならない。

本稿で取り上げるORIONは、その長きにわたる探求の系譜に連なる最新の成果であり、おそらくはその理想を最も純粋な形で具現化した存在と言っても過言ではない。ORIONを解き明かすことは、単なる製品レビューに留まらない。それは、共振という物理現象を克服し、絶対的な静寂を手に入れようとする、一人のエンジニアの執念と哲学の物語を追体験する旅路に他ならない。

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Rockport Technologies ORION — 理想の具現

Orion(オリオン)は、米国メイン州のスピーカーブランドRockport Technologies(ロックポート)の野心作だ。同社創業者Andy Payor氏の下で3年を費やし開発され、2022年にミュンヘン・ハイエンドで初披露された 1。Rockportの現行フラッグシップ「Lyra」直下に位置づけられるモデルであり、従来ラインナップのギャップを埋める存在として設計された 2。その優美な曲線とは裏腹に、触れる者に圧倒的な密度と存在感を意識させる。それは、内部に秘められた技術的純粋性の物理的な現れである。

  • メーカー: Rockport Technologies 3
  • モデル: ORION
  • 発売時期: 2022年5月発表、同年夏出荷開始 1
  • 価格帯:
    • USD: 133,000/ペア(標準仕上げ)[1,4]。現在のディーラー価格は約148,000/ペア 5

主要スペック

  • 形式: 3ウェイ・3スピーカー、バスレフ型フロアスタンディング型 10
  • ドライバー構成:
    • ウーファー: 13インチ (330 mm) カーボンファイバー・サンドイッチ複合材コーン 12
    • ミッドレンジ: 7インチ (178 mm) カーボンファイバー・サンドイッチ複合材コーン 12
    • トゥイーター: 1.25インチ (31.5 mm) ウェーブガイドマウント・ベリリウムドーム 12
  • 周波数特性: 20 Hz – 25 kHz (-3dB) 12
  • 公称インピーダンス: 4 Ω 12
  • 感度: 90 dB SPL / 2.83V / 1m 12
  • 推奨アンプ出力: 50 W (最低) 12
  • 寸法 (高さ x 幅 x 奥行): 50.3インチ x 14.3インチ x 26.4インチ (1278 mm x 363 mm x 671 mm)。脚部を含む幅は20.3インチ (516 mm) 12
  • 重量: 360 lbs (163 kg) / 1台あたり 12

(出典: Rockport Technologies公式データシート 12, Hi-Fi News Lab Report 13)

批評家たちの合唱 — レビューに見るORIONの姿

ハイエンドオーディオのレビューを読み解く際には、ある種の批評的視点が不可欠である。特に、メーカーからの貸与品やオーディオショーという管理された環境下での評価は、称賛一色に染まりやすい傾向があることは否めない。ここでは、そうした背景を念頭に置きつつ、主要なメディアとユーザーコミュニティからの声を拾い集め、ORIONの多面的な肖像を浮かび上がらせてみたい。

メディア引用抜粋 (和訳+原文)評価点
Hi-Fi News「あらゆるジャンルで音楽を刺激的に鳴らし、大規模で重量感あるドラマから繊細で親密な音風景まで、何の苦もなく表現してみせる。」 “This big-ticket speaker thrills with any genre of music, its sound shifting effortlessly between large-scale, weighty drama and articulate, intimate soundscapes.”★★★★☆
The Absolute Sound「Rockport Orionは私が自宅でレビューしたスピーカーの中で5本の指に入る一台だ。技術的完成度もさることながら、それ以上に音楽への強力な没入体験を提供してくれた。」 “The Rockport Orion is among the five best loudspeakers I’ve had in my home for review… one that I loved for the unfailingly powerful musical connection it delivered.”★★★★★
YouTube / AudioShark Forum「Rockport社がOrionの塗装で酷い仕上がりをやらかしているのを見てしまい、正直このブランドのスピーカー購入が少し心配になった。」 “I watched a video about the terrible paint job that company did on a pair of Orion speakers… I am now a bit wary of purchasing Rockport loudspeakers.”★★☆☆☆
Audiogon Forum「Orionは私の63年のオーディオ人生で聴いた中でも最も生々しいスピーカーだった。まるで本物のミュージシャンがそこで演奏していると錯覚するほどで、即座にペア注文したよ。」 “The Orions are the most lifelike speaker I have ever heard in my 63 years… These speakers fool you into believing that you are at a live event with real musicians. I ordered a pair.”★★★★★

集計:
専門誌/サイトから個人ブログ・SNSまで10件超の評価を調査したところ、その約8割がOrionを絶賛している。とりわけ音質・技術面でのポジティブ評価が突出して多く、否定的意見は「価格の高さ」「筐体の大重量」「一部特注塗装仕上げの品質トラブル」など付帯的な点に留まった 14。肝心のサウンドに関して致命的な欠点を指摘するレビューは皆無であり、「音楽性と分析性の見事な両立」「フルレンジスピーカーの理想形」という評価が概ねのコンセンサスとなっている 10

錬金術師の処方箋 — ORIONの設計思想を分解する

ORIONの真価を理解するためには、その滑らかな外装を剥ぎ取り、内部に隠された工学的哲学を分解する必要がある。その設計は、単なる部品の集合体ではなく、一つの確固たる思想に基づいた、必然性の塊だからだ。

不活性への系譜:Rockportの歴史に刻まれたDNA

Rockport Technologiesの物語は、多くのスピーカーブランドとは異なる地点から始まる。1984年にPayor Acousticsとして設立され 17、1990年にRockportブランドとして初めて世に問うた製品は、スピーカーではなくターンテーブル、Sirius Phonographであった 18

この事実は極めて重要である。Siriusは、コンストレインド・レイヤー・ダンピング(拘束層制振)構造を持つグラナイト(花崗岩)の巨大なプリンスや、空気圧を用いたアクティブ・サスペンション、エアベアリングといった、当時考えうる限りの手段を用いて、外部からの振動を徹底的に遮断し、レコードの溝に刻まれた情報を余すところなく拾い上げることを目指した 18。この「振動を制する」という強迫観念にも似た思想こそが、Rockportの原点であり、その後のすべての製品に受け継がれるDNAなのである。

彼らのスピーカー開発の歴史は、この「ターンテーブルのDNA」をエンクロージャー設計に応用する旅路であった。1993年のProcyonで採用されたグラスファイバー/エポキシ複合材サンドイッチ構造から、2005年のArrakisで頂点を極めたカーボンファイバー複合材キャビネット、そしてフラッグシップ機Lyraで完成したDAMSTIF(Damped Asymmetrically-Stiffened Monocoque In Fiber)構造へと、その進化の軌跡は一貫して「より強固に、より不活性に」という方向を向いている 18

DAMSTIF IIエンクロージャー:絶対性を求める執念

ORIONの心臓部であり、その音質の根幹をなすのが、Lyraの技術を継承し発展させた「DAMSTIF II」エンクロージャーである。これは、従来の木工的なキャビネット製造とは完全に一線を画す、航空宇宙産業にも通じる複合材技術の結晶だ 3

その構造は、驚くほど複雑でありながら、コンセプトは明快である。

  1. 内部骨格: まず、内部の補強リブや、カテナリー曲面を持つミッドレンジ用のサブエンクロージャーまで一体成型された、巨大な鋳造アルミニウム製の内部ハウジングが存在する 3
  2. 外部シェル: 次に、真空含浸プロセスによって成形された航空宇宙グレードのカーボンファイバー製のアウターシェル(メインハウジングとバッフル)が、このアルミニウム骨格を覆う 3
  3. 充填材: そして、これら内外のシェルの間に生まれた空洞に、115ポンド(約52kg)以上もの独自開発された高ヒステリシス・高質量な粘弾性ダンピング材が充填される 3

このプロセスにより、接着剤で固定され一体化した3つの部品は、従来のネジ止めや接合部を一切持たない、極めて剛性が高く、かつ内部損失の大きい、事実上のモノコック構造体となる 3。エンクロージャーにわずかでもたわみが生じると、内部のダンピング材に剪断応力が発生し、振動エネルギーは即座に熱へと変換され消散する。

SoundStage! Ultraが公開した製造工程の写真を見れば、これが家具作りの延長ではなく、いかに高度な金型技術と精密な製造管理を要するものであるかが理解できるだろう 20

目的のために生まれた三位一体:専用設計ドライバー

かつては第三者製のドライバーユニットをカスタムして使用していたRockportだが、近年では完全な自社設計・製造へと移行している 22。ORIONに搭載された3つのドライバーは、このモデルのためにゼロから開発された、まさに三位一体の存在である 1

1.25インチのベリリウムドーム・トゥイーターは、精密に計算されたアルミニウム製ウェーブガイドにマウントされている。これにより、トゥイーターの低域側における音響インピーダンス整合が改善され、感度と指向性が向上。結果として、より低い周波数(約1.8 kHz)でミッドレンジとクロスオーバーさせることが可能となり、両者の繋がりを極めてシームレスなものにしている 3

7インチのミッドレンジと13インチのウーファーには、Rockportの代名詞とも言えるカーボンファイバー・サンドイッチ複合材コーンが採用されている。この素材は、極めて軽量でありながら驚異的な剛性を誇り、大入力時でもコーンが変形することなく、理想的なピストンモーションを維持する。特にミッドレンジの歪み率は-60dBという驚異的な低さを達成しており、これがORIONの持つ透明感とテクスチャー表現の豊かさに直結している 3

見えざる手:クロスオーバーとアンプへの要求

ドライバー間の周波数分割を司るクロスオーバーは、ウーファーとミッドレンジの間が約140 Hz、ミッドレンジとトゥイーターの間が約1.8 kHzに設定されている 11。希望に応じてバイワイヤリング/バイアンプ駆動にも対応する(受注時オプション)23

しかし、この完璧なスピーカーを駆動するためには、乗り越えなければならない大きなハードルが存在する。それは、アンプに対する極めて厳しい要求である。Hi-Fi News誌による詳細なラボ測定は、その事実を白日の下に晒した 13。ORIONのインピーダンスカーブは、公称4Ωでありながら、低域で大きく落ち込む。特に、アンプにとって実質的な負荷となるEPDR(Equivalent Peak Dissipation Resistance)は、20Hzにおいて実に0.8Ωという数値を記録している。

これは単に「低インピーダンス」という言葉で片付けられるレベルではない。正真正銘、現代最高峰のアンプですら選ぶ、極めて駆動の難しい負荷である。この測定データは、なぜ世界中のレビューやオーディオショーで、ORIONが常にGryphon、Boulder、CH Precision、BATといった、大電流供給能力を誇る弩級パワーアンプと組み合わされるのか 10、その技術的根拠を明確に示している。メーカーが提示する「最低50W」というスペック 12 は、この文脈においてはほとんど意味をなさない。重要なのはワット数ではなく、いかなる低インピーダンス負荷に対しても揺らぐことのない、電源の安定性と電流供給能力なのである。

技術的比較:頂上を目指す者たちの哲学

ORIONの立ち位置をより明確にするため、同価格帯に存在する主要なライバルたちと、その技術的アプローチを比較してみよう。

機種 (ペア価格)方式・ドライバー構成周波数特性 (±3dB)感度 (2.83V/1m)公称インピーダンス重量(1台)出典
Rockport Orion ($133k)3ウェイ・3スピーカー 13”ウーファー×1、7”ミッド×1、1.25”ツイーター×120 Hz - 25 kHz90 dB163 kg12
Wilson Audio Alexx V ($157k)4ウェイ・5スピーカー 12.5”/10.5”ウーファー各×1、7”/5.75”ミッド各×1、1”ツイーター×120 Hz- 32 kHz92 dB4Ω (最低2Ω)227 kg25
Magico M6 ($172k)3ウェイ・5スピーカー 10.5”ウーファー×3、6”ミッド×1、1.1”ツイーター×122 Hz- 50 kHz91 dB177 kg28
YG Acoustics Sonja 3.2 ($99k)3ウェイ・4スピーカー 10.25”ウーファー×1、6”ミッド×2、ラティス・ハイブリッドツイーター×1N/A88 dB4Ω (最低2.8Ω)145 kg31

真実の瞬間 — リスニング・インプレッション

あらゆる技術的解説も、最終的にはスピーカーが奏でる音の前では二次的なものとなる。ここでは、複数のレビューから引用した聴感印象を基に、ORIONが描き出す音の世界を旅してみたい。

試聴室からの声

レビュアー / 媒体引用抜粋 (和訳+原文)
Jason Victor Serinus / Stereophile「エラ&サッチモのデュエットは、この上なく暖かく官能的で、リキッドで夢見るよう。まさに酔いしれる音だった。」 “Ella and Satchmo’s Isn’t it a Lovely Day sounded about as warm, luscious, liquid, musical, and dreamy as it gets.”
Robert Harley / The Absolute Sound「Orionは音にハロー(後光)のような空気感を纏わせ、楽器がそこに実体化しているかのように感じさせる。ボーカルはゾクッとするほど生々しく定位し、演奏空間の空気感まで克明だ。」 “Instruments were reproduced with that halo of air around the images that add to the impression of musical realism. Centrally positioned vocals were startling in their presence… with clear, smooth mid-tones.”
Paul Miller / Hi-Fi News「上から下まで一貫して瞬発力に富むトランジェント応答は音楽に躍動感と躍動的な切れ込みを与える。それでいて神経質さは皆無で、実に滑らかに音楽に没入させてくれる。」 “The Orion’s transient performance infuses the music with a startling sense of presence and immediacy, but in a totally natural, relaxed, and unforced way.”
@aldavis / Audiogon Forum「7時間半ぶっ通しで聴いたが全く飽きず、音楽に没頭しっぱなしだった。このスピーカーは凄い。目を閉じれば自宅がコンサートホールと化し、本物のライブに居合わせている錯覚を覚えるほどだ。」 “I listened for 7½ hours… I was there. These are GREAT speakers. They fool you into believing you are at a live event…”

ジャンル別分析:ORIONが描く音楽風景

クラシック / サウンドトラック:
広帯域にフラットなOrionはオーケストラ作品で真価を発揮する。Hans Zimmerの映画音楽『Dune: Part Two』サウンドトラックでは、砂漠を想起させる高音シンセやパーカッションが精緻な解像度で空間に漂い、一方で重低音シンセは地響きのように深々と鳴りながらも他の要素と見事に融け合った 11。Beethoven『第九』終楽章のような大編成でも、Orionはフォルテッシモのスケールを歪ませず等身大で描き、ピアニッシモでは本物のフルオーケストラがただ小音量で演奏しているかのように聞かせる 34
ジャズ / アコースティック:
中域の質感に優れるOrionは、ヴォーカルやアコースティック楽器に濃密な存在感とホログラフィックな定位を与える。Alison Krauss & Robert Plantのデュエット曲では、二人の声が寄り添うように明確に分離して聴こえた 11。The Band『Up On Cripple Creek』では、厚み豊かなベースラインに乗せて、各楽器が奥行き方向に巧みに配置され、立体的なステージングに驚かされた 11。音像の周囲に滲む空気の層までも描き出す表現力は、まさにTASレビューで語られた通りと言える 10
ロック / エレクトロニカ:
持ち前の瞬発力と低域グリップ感は、エネルギッシュなジャンルで際立つ。Bob Seger『Shakedown』では躍動するファンキーなリズムがキレ良く飛び出し 11、Slayerのスラッシュメタル『South Of Heaven』では、ツインギターとベース、ドラムが生み出す狂騒の渦からあらゆる情報が鮮鋭に描き分けられた 11。そのサウンドは「地獄的な音楽が天上のごとく響く」という評者の言葉通りだった 11。重厚なキックドラムの連打でも輪郭がぼやけず個々の打撃が認識できるのは、卓越した低音の速さと解像度ゆえである 11

貸借対照表 — 忖度なき評価

Orionを評価することは、その資産と負債を冷静にリストアップする作業に似ている。それは、絶対的な性能という輝かしい資産と、それを手に入れるために支払うべき無視できない代償とのバランスシートである。

評価軸採点 (5点満点)解説
技術性能★★★★★DAMSTIF IIエンクロージャーは、ほぼ完璧な不活性を実現した工学的傑作である 3。専用設計のドライバー群と、一台ずつ微調整されるクロスオーバーは、現代のダイナミック型スピーカー設計の頂点に立つ 1。測定上も極めてフラットかつ高S/Nな特性を示した 13
音楽的魅力★★★★★解析的ディテールと有機的な躍動感を両立したサウンドは圧巻 10。ジャンルを問わず音楽そのものの情感を引き出す表現力があり、生々しいライブ体験に近い感動を与える 11。「音楽との強力な結びつき」と評された通り、技術性能がリスナーの感動に直結する稀有な製品だ 10
ビルドクオリティ★★★★☆音響工学に基づく重厚な造りは「岩」の如し 11。標準仕様の塗装仕上げは高品位だが、特注塗装品の一部に品質トラブルが報告されており 14、小規模メーカーゆえのQCばらつきには注意が必要かもしれない。総じて堅牢さ・意匠性ともに価格に見合うクオリティと判断する。
価格対価値★★★☆☆$133kという価格は常識的な価値判断を超越している。費用対効果という概念は希薄であり、競合他社と比較してもこのクラスとして特段割高ではないが、絶対的な価格は高い。価値は妥協なきエンジニアリング哲学の結晶という「機能する芸術品」を所有する喜びにこそ見出される。
将来性 / 修理性★★★★☆構造的にユーザーが手を出せる部分は少ないが、故障リスクも低い。Rockportは30年以上の実績があり 19、万一のユニット破損時も自社開発品ゆえ在庫確保されているはずだ。限定オプションでバイワイヤ改造も可能であり 23、長期にわたり最良のパフォーマンスを維持できる素地は十分と言える。

Biasチェック:
本製品の評価はおしなべてポジティブだ。弱点の指摘は稀だが、サイズと重量(1本163kg)は設置のハードルとなり得る 13。またコスト度外視の設計ゆえ、一般的価値観からは逸脱している。そして海外ユーザーが指摘した塗装トラブル 14 はごく一例とはいえ、高額商品ゆえ神経質にならざるを得ない。これら懸念を差し引いても、Orionは「弱点より強みが遥かに勝る」完成度であることは明白だ。

音の星座 — 文脈の中のORION

超ハイエンドスピーカー市場において、Rockport Orionの登場は「筐体技術とドライバー内製による独自路線」というトレンドを象徴している 22。MagicoやYG Acousticsが科学的アプローチで台頭する中、Rockportも異素材ハイブリッド筐体と自社設計ドライバーで他社との差別化を図った。

特筆すべきは、Orionがフラッグシップ直系の技術をダウンサイジングしている点である。OrionはLyraの技術思想を踏襲しつつサイズと価格を抑え、「Lyraの半分以下の重量で性能の90%以上を実現する」ことを目標に開発された 4。Stereophile誌も「トップエンド機より一回り小さいが、同社の“絶対基準”に極限まで迫る内容」と評価している 4。つまりOrionは単なるミドルクラスではなく、“ほぼフラッグシップ”と位置づけられる戦略的モデルなのだ。

競合との比較では、WilsonやMagicoが複数ウーファーでスケールを追求するのに対し、Orionはシンプルな3ユニットで純度を追求する。Andy Payor氏自身、「フルレンジ3ウェイに絞ることで最もピュアな表現を得たかった」と述べている 4。この設計思想が、位相ずれのない俊敏な低音と、中高域とのシームレスなつながりを生んでいる。

マーケットの観点では、OrionはRockportに新たな顧客層をもたらした可能性が高い。2022年の発表以降、注文が相次いだとされ 16、日本でも輸入代理店である太陽インターナショナル株式会社を通じて導入されている 8(追加情報: 2025年現在、国内代理店のRockport取扱は終了している可能性がある)

終楽章 — 結論と推奨

Rockport Technologies ORIONは、ラウドスピーカー工学における一つの記念碑的達成である。それは、エンクロージャーの共振を撲滅するという数十年にわたる探求の物理的な具現化であり、その結果として得られるサウンドは、並外れた透明度、ダイナミックな自由、そしてリアリズムを誇る。

このスピーカーを推奨したい人

  • コストを度外視する純粋主義者: オーケストラやジャズ、生音系の音楽を自宅で極限までリアルに鳴らしたい人。
  • 適切なアンプの所有者: 1Ωを下回るインピーダンスディップにも動じない、真に強力な大電流型パワーアンプを既に所有している人 13
  • 理想的な環境を持つリスナー: 音響的に整備された専用のリスニングルーム(最低でも20畳程度)を持ち、固定されたスイートスポットで音楽に没入する人 4
  • 工学的芸術の理解者: WilsonやMagicoといった従来のハイエンド機から、さらなるピュアネスを求め乗り換えたいユーザー。

このスピーカーを避けるべき人

  • 予算に制約がある人: 「費用対効果」を重んじる考え方自体、本機とは相容れない。
  • 小規模な部屋しか持たない人: 本機の性能を十分に引き出すには、壁から十分な距離を確保できる空間が必要。
  • スピーカーに色付けを求める人: Orionは音楽の魅力を引き出す黒子であり、真空管アンプのようなキャラクターを楽しむタイプの製品ではない。

将来の更新・改造の可能性:
完成度が高く、ユーザーによる改造の余地は少ない。「手を加える余地を残さない完成品」と捉えるべきだろう。
総合評価: ★★★★★ (5 / 5)

技術的にも音響的にも現代ハイエンドスピーカーの到達点を示すリファレンス級の一台である。音楽への没入体験という観点で、これ以上を望むのは贅沢というほかない。世の中には本機を凌ぐスピーカーも存在するが、Orionほどの完成度で技術と音楽性を高バランスで両立した製品は稀有だ。「音楽を純粋に楽しむ」というオーディオ本来の悦びを、テクノロジーの粋によって極限まで増幅してくれる――Orionはまさにそんな芸術と科学の融合体である。


参考文献 / 参照リンク

引用文献

1. ROCKPORT TECHNOLOGIES ORION NORTH AMERICAN DEBUT, 8月 12, 2025にアクセス、 https://www.soundenvironment.com/rockport-technologies-orion-north-american-debut/
2. Rockport Orion | AudioShark Forums - High End Audio, Stereo and Home Theater Systems Discussions, https://www.audioshark.org/threads/rockport-orion.21031/
3. Orion - Rockport Technologies, https://rockporttechnologies.com/orion/
4. Rockport’s Orion and Absolare Make Glorious Music - Stereophile.com, 8月 12, 2025にアクセス、 https://www.stereophile.com/content/rockports-orion-and-absolare-make-glorious-music
5. Rockport Technologies - The Sound Environment, 8月 12, 2025にアクセス、 https://www.soundenvironment.com/rockport-technologies/
6. Rockport Technologies - Reference Analog, 8月 12, 2025にアクセス、 https://www.referenceanalog.com/collections/rockport-technologies
7. Rockport Technologies - Resolution Audio Video, 8月 12, 2025にアクセス、 https://resolutionavnyc.com/collections/rockport-technologies
8. Rockport Technologies、国内輸入復活!!代理店は太陽インターナショナル。3月1日より。, 8月 12, 2025にアクセス、 https://www.avcat.jp/main/avnews/2014/02/18/rockport-technologies%E3%80%81%E5%9B%BD%E5%86%85%E8%BC%B8%E5%85%A5%E5%BE%A9%E6%B4%BB%EF%BC%81%EF%BC%81%E4%BB%A3%E7%90%86%E5%BA%97%E3%81%AF%E5%A4%AA%E9%99%BD%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC/
9. 株式会社太陽インターナショナル, 8月 12, 2025にアクセス、 http://iasj.info/members/taiyo/
10. Rockport Technologies Orion Loudspeaker - Audio Reference, https://www.audioreference.it/docs/rockport/tas-202304-338-rockport-orion.pdf
11. Rockport Technologies Orion loudspeaker | Hi-Fi News, https://www.hifinews.com/content/rockport-technologies-orion-loudspeaker
12. Download Orion Datasheet PDF - Rockport Technologies, 8月 12, 2025にアクセス、 https://rockporttechnologies.com/wp-content/uploads/2022/06/Orion-RockportTechnologies-datasheet.pdf
13. Rockport Technologies Orion loudspeaker Lab Report | Hi-Fi News, https://www.hifinews.com/content/rockport-technologies-orion-loudspeaker-lab-report
14. To the Woodshed by Jay of Jay’s Audio Lab | AudioShark Forums, https://www.audioshark.org/threads/to-the-woodshed-by-jay-of-jays-audio-lab.21837/
15. Which Speaker Had a Problem??? - Magico M3 vs Rockport Cygnus - feat. MBL, REL, and Ayon - YouTube, https://www.youtube.com/watch?v=Xb1g6jOyn2s
16. Rockport Orion | AudioShark Forums - High End Audio, Stereo and Home Theater Systems Discussions, https://www.audioshark.org/threads/rockport-orion.21167/
17. hifibuys.com, 8月 12, 2025にアクセス、 https://hifibuys.com/the-best-not-the-biggest-rockport-technologies-speakers/#:~:text=Rockport%20Technologies%20is%20based%20in,with%20a%20satellite%20loudspeaker%20system.
18. Rockport Technologies Orion loudspeaker Origin story - Hi-Fi News, 8月 12, 2025にアクセス、 https://www.hifinews.com/content/rockport-technologies-orion-loudspeaker-origin-story
19. History - Rockport Technologies, 8月 12, 2025にアクセス、 https://rockporttechnologies.com/history/
20. My Favorite New Ultra Product from Munich’s High End 2022: Rockport’s Orion Loudspeaker, 8月 12, 2025にアクセス、 https://www.soundstageultra.com/index.php/features-menu/opinion-menu/1119-my-favorite-new-ultra-product-from-munich-s-high-end-2022-rockports-orion-loudspeaker
21. Rockport Technologies Introduces ORION Loudspeaker - YouTube, 8月 12, 2025にアクセス、 https://www.youtube.com/watch?v=3ba6Wu9Xwm0
22. When the Stars Align: Rockport Technologies Atria Loudspeakers - SoundStage! Ultra, 8月 12, 2025にアクセス、 https://www.soundstageultra.com/index.php/component/content/article?id=434:when-the-stars-align-rockport-technologies-atria-loudspeakers
23. Rockport Technologies Orion, 8月 12, 2025にアクセス、 https://rockporttechnologies.com/wp-content/uploads/2025/04/HFN-Rockport-Technologies-ORION.pdf
24. Rockport + Gryphon = Jaw Dropping : r/audiophile - Reddit, https://www.reddit.com/r/audiophile/comments/1369pzl/rockport_gryphon_jaw_dropping/
25. Wilson Audio Alexx V Floorstanding Loudspeakers, 8月 12, 2025にアクセス、 https://www.musicloversaudio.com/product-page/wilson-audio-alexx-v-floorstanding-loudspeakers
26. Alexx V Technical Specifications - Wilson Audio, 8月 12, 2025にアクセス、 https://www.wilsonaudio.com/products/alexx/alexx-v/specs
27. Wilson Audio Alexx V Loudspeaker | Paragon SNS, 8月 12, 2025にアクセス、 https://www.paragonsns.com/products/wilson-audio-alexx-v-floorstanding-loudspeaker
28. Magico M6 Reference Level Loudspeakers - Galen Carol Audio, 8月 12, 2025にアクセス、 https://www.gcaudio.com/products/magico-m6-reference-level-loudspeakers
29. Magico M6 - devAAudio, 8月 12, 2025にアクセス、 https://www.devaaudio.com/product-page/magico-m6
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32. YG Acoustics Sonja 3.2 Loudspeakers [Demo] - Alma Music and Audio, 8月 12, 2025にアクセス、 https://almaaudio.com/products/yg-acoustics-sonja-3-2-loudspeakers-demo
33. YG Acoustics Sonja 2.2 loudspeakers - Criterion Audio, 8月 12, 2025にアクセス、 https://criterionaudio.com/product/yg-acoustics-sonja-2-2/
34. Rockport Technologies Antares loudspeaker Page 3 | Stereophile.com, 8月 12, 2025にアクセス、 https://www.stereophile.com/content/rockport-technologies-antares-loudspeaker-page-3