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Focal Grande Utopia EM Evo レビュー:音響の巨神、その心臓部に迫る

オーディオの頂、それはエベレストのようなものだ。多くの者がその存在を知り、憧れ、しかし実際にその頂に触れることができる者はごく僅か。今回我々が対峙するのは、まさにそんな音響世界の最高峰の一つ、Focal Grande Utopia EM Evoである。だが、ただ「すごい音だった」で終わるレビューに価値はない。この記事の目的は、その山がどうやってできたのか、その地質学的構造、つまり技術的背景を解き明かし、なぜそのような音を奏でるのかを徹底的に分析することにある。さあ、一緒にこの音響の巨神の心臓部へと迫ってみよう。

Focal Grande Utopia EM Evo — Overview

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Focal Grande Utopia EM Evoは、単なるスピーカーではない。それはフランスの音響技術の粋を集めた「技術的記念碑」であり、Focalというブランドの哲学そのものを体現した存在だ 1。高さ2メートル、重量265 kgという威容は、見る者を圧倒するオーラを放つ。これは音楽を再生するための装置であると同時に、空間そのものを支配するアートオブジェともいえるだろう。

  • メーカー: Focal-JMlab
  • 型番: Grande Utopia EM Evo
  • 発売日: 2018年11月下旬(日本国内) 4
  • 価格帯:
    • USD: $149,999〜(1本あたり)、ペアで約 $300,000 6
    • JPY: ¥27,000,000(ペア、税別、2018年発売時) / 現行価格例 ¥33,000,000(ペア、税込) 5。国内代理店はラックスマン株式会社 9
  • 主要スペック:
    • 形式: 4ウェイ・バスレフ型フロアスタンディングスピーカー 1
    • 周波数特性: 18 Hz - 40 kHz 1
    • 低域再生能力: 14 Hz 1
    • 感度: 94 dB 1
    • 公称インピーダンス: 8 Ω 1
    • 最小インピーダンス: 3 Ω 1
    • クロスオーバー周波数: 80 Hz / 220 Hz / 2,300 Hz 10
    • 推奨アンプ出力: 150 - 1,500 W 10
    • 寸法 (高さx幅x奥行): 2,012 x 654 x 880 mm 1
    • 重量: 265 kg(1本あたり) 1
    • 出典: Focal Official Product Page, Official Manual

1. 世界からの喝采と懐疑:レビュー群の交差点

このクラスの製品が一般的なオーディオ雑誌の比較試聴に並ぶことは稀だ。その評価は、主にオーディオショウでのデモンストレーションや、限られた専門家、そして幸運なオーナーたちの声によって形成される。ここでは、世界中から集めたレビューを吟味し、その評価の交差点を探ってみよう。

メディア引用抜粋 (和訳+原文)評価点
Hi-Fi News「低音の説得力とコントロール維持の間での綱渡りだった。」“it remained a juggling act between getting convincing bass and still maintaining control.”★★★★☆
Audiophilia (旧EMモデル)「ベンチマークとなるスピーカーだ…上流コンポーネントの弱点を冷酷なまでに暴き出す。」“Yes, a benchmark speaker… the speakers reveal ruthlessly. Any weakness in the chain will stare at you like a deer in your headlights.”★★★★★
Next Level Hi-Fi (YouTube)「過去のFocalは痩せて少しブライトな評価だったが、Utopia Evoは遥かにバランスが取れリニアになった。」“in the past Foccal’s had the reputation of being on the lean side a little bit bright uh but with Foccal Utopia Evos. in our opinion they have become much more balanced and linear” (02:08-02:22)★★★★☆
Reddit ユーザー “parsifalcor”「これは私が聴いた中で断トツに最高だ…録音が良ければ壮麗だが、欠点は拡大する。」“they are the best I’ve ever heard by a long, long shot… They really magnify flaws/deficiencies in recordings; but when recordings are well-produced, they are magnificent.”★★★★★
Audio Science Review Forum「Focalの製品はクラスの割に歪みが比較的高く、指向性のミスマッチがひどく、部屋では地獄のようにブライトに聴こえることが多い。」“Focal stuff hasn’t particularly impressed me in a long time. Relatively high distortion for their class and usually pretty epically bad directivity mismatches that sound bright as hell in room”★★☆☆☆

Bias Check:

  • Hi-Fi News: 英国の権威ある専門誌。メーカー貸与品でのレビューだが、測定データに基づいた客観的評価と批判的視点を併せ持つため信頼性は高い。EMウーファーの調整の難しさに言及している点は重要だ 11
  • Audiophilia: 専門家によるレビューだが、対象はEvo以前のEMモデル。しかし「冷酷なまでにソースを暴く」という本質的な性格はEvoにも通じるため、参考価値は非常に高い 12
  • Next Level Hi-Fi: 販売店によるプロモーション動画であり、当然ポジティブバイアスは強い。しかし、Focalのハウスサウンドの変遷(ブライト→バランス志向へ)に関する言及は、市場の認識を捉える上で興味深い 7
  • Reddit: オーナー(またはその友人)による投稿。所有者バイアスは考慮すべきだが、WilsonやRockportといった具体的な競合機との比較試聴の上で選んだという点は貴重な証言だ 13
  • Audio Science Review: 測定至上主義のコミュニティからの意見。この特定のモデルに対する測定データに基づいたものではなく、Focalブランド全体への批判である点に注意が必要。しかし、ハイエンドオーディオ界における客観主義的な視点を示す反証として、無視できない存在だ 14

集計:
レビューの大勢(約80%)は、その圧倒的なダイナミクス、解像度、そして音楽のスケール感を絶賛している。まさに「ベンチマーク」「終着点」と見なされていることは間違いない。一方で、少数ながらも存在する批判的な意見(約20%)は、3つのポイントに集約される。第一に、ソースや上流機器の粗を容赦なく暴き出す「非寛容さ」。第二に、その性能を100%引き出すには専門的なセッティングと調整が不可欠であるという「複雑さ」。そして第三に、測定値を重視する層からの、Focalの設計思想そのものに対する根源的な懐疑論である。

2. 巨神の解剖学:Focalの技術的到達点

このスピーカーがなぜこれほどの評価と価格を得るに至ったのか。その答えは、Focalが40年以上にわたって積み重ねてきた技術の歴史そのものにある。

Focalの軌跡:ユートピアへの道

物語は1979年、フランスのサン=テティエンヌでジャック・マユールがFocalを設立したことから始まる 15。当初からドライバーユニットの自社開発にこだわり、1981年には今やブランドの象徴である「インバーテッド・ドーム・ツイーター」を開発 2。その後もPolyglassやPolykevlarといった革新的な振動板素材を次々と世に送り出した。

転機が訪れたのは1995年。初代「Grande Utopia」の登場である。ここで初めて採用された「‘W’サンドイッチコーン」は、軽さ・剛性・ダンピングという振動板に求められる3つの要素をかつてないレベルで両立させ、Focalの名をハイエンド市場の頂点に刻み込んだ 16。2002年には、さらに高みを目指して「ベリリウム・ツイーター」を開発・導入。そして2008年、Utopia III世代で心臓部である「EM(エレクトロマグネット)ウーファー」を搭載し、現在のGrande Utopiaの原型が完成する 5

今回レビューする「Evo」モデルは、その10年後、2018年に発表された第4世代機だ。Utopia IIIの基本設計を継承しつつ、TMDサスペンションやNICといった最新技術を惜しみなく投入し、完成度を極限まで高めている 5

心臓部に宿るテクノロジー

Focal Grande Utopia EM Evoのドライバー構成:上から27cm低中域ウーファー、2つの16.5cmミッドレンジ、IAL2ベリリウムツイーター、40cm EMウーファー

Grande Utopia EM Evoは、まさにFocalの技術のショーケースだ。そのサウンドを形作る主要なテクノロジーを解剖しよう。

  • EMウーファー (Electro-Magnetic Woofer): 通常のスピーカーが永久磁石を使うのに対し、これは電磁石(励磁型)を用いる。外部電源から供給される電力で強力かつ「可変」の磁場を生成し、ウーファーを駆動するのだ。これにより、従来の磁気回路を遥かに凌駕する駆動力(BL値は前モデル比で83%向上)を実現 1。さらに、付属の専用電源ユニットで磁力の強さを6段階に調整可能。これは単なる音量調整ではなく、低域の制動(ダンピング)特性を変化させ、部屋の音響特性に合わせた緻密なチューニングを可能にする 11
  • ‘W’ サンドイッチコーン: グラスファイバーのシートで構造発泡フォームを挟み込んだ、Focal独自のサンドイッチ構造振動板。軽くて硬い(剛性)だけでなく、内部損失(ダンピング)にも優れるという、相反する要素を高次元でバランスさせている 19。これにより、分割振動を抑え、極めて歪みが少なく透明感の高い中低域再生を実現する。
  • IAL2 ベリリウム (Be) ツイーター: 軽量でありながらダイヤモンドに次ぐ剛性を持つ金属、ベリリウムを逆ドーム形状に成形したツイーター。これにより、人間の可聴域を遥かに超える40 kHzまで歪みなく再生し、音楽の微細なニュアンスや空気感を余すところなく描き出す 19。IAL2 (Infinite Acoustic Loading) とは、ツイーターの背圧を吸収するための音響負荷技術で、歪みを低減し応答性を高める効果がある 4
  • TMD サスペンション (Tuned Mass Damper): 中域を受け持つミッドレンジユニットのエッジ(サラウンド)部分に設けられた2つの円環状の重り。これがマスダンパーとして機能し、1 kHzから4 kHzにかけて発生しやすいエッジの不要な共振を抑制する。これによりコーンのピストンモーションがより正確になり、中域の歪みが劇的に低減され、驚異的なニュートラリティがもたらされる 20
  • NIC (Neutral Inductance Circuit): ボイスコイルが動くことで磁気回路内に発生する磁界の乱れやインダクタンスの変動は、歪みの原因となる。NICは、この変動をキャンセルするように精密に設計されたファラデーリングであり、磁気回路を常に安定させる。結果として、音の解像度が向上し、より高精細なサウンドが実現する 6
  • Focus Time と多関節キャビネット: Grande Utopiaの象徴的なデザイン。ツイーター、ミッドレンジ、ウーファーといった各ユニットが、それぞれ独立したキャビネット(Gamma Structure)に収められている 1。そして、背面のハンドルを回すことで、この各モジュールが背骨のようにしなり、角度を変える。これにより、リスニングポイントに合わせて各ユニットの音の到達時間を物理的に揃える「タイムアライメント」調整が可能になる。その組み合わせは実に1,458通りにも及ぶという 6

頂上決戦スペック比較

この巨神がどのような立ち位置にいるのか、同価格帯のライバルたちと比較してみよう。各社の設計思想の違いがスペックに如実に表れているのがわかるはずだ。

特徴Focal Grande Utopia EM EvoWilson Audio Chronosonic XVXMagico M6Bowers & Wilkins Nautilus
形式4ウェイ バスレフ 14ウェイ ポート 223ウェイ 密閉 234ウェイ チューブロード/アクティブ 24
ドライバー素材Wコーン / ベリリウム 1ペーパーパルプ / シルクドーム 22ナノグラフェン / ダイヤモンドコートBe 25アルミニウム 24
周波数特性18 Hz - 40 kHz 120 Hz - 30 kHz 2222 Hz - 50 kHz10 Hz - 25 kHz (-6dB) 24
感度94 dB 192 dB 2291 dB 25N/A (アクティブ)
最小インピーダンス3.0 Ω 11.6 Ω 224.0 Ω (公称) 25N/A (アクティブ)
重量 (1本)265 kg 1311 kg 26177 kg 2786.5 kg 24
価格 (ペア/USD)~$300,000 7~$329,000+ 28~$185,000 29~$110,000 30

3. 測定データが語る客観的真実:Hi-Fi Newsによる解剖

このクラスの製品が独立した第三者によって測定される機会は極めて稀だが、幸運にも我々は英国の権威ある専門誌 Hi-Fi News によるラボレポートを入手することができた。これは、主観的な評価の裏付けとなる、極めて貴重な客観的データである 36

インピーダンスと感度:アンプに牙を剥く巨神

まず驚くべきは、その電気的特性だ。Focalが公称する感度94dBに対し、Hi-Fi News の実測値(ピンクノイズ)は91.0dBであった 。これは依然として高感度な部類に入るが、公称値との乖離は無視できない。そして、この感度は大きな代償の上に成り立っている。公称8Ω/最小3Ωというスペックとは裏腹に、実測でのインピーダンスは107Hzで1.9Ωという極めて低い値まで落ち込むのだ 。

さらに深刻なのは、アンプが実際に感じる負荷を示すEPDR(実効電力除去抵抗)である。これは187Hzで最小1.1Ωという、現代のスピーカーの中でも屈指の低さだ 。これは、レビューで繰り返し指摘される「上流機器を選ぶ」という評価を冷徹なデータで裏付けるものだ。この巨神を飼いならすには、低インピーダンス負荷に対して微動だにしない、まさに怪物級の駆動力を持つパワーアンプが不可欠となる。

引用: 36

周波数特性:フラット基調に潜む個性

ツイーター軸上2mで測定された前方周波数応答は、全体的な傾向としてはフラットだが、「少し不均一」と評されている 36。特に、低域から高域にかけての不規則性と20kHzに向かっての上昇により、応答エラーは±4.3dB/±3.9dBと、このクラスのスピーカーとしてはやや大きめだ 36。これは、Focalサウンドの持ち味である「ディテールの明瞭さ」に繋がる一方で、一部の批評家が指摘する「ブライトさ」の原因ともなりうる特性の片鱗を示唆している 14。左右のペアマッチングは±1.3dBと、まずまずの結果だ 36。また、回折補正された近接場測定による低域拡張は**39Hz(-6dB)**と測定されており、その巨大な筐体と40cmウーファーから想像されるほどの超低域再生は、EMウーファーの調整と部屋の音響特性に大きく依存することを示している 36

過渡応答と歪率:速さと共振の狭間で

CSD(累積スペクトル減衰)ウォーターフォールプロットは、スピーカーの「キレ」や不要な響きを示す。Hi-Fi News のレポートによれば、このプロットは「低域の高音域の共振で乱雑になっている」とされ、特に3kHz以上にミッドレンジドライバー由来と推測される複数のモード(共振)が観測されている 36。これは、周波数特性で見られた不規則性と関連している可能性が高く、このスピーカーのサウンドキャラクターを形成する一因となっているだろう。歪率(THD)は90dB SPLという大音量下で測定され、100Hzで0.2%、10kHzで0.1%と非常に低いが、1kHzでは0.6%とやや高めの値を示している 36

4. リスニングルームにて:魂を揺さぶる音のタペストリー

技術とデータを紐解いたところで、いよいよその音を聴いていこう。ここでは、複数のレビューから引用した聴感印象を基に、そのサウンドを再構成してみたい。

レビュアー / 媒体引用抜粋 (和訳+原文)
Anthony Kershaw / Audiophilia「そのイメージングは私が経験した中で断トツに最高だった…オーケストラの音の広がりは信じられないほどだった。」“The imaging was by far the best I’ve experienced… The orchestra’s width of sound was incredible.”
Andre Jennings / The Absolute Sound (Stella Utopia EM Evo)「静電型スピーカーを彷彿とさせる、驚異的な透明感…タイトでコントロールされ、リアルな低音性能。」“uncanny amount of transparency reminiscent of electrostatic loudspeakers… bass performance that is tight, controlled, and realistic sounding.”
Hi-Fi News「説得力のある低音と、コントロールを維持することの間で、綱渡りのような調整が必要だった。」“it remained a juggling act between getting convincing bass and still maintaining control.”
Reddit ユーザー “parsifalcor”「録音の欠陥や不備を本当に拡大してしまう。しかし、録音が良ければ、それは壮麗だ。」“They really magnify flaws/deficiencies in recordings; but when recordings are well-produced, they are magnificent.”

ジャンル別インプレッション

  • クラシック: まるでコンサートホールの最前列にワープしたかのようだ。ティンパニの強打は腹の底を揺さぶる物理的な衝撃として伝わるが、その音は決して膨らまず、一瞬で消え去る。EMウーファーの圧倒的な制動力がなせる技だ。弦楽器の倍音はベリリウムツイーターによって繊細に、しかしエネルギーを失うことなく空間の隅々まで満たしていく。Anthony Kershaw氏が述べたように、オーケストラが目の前に広がるsoundstageの広大さと、各楽器の位置が手に取るようにわかる定位の正確さは、まさに圧巻の一言に尽きる 12
  • ジャズ: ここで光るのは、静電型に匹敵すると評された透明感と、驚異的なスピードだ 31。スネアドラムのアタック、サックスのリードの微かな震え、ウッドベースの弦が指板に触れる音。TMDサスペンションと’W’コーンが、そうしたmicro-dynamicsを一切の曖昧さなく描き出す。スピーカーの存在は完全に消え、まるで小さなジャズクラブでミュージシャンたちが目の前で演奏しているかのような、生々しいリアリティに包まれる。
  • EDM / ロック: 多くの大型スピーカーが苦手とする、スピードと重量感の両立。Grande Utopiaは、この難題に対する一つの答えを示す。EMウーファーの設定を追い込めば、シンセベースの超低域は部屋の空気を揺るがすほどの量感を伴いながらも、その輪郭は驚くほどシャープで、ビートの1つ1つが正確に打ち分けられる。まさに、Hi-Fi News のレビュアーが格闘した「綱渡り」の先にある快感だ 11。ただし、録音の質が悪いと、コンプレッションで潰れたサウンドの粗が全て露呈し、聴くに堪えないものになるだろう。
  • ボーカル: 最も鳥肌が立つのがボーカルかもしれない。TMDとNICによって磨き上げられた中域は、まさにアーティストの感情を明らかにするための窓だ 21。息遣い、声の掠れ、感情の機微。その全てがフィルターを通さず、ダイレクトに心に突き刺さる。これは、ただ綺麗な音なのではない。アーティストの魂そのものに触れるような、官能的な体験だ。

5. 価値の天秤:多角的評価

絶対的な価格が意味をなさないこの世界で、Grande Utopia EM Evoの価値はどこにあるのか。多角的な視点から評価を下してみよう。

評価軸採点 (5点満点)解説
技術性能5.0EMウーファー、ベリリウム、‘W’コーン、TMD、NICといったFocalが誇る独自技術の集大成。Focus Timeによる物理的なタイムアライメント調整など、ユーザーに与えられた調整機能の幅と深さは他の追随を許さない、まさに最先端の技術的達成点である。
音楽的魅力4.5最高の録音とシステムで聴く音楽体験は、筆舌に尽くしがたい感動をもたらす。スケール、ダイナミクス、ディテール、その全てが最高レベル。ただし、ソースの質を冷徹に選ぶ「非寛容さ」が、あらゆる音楽を気軽に楽しむという観点からは僅かなマイナスとなる。
ビルドクオリティ5.0設計から製造まで全てフランス国内で行われる 32。自動車産業にインスパイアされたという塗装の質、堅牢なキャビネット構造(Gamma Structure、MRRリング)、細部に至るまでの仕上げは、工芸品の域に達している 1
価格対価値3.5絶対的な価格は天文学的だ。しかし、Wilson Audio Chronosonic XVXといった直接の競合製品と比較すれば、突出して高価というわけではない。この製品の価値は、単なる再生装置ではなく、オーナー自身が音を創り上げる「楽器」としての側面にある。その唯一無二の対話性に価値を見出せるかどうかが、評価の分かれ目となる。
将来性 / 修理性4.0パッシブスピーカーのフラッグシップであり、その基本性能が陳腐化することは考えにくい。モジュール構造は修理の際に有利に働く可能性がある。ただし、全てのパーツが独自開発品であるため、修理はメーカーの専門サービスが必須となり、その複雑さから満点とはしなかった。

6. 神々の闘い:ハイエンド市場における存在意義

Grande Utopia EM Evoの真の価値を理解するためには、他の頂点に君臨するスピーカーたちとの思想的な違いを明確にする必要がある。ハイエンドの頂点では、各社が異なる哲学で「完璧な音」を追求しているのだ。

  • Focal: 対話する楽器 (The Interactive Instrument)
    Grande Utopiaの最大の特長は、ユーザーに与えられた膨大な調整機能にある。物理的な角度調整であるFocus Time 6、電気的に低域の制動を変えるEMウーファー 1。これらは、Focalが「唯一絶対の正しい音」を押し付けるのではなく、オーナーが自身の部屋と感性に合わせて「完璧な音を創り上げる」ためのツールを提供していることを意味する。スピーカーとオーナーとの対話、それがFocalの哲学だ。
  • Wilson Audio: 絶対時間の探求 (The Pursuit of Absolute Time)
    Wilson AudioのChronosonic XVXは、時間領域の完璧な再現に執念を燃やす。マイクロ秒単位での調整を可能にする複雑なガンツリー構造は、ディーラーがリスニングポイントに合わせて完璧なタイムアライメントを実現するためにある 26。そこでは、客観的かつ測定可能な完全性が追求される。オーナーはその完璧な音の受益者であり、共同制作者ではない。
  • Magico: 静寂の信仰 (The Religion of Inertia)
    Magico M6の哲学は「引き算」である。カーボンファイバーのモノコック構造や密閉型エンクロージャーの採用は、キャビネットの存在を音響的に完全に消し去り、ドライバーユニットの音だけを聴かせるための徹底したアプローチだ 23。エンクロージャーという汚染源を排除することによる、究極の純粋性を目指している。
  • Bowers & Wilkins: 音響学の原論 (The Foundational Research)
    B&W Nautilusは、もはや製品というより「生きた研究論文」だ。ドライバーの背圧をいかにして消滅させるか、という一つの音響原理を、機能が形を決定するという思想(フォーム・フォローズ・ファンクション)で具現化したもの 30。アクティブクロスオーバーが必須である点も、これが純粋なエンジニアリング・ステートメントであることを物語っている。

この比較から浮かび上がるGrande Utopia EM Evoの存在意義(レゾンデートル)は、究極の「調整可能な」フラッグシップという、他に類を見ないポジションにある。それは、システムの最終的な音作りに積極的に関わりたいと願うオーディオファイルにとって、最も「パーソナルな」関係を築ける頂点なのである。

6.1 音質的対決:長所と短所の交差点

思想の違いを理解した上で、実際の音質における長所と短所をより具体的に比較してみよう。

  • 対 Wilson Audio (Chronosonic XVX): 「生の感興」 vs 「完成された写実主義」
    • 長所 (Focal): Grande Utopiaは、音楽の持つエネルギーとダイナミクスを一切のフィルターなく解放する「生の感興」に満ちている。特にベリリウムツイーターがもたらす高域の伸びやかさと、TMDサスペンションによる中域の驚異的な解像度は、演奏の微細なニュアンスを克明に描き出す。EMウーファーによる調整可能な低域は、タイトでハイスピードな表現から、部屋を揺るがすようなスケール感まで、ユーザーが能動的に音を創り上げる悦びを提供する。ロックやEDMのようなジャンルでは、この「興奮」や「生々しさ」がWilsonを凌駕する可能性がある。
    • 譲る点 (Focal): その解像度の高さは諸刃の剣であり、録音の粗や上流機器の欠点を容赦なく暴き出す。対照的に、Wilson XVXはより「音楽的」なアプローチをとり、録音が完璧でなくとも音楽の全体像を魅力的に再構築する懐の深さを持つと評される。XVXのシルクドームツイーターは、Focalのベリリウムのような突き抜けるほどの解像度よりも、自然で耳馴染みの良い高域を重視しており、長時間のリスニングでの疲労感は少ないかもしれない。
  • 対 Magico (M6): 「情熱の表現者」 vs 「静寂の求道者」
    • 長所 (Focal): Focalサウンドの神髄は、その「情熱的」とも言える音楽表現にある。音の立ち上がりが速く、ダイナミックレンジが広大で、聴き手を音楽の中心に引き込む力強さを持つ。これは、音楽を分析的に聴くのではなく、感情的に体験したいリスナーにとって大きな魅力となる。一部のレビュアーは、Magicoを極めて正確だが時に冷静すぎると評するのに対し、Focalはより「音楽に巻き込む」力があると指摘する。
    • 譲る点 (Focal): Magico M6の最大の武器は、カーボンファイバー製モノコック筐体が生み出す「完全なる静寂」である。エンクロージャーの存在をほぼ完全に消し去ることで、M6は歪みや共振から解放された、驚異的に透明でノイズフロアの低いサウンドステージを現出させる。レビュアーはこれを「モニター的」あるいは「病的なまでに歪みを嫌う」と表現する。Focalも堅牢なキャビネットを持つが、測定上は僅かな共振が観測されており、この「無音の背景から音が浮かび上がる」感覚においては、密閉型で究極の筐体を持つMagicoに一歩譲る可能性がある。
  • 対 B&W (Nautilus): 「現代技術の統合体」 vs 「音響原理の記念碑」
    • 長所 (Focal): Grande Utopiaは、現代スピーカー技術の集大成である。EMウーファー、TMD、NICといった最新技術を統合し、それらをユーザーが調整できる柔軟性まで備えている。これにより、あらゆる部屋、あらゆるシステム、あらゆる好みに対応できるポテンシャルを持つ。4ウェイ・バスレフという構成も、広帯域にわたって強大なエネルギーを放出する上で有利だ。
    • 譲る点 (Focal): Nautilusは比較対象として特殊な存在だ。その価値は、現代的な意味での総合性能よりも、「ドライバーの背圧をいかに消すか」という単一の音響原理を追求し、機能が形状を決定した「生きた研究論文」である点にある。アクティブ駆動が必須であり、そのサウンドはアンプの選択と設定に大きく依存する。一部のリスナーはNautilusの中域を「史上最高」と評するが、設計が30年前であるため、特に高域や低域の絶対性能では、最新の素材と技術を投入したGrande Utopiaに及ばない部分があると指摘されている。比較するならば、それは最新のF1マシンと、伝説的なコンセプトカーを比べるようなものかもしれない。

7. 最終審判と、選ばれし者へ

長きにわたる分析の旅も、いよいよ終わりだ。

このスピーカーの本質は、圧倒的な技術力で音楽のすべてを解き放ち、その最終的な味付けを使い手に委ねる、究極の「対話型」リファレンスである。
これは、音を自らの手で完璧に追い込みたい探求家を至福へと導く音響彫刻であり、ただ最高の音を求める者には挑戦状を叩きつける存在だ。
最後に一言で言うならば、それはまるで、F1マシンのセッティングを任されたトップエンジニアの悦びだ。

推奨ユーザー

  • おすすめしたい人:
    • 部屋や好みに合わせて音を徹底的に追い込むことを至上の喜びとする、積極的なオーディオファイル。
    • アンプやケーブル選びに一切の妥協をしない、システム全体で頂点を目指す覚悟のある者。
    • 音楽の持つダイナミクス、スケール、ディテールを何よりも重視するリスナー。
  • やめた方が良い人:
    • 「繋げば最高の音が出る」というプラグ&プレイ体験を求める人。
    • 小〜中規模のリスニングルームしか用意できない人。
    • 録音の悪い音源を主に聴く人。

将来性 / 更新の可能性

パッシブスピーカーとして、その物理的な作り込みと音響設計の価値は時代を超越する。陳腐化とは無縁であり、生涯の伴侶となりうるだろう。将来的な更新は、主に組み合わせるアンプやソース機器の進化によってもたらされる。このスピーカーのポテンシャルはあまりにも深く、システム側の進化を何世代にもわたって受け止め続けるはずだ。

総合評価(★★★★★)

引用文献

  1. Grande Utopia Em Evo - 4-way floorstanding speaker - Focal, https://www.focal.com/products/grande-utopia-em-evo
  2. Focal-JMLab - Wikipedia, https://en.wikipedia.org/wiki/Focal-JMLab
  3. GDE UTOPIA EM EVO BRITISH GREEN 115V, US - Focal Naim America, https://focalnaimamerica.com/product/view/4331
  4. FOCAL、「他の追従を許さない」高さ約2m、2,700万円の最上位スピーカー - AV Watch, https://av.watch.impress.co.jp/docs/news/1149110.html
  5. FOCAL、高さ2m超・ペア2700万円のフラグシップスピーカー「Grande Utopia EM Evo」, https://www.phileweb.com/sp/news/audio/201810/26/20291.html
  6. Focal Grande Utopia EM EVO Loudspeakers (each) - Upscale Audio, https://upscaleaudio.com/products/focal-grand-utopia-em-evo-loudspeakers-each
  7. The $300K Focal Grande Utopia EM Evo — Worth Every Penny??? - YouTube, https://www.youtube.com/watch?v=I7cNOuF0LEs
  8. FOCAL : Grande Utopia EM Evo - 新品 - オーディオユニオン, https://www.audiounion.jp/ct/detail/new/164018/
  9. FOCAL製品の保証について|新製品リリース|ラックスマン株式会社, https://www.luxman.co.jp/focalspeakers/warranty/
  10. GRANDE UTOPIA® EM EVO - Focal, https://media.focal-naim.com/dam/grande-utopia-em-evo/notice_grandeutopiaemevo_web.pdf
  11. Focal Grande Utopia EM Evo loudspeaker - Hi-Fi News, https://www.hifinews.com/content/focal-grande-utopia-em-evo-loudspeaker
  12. The Focal—JM Lab Utopia III ‘Grande Utopia EM’ Loudspeaker - Audiophilia, https://www.audiophilia.com/reviews/2016/3/17/the-focal-jm-lab-utopia-iii-grande-utopia-em-loudspeaker
  13. Focal grand utopia EM with Allnic tubes : r/audiophile - Reddit, https://www.reddit.com/r/audiophile/comments/7a1au5/focal_grand_utopia_em_with_allnic_tubes/
  14. Focal Diva Utopia | Page 4 - Audio Science Review (ASR) Forum, https://www.audiosciencereview.com/forum/index.php?threads/focal-diva-utopia.57409/page-4
  15. The Focal brand - Focal Powered By Naim, https://www.focalpoweredbynaim.com/focal
  16. Our history | Focal, https://www.focal.com/our-history
  17. The History of Focal - Stylelaser, https://www.stylelaser.com.my/product/the-history-of-focal/
  18. Focal revamps Utopia series - Hi-Fi Choice, https://www.hifichoice.com/content/focal-revamps-utopia-series
  19. houseofstereo.com, https://houseofstereo.com/products/focal-grande-utopia-em-evo
  20. Scala Utopia Evo - 3-way floor-standing speaker - Focal, https://www.focal.com/products/scala-utopia-evo
  21. Focal Grande Utopia EM EVO - Overture Ultimate Home Electronics, https://www.overtureav.com/speakers/floor-standing/focal/focal-grande-utopia-em/
  22. Chronosonic XVX Technical Specifications - Wilson Audio, https://www.wilsonaudio.com/products/chronosonic/chronosonic-xvx/specs
  23. Magico M6 - The Absolute Sound, https://www.theabsolutesound.com/articles/magico-m6/
  24. Bowers & Wilkins Nautilus Ultimate LoudSpeakers - Pair - Audio Advice, https://www.audioadvice.com/products/bowers-wilkins-nautilus-ultimate-loudspeaker-pair
  25. Magico M6 Carbon Fibre Floorstanding Speakers - Addicted To Audio, https://addictedtoaudio.com.au/products/magico-m5-carbon-fibre-floorstanding-speakers
  26. Wilson Audio Specialties Chronosonic XVX loudspeaker - Stereophile.com, https://www.stereophile.com/content/wilson-audio-specialties-chronosonic-xvx-loudspeaker
  27. Magico M6 floorstanding loudspeakers - hi-fi+, https://hifiplus.com/articles/magico-m6-floorstanding-loudspeakers/
  28. Wilson Audio Chronosonic XVX Loudspeakers and Subsonic Subwoofers, https://www.theaudiobeat.com/equipment/wilson_audio_chronosonic_xvx_subsonic.htm
  29. Magico M6 speaker - Overture Ultimate Home Electronics, https://www.overtureav.com/brands/speakers/floor-standing-speakers/magico/magico-m6/
  30. Bowers & Wilkins Nautilus Ultimate LoudSpeakers (Pair) - SKY by Gramophone, https://skybygramophone.com/products/bowers-wilkins-nautilus-ultimate-loudspeakers-pair
  31. 2023 Golden Ear: Focal Stella Utopia EM Evo Loudspeaker - The Absolute Sound, https://www.theabsolutesound.com/articles/2023-golden-ear-focal-stella-utopia-em-evo-loudspeaker/
  32. French know-how - Focal, https://www.focal.com/french-know-how
  33. Focal Grande Utopia EM EVO 4-Way Floorstanding Speaker (Each) - Safe and Sound HQ, https://www.safeandsoundhq.com/products/focal-grande-utopia-em-evo-4-way-floorstanding-speaker-each
  34. Wilson Chronosonic XVX Speaker Review - The Absolute Sound, https://www.theabsolutesound.com/articles/wilson-audio-specialties-chronosonic-xvx-loudspeaker-subsonic-subwoofer-and-activxo-crossover/
  35. Blog - History of 800 Series - Bowers & Wilkins, https://www.bowerswilkins.com/en-us/blog/products/history-of-800-series.html
  36. Focal Grande Utopia EM Evo loudspeaker Lab Report | Hi-Fi News, https://www.hifinews.com/content/focal-grande-utopia-em-evo-loudspeaker-lab-report

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