ハイエンドオーディオにおける永遠の探求とは、再生されているという事実を忘れさせるほどのリアリズム――すなわち、スピーカーの存在が消え、生演奏そのものが眼前に現れるかのような体験を追求することにあると言っても過言ではなかろうか。この至高の目標に向け、設計者たちはダイナミック、エレクトロスタティック(静電型)、ホーン、そしてプレーナー(平面駆動)といった、幾多の道を切り拓いてきた。中でもプレーナー方式は、比類なき透明性を約束する一方で、歴史的に多くの妥協を強いてきた道程であった。
本稿で光を当てるのは、その妥協を乗り越えたと主張するスピーカー、Alsyvox Botticelliである。イタリアの航空宇宙工学者がスペインの地で生み出したこの芸術品は、リボン・テクノロジーの真のルネサンス(復興)を告げるものなのだろうか。その哲学と技術の深淵を、我々はこれから探訪することになる。
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Alsyvox Botticelli — Overview
- メーカー / 型番 / 開発・製造地: Alsyvox S.L. / Botticelli (および Botticelli X) / スペインにて手作業で製造、設計はイタリア人航空宇宙工学者のDaniele Coen氏による 1。
- 発表時期: 2017年のオーディオショーにて初披露されて以来、世界中の好事家の注目を集めている 2。
- 価格帯:
- 主要スペック:
1. 外部レビュー集約
ある製品の全体像を把握するためには、百戦錬磨の批評家と熱心な愛用者、双方の声に耳を傾けることが不可欠である。ただし、オーディオショーのレポートには管理外の環境や意図的に選ばれた楽曲というバイアスが、オーナーズフォーラムには確証バイアスやサンクコスト(埋没費用)の正当化という心理が内在することも忘れてはならない。これらの点を考慮し、各評価の重みを判断しつつ、総合的な見解を構築する。
メディア | 引用抜粋 (和訳+原文) | 評価点 |
---|---|---|
EnjoyTheMusic.com (Greg Weaver) | 「これほど聴き疲れせず、陶酔的で感情に訴えるスピーカーは他にない。私の感性では、このBotticelli Xは同価格帯(Børresen 05やWilson Alexx Vなど)でも間違いなく第一候補だ。」 “…so easy to listen to, so engrossingly musical, and so emotionally engaging… my first choice in their price point, a rather ambitious range that includes such ‘fan’ favorites as the Børresen 05 or the Wilson Audio Alexx V.” | ★★★★★ |
Audiophile.no (Karl Erik Sylthe) | 「音のスケールは極めて雄大で、再生音は結晶のように澄み切っている。低音は地下室の底まで届くような深さで、余裕綽々としており威厳すら漂う。」 “The soundscape is huge and the sound is crystal clear. The bass is cellar deep, effortless and with great authority.” | ★★★★★ |
The Absolute Sound (via Rhapsody) | 「一言で言えば、ソウルフル。だが、それだけでは語り尽くせない。電光石火の速さで、底なしだった…ヴォーカルと楽器に関する非常に多くの情報を与える、美しく複雑なディケイと甘美な倍音。」 “One word soulful. But one word doesn’t do it. They were also lightning fast and bottomless…beautifully complex decay and luscious harmonic overtones that gave so much information about the vocals and instruments.” | ★★★★☆ |
Stereophile (Jason Victor Serinus) | 「このシステムは色彩と透明度に優れていた…部屋の奥に移動すると焦点と色彩が改善し、この組み合わせを再び聴きたいと強く思った。」 “This system excelled at color and transparency…Focus and color improved when I moved farther back in the room, to the extent that I’m eager to this combination again.” | ★★★☆☆ |
saf.si Forum (User Report) | 「サウンドステージは文字通り爆発した…部屋の壁はより説得力をもって消え去り、楽器間の区別がより明確になり、音像もより安定した。」 “Soundstage wasn’t small to begin with but it literally exploded the moment music started to roll…Room walls disappeared much more convincingly, there was more distinction among the instruments and images were also more stable.” | ★★★★★ |
Audiogon Forum (User “kotjac”) | 「驚くほどリアルで、洗練された音色のパレット、驚異的な透明度、素晴らしい解像度、そして生命感あふれるダイナミクスを持つ。」 “Extremely realistic with sophisticated tonal palette, amazing transparency, great resolution and lifelike dynamics.” | ★★★★★ |
バイアスチェックと総括
集約した10以上の情報源を分析すると、その評価は圧倒的に肯定的である。「透明性」「スピード」「巨大なサウンドステージ」「ダイナミクス」、そして「プレーナー型としては前例のない低音」といった表現が、驚くほど一貫して見られる 3。
EnjoyTheMusic.comのGreg Weaver氏によるレビューは、長時間の試聴に基づいた正式かつ詳細なものであり、熱狂的ではあるものの極めて信頼性が高い 7。
一方で、StereophileやThe Absolute Soundのショーレポートは、貴重な第一印象を提供してくれるが、長所を際立せるためにディーラーが周到に準備したシステムでの評価であるため、慎重な解釈が求められる 。あるレポートで言及された「僅かな高域の刺々しさ(a touch too much sizzle)」は、賞賛の中に埋もれた正直で価値ある批評と言えるだろう 6。
saf.siやAudiogonといったフォーラムの投稿は、高額な投資を行ったオーナーによるものであるため、確証バイアスが強く働くことは否めない 14。しかし、彼らの長期的かつ詳細な観察、特に外部クロスオーバー「X」へのアップグレードに関する記述は、専門家のレビューを裏付けるものであり、重要な価値を持つ。往年のApogeeスピーカーと直接比較したユーザーの報告は、経験豊富なプレーナーファンにとって貴重な文脈を提供する 14。
結論として、これらの多様な声は、Alsyvox Botticelliがその約束を果たす製品であることを強く示唆している。異なる環境(ショー、自宅)や異なる立場(批評家、オーナー)からの賞賛の一貫性は、その性能に対する主張に強力な信憑性を与えている。
2. 芸術と工学の邂逅:Alsyvoxの設計哲学
Alsyvoxの物語は、80年代の伝統的なスピーカーが奏でる「平坦で人工的な」音への不満から始まる 。その不満が、設計者Daniele Coen氏を、スピーカーと部屋の相互作用、そしてプレーナーというコンセプトそのものの再考へと駆り立てたのである 1。彼の航空宇宙工学のバックグラウンドは、この探求において決定的な役割を果たした 。
核心技術 — プレーナーが抱える歴史的課題の克服
プレーナー方式の歴史は、その魅力と課題との闘いの歴史であった。ApogeeやMagnepanといった伝説的なブランドの製品は、その類稀なる透明性と引き換えに、80dB台前半という極めて低い能率と、アンプに過酷な試練を強いるインピーダンス特性という宿命を背負っていた 14。これはダイナミクスの制約と、高価で特殊なアンプの要求を意味した。
Coen氏のアプローチは、この歴史的課題に対して現代の材料科学と工学の粋で応えるものであった。その核心は、全ドライバーユニットに採用された、極めて強力なネオジム磁石によるプッシュプル構成にある 15。この強力な磁気回路は、二つの革命的な結果をもたらした。
第一に、能率の劇的な向上である。94dBという、従来のプレーナーの常識を覆す高能率を実現したことで、アンプ選択の自由度が飛躍的に高まった。小出力の真空管アンプでさえ、この巨大なパネルを駆動することが可能になったのだ 。
第二に、低域再生能力の変革である。強力なモーターシステムは、ウーファーリボンに最大20mmという驚異的なストロークを許容した[12,14]。これは、かつて3mmのストロークでさえ歪みを生じた旧世代の設計とは別次元の性能である 14。このロングストロークと広大な振動板面積が組み合わさることで、22Hzまで伸びる深く、パワフルで、かつ俊敏な低音再生が現実のものとなった 12。
しかし、この革新には新たな課題が伴う。ロングストロークのウーファーが生み出す強大な反作用エネルギーを受け止めるには、極めて剛性の高いフレーム構造が不可欠となる。厚手の鋼鉄、PMMA(アクリル樹脂)、そしてチーク材といった異種素材の組み合わせは、単なる美的選択ではなく、フレーム自体の共振を防ぎ、音が滲むのを避けるための、航空宇宙工学に根差した機能的必然なのである 。さらに、床との設置には自社開発の慣性フット(インシュレーター)を組み合わせ、エネルギーの伝達を最適化している 。
コヒーレンス(一貫性)という絶対的原則
Alsyvoxの設計哲学を貫くのは、「コヒーレンス」という絶対的な原則だ。同社が公開する資料には、そのための「必須条件」が明記されている。すなわち、全ドライバーが同じダイポール放射方式、同じ振動板長、同じ磁石、同じアルミニウム箔を用いることである 。
この純粋主義的なアプローチは、例えばMartinLogan Neolithのようなハイブリッド設計とは対照的である。Neolithは、高速な静電型パネルと比較的動作の遅いコーン型ウーファーを組み合わせるという、本質的に異なる二つの技術を融合させるための高度なエンジニアリングの産物だ 。対してAlsyvoxは、低域から高域まで同一の技術を用いることで、ドライバー間の音色やスピードの不連続性という問題を根源的に回避し、より本質的でシームレスな音の一体感を目指しているのである。
「X」クロスオーバー — 設計思想の真髄
Botticelliを語る上で、外部クロスオーバー「X」の存在は避けて通れない。これは単なるアクセサリーではない。イタリアのOmega Audio Concepts社が設計したこのユニットは 1、より大型で高品質な部品(Mundorf製など)と、スピーカー本体には収まりきらない複雑な特許出願中の回路トポロジーを採用している 1。これにより、中高域を±0.6dBの範囲で微調整することも可能になる 17。
これは、妥協のない「完全版」のクロスオーバーであり、本体内蔵のクロスオーバーは、より低いエントリー価格を実現するための、ある種の譲歩と見なすべきだろう。複数のレビューが、この「X」へのアップグレードによる音質向上は、下位モデルのTintorettoからBotticelli本体へ買い替えるよりも大きいと証言している 。すなわち、Botticelliの真価を問うならば、それは必然的にBotticelli Xの評価となるのである。
競合製品との比較
Botticelliが君臨する市場セグメントを理解するためには、その哲学的・技術的なライバルとの比較が不可欠である。以下の表は、Alsyvoxのユニークな価値提案、すなわち高能率と統一されたドライバー技術が、競合製品の中でいかに際立っているかを浮き彫りにする。
特徴 | Alsyvox Botticelli X | Magnepan 30.7 | Sound Lab Majestic 845 | MartinLogan Neolith | Wilson Audio Alexx V |
---|---|---|---|---|---|
技術 | 3ウェイ・フルレンジ・リボン (プッシュプル) | 4ウェイ・リボン / クアジリボン | フルレンジ・エレクトロスタティック | ハイブリッド: 静電型 + ダイナミックウーファー | 4ウェイ・マルチエンクロージャー・ボックス型 |
能率 | 94dB | 86dB (推定) | 88dB (推定) | 90dB | 92dB |
インピーダンス | 4Ω (安定) 12 | 4Ω | 8Ω (公称) | 4Ω (20kHzで**0.43Ω**まで降下) | 4Ω (最小2.0Ω @ 250Hz) |
周波数特性 | 22Hz−40kHz 12 | 24Hz−40kHz | 26Hz−22kHz | 23Hz−22kHz | 20Hz−32kHz (±3dB) |
主な長所 | コヒーレンス、ダイナミクス、アンプ親和性 | 広大な音場、コストパフォーマンス | 中域の純度、透明性 | 実在感のある音像、ダイナミクス | 圧倒的なダイナミックレンジ、精密な時間軸調整 |
主な課題 | 価格、組み合わせによる高域の鋭さ | 部屋/アンプへの要求、低域のインパクト | 低域の権威、指向性、アンプ負荷 | ドライバー間の統合性 (パネル/コーン) | 巨大なエンクロージャから来る音像定位の独特さ、価格 |
価格 (USD) | 約$135,000 7 | 約$30,000 | 約$36,000 | 約$80,000 | 約$135,000 16 |
3. 音という名の現象:ボッティチェリが描く音響世界
設計思想という「How(いかにして)」から、その結果としての「What(何が)」へと視点を移そう。これらの工学的選択は、音楽を聴くという主観的な体験において、どのように結実するのだろうか。
レビュアー / 媒体 | 引用抜粋 (和訳+原文) |
---|---|
EnjoyTheMusic.com (Greg Weaver) | 「その結果得られるコヒーレンスの度合いは、実に並外れていた…音色は豊かで鮮やか、そして質感も完璧だ。」 “the resultant degree of coherence the Botticelli effortlessly delivered, was simply extraordinary…Tone color is richly vibrant and texturally complete.” |
The Absolute Sound (Rhapsody) | 「ステージは巨大で、その大きさのパネルに期待されるように、優に6~8フィートの深さと床から天井まであった。」 “The stage was massive, easily six to eight feet deep and floor to ceiling, as expected of a panel of its size.” |
saf.si Forum (User) | 「『空間的解像度』という新しいオーディオ用語を思いついた…マイルス・デイヴィスのトランペットの美しい音色、その豊かさ、質感、そして何よりもその純粋な美しさを表現した。」 “I had come up with a new term in my audio vocabulary ‘Spatial Resolution’…presented the beautiful tonality of his trumpet with richness, texture and above all sheer beauty.” |
Stereophile (AXPONA Report) | 「サッチモの声とトランペットは素晴らしかった。『アームストロングの中音域を完璧に捉えている』とメモに書いた。」 “Satchmo sounded fabulous on both voice and trumpet. ‘Catches Armstrong’s midrange to perfection,’ I wrote in my notes.” |
ジャンル別分析
大編成クラシック / オーケストラ:
この領域こそ、Botticelliの核心的な強みが集約される場である。巨大かつコヒーレントなサウンドステージは、録音会場のホログラフィックな幻影を現出させる 14。複雑なパッセージを圧縮感や混濁なく解きほぐし、合唱団やオーケストラの中の個々の楽器を明確に描き分ける能力は、多くのレビューで繰り返し言及されるテーマだ 14。そして、他の多くのプレーナー型が欠いていた、オーケストラ全体を支える土台としての重厚な低音。これをBotticelliは、いとも容易く提供するのである。
ジャズ & ヴォーカル:
リボンドライバーのスピードと透明性が、このジャンルで真価を発揮する。「恐ろしいほど自然な実在感 (scary-natural presence)」3 は、ヴォーカリストやソロ楽器が、あたかもリスニングルームに存在しているかのような錯覚をもたらす。声の質感、トランペットの金属的な響き、シンバルの減衰音――そのすべてが、並外れたリアリズムで描かれる 。
The Absolute Soundが評した「ソウルフル」という資質は、おそらくこの正確な音色再現と微細なダイナミクスのニュアンス表現が融合した結果に違いない。
エレクトロニック & ロック:
伝統的にプレーナー型が苦手としてきたジャンルだが、Botticelliはここでも期待を裏切る。ロングストロークのウーファーは、エレクトロニックミュージックのベースラインやロックのドラムキットに求められる「スラム」や「パンチ」を的確に繰り出す 14。あるマニュアルには、のクロスオーバースロープを「ヘヴィーなエレクトロニックミュージック」に試すことができる、との記述さえある 10。これは、メーカー自身がこの種の音楽での使用を想定していることの証左であろう。しかし、同時にこの領域は、報告されている「高域の刺々しさ」6 が、アグレッシブな、あるいは録音の悪い音源で顕在化する可能性のある場でもある。Botticelliの持つ「誠実さ」は、時に両刃の剣となるのかもしれない。
4. 評価
これほど複雑で高価な製品に単純なスコアを付けることの難しさを認めつつも、ここでは最先端技術との相対的な位置づけとして評価を下したい。
評価軸 | 採点 (5点満点) | 解説 |
---|---|---|
技術性能 | ★★★★★ | プレーナースピーカー設計における画期的な達成。94dBの能率、安定した4Ωの負荷、そして22Hzまで伸びる低域拡張性を、フルレンジ・リボン設計で両立させたことは革命的である。これはプレーナーが長年抱えてきた歴史的課題に対する、一つの解答と言える 12。 |
音楽的魅力 | ★★★★☆ | 「ソウルフル」「流麗」「感情を揺さぶる」といった評価が圧倒的多数を占める 3。そのコヒーレンスと透明性は、音楽との深遠な結びつきを生む。星を一つ減じたのは、報告されている「僅かな高域の刺々しさ」6 を考慮したためである。これは、そのポテンシャルを最大限に引き出すためには、システム全体での絶妙なマッチングを要求する、妥協を許さない性質を示唆している。 |
ビルドクオリティ | ★★★★★ | 航空宇宙工学レベルの品質。巨大な鋼鉄フレーム、不活性素材(PMMA、チーク材)の採用、そしてスペインでの細心の手作業による組み立ては、非の打ち所がない 。「防弾仕様」と評されるフライトケースは 、その妥協なき姿勢を象徴している。 |
価格対価値 | ★★★☆☆ | 極めて評価が難しい項目である。「X」バージョンで約$135,000という価格は天文学的だ 7。しかし、遥かに高価なスピーカーと競合し、一部ではそれを凌駕するとも評されている 8。一方で、主要な競合の一つであるMagnepan 30.7は、その性能の一端を数分の一の価格で提供しており、Botticelliの価値提案を複雑なものにしている 。このスコアは、その極端なコストを考慮しつつも、最先端の性能を反映したものである。 |
将来性 / 修理性 | ★★★☆☆ | その堅牢な作りは長期的な使用を期待させる。メーカーはアップグレードパス(XやXXモデル)を用意し、製品寿命を延ばす姿勢を見せている 10。しかし、日本の顧客にとって、公式な国内代理店が存在しないことは重大な負債である 9。あらゆるサービスや保証の要求は、スペイン本国との直接的かつ国際的なコミュニケーションと物流を必要とする。これはオーナーにとって、多大なリスクと不便さを意味するため、評価を減じざるを得ない。 |
5. 俯瞰的視点による分析
Botticelliの登場は、単なる漸進的な改良ではなく、パラダイムシフトとして捉えるべきかもしれない。何十年もの間、オーディオファイルは「プレーナーの透明性」と「コーンのダイナミクスと駆動の容易さ」というトレードオフを受け入れてきた。Botticelliは、この二元論そのものに挑戦状を叩きつけている。
ハイブリッドという妥協に対する、純粋主義者の回答
Alsyvoxの「オールリボン」哲学を、MartinLoganのハイブリッドアプローチと直接比較してみよう。Neolithは紛れもなく技術的驚異であるが、それは本質的に、二つの異なるドライバー技術間の妥協点を管理するという課題への取り組みである 。対照的にBotticelliは、低域から高域まで同一の技術を用いることで、ドライバー統合の問題そのものを回避し、より根源的でシームレスなコヒーレンスを追求している 。これは、問題解決のアプローチにおける根本的な思想の違いを浮き彫りにする。
ハイエンド市場の再定義
Botticelliが示すアンプへの親和性は、プレーナーのオーナーシップには特定種のハイカレント・ソリッドステートアンプが必須である、という古い前提を覆す。高品質な小出力の真空管アンプを用いる可能性が開かれたことは、プレーナーサウンドの愛好家たちに、新たなシステム構築の哲学をもたらすだろう 。
市場戦略としての「X」ファクター
AlsyvoxはTintoretto(小型)、Botticelli(中型)、Caravaggio(大型)、そしてMichelangelo(超大型)という4モデルのラインナップを展開しており、Botticelliはその中核をなす、最もバランスの取れたモデルと位置づけられている 16。標準モデルと「X」モデルという二段階の価格設定は、巧妙な市場戦略である。それは、より低い(依然として高いが)参入障壁を設けつつ、明確で強力なアップグレードパスを用意する。これにより、最初から「X」バージョンのみを提供するよりも、潜在的な市場を拡大する効果が期待できる。
6. 結論と推奨される聴き手
Alsyvox Botticelli Xは、記念碑的な達成である。それは、プレーナー愛好家が渇望してきた崇高な透明性、スピード、そして広大な音場を、能率の低さ、過酷なインピーダンス、貧弱な低音といった伝統的な欠点なしに提供するスピーカーだ。深遠な工学知と純粋主義者の音響的ビジョンが結実した、稀有な存在と言えよう。
推奨したい聴き手
- コストを度外視し、究極の透明性とコヒーレンスを求めるオーディオファイル。
- その物理的な大きさとダイポールという性質を受け入れられる、広く音響的に優れたリスニングルームを持つ者。
- かつての名機ApogeeやMagnepanを愛用し、その妥協なき進化形を夢見てきた者。
- プレーナースピーカーを、高品質な真空管アンプやソリッドステートアンプで自由に駆動したいと願うシステムビルダー。
推奨できない聴き手
- 予算に制約のある者。真のエントリーコストはBotticelli X本体に加え、ワールドクラスのソース機器とアンプを要求する。
- 小さなリスニングルームしか持たない者。
- 個人輸入と国際的なサービス対応の複雑さとリスクを厭う、日本のオーディオファイル。
- より暖かく、寛容な音調を好む者、あるいは主に録音状態の悪い音楽を聴く者。Botticelliの誠実さは、時に残酷なまでに音源を暴き出す。
将来性について
設計は成熟しており、改造は冒涜に等しいだろう。将来的な道筋は、標準モデルから「X」クロスオーバー、さらには「XX」グレードへとアップグレードする道が用意されている 10。
総合評価:★★★★☆
その音響的・技術的性能は、議論の余地なく五つ星、すなわち最先端のものである。しかし、価格、そして日本の読者の視点から見た場合の「国内代理店不在」という深刻な現実的制約が、満点の評価を躊躇させる。それは紛れもない傑作だが、同時に、遠く、そして多くを要求する存在なのである。
参考文献 / 参照リンク
引用文献
1. Alsyvox Botticelli - Marknadens finaste musiksystem - Audio concept, https://audioconcept.se/produkt/alsyvox-botticelli/
2. Alsyvox Audio Design Botticelli X Loudspeaker Review Planar dynamics redefined. Review By Greg Weaver - Enjoy the Music.com, https://www.enjoythemusic.com/superioraudio/equipment/0423/Alsyvox_Audio_Design_Botticelli_X_Loudspeaker_Review.htm
3. Cake Audio: Eye/Ear Candy Courtesy of Alsyvox Botticelli loudspeakers & Vitus SS-103 amplifier, Vitus SL-103 preamplifier, Vitus SP-103 phono preamplifier, Vitus SCD-025 CD player, CAD Ground Control, Kuzma turntable | Stereophile.com, https://www.stereophile.com/content/cake-audio-eyeear-candy-courtesy-alsyvox-botticelli-loudspeakers-vitus-ss-103-amplifier
4. Botticelli - Alsyvox, https://alsyvox.com/portfolio-item/botticelli/
5. MartinLogan Neolith Electrostatic-Hybrid Loudspeaker, https://www.martinlogan.com/uploads/documents/reviews/2016-01%20TAS%20Neolith%20-%20Product%20of%20the%20Year%202015.pdf
6. Alsyvox Alsyvox Audio Design Tintoretto X full range ribbon speakers. - Audiogon, https://www.audiogon.com/listings/lisba44b-alsyvox-alsyvox-audio-design-tintoretto-x-full-range-ribbon-speakers-full-range
7. Magnepan 30.7 Planar Magnetic Floorstanding Speaker System …, https://tmraudio.com/speakers/floorstanding-speakers/magnepan-30-7-planar-magnetic-floorstanding-speakers/
8. Alexx V Technical Specifications - Wilson Audio, 8月 13, 2025にアクセス、 https://www.wilsonaudio.com/products/alexx/alexx-v/specs
9. Distribution - Alsyvox, https://alsyvox.com/distribution/
10. 株式会社太陽インターナショナル, http://iasj.info/members/taiyo/
11. 株式会社太陽インターナショナル, https://taiyoinc.jp
12. Full Range Ribbon Loudspeakers Botticelli & Botticelli X or … - Alsyvox, https://alsyvox.com/wp-content/uploads/2025/03/ALSYVOX-Botticelli-Botticelli-X-or-XX-User-Manual-2024.pdf
13. Neolith - MartinLogan, https://www.martinlogan.com/en/product/neolith
14. saf.si • Poglej temo - ALSYVOX BOTTICELLI X, http://www.saf.si/forum/viewtopic.php?f=27&t=536
15. Alsy Vox Speakers - Amadeus Audio, https://amadeusaudio.nl/brands/alsy-vox-speakers/
16. Wilson Audio Alexx V Loudspeaker | Paragon SNS, 8月 13, 2025にアクセス、 https://www.paragonsns.com/products/wilson-audio-alexx-v-floorstanding-loudspeaker
17. Magnepan 30.7 | House Of Stereo, https://houseofstereo.com/products/magnepan-30-7-speakers-1