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YG Acoustics Hailey 2.2 レビュー:機械は消え音楽が顕現する

YG Acoustics Hailey 2.2 レビュー:機械は消え音楽が顕現する

2025/09/09 公開
YG Acoustics
Hailey 2.2
yg-acoustics-hailey22

オーディオ再生の究極とは何か。それは、スピーカーという物理的な存在が、その音響的痕跡を完全に消し去り、音楽そのものだけが空間に立ち現れる瞬間のことではなかろうか。それは「良い音」を奏でるという次元を超え、装置が「無音」になること、すなわち完璧な透明性を追求する旅路である。この哲学を、他のいかなるブランドよりも純粋かつ過激に体現しているのが、2002年に設立された米国のYG Acousticsである1

彼らの設計思想は、主観的な「音決め(voicing)」を徹底的に排し、共振や歪みといった音の不純物を、工学的なアプローチによって系統的に排除することにある3。その思想が、航空宇宙グレードのアルミニウム塊から直接削り出された彫刻のような筐体となって結実する。今回レビューするHailey 2.2は、単なるスピーカーではない。音楽の周囲にある「静寂」を、より深く、より純粋に彫琢するために生み出された、プレシジョン・エンジニアリングの物理的な顕現と言ってもよいだろう。

関連記事

YG Acoustics Hailey 2.2 — Overview

  • メーカー: YG Acoustics (2002年設立、米国コロラド州デンバー / 英国ケンブリッジ) 1
  • モデル: Hailey 2.2 (2019年発表) 5
  • 価格帯 (発表時):
    • USD: $46,800 - $55,800 /ペア 7
    • 日本円: 7,678,000円 (2019年) - 10,428,000円 (2022年) (税込) /ペア (国内代理店: 株式会社アッカ) 9
  • 主要スペック:
    • 形式: 3ウェイ・3ドライバー、パッシブ型、密閉型エンクロージャー 7
    • 再生周波数帯域: 20 Hz – 40 kHz以上 (実用帯域) 12
    • 周波数特性偏差: ±1 dB (可聴帯域内) 12
    • 位相特性偏差: ±5° (クロスオーバー帯域) 12
    • 能率: 87 dB / 2.83V / 1 m (2π 無響室) 12
    • 公称インピーダンス: 4 Ω (最低 3 Ω) 12
    • クロスオーバー周波数: 65 Hz, 1.75 kHz 7
    • 寸法 (H×W×D): 122 × 33 × 54 cm 11
    • 重量: 76 kg /本 12

これらのスペックシートは、音楽が再生される以前に、このスピーカーの性格を雄弁に物語っている。密閉型エンクロージャー、87 dBという決して高くない能率、そして最低3 Ωまで落ち込むインピーダンス。これは、生半可なアンプを拒絶する、明確な意思表示である。このスピーカーを真に歌わせるためには、大電流を供給可能な、強力かつ高品質なパワーアンプが選択肢ではなく必須条件となる。その事実こそ、YG Acousticsが音響的理想のために一切の妥協を排したことの証左に他ならない。

1. 批評家たちの合唱:世界の評価を統合する

Hailey 2.2は発表以来、世界中のオーディオ専門誌から称賛の嵐を浴びてきた。日本の『Stereo Sound Grand Prix』をはじめ、『The Absolute Sound』誌の「Editors’ Choice Award」や『Hi-Fi+』誌の「Cost-No-Object Loudspeaker of the Year」など、数々の権威ある賞を獲得している事実は、その客観的な性能の高さを物語っている15

メディア引用抜粋 (和訳+原文)評価点
The Absolute Sound”Sonically, the Hailey 2.2 can be summed up in two words: precision and performance.” (音響的には、Hailey 2.2は「精度と性能」という2つの言葉に要約できる。)★★★★★
Hi-Fi+“The Hailey 2.2s…proved to be decidedly full-range loudspeakers that are capable of terrific extension at both high and low frequency extremes.” (Hailey 2.2は…高域と低域の両極で素晴らしい伸長性を持つ、紛れもないフルレンジスピーカーだと証明された。)★★★★★
Enjoy the Music.com”The outstanding characteristic is a sound so natural and spacious, you don’t think about the equipment at all… Hailey 2.2 is my new reference speaker.” (際立った特徴は、あまりに自然で広大なサウンドであり、機器のことを全く考えさせない… Hailey 2.2は私の新しいリファレンススピーカーだ。)★★★★★
Hi-Fi Voice”absolute transparency…excellent resolution…superior workmanship.” (絶対的な透明度…優れた解像度…卓越した作り込み。)★★★★★
The Absolute Sound (K. Midtskog)“The Hailey 2.2 gets so much right…that one could make a compelling argument it represents the performance/price sweet spot in the YG line.” (Hailey 2.2はあまりに多くの点を正しく実現しており…YGのラインナップにおける性能/価格のスイートスポットであると説得力をもって主張できる。)★★★★★
AudioShark Forum User”My opinion on YG was that they were…voiced more lean than my tastes. The sound was not lean in the least…there was outstanding inner detail without being analytical.” (YGに対する私の意見は…私の好みよりリーンな音調だというものだった。しかしそのサウンドは全くリーンではなかった…分析的になることなく傑出した内部ディテールがあった。)N/A

もちろん、メーカーから提供されたサンプルによるレビューには、ある種のポジティブなバイアスが掛かる可能性を考慮すべきである。しかし、これほど多くのメディアが、一貫して「透明性」「解像度」「自然さ」といったキーワードでその性能を称賛している事実は、Hailey 2.2が持つ本質的な実力を示唆している。特に興味深いのは、フォーラムのユーザーが当初抱いていた「リーン(痩せた)な音」という先入観が、実際の試聴によって「全くリーンではなかった」と覆されている点だ18。これは、YGのサウンドが冷たく分析的なのではなく、適切なシステムとセッティングの下では、極めて豊かで有機的な音楽体験をもたらすことを示している。

複数のレビューで繰り返し指摘されているのは、Hailey 2.2がYG Acousticsのラインナップにおける「スイートスポット」であるという点だ19。当時のフラッグシップモデルSonja XVで開発された二大核心技術—BilletDome™ツイーターとViseCoil™インダクター—を搭載しながら、最上位モデルの「キャビネット・イン・キャビネット」構造を省略することで、価格を大幅に抑えている7。これは、フラッグシップの音響哲学の核心部分に、より多くのオーディオファイルが触れることを可能にする、巧みな戦略的ポジショニングと言えるだろう。

2. 精度の解剖学:具現化されたエンジニアリング哲学

Hailey 2.2のサウンドを理解するには、その製造プロセスと独自の技術群を解剖する必要がある。これらは単なる機能の集合体ではなく、共振という名の敵をあらゆる階層で排除するための、統合された「システム・オブ・システムズ」として機能している。

基礎:慣性質量としてのキャビネット

YGの哲学の根幹は、エンクロージャーを音源ではなく、ドライバーが運動するための不動の基準点と見なすことにある。そのために選ばれた素材が、航空宇宙グレードのアルミニウム合金の塊(ビレット)である3。板を組み立てるのではなく、巨大な金属ブロックから自社製のCNCマシンで数ミクロンの精度で削り出すという、極めて非効率的かつ高コストな手法を採用24

FocusedElimination™と呼ばれる内部共振処理と、ボルトが見えない「加圧組み立て」技術により、キャビネット自身の共振を可聴帯域外へ追いやることで、音響的に「無」に近い状態を創り出している7

声:BilletCore™ と BilletDome™

  • BilletCore™ (ミッド/ウーファー): 7.25インチのミッドレンジと10.25インチのウーファーの振動板もまた、アルミニウムの塊から削り出される7。プレスや成形で作られる一般的なコーンとは異なり、この製法は完璧なピストンモーションを実現するために、強度と軽さ、そして理想的な形状を妥協なく追求した結果である。これにより、コーン自身の分割振動(音の歪みの主因)を原理的に抑制する3
  • BilletDome™ (ツイーター): Hailey 2.2の性能を決定づける核心技術が、このハイブリッド・ツイーターだ。ソフトドームの滑らかさと、ハードドームの伸長性や解像度を両立させるという長年の課題に対し、YGは独創的な答えを出した。シルク製のソフトドームを、わずか30mgの超軽量アルミニウム製「エアフレーム」で補強するという構造である7。これにより、ソフトドームの優れたダンピング特性を維持しつつ、分割振動を可聴帯域のはるか上空へと追放し、硬質素材にありがちな金属的な響きを伴わずに、驚異的な情報量とスムーズネスを両立させている。

神経系:DualCoherent™ クロスオーバーと ViseCoil™

  • DualCoherent™: スピーカーの頭脳であるクロスオーバーネットワークは、周波数特性と位相特性を「同時に」最適化する独自のソフトウェアによって設計される3。多くの設計がどちらかを優先せざるを得ないのに対し、この両立へのこだわりが、YGのスピーカーが持つ、ピンポイントの音像定位と揺るぎない時間軸の正確性の源泉となっている。
  • ViseCoil™: YGの執念は、コイルという部品にまで及ぶ。低域用クロスオーバーに使われるインダクターは、自社でCNC巻線された後、削り出しのアルミ製「万力(Vise)」で物理的に固く締め付けられる6。これは、コイル自身が音楽信号によって微細に振動し、それが歪みや損失を生むという現象を根絶するための措置だ。キャビネットからドライバー、そして回路部品に至るまで、あらゆる振動源を撲滅しようとするこの一貫した姿勢こそ、YGの真骨頂である。

技術仕様比較:三つの哲学

Hailey 2.2の立ち位置を明確にするため、同価格帯の主要な競合機であるMagico S3 (2023)とBowers & Wilkins 802 D4との技術的アプローチを比較してみよう。

特徴YG Acoustics Hailey 2.2Magico S3 (2023)Bowers & Wilkins 802 D4
エンクロージャー方式密閉型 (アコースティック・サスペンション)密閉型 (アコースティック・サスペンション)バスレフ型 (Flowport™)
エンクロージャー素材CNC削り出しアルミニウム塊押し出しアルミニウムパネル組立曲げ合板、アルミ製スパイン&トップ
ツイーター1インチ BilletDome™ (シルク/アルミ複合)1.1インチ ダイヤモンドコート・ベリリウム1インチ ダイヤモンド・ドーム
ミッドレンジ7.25インチ BilletCore™ アルミニウム5インチ グラフェン/カーボン/アルミ複合6インチ Continuum™ コーン FST
ウーファー10.25インチ BilletCore™ アルミニウム ×19インチ グラフェン Nano-Tec ×28インチ Aerofoil™ コーン ×2
能率87 dB88 dB90 dB
最低インピーダンス3.0 Ω2.85 Ω (実測値)3.0 Ω
重量 (1本あたり)76 kg101 kg88.1 kg
価格 (USD/ペア)約$46,800約$45,500約$34,000
出典72730

この表は、三者が異なる哲学に基づいていることを明確に示している。YGとMagicoは密閉型・金属筐体という共通の土台に立つが、その製造方法やドライバー素材の選択で個性を出す。一方、B&Wはバスレフ型・複合素材という伝統的な形式を、最新の解析技術で極限まで洗練させるアプローチをとる。これらの違いが、後述する音質の差異に直結しているのである。

2.5. 測定データから見る客観的性能

YG Acousticsの製品を語る上で、その測定データを無視することはできない。彼らの設計哲学そのものが、測定可能な物理的性能の追求に基づいているからだ26。残念ながら、Hailey 2.2に関する独立した第三者機関による詳細な測定グラフ(周波数特性やインピーダンス曲線など)は、この記事の執筆時点では広く公開されていない。これは、この価格帯の製品では珍しいことではない。しかし、メーカーが公表し、多くのレビューで引用されているスペックは、それ自体がこのスピーカーの性格を雄弁に物語っている。

  • 周波数特性偏差: ±1 dB (可聴帯域内) 14: これは驚異的な数値である。多くの高性能スピーカーが±3 dBを目標とする中で、±1 dBという許容誤差は、極めてフラットでリニアな周波数応答を意味する。これは、スピーカーが特定の周波数帯域を強調したり減衰させたりすることなく、ソース信号に記録された音のバランスを忠実に再現することを目指している証拠だ。リスニング・インプレッションで繰り返し語られる「透明性」や「自然さ」は、この測定値に裏打ちされていると言えよう7
  • 位相特性偏差: ±5° (クロスオーバー帯域) 14: 周波数特性と並んでYGが重視するのが位相特性であり、
    DualCoherent™クロスオーバー技術の核心でもある7。±5°という極めてタイトな位相管理は、複数のドライバーからの音がリスナーの耳に到達するタイミングのズレを最小限に抑えることを意味する。これが、ピンポイントで安定した音像定位と、ホログラフィックなサウンドステージの再現に不可欠な要素となる8
  • インピーダンスと能率: 公称インピーダンス4Ω、最低値3Ω、そして能率87dBというスペックは、このスピーカーがアンプにとって決して容易な負荷ではないことを示している11。これは、性能を最大化するために、駆動の容易さをある程度犠牲にした結果である。BilletCore™のような高剛性・大質量のドライバーを正確に制御するには、大電流を供給できる強力なアンプが不可欠であり、この要求の厳しさ自体が、性能への妥協なき姿勢の表れである。

これらのメーカー公称値の信頼性については、前モデルHailey 1.2がフランスの専門誌『VUMetre』による測定で、その直線性と位相コヒーレンス、低歪みが確認されているという事実が参考になる。Hailey 2.2がその設計思想を継承・発展させていることを考えれば、公表されているスペックは、彼らのエンジニアリングが達成した客観的な成果であると考えるのが妥当だろう。これらの数値は、単なる仕様ではなく、YG Acousticsが追求する「音響的な純粋さ」の物理的な証明なのである。

3. 聴覚のキャンバス:リスニング・インプレッション

技術的な解説を感覚的な言葉に翻訳しよう。Hailey 2.2が描く音の風景は、どのようなものだろうか。

レビュアー / 媒体引用抜粋 (和訳+原文)
Chris Martens / Hi-Fi+“Like the XV and Sonja 2.2, the Hailey 2.2 conveys a sense of extraordinary sonic transparency, meaning the speaker will show you low-level transient, textural, and spatial details in recordings that you perhaps never knew existed.” (XVやSonja 2.2と同様に、Hailey 2.2は並外れた音の透明感を伝え、録音の中にこれまで存在を知らなかったような低レベルの過渡特性、質感、空間的ディテールを明らかにする。)
Phil Gold / Enjoy the Music.com”Through the YG Hailey 2.2 there is no sense of strain at any volume. The music just emerges in living color… The midrange’s precise definition extends all the way down into the low end which is both colorful and impactful.” (YG Hailey 2.2を通すと、どんな音量でも歪み感が一切ない。音楽がただ生き生きとした色彩で現れる…中域の正確な定義は、色彩豊かでインパクトのある低域までずっと続いている。)
Kirk Midtskog / The Absolute Sound”It creates focused images within an expansive soundstage into which the speakers sonically disappear as sound sources.” (それは広大なサウンドステージの中に焦点を絞った音像を創り出し、その中でスピーカーは音源として音響的に消え去る。)
  • クラシック音楽: 大編成のオーケストラは、このスピーカーの真価が最も発揮されるジャンルかもしれない。DualCoherentクロスオーバーと極限まで抑えられた歪みは、各楽器のパートを驚くほど明瞭に分離し、複雑なパッセージでも混濁することがない8。サウンドステージはスピーカーの物理的な位置を忘れさせるほど広大で、ホログラフィックな空間にオーケストラが整然と配置される様は圧巻である。BilletDomeツイーターは、弦楽器や金管楽器の倍音を、金属的な硬質さを一切感じさせることなく、どこまでも伸びやかに、空気感豊かに描き出す23
  • ジャズ: ここで際立つのは、スピードとダイナミクス、そして質感の描写力だ。BilletCoreドライバーの優れた過渡応答特性は、ドラムのリムショットやシンバルワークを、まるで目の前で叩かれているかのように生々しく再現する。密閉型ならではの低域は、ウッドベースの音階や弦を弾く指のニュアンスを克明に描き分け、量感よりも質とスピード、そして音程の正確さで聴かせる23。ヴォーカリストの息遣いやピアニストのタッチの強弱といったマイクロダイナミクスが、手に取るようにわかる。
  • ロック / エレクトロニック: これらのジャンルでは、Hailey 2.2の個性が最も明確に現れる。低域は信じられないほど速く、タイトで、メロディアスだ。しかし、大口径のバスレフ型スピーカーが叩き出すような、空気を揺るがす物理的な「衝撃」や「量感」とは一線を画す。これは、低音の質、解像度、そして音楽的な構造を優先するプレゼンテーションであり、録音の善し悪しを容赦なく暴き出す。質の低い、圧縮された音源では、そのアラがすべて露呈してしまうだろう。

総じて、Hailey 2.2のサウンドは「分析的な音楽性」という、一見矛盾した言葉で表現するのが最も的確かもしれない。それは最先端の解像度とディテールを提供するが、多くの高解像度スピーカーが陥りがちな、冷たく、聴き疲れするようなサウンドとは無縁である。レビュアーたちが口を揃えて「自然」「音楽的」「リラックスできる」と評するのは8、その解像度が、スピーカー自身の機械的な付帯音を極限まで排除した結果もたらされる「純粋な情報」だからに他ならない。聴き手は、スピーカーの音ではなく、音楽そのものにより深く没入することができる。その音楽性は、付加された味付けではなく、技術的な正しさがもたらした必然的な帰結なのである。

4. 計測された評決:パフォーマンスの分解

評価軸採点 (5点満点)解説
技術性能★★★★★ (5.0)材料科学と精密加工技術の粋を集めた、まさに技術の結晶。共振を体系的に排除するという思想は、最先端のレベルで実行されている。公称スペック(周波数偏差±1dB、位相偏差±5°)は世界最高水準であり、その設計思想に疑いの余地はない3
音楽的魅力★★★★☆ (4.5)分析的な透明性と、自然で音楽的な魅力を稀有なレベルで両立させている。ただし、その絶対的な中立性は、録音の質をありのままに映し出す鏡でもある。密閉型の低域は、質感とスピードを重視するがゆえに、究極の「パンチ」を求めるリスナーには好みが分かれるかもしれない8
ビルドクオリティ★★★★★ (5.0)オーディオにおけるインダストリアルデザインの一つの頂点。航空宇宙グレードのアルミニウム塊からの削り出し、ミクロン単位の加工精度は、もはや家具ではなく精密機械の領域。その仕上げと素材の堅牢性は、非の打ち所がない7
価格対価値★★★★☆ (4.0)絶対的な価格は極めて高価である。しかし、ウルトラ・ハイエンドという市場の中では、フラッグシップSonjaシリーズの核心技術と性能の大部分を、数分の一の価格で提供しており、非常に高い価値を持つ。「スイートスポット」製品としての評価は的を射ている19
将来性 / 修理性★★★★☆ (4.5)YGはモジュラー構造のスピーカーに対し、アップグレードパスを提供する実績があり、初期投資が保護されやすい34。金属製の極めて堅牢な構造は、数十年単位での使用を前提としており、長期的な信頼性は非常に高い。

このスピーカーにおける最大の「ネガティブ」要素は、欠点というよりも、その設計に根差した本質的な「特性」である。それは、密閉型エンクロージャーがもたらす低域の性格だ。速く、明瞭で、質感豊かだが、最高級のバスレフ型スピーカーが持つ圧倒的な量感や物理的なインパクトは提供しない。これはリスナーの好みや聴く音楽ジャンルに依存する選択であり、優劣の問題ではない。同様に、その極端なまでの透明性は、上流コンポーネントの僅かな欠点さえも白日の下に晒すため、システム全体に最高レベルのクオリティを要求する、ある意味で「厳しい」スピーカーとも言えるだろう。

5. 文脈の中の機械仕掛けの驚異:俯瞰的分析

Hailey 2.2の真の価値を理解するためには、現代ハイエンドスピーカー市場という大きな文脈の中に位置づけ、そのライバルたちとの思想的な対立を考察する必要がある。

巨人の激突:Hailey 2.2 vs. Magico S3 (2023)

YG AcousticsとMagicoは、ともに米国を拠点とし、密閉型、オールアルミ筐体、コンピューターによる最適化、そして測定データ主導の設計という、極めて近い思想を共有する「精神的な従兄弟」のような存在だ。両社とも、キャビネットを音響的に消し去ることを目指している。
しかし、その実現手段は異なる。YGがソリッドな塊からの削り出しにこだわるのに対し、Magicoは押し出し材のパネルを精緻な内部補強と共に組み立てる手法をとる27。ツイーターにおいても、YGのBilletDome(ハイブリッド構造)とMagicoのダイヤモンドコート・ベリリウム(単一素材の純度追求)は、好対照をなしている35。両者の音質差は、おそらく根本的なキャラクターの違いというよりは、高域のプレゼンテーションや中域の質感における、ニュアンスの差として現れるだろう。これは、同じ目的地を目指す二つの異なる登山ルートの選択と言えるかもしれない。

哲学の衝突:Hailey 2.2 vs. Bowers & Wilkins 802 D4

こちらは、より根源的な設計思想の対立である。YGは**「削減主義」の学校に属する。完璧な音は、スピーカー自身のあらゆる人工物を「取り除く」ことによってのみ得られると信じている3。対して、B&Wは

「進化主義」**の代表格だ。完璧な音は、バスレフ型で木材と金属の複合筐体という伝統的な形式を、数十年にわたる改良と、タービンヘッドやマトリックス構造といった先進技術によって、その共振を巧みに「制御」することで達成される30

この思想の違いは、サウンドシグネチャーに明確に反映される。Hailey 2.2のサウンドは、そのエンジニアリングの「結果」であり、ニュートラルで、速く、位相の揃った音である。一方、802 D4のサウンドは、そのエンジニアリングの「目標」であり、パワフルでダイナミック、そして多くのスタジオでリファレンスとして採用される、特有の「ハウスサウンド」を持つ37。B&Wはより高い能率を持ち、アンプに優しく、幅広い録音を魅力的に鳴らす懐の深さを持つだろう。YGはよりシステムに厳格さを求めるが、その先には、より純粋な音楽の真実が待っている可能性がある。

この三者からの選択は、単なる音の好みを超え、リスナーがどちらのエンジニアリング哲学に共感するかの表明でもあるのだ。

6. 結論と推奨

YG Acoustics Hailey 2.2は、機械的な共振を系統的に排除することこそが音響的な純粋さにつながるという、一つの揺るぎない工学的信念の産物である。それは並外れた透明性、スピード、そしてホログラフィックな音場再現能力を持ち、低域においては量よりも質を絶対的に優先するスピーカーだ。

このスピーカーを推奨するユーザー

  • 純粋主義者: 何よりも中立性、スピード、そして質感のディテールを優先するリスナー。
  • アコースティック音楽の愛好家: クラシック、ジャズ、ヴォーカルといった、楽器や声の生々しい質感を味わいたい人々。
  • システムの探求者: 強力でハイスピード、かつニュートラルな駆動力を持つアンプを所有し、スピーカーのポテンシャルを最大限に引き出すことに喜びを感じるオーディオファイル。
  • 空間の創造者: スピーカーの存在が完全に消え、音楽だけが空間を満たす体験を求めるリスナー。

別の選択肢を検討すべきユーザー

  • インパクト重視のリスナー: 主にハードロックやEDMを聴き、内臓を揺さぶるような物理的な低音のインパクトを求める人々。
  • ロマン派: 暖かく、より寛容で、どんな録音でも心地よく鳴らしてくれるようなロマンティックな音調を好む人々。
  • システムが発展途上のユーザー: Hailey 2.2は上流機器の欠点を容赦なく暴き出すため、システム全体のクオリティが伴っていない場合、その真価を発揮することは難しい。

総合評価: ★★★★★ (5.0)

YG Acoustics Hailey 2.2は、その価格帯における技術的なベンチマークであり、自らの設計哲学を完璧に実行した、一つの到達点と言える製品である。それは万人のためのスピーカーではないかもしれない。しかし、音楽の背後にある静寂の価値を理解し、録音に刻まれた情報の最後の一滴までを味わい尽くしたいと願う探求者にとって、これ以上の伴侶を見つけることは困難だろう。これは、聴くための道具であると同時に、オーディオ再生という芸術の根源を我々に問いかける、思索的なオブジェなのである。

引用文献

1. YG Acoustics - All about the music, https://www.yg-acoustics.com/
2. About Us - YG Acoustics, https://www.yg-acoustics.com/about-us/
3. yg - Positive Feedback, https://positive-feedback.com/Issue64/yg.htm
4. Technologies - YG Acoustics, https://www.yg-acoustics.com/technologies/
5. YG ACOUSTICS new /updated models at AXPONA 2019 - The Sound Advocate, https://www.thesoundadvocate.com/2019/04/yg-acoustics-new-updated-models-at-axpona-2019/
6. YG Acoustics Launches Hailey 2 - The Absolute Sound, https://www.theabsolutesound.com/articles/yg-acoustics-launches-hailey-2/
7. YG Acoustics Hailey 2.2 floorstanding loudspeaker - Hi-Fi+, https://hifiplus.com/articles/yg-acoustics-hailey-2-2-floorstanding-loudspeaker/
8. YG Acoustics Hailey 2.2 Floorstanding Loudspeaker Review The middleweight contender… Review By Phil Gold - Enjoy the Music.com, https://www.enjoythemusic.com/superioraudio/equipment/0220/YG_Acoustics_Hailey_22_Floorstanding_Loudspeaker_Review.htm
9. 新製品情報 YG ACOUSTICS Hailey2.2が遂に登場します!!, https://sisaudio.blogspot.com/2019/02/yg-acousticshailey22.html
10. Dealers - YG Acoustics, https://www.yg-acoustics.com/dealers/
11. Hi-Fi Voice - YG Acoustics Hailey 2.2 speakers - Dreamaudio, https://dreamaudio.eu/reviews/hi-fi-voice-yg-acoustics-hailey-2-2-speakers/
12. YG Hailey 2.2 - A10Audio, https://a10audio.nl/product/hailey-2-tweede-generatie/
13. YG Acoustics’ Newest Child – Hailey 2 Loudspeakers - SoundStageAustralia.com, https://www.soundstageaustralia.com/index.php/news/254-yg-acoustics-newest-child-hailey-2-loudspeakers
14. YG Acoustics Hailey 2.2 For Sale - Audiogon, https://www.audiogon.com/listings/lisad744-yg-acoustics-hailey-2-2-full-range
15. Hailey 2.2 - The Absolute Sound Editors Choice 2022 - YG Acoustics, https://www.yg-acoustics.com/reviews/hailey-2-2-the-absolute-sound-editors-choice-2022/
16. Hailey 2.2 - Cost-No-Object Loudspeaker of the Year - YG Acoustics, https://www.yg-acoustics.com/news/hailey-2-2-cost-no-object-loudspeaker-of-the-year/
17. Hailey 2.2 Does It Again - YG Acoustics, https://www.yg-acoustics.com/news/hailey-2-2-does-it-again/
18. Best Sound I’ve ever heard? The YG listening room | AudioShark Forums, https://www.audioshark.org/threads/best-sound-ive-ever-heard-the-yg-listening-room.19967/
19. Reviews - Page 3 - YG Acoustics, https://www.yg-acoustics.com/reviews/page/3/
20. Reviews - Page 2 - YG Acoustics, https://www.yg-acoustics.com/reviews/page/2/
21. Hailey 2.2 included in The Absolute Sound High-End Audio Buyer’s Guide 2022, https://www.yg-acoustics.com/news/hailey-2-2-included-in-the-absolute-sound-high-end-audio-buyers-guide-2022/
22. YG Acoustics Hailey 2.2 Loudspeaker $46,800 Review | Audiophilepure, https://audiophilepure.com/2020/12/11/yg-acoustics-hailey-2-2-loudspeaker-46800-review/

23. YG Acoustics Hailey 2.2 floorstanding loudspeaker - The Absolute …, https://www.theabsolutesound.com/articles/yg-acoustics-hailey-22-floorstanding-loudspeaker/
24. Feature Article - YG Acoustics: The Back Road to Colorado (5/2009) - SoundStage!, http://www.soundstagenetwork.com/features/200905_ygacoustics/
25. YG Acoustics Hailey 3 Loudspeaker - The Absolute Sound, https://www.theabsolutesound.com/articles/yg-acoustics-hailey-3-loudspeaker/
26. YG Acoustics Hailey 2.2 - Criterion Audio, https://criterionaudio.com/product/yg-acoustics-hailey-2-2/
27. Magico S3 2023 - The Audiobarn, https://theaudiobarn.co.uk/product/magico-s3-2023/
28. Magico S3 Loudspeaker: A New Sonic Benchmark in High-End Audio Performance, https://audio-exchange.com/products/magico-s3-floorstanding-loudspeakers
29. Magico S3 2023 Lab Report | Hi-Fi News, https://www.hifinews.com/content/magico-s3-2023-lab-report
30. 802 D4 - Flagship 800 Series Diamond floor-standing speakers | Bowers & Wilkins - Global, https://www.bowerswilkins.com/en/product/loudspeakers/800-series-diamond/802-d4/150238.html
31. 802 D4 Information Sheet - outlined fonts.indd - Bowers & Wilkins, https://www.bowerswilkins.com/on/demandware.static/-/Library-Sites-bowers_apac_shared/default/dw9959cf1c/downloads/802d4-information-sheet.pdf
32. YG Acoustics Hailey 2.2 Loudspeaker - The Absolute Sound, https://www.theabsolutesound.com/articles/yg-acoustics-hailey-2-2-loudspeaker/
33. Revisit: YG Acoustics Hailey 2.2 Floorstanding Loudspeaker Review - Chisto, https://chisto.com/revisit-yg-acoustics-hailey-2-2-floorstanding-loudspeaker-review/
34. YG ACOUSTICS Hailey 2.2に進化 - DynamicAudio 5555 H.A.L.3, https://dynamicaudio4f.wordpress.com/2019/05/14/yg-acoustics-hailey-2-2%E3%81%AB%E9%80%B2%E5%8C%96/
35. S3 — Magico Loudspeakers, https://www.magicoaudio.com/s-series-s3
36. Bowers And Wilkins - 802 D4 Floor-Standing Speakers (Pair) - Music Direct, https://www.musicdirect.com/equipment/speakers/bowers-and-wilkins-802-d4-floor-standing-speakers/
37. Bowers & Wilkins 802 D4 – Tech Reviews, https://www.lbtechreviews.com/test/speakers/bowers-wilkins-802-d4
38. Best Speakers 10k10k-20k Series: Bowers & Wilkins 804 D4 Review - The Absolute Sound, https://www.theabsolutesound.com/articles/best-speakers-10k-20k-series-bowers-wilkins-804-d4-review/

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