Audio Review Blog Logo
Boulder 2150 Mono Power Amplifier レビュー:静寂と力の源流

Boulder 2150 Mono Power Amplifier レビュー:静寂と力の源流

August 6, 2025
Boulder Amplifiers
2150 Mono Power Amplifier
boulder2150

オーディオ再生の頂を目指す旅路において、我々は一つの根源的なパラドックスに突き当たる。それは、無限の駆動力を持ちながら、同時に絶対的な無個性、完全なる静寂を体現する増幅器への渇望である。理想のアンプとは、何かを付け加える存在ではなく、むしろその「不在」によってその価値を証明するものではなかろうか。音楽信号という聖域に対し、一切の着色も、躊躇も、限界も見せることなく、ただ純粋なエネルギーの奔流としてスピーカーへと送り届ける。それは、あたかも完璧な鏡のように、入力された信号の真実のみを映し出す存在と言っても過言ではない 1

この峻厳なる理想を、金属の塊という物理的な形で具現化したのが、Boulder Amplifiers 2150 モノーラルパワーアンプである。このアンプは単なるオーディオコンポーネントではない。プロフェッショナル録音の世界、すなわち「正確性」が個人の嗜好ではなく、絶対的な前提条件として存在する領域にその源流を持つメーカーが、現代のハイエンドオーディオ界に突きつけた一つの哲学的な命題に他ならない 2

本稿では、このBoulder 2150という孤高の存在を多角的に分析し、その技術的な深淵と、それがもたらす音響的体験の本質に迫りたい。それは我々の「音楽性」や「忠実性」といった既成概念そのものを揺さぶり、オーディオ再生の目的とは何か、という根源的な問いを我々一人ひとりに投げかける旅となるに違いない。

関連記事

Boulder 2150 Mono Power Amplifier — Overview

  • メーカー: Boulder Amplifiers, Inc. 3
  • 型番: 2150 Mono Power Amplifier 4
  • 発売時期: 17年以上にわたり生産された2050の後継機として、2013年から2017年の間に市場に登場 5
  • 価格帯:
    • USD: 発売当初 99,000USD/ペア 5。現在、ディーラーにより 65,000USD/台($130,000/ペア)前後でリストされている 8
    • 日本円: 国内代理店価格で約 22,000,000円~26,620,000円/ペア(税込) 11
  • 主要スペック:
    • ピークパワー出力: 1,000W (8Ω), 2,000W (4Ω), 4,000W (2Ω) 4
    • 全高調波歪率 (THD, 1000W, 8Ω): 0.0008% (20Hz–2kHz), 0.0035% (20kHz) 4
    • 周波数特性: +0.00, -0.04 dB (20Hz~20kHz); -3dB @ 0.015Hz, 200kHz 4
    • 電圧ゲイン: 26 dB 4
    • 入力インピーダンス: 200kΩ (バランス) 4
    • 出力インピーダンス: 公称値 0Ω (無帰還) 5
      Stereophile誌による実測値 0.02Ω 14
    • 重量: 99.8 kg/台 4
    • 電源コネクター: 32A IEC規格 4

1. 第三者の視点:評価の交差点

いかなるオーディオ機器も、単一の視点からその全体像を捉えることはできない。Boulder 2150を取り巻く評価は、その技術的な卓越性への賞賛と、その音質的個性に対する活発な議論が交錯する興味深い様相を呈している。

メディア引用抜粋 (和訳+原文)評価点出典URLバイアス分析
Stereophile (M. Fremer)「全体的なサウンドは、音色はニュートラルで完全に透明でありながら、ややドライだと感じた。」 “I felt the Boulders’ overall sound, while tonally neutral and utterly transparent, was somewhat dry.” 1★★★★☆Link非常に信頼性が高い。Fremer氏は経験豊富な評論家であり、「ドライ」という批判は単なる否定ではなく、具体的かつ繊細なニュアンスを持つ。これは重要な批評であり、偏見に基づくものではない。
The Absolute Sound (A. Cordesman)「これはこれまでに作られた中で最も色付けが少なく、最高の性能を持つアンプの一つだ。」 “this one of the least-colored, best-performing amplifiers ever made.” 15★★★★★Link極めて肯定的。Cordesman氏はその中立性を絶対的な善と捉え、システムの他の部分の欠点を露わにすると評価する。これは一つの哲学的な立場だが、有効な分析である。メーカー貸与品と思われるが、分析は深く、Boulderの設計目標と一致している。
AudioShark Forum (user “bonzo”)「Boulderはよりクリーンで速いが、適切にマッチングされないと無機質に聞こえることがある。」 “Boulder is cleaner, faster, and can sound sterile if not matched properly.” 16★★★★☆Link経験豊富なユーザーの視点。システムの相性の重要性を理解しており、長所(クリーン、高速)と潜在的な短所(無機質)の両方を認識している。メーカーの影響を受けない、価値ある実世界のフィードバックと言える。
YouTube (Jay’s Audio Lab)「私がこれまでの人生で所有した中でナンバーワンのアンプです。」 “the number one amplifier that I have ever owned in my entire life.” 17★★★★★ (98/100)Link熱心なオーナーによるレビュー。確証バイアスの可能性はあるが、その情熱はより分析的な批評に対する有効なカウンターポイントとなる。彼のシステム(Magico M6スピーカー)におけるパフォーマンスに基づいた高い評価である。

これらの評価を集約すると、一つの明確なコンセンサスが浮かび上がる。2150は比類なき制御能力と中立性を備えた技術的な驚異である、と。しかし、その一方で、一貫して指摘される主観的な批評が存在する。それは「ドライ」あるいは「無機質」とも表現される音の質感である。これは決して全面的な非難ではなく、このアンプの個性を定義づける一貫した所見と言えよう。肯定的なレビューはその「正確性」を究極の目標として称賛し、より批判的なレビューは、その正確性が音楽的な魂を犠牲にしていないかと問いかける。

この「無機質」対「中立」という二項対立は、実はより深いオーディオ哲学の論争を代理しているのではないだろうか。評論家やユーザーは一貫して「ニュートラル」「透明」「クリーン」「高速」といった言葉で2150の音を表現する 1。これらはその技術的挙動を客観的に描写した言葉である。しかし、Michael Fremer氏を含む一部の観察者は、この中立性を「ドライ」「音楽の流れに欠ける」といった主観的な言葉で補足する 1。これは矛盾ではない。解釈の違いである。ある人が「完璧にニュートラル」と呼ぶ音を、別の人は「感情的に無機質」と体験する。したがって、この論争の核心は、アンプが正確であるかどうかではない。測定値がその正確さを証明しているからだ 14。真の論点は、

完璧な正確性こそが音楽再生において最も望ましい資質なのか、という点にある。Boulder 2150は、オーディオファイルが持つ信念の根幹を試すリトマス試験紙のような存在なのである。

2. 設計の哲学:妥協なきエンジニアリングの深淵

Boulder 2150の物理的な存在感と音響的な特性を理解するためには、その設計思想の根底に流れる哲学を解き明かす必要がある。それは、一切の妥協を排し、純粋な性能のみを追求するという、ある種の求道的な姿勢である。

BoulderのDNA:スタジオからオーディオファイルのリビングへ

Boulderの歴史は、プロフェッショナル向けの放送・録音機器製造にその端を発する 2。この出自こそが、彼らの設計哲学の根幹を形成している。録音スタジオにおいて、再生機器は音楽に自らの解釈を加えるべきではない。それは録音された音源を、ありのままに、いかなる色付けもなく再現するための「道具」でなければならない。1995年に発表された伝説的な2000シリーズは、この「妥協なき」哲学を完全に具現化したものであった。そこでは性能がデザインを決定し、コストは二の次とされた 2。2150は、このDNAを色濃く受け継ぐ直系の後継機なのである。

コア技術:支配力の三位一体

2150の圧倒的な性能は、相互に関連し合う三つの核心技術によって支えられている。

  1. 99H2 ゲインステージ: これは市販の部品ではない。Boulderが自社開発した、完全ディスクリート構成の表面実装型モジュラー・オペアンプであり、熱的安定性とシールドのためにポッティング(樹脂充填)されている 5。スタジオで伝説となった990ゲインステージの進化形であり、その目的は極めて低いノイズと歪み、高いスルーレート、広帯域幅で電圧増幅を行うことにある 5。モデル名の「H」は「High Voltage」を意味し、より高いヘッドルームと直線性を確保した動作を可能にする 19
  2. アクティブA級バイアス回路: これは2150の革新性を象徴する技術である。従来のA級アンプが常に最大バイアスで動作し膨大な熱を発生させるのに対し、2150は電圧、電流、負荷を常時監視するインテリジェントなアナログ回路を搭載している 5。音楽信号の急峻なトランジェントを検知すると、信号そのものよりも高速にバイアスを増加させて完全なA級動作を維持し、その後緩やかにバイアスを減少させる 5。これにより、A級動作の音質的純度(クロスオーバー歪みの不在)を、過大な発熱や電力消費というデメリットなしに実現している。結果として、この巨大なアンプは比較的に低温で動作することが可能となる 5
  3. ネガティブフィードバック(NFB)の積極的な活用: 「ゼロフィードバック」がマーケティング上の美辞麗句として多用されるハイエンドオーディオ界において、Boulderの哲学は際立っている。彼らは「適切に設計・実装されたフィードバックは、理想的な動作パラメーターとオーディオ帯域全体にわたる一定の群遅延(最大限にリニアな位相応答)を達成できる」と断言する 5。技術資料によれば、フィードバックはゲインの決定や帯域制限のために精密に用いられており、その適切な理解と活用こそがBoulder設計の真骨頂であるとされる。フィードバックを避ける設計思想は、初期の低速なオペアンプの限界から生まれた古い考え方であると、彼らは示唆している 21

これらの設計思想は、その物理的な構造にも色濃く反映されている。ヒートシンクは、約36kg(80ポンド)のアルミニウム塊から自社内のCNCマシンで削り出される 5。これは単なる美観のためではない。マイクロフォニック歪みの原因となる共振を排除し、機械的に不活性な筐体を作り出すためである 5。80個にも及ぶバイポーラ出力トランジスタは、ネジ止めではなく、CNC加工されたバーによってヒートシンクに圧着され、優れた熱伝導と信頼性を確保している 5。これはもはやオーディオ機器というより、軍事規格や航空宇宙産業の製品を思わせる、執念とも言えるエンジニアリングの結晶である。

Boulderの設計思想は、個々の技術が独立して存在するのではなく、一つの目的のために有機的に結びついた、自己完結的なシステムを形成している。絶対的な中立性という目標が、まず低ノイズ・低歪みを実現する独自の99H2ゲインステージを要求する。次に、その広帯域にわたる直線性と制御性を確保するために、ネガティブフィードバックが精密なツールとして導入される。このフィードバックループを安定かつ効果的に機能させるためには、ゲインステージ自体が極めて高速でなければならず、それが再び99H2の存在を正当化する。そして、このシステム全体にあらゆるスピーカーを駆動するためのエネルギーを供給するため、巨大な電源部と多数の出力素子が必要となる。この巨大な出力段をA級の純度で、しかし現実的な熱管理で動作させるために、革新的なアクティブバイアス回路が発明された。最後に、この高感度で高速な回路を、ノイズ源となりうる機械的振動から守るため、銀行の金庫のようなシャーシが削り出される。このように、一つの設計上の選択が次の選択を必然的に導き、すべてが「測定可能な完璧さ」という唯一の目標に収斂していくのである。

競合製品との技術的比較

このBoulderの哲学をより明確に理解するために、ハイエンドアンプ界の頂点に君臨する他の思想的ライバルたちと技術仕様を比較してみよう。この表は単なる数字の羅列ではない。それは、世界最高峰のアンプ設計者たちが抱く、異なるエンジニアリング哲学の物語を映し出す鏡である。Boulderの驚異的な低歪率、Dan D’Agostinoの圧倒的なパワー、Pass Labsの純A級動作へのこだわり、そしてGryphonのゼロフィードバックとA級の両立。これらの数字が、後に述べる主観的な音質の違いの客観的な根拠となる。

特徴Boulder 2150Dan D’Agostino Relentless MonoPass Labs Xs 300Gryphon Mephisto Solo
出力 (8Ω/4Ω/2Ω)1000W / 2000W / 4000W1500W / 3000W / 6000W300W (A級) / 600W (AB級)200W (A級) / 400W / 800W
全高調波歪率 (THD)<0.0008% (1kHz, 1000W, 8Ω)<0.007% (1kHz, 1500W, 8Ω)1% (定格出力時)<1% (定格出力時)
入力インピーダンス200kΩ (バランス)100kΩ (バランス)200kΩ (バランス)10kΩ (バランス)
ダンピングファクター>400 (0.02Ωから推定)>267200>400 (<0.025Ωから推定)
フィードバック哲学NFBの精密な活用ミニマリスト / 聴感チューニングミニマリスト / 「少量」ゼロ・グローバルNFB
重量 (1筐体あたり)99.8 kg258 kg61kg + 78kg (計139kg)108 kg

出典: 13

3. 音の探求:聴感上のインプレッション

技術的な理論は、それが聴感上の体験としてどのように現れるかを知って初めて意味を持つ。ここでは、2150の音質を巡る中心的な論争、すなわちその「個性」について深く掘り下げていく。

評論家 / メディア引用抜粋 (和訳+原文)出典URL
Michael Fremer / Stereophile「音のアタックとディケイは正確だが、その間のサステインは十分に表現されていなかった。」 “It reproduced precise attacks and ear-popping decays, but the sustains of notes between those attacks and decays were less than fully expressed.” 1Link
Anthony Cordesman / TAS「Boulder 2150は信じられないほどの予備電力と極めて高いダンピングファクターを持っている。」 “the Boulder 2150 has an almost incredible amount of reserve power and an extremely high damping factor.” 15Link
HIFICLUB / YouTube「トランジスタアンプでは珍しいシルキーでリキッドな音質も体験できました。」 “we were able to experience… the silky, liquid sound quality that is rare in a transistor amp.” 30Link

ジャンル別分析

クラシック音楽

2150の長所は、このジャンルで遺憾なく発揮される。その計り知れないパワーとダンピングファクターは、大型ウーファーを完全に掌握し、マーラーの交響曲におけるティンパニの連打を、恐ろしいほどの衝撃と質感で描き出す 5。限りなく低いノイズフロアは漆黒の背景を創り出し、そこから楽譜をめくる音やヴァイオリニストの息遣いといった微細なダイナミクスが、驚くほどの明瞭さで浮かび上がる 14。サウンドステージは広大かつ安定しており、各楽器の位置は空間に寸分の狂いもなく定位する 1。これはもはやアンプというより、高解像度の音響イメージング装置と呼ぶべきかもしれない。

ジャズ & アコースティック音楽

この領域で、2150を巡る議論は激しさを増す。一方では、そのスピードと正確性は息をのむほどである。スティール弦を弾くピックのアタック、ウッドベースの弦が指板を叩く音、ドラムのリムショットの鋭いトランジェント。これらすべてが、一切の滲みや遅延なく再現される。しかし、ここでFremer氏の「サステイン(持続音)」に関する批評が重要性を持ってくる 1。ピアノの和音の豊かな響きの減衰や、サックスの暖かく共鳴するような響きが、やや短く、あるいは「十分に表現されていない」と感じられる可能性がある。基音は完璧だが、音に暖かみと「生命感」を与える倍音の雲が、少し希薄に感じられるかもしれない。これこそが「ドライ」という印象の源泉であろう。それは超現実的(ハイパーリアリスティック)ではあるが、ロマンティシズムには欠けるかもしれない。興味深いことに、HIFICLUBのレビューでは「シルキーでリキッドな音質」という対照的な評価がなされており 30、これは適切なシステム(Kaiser Acoustics製スピーカー)との組み合わせによっては、このアンプが異なる表情を見せることを示唆している。システムマッチングの重要性がここに示されていると言えよう。

ロック & エレクトロニックミュージック

これらのジャンルにおいて、2150は最終兵器と呼ぶにふさわしい。低域の制動力は絶対的である。Stereophile誌のレビューでは、Wilson AudioのAlexandria XLFのウーファーを、リファレンスアンプよりも「強力なクランプ力で掴んだ」と評されている 5。複雑にレイヤー化されたシンセサイザーのトラックは容易に解きほぐされ、一つ一つの音が明瞭に分離する。そのスピードと「起動・停止のパワー」 5 は、音楽のリズムとペースを、内臓を揺さぶるような物理的な力として伝えてくる。そこには一切の膨らみも、余分な響きもない。ただ純粋で、制御されたエネルギーだけが存在する。

4. 評価:多角的な価値の検証

Boulder 2150の価値を正当に評価するためには、その性能を複数の軸から客観的に分析する必要がある。

評価軸採点 (5点満点)解説
技術性能5.0測定値は、誇張抜きに最先端である。限りなくゼロに近い歪み、予測通りに倍増する巨大なパワー、ほぼゼロの出力インピーダンス、そして極めて低いノイズフロア。それは最高級の測定器の能力さえも試すほどの、エンジニアリングのベンチマークと言える 14
音楽的魅力4.0このスコアは主観的な評価の分岐を反映している。明瞭さ、スピード、制御能力を至上とするリスナーにとっては5.0点に値するだろう。しかし、「ドライ」なキャラクターや表現力に乏しいとされる「サステイン」1 という一貫した批評は、暖かみや豊かな倍音を好むリスナーの心には響かない可能性があることを意味する。聴き手を誘惑するのではなく、注意を要求するアンプである。
ビルドクオリティ5.0他に類を見ない。アルミニウムの塊からの自社CNC削り出し、共振を排除したインターロック構造の筐体、そして細部への執拗なこだわりは、単なるオーディオ機器の域を超え、最高級の工業製品としての品格を備えている 5
価格対価値3.5この価格帯において「価値」は複雑な概念となる。価格は天文学的である 5。しかし、その性能、製造品質、そして一部の競合製品がさらに高価であることを考慮すれば、特定の設計哲学の頂点としての価値は存在する。Boulder製品の長いライフサイクルも長期的な価値を高める要素である 5
将来性 / 修理性5.0Boulderの製品サイクルは非常に長いことで知られる(前モデルの2050は17年間生産された)5。また、卓越した信頼性に関する逸話も多い 32。企業の安定性と完全な自社生産体制は、長期的なサポートを期待させる。これは次世代に受け継ぐべき資産(heirloom)としての品質を備えている。

結論

肯定的な側面:

  • 比類なき技術的測定値
  • あらゆるスピーカーに対する絶対的な制御能力
  • 無限のダイナミックヘッドルーム
  • 最高水準の製造品質と信頼性
  • 明確で一貫した設計哲学

考慮すべき側面:

  • 極めて高価であること
  • 特別な設置を要する巨大な重量とサイズ
  • 「ドライ」あるいは「分析的」と評される可能性のある音質的個性
  • システムのポテンシャルを最大限に引き出すための、慎重なコンポーネント選定の必要性

総括すると、Boulder 2150は万人のためのアンプではなく、またそうあろうともしていない。それは「録音された信号に対する、完全に透明で、無限の力を持つ窓となる」という唯一無二のビジョンを、一切の妥協なく実行した結果である。その「欠点」とされるものは、エンジニアリングの失敗ではなく、むしろその客観的な成功がもたらした、主観的な帰結なのである。

5. 俯瞰的視点:ハイエンドオーディオにおける座標

Boulder 2150を単体の製品としてではなく、ハイエンド・アンプリフィケーションという思想の地図における一つの座標として捉えることで、その真の存在意義が明らかになる。現代の頂点に立つアンプ設計は、大きく三つの思想的潮流に分類できるのではなかろうか。

第一の潮流:純粋性の学派 (The School of Purity)
Boulderはこの学派の最も純粋な代表である。彼らの信念は、アンプの役割が純粋な測定と完璧な忠実性のための「道具」であるという点にある。理想は「ゲインを持つ一本のワイヤー」であり、主観的な「音作り(voicing)」は歪みの一形態と見なされる。2150は、工学的な指標をその論理的帰結まで追求した時に何が可能になるかを示す、彼らの最高傑作である。
第二の潮流:芸術性の学派 (The School of Artistry)
Pass LabsやDan D’Agostinoがこの潮流を代表する。技術的な能力は必要不可欠だが、最終目標は感情に訴えかける音楽体験である、という信念を持つ。設計者は、コンポーネントに「音」を与える芸術家である。Nelson Passは歪みの「キャラクター」を選択することや、シンプルな回路の重要性について語る 33。Dan D’Agostinoは「測定値がどうであれ気にしない」「音のために設計する」と公言している 35。彼らのアンプは、美を創造するために設計された「楽器」に近い存在と言える。
第三の潮流:偶像破壊の学派 (The School of Iconoclasm)
Gryphon Audioはこの潮流の旗手である。彼らは、音響的真実への異なる道筋を追求するため、特にグローバル・ネガティブフィードバックといった既存の工学的定説の一部を拒絶する 24。そして、巨大で強力なバイアスをかけた純A級出力段と、巨大な電源部という力ずくのエレガンスによって、安定性と制御性を達成する。
これらのアンプの中から一つを選ぶという行為は、単に「良い」「悪い」を判断することではない。それは、オーディオ再生の目的について、自らが深く信じる哲学を選択する行為に他ならない。Boulder 2150の価値は、その性能だけでなく、**「自分は客観的な真実を求める科学者なのか、それとも主観的な美を求める芸術愛好家なのか?」**という根源的な問いを、これ以上ないほど明確な形で我々に突きつける点にあるのかもしれない。

6. 結論と提言

Boulder 2150は、オーディオ再生の一つの極致を体現する記念碑的な製品である。それは、いかなるスピーカーをも完全に支配下に置き、音楽信号の最後のヴェールを剥ぎ取る、驚異的な精密さとパワーを備えたツールである。

このアンプを推奨したいユーザー

  • 分析的なリスナー: アンプによるいかなる解釈も介さず、録音に含まれるすべてのディテールを聴き取りたいと願う人。
  • 駆動が困難なスピーカーの所有者: 大型のWilson Audio、Magico、Focalなど、絶対的な制御能力と無限のパワーを要求するスピーカーを所有している人 5
  • システムビルダー: 完全にニュートラルで安定した信頼性の高い核を中心に、他のコンポーネントで音作りをしたいと考えている人。

慎重な検討を要するユーザー

  • アンプに固有の暖かみや豊かな色彩を求めるリスナー: このアンプは、そのようなキャラクターを付加するようには設計されていない。
  • すでにシステム全体が明るい、あるいは分析的な傾向にある場合: 2150はその傾向をさらに強調する可能性があるため、慎重なマッチングが求められる。
  • 物理的・予算的な制約がある場合: その極端な価格、重量、サイズは、多くのオーディオファイルにとって現実的な選択肢とはなり得ない。

将来性

純粋なアナログ設計の完成形である。また、このアンプを「改造」するという概念は、その設計哲学全体と相容れない冒涜的な行為であり、その完全性と価値を破壊するだろう。

総合評価:★★★★☆ (4.5/5)

Boulder 2150は、オーディオエンジニアリングにおける偉大な達成である。それは最もロマンティックで、最も寛容なアンプではないかもしれない。しかし、音楽信号に対する揺るぎなく、汚されることのない導管となる、というその本来の目的において、その性能は比類なきものと言えるだろう。それは音楽を奏でる「楽器」というよりは、真実を探求する「科学機器」に近い。良きにつけ悪しきにつけ、解釈ではなく、真実そのものを我々に提示してくれるのだ。


参考文献 / 参照リンク

引用文献

1. Boulder Amplifiers 2150 monoblock power amplifier Page 2 - Stereophile.com, https://www.stereophile.com/content/boulder-amplifiers-2150-monoblock-power-amplifier-page-2
2. About Boulder Amplifiers - History - Boulder Amplifiers, https://boulderamp.com/about-boulder-amplifiers/
3. Boulder Amplifiers 2150 monoblock power amplifier Specifications - Stereophile.com, https://www.stereophile.com/content/boulder-amplifiers-2150-monoblock-power-amplifier-specifications
4. 2150 Mono Power Amplifier - 2100 Series, https://boulderamp.com/products/2150-mono-power-amplifier/
5. Boulder Amplifiers 2150 monoblock power amplifier | Stereophile.com, https://www.stereophile.com/content/boulder-amplifiers-2150-monoblock-power-amplifier
6. Boulder Debuts 2100 Series Components at 2013 Hong Kong High End Show, https://www.theabsolutesound.com/articles/boulder-debuts-2100-series-components-at-2013-hong-kong-high-end-show/
7. Review of the the 2150 Mono Amplifier in Stereophile Magazine, https://boulderamp.com/review-2150-mono-amplifier-stereophile-magazine/
8. Boulder Amplifiers 2150 Mono Power Amplifier | Music Lovers Audio, https://www.musicloversaudio.com/product-page/boulder-amplifiers-2150-mono-power-amplifier
9. Boulder Amplifiers, Preamplifiers, Phono, DACs | Music Lovers Audio, https://www.musicloversaudio.com/shop-boulder-amplifiers
10. Power Amplifiers - Reference Analog, https://www.referenceanalog.com/collections/power-amplifier
11. 【2023東京インターナショナルオーディオショウ速報】D棟5F アクシス/ヨシノトレーディング/ユキム - Stereo Sound ONLINE, https://online.stereosound.co.jp/_ct/17665024
12. 2150 MONO POWER AMPLIFIER / Boulder - U-AUDIO, https://www.u-audio.com/shopdetail/000000008467/
13. Boulder 2150 Mono Amplifier - Reference Analog, https://www.referenceanalog.com/products/boulder-2150-mono-amplifier
14. Boulder Amplifiers 2150 monoblock power amplifier Measurements …, https://www.stereophile.com/content/boulder-amplifiers-2150-monoblock-power-amplifier-measurements
15. Boulder 2150 Mono Power Amplifier and 2110 Preamplifier - The Absolute Sound, https://www.theabsolutesound.com/articles/boulder-2150-mono-power-amplifier-and-2110-preamplifier/
16. Boulder 2150 Stereophile review | AudioShark Forums - High End Audio, Stereo and Home Theater Systems Discussions, https://www.audioshark.org/threads/boulder-2150-stereophile-review.11264/
17. Jay’s take on the Boulder 2150 monoblocks! - YouTube, https://www.youtube.com/watch?v=lhKf-g-Vs_A
18. Boulder Amplifiers - PS Audio, https://www.psaudio.com/blogs/copper/boulder-amplifiers
19. 2150 Tech Paper - Boulder Amplifiers, http://boulderamp.com/wp-content/uploads/2150-Tech-Paper.pdf
20. Boulder 2160 Stereo Amplifier - Reference Analog, https://www.referenceanalog.com/products/boulder-2060-stereo-amplifier
21. 3060 Tech Paper - Boulder Amplifiers, https://boulderamp.com/wp-content/uploads/3060-Tech-Paper-email.pdf
22. Untitled - Dan D’Agostino Master Audio Systems, https://dandagostino.com/files/sell-sheet-epic-1600-mono-amplifier_4652.pdf
23. D’AGOSTINO Relentless Mono - Audiohum, https://www.audiohum.com/gb/discontinued-product/d-agostino-relentless-mono
24. Mephisto - Gryphon Audio, https://gryphon-audio.dk/the-collection/power-amplifiers/mephisto/
25. XS300 - Pass Labs, https://www.passlabs.com/products/xs300/
26. Pass Labs XS 300 - USA Tube Audio, https://www.usatubeaudio.com/product/amplification/power-amps/pass-labs-xs-300/
27. Xs 300 / Xs 150 Owner’s Manual - Pass Labs, https://www.passlabs.com/wp-content/uploads/2019/12/Xs-amp_om.pdf
28. Pass Labs XS300 - Ljudshopen, https://www.ljudshopen.se/produkt/pass-labs-xs300/
29. Gryphon Mephisto Mono Power Amplifier Pair with StandArt Plinths Ex Demo - DB Hifi, https://www.dbhifi.co.uk/product/mephisto-mono-amplifier-with-plinths/
30. [Audio Session] The Fateful Encounter of Boulder and KAWERO! | Part 2 - YouTube, https://www.youtube.com/watch?v=yM2UD2kzj9U
31. Boulder 1060 power amplifier | Stereophile.com, https://www.stereophile.com/content/boulder-1060-power-amplifier
32. Boulder + dCS (2160 review) - Audio Systems, https://dcs.community/t/boulder-dcs-2160-review/6482
33. INTERVIEW NELSON PASS OF PASS LABS AND … - Moremusic.nl, https://www.moremusic.nl/pass_labs/Brochures/interview-HifiPig_NelsonPass.pdf
34. Nelson Pass Interview - Audiophile Review, https://audiophilereview.com/amps/nelson-pass-interview/
35. Dan D’Agostino - Positive Feedback, https://positive-feedback.com/interviews/dan-dagostino-interview/
36. Heritage - Gryphon Audio, https://gryphon-audio.dk/heritage/
37. Boulder 866 Integrated - Full Review : r/audiophile - Reddit, https://www.reddit.com/r/audiophile/comments/q6w2nu/boulder_866_integrated_full_review/
38. The Focal—JM Lab Utopia III ‘Grande Utopia EM’ Loudspeaker - Audiophilia, https://www.audiophilia.com/reviews/2016/3/17/the-focal-jm-lab-utopia-iii-grande-utopia-em-loudspeaker