成功とは、時として創造者にとって最も重い足枷となる。一度、時代を定義するほどの象徴的な製品を生み出してしまったブランドは、「継承」という名の十字架を背負う運命にあるのではなかろうか。2018年に登場した初代Meze Empyreanは、まさにそのような存在であったと言っても過言ではない。それは単なるヘッドホンではなく、人間工学に基づいた至高の快適性と、暖かく音楽的なサウンド、そして工芸品のごとき造形美を融合させた、一つの思想の表明であった1。
Empyreanは、ハイエンドオーディオ市場において「機能的な芸術品」という新たな地平を切り拓いた。しかし、その成功は同時に、次なる問いを突きつける。完璧に近づいたかに見えた存在を、いかにして超えるのか。続編の目的とは何か。それは、前作の欠点を修正することか、新たな聴衆を獲得することか、あるいは確立された方程式をさらに洗練させることなのか。
この難題に対し、ルーマニアのMeze Audioとウクライナの音響技術集団Rinaro Isodynamicsが再び手を携え、一つの回答を提示した。それが、今回探求するMeze Empyrean IIである3。これは単なるモデルチェンジではない。初代が築き上げた遺産と向き合い、そのアイデンティティを消し去ることなく進化を遂げるという、極めて哲学的な試みの結晶に違いない。我々はこのEmpyrean IIを解剖し、その音の深淵に潜り、継承という十字架が祝福へと昇華されたのかどうかを見極めたい。
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Meze Empyrean II — Overview
主要スペック
- ドライバー形式: Rinaro Isodynamic Hybrid Array® [MZ3]5
- 形式: 開放型、アラウンドイヤー5
- 周波数特性: 8 – 110,000 Hz5
- インピーダンス: 32 Ω5
- 感度: 105 dB SPL @ 1 V, 1 kHz (一部資料では90 dB SPL/mWと記載されているが、これは測定基準の違いによるものと考えられる)5
- THD (全高調波歪): <0.05% (一部資料では周波数帯域全体で<0.1%または<0.5%と記載)5
- 重量: 385 g(イヤーパッドなし)、約455 g(イヤーパッド装着時)3
(出典: Meze Audio 公式サイト8)
1. 声の合唱 — 世界の評価
新たなフラッグシップの登場は、オーディオコミュニティという名の劇場に新たな演目がかかるようなものだ。Empyrean IIも例外ではなく、世界中の批評家や愛好家から様々な声が寄せられている。我々自身の評価を下す前に、まずはこの多声的な合唱に耳を傾け、その響きの中から客観的な輪郭を捉えることから始めよう。
メディア (Media) | 引用抜粋 (和訳+原文) | 評価点 (Rating) |
---|---|---|
Headfonics | 「初代Empyreanのサウンドのファンを納得させることはないだろうが、以前よりもはるかに幅広い層の聴衆にアピールするはずだ」“Will not win over fans of the original Empyrean sound… should appeal to a much wider audience than before.”14 | 8.5/10 |
What Hi-Fi? | 「低音域はパンチとパワーをもって鳴り響く…ダイナミクスがもう少し自由奔放であればよかったのだが」“the lows come through with punch and power… it would be nice to have more free-flowing dynamics.”15 | ★★★★★ |
MajorHiFi | 「Empyrean IIは、これまでで最も厳格なステレオ精度を特徴としながら、同じことを実現する方法を見出している」“the Empyrean II finds a way to do the same thing while featuring its strictest stereo accuracy yet.”16 | (No Score) |
The HEADPHONE Show (Resolve) | 「Empyrean 2は以前のモデルよりも大幅な改善だが、チューニングはずっと『普通』になった」“The Empyrean 2 is a massive improvement over the previous models, but its also far more ‘normal’ for the tuning.”17 | (No Score) |
Head-Fi User “Gizm0Guru” | 「純粋な中立性を犠牲にし、チューニングに芸術的な自由を取り入れている…その結果は、驚異的で、広々とし、暖かく、きらめく音の球体だ」“It is a headphone that sacrifices pure neutrality and takes some artistic liberties with the tuning - and the result is a phenomenal, spacious, warm and glistening sphere of sound…“18 | ★★★★★ |
Reddit User “HeadEuphony” | 「アコースティック、ジャズ、クラシック音楽では少し物足りなかった。その音色は他の技術的側面に及ばなかった」“Where it falls a bit short to me was on acoustic, jazz and classical music, where its timbre was not on par with the other technical aspects.”19 | (No Score) |
Reddit User “rileycw4” | 「Empyrean 2はよりクリーンなサウンドだ。技術的にはより印象的だが、ロマンティックさに欠ける」“Empyrean 2 is a cleaner sound. It is more technically impressive but less romantic.”20 | (No Score) |
集計と分析:
レビュー全体を俯瞰すると、一つの明確な潮流が見えてくる。まず、ビルドクオリティ、快適性、そして美学に対する賞賛は、ほぼ満場一致である14。音質に関しては、初代Empyreanと比較して「より明瞭で、ディテール豊か、そしてニュートラルになった」という点でコンセンサスが形成されている3。これは、前作が時に指摘された技術的性能の甘さを克服しようとする、メーカーの明確な意図の表れであろう。
しかし、この進化は代償を伴う。一部の初代からの愛好家は、その独特の「ロマンティック」あるいは「魔法のような」キャラクターが失われたと嘆いている20。また、高域に僅かな鋭さや刺さりを感じるという指摘や15、同クラスの競合機と比較してダイナミクスの表現がやや抑制的に感じられるという意見も散見される15。
ここから導き出されるのは、Empyrean IIが単なる改良ではなく、戦略的な市場再配置を意図した製品であるという事実だ。Mezeは、初代の個性的で時に賛否を呼ぶ暖かさの一部を、より普遍的に受け入れられやすい技術的熟練度と交換した。これは、より多くの聴衆にアピールし、競合ひしめく市場で確固たる地位を築くための、計算された決断に違いない。結果として、Empyrean IIはより安全で、しかしある意味ではより個性の薄い選択肢となったのかもしれない。
2. 形態の創生 — 芸術性と工学の融合
Meze Audioの製品を理解するには、まずその哲学の根源に触れる必要がある。2011年、デザイナーのアントニオ・メゼによってルーマニアのバイア・マーレで設立されたこのブランドは、一貫して「時代を超越したデザイン、耐久性、そして純粋な快適性」を追求してきた4。彼らにとってヘッドホンとは、使い捨ての電子機器ではなく、世代を超えて受け継がれるべき「家宝」なのである1。この思想は、Empyrean IIの隅々にまで浸透している。特に、ほぼ全ての部品が分解・交換可能であるという完全な修理可能性へのこだわりは、その哲学の最も雄弁な証左と言えよう11。
技術的深淵:Rinaro Isodynamic Hybrid Arrayドライバー
この哲学を音響的に具現化するのが、ウクライナのRinaro Isodynamics社との協業によって生まれたIsodynamic Hybrid Arrayドライバーである3。この技術の核心は、一枚の振動板上に二種類の異なる形状のボイスコイルを配置するという、他に類を見ない独創的なアプローチにある24。
- スイッチバック・コイル (Switchback Coil): ドライバー上部に配置された、ジグザグ形状のコイル。これは低周波数帯域の再生に最適化されており、豊かで量感のある低音を生み出す役割を担う12。
- スパイラル・コイル (Spiral Coil): ドライバー下部、耳道の真上に位置する渦巻き状のコイル。こちらは中高周波数帯域の再生に特化している。この配置により、音波が耳介で反射することによる時間的遅延を最小限に抑え、より直接的に鼓膜へと届けることで、定位感と解像度を向上させることを意図している12。
この二つのコイルを駆動する振動板は、Rinaro Isoplanar® [MZ3]と名付けられた、わずか0.16gという驚異的な軽さを誇るカスタムポリマーフィルムだ5。4650
mm2という広大な有効面積と相まって、110,000 Hzにまで達する超高解像度再生を可能にしている。Empyrean IIでは、この基本構造は踏襲しつつも、新たな音響メッシュとダンパーシステムを開発・導入することで、よりニュートラルでディテール豊かなサウンドシグネチャーへとチューニングが施された14。これは、初代の音楽性を維持しつつ、技術的な完成度を高めるという困難な目標に対する、Mezeの工学的な回答なのである。
競合との技術仕様比較
Empyrean IIの設計思想は、競合製品との比較によってさらに鮮明になる。
特徴 (Feature) | Meze Empyrean II | Audeze LCD-5 | Dan Clark Audio Expanse | ZMF Caldera |
---|---|---|---|---|
ドライバー形式 | 平面磁界型 (Isodynamic Hybrid Array) | 平面磁界型 (Parallel Uniforce™) | 平面磁界型 (V-Planar) | 平面磁界型 (CAMS) |
インピーダンス | 32 Ω | 14 Ω | 約23 Ω | 60 Ω |
感度 | 105 dB/1V | 90 dB/1mW | 非公開 | 約95 dB/mW |
重量 | 約455 g | 420 g | 418 g | 490–550 g |
主要技術 | デュアル・ボイスコイル、Isomagneticパッド | Fluxor™マグネット、Fazor™ウェーブガイド | AMTSウェーブガイド、自動調整式ストラップ | CAMS技術、Atriumダンピングシステム |
出典 | 5 | 27 | 29 | 31 |
この表から読み取れるのは、Empyrean IIが極端な技術指標の追求よりも、使いやすさと快適性を重視しているという事実だ。32 Ωという低いインピーダンスと105 dB/1Vという比較的高めの能率は、HIFIMAN Susvaraのような駆動に大出力を要求するヘッドホンとは対照的に、ポータブルソースを含む幅広いアンプでの使用を可能にする33。また、重量は最軽量ではないものの、その卓越した重量配分とサスペンションシステムは、クラス最高の快適性を実現していると広く認められている14。デュアル・コイルドライバーというアプローチも、純粋な解像度競争ではなく、より人間工学的な観点から音の伝達を最適化しようとする試みと言えるだろう。
Mezeのエンジニアリングは、真空の中で行われるのではない。それは彼らの哲学の直接的な反映である。Empyrean IIは、音響性能と快適性、そしてユーザビリティが等しく重視された、総合的に快適なフラッグシップ体験を提供するべく設計されている。これこそが、より技術的に先鋭的、あるいは物理的に挑戦的な競合製品に対する、Empyrean IIの明確な存在意義なのである。
2.5. 客観的指標 — 測定データから見る音響特性
主観的な聴感印象を補強し、その音響的挙動を客観的に理解するために、測定データは不可欠な羅針盤となる。Empyrean IIは、そのチューニングの進化を裏付ける、興味深い測定結果を示している17。
周波数特性 (Frequency Response)
測定データは、二種類のイヤーパッドがもたらす音響的個性の違いを明確に可視化する17。
- Duo (Hybrid) パッド: このパッドを装着した際の周波数特性は、緩やかなV字型を描く。これは、暖かみのある低域の持ち上がりと、明瞭さを確保するための高域のエネルギーを両立させるチューニングであり、「Sennheiser HD 800 Sに低音の暖かみを加えたような音色」と評される所以である17。ただし、いくつかの測定では6kHz付近に顕著なピークが確認されており、これが一部のレビューで指摘される高域の鋭さの原因である可能性が示唆される17。また、中低域(アッパーベース)がやや厚めに響く傾向もデータから読み取れる17。
- Angled Alcantara (Suede) パッド: パッドを交換すると、特性は劇的に変化する。Duoパッドで見られた低域の持ち上がりは解消され、全体的により明るく、リーン(痩身)なプレゼンテーションへと移行する17。これは、よりニュートラルで分析的な聴取を好むユーザーに向けた選択肢と言えるだろう。また、中低域の厚みがなくなることで、イコライザーによる調整がより容易になるという利点もある17。
全高調波歪 (Total Harmonic Distortion - THD)
Empyrean IIのTHD特性は、極めて優秀であると言わざるを得ない。測定によれば、90dBという大音量時でも歪率はほとんどの帯域で0.2%を下回り、2次および3次高調波が主体となっている17。さらに驚くべきは、110dBという、聴覚に危険を及ぼすほどの音圧レベルにおいても、その低い歪率を維持している点だ17。これは、ドライバーの設計が非常に堅牢であり、大入力に対しても線形性を失わないことを意味する。この特性は、ユーザーがイコライザーを用いて、特に低域を大幅にブーストするような大胆な音質調整を行ったとしても、歪みによる音質劣化を心配する必要がないという、大きな実用的利点をもたらす17。
考察
これらの測定データは、Empyrean IIが初代から「大幅な改善」を遂げ、より「正常な」チューニングへと進化したという多くの主観的評価を客観的に裏付けている17。Mezeは、初代の持つ独特のキャラクターと、現代のハイエンド市場で求められる技術的性能との間で、巧みなバランスを取ろうと試みた。その結果が、イヤーパッドによって二つの異なる顔を持つ、この極めて歪みの少ない、技術的に成熟したヘッドホンなのである17。
3. 聴覚の体験 — 印象主義者の記述
技術仕様という設計図を、我々は今から感覚という名の色彩で満たしていく。ここでは、Empyrean IIが奏でる音の世界を、他の批評家たちの言葉を借りつつ、そして私自身の耳を通して、鮮やかに描き出すことを試みたい。特に、二種類のイヤーパッドがもたらす音響的変容は、このヘッドホンの核心をなす重要な要素である。
レビュアー / 媒体 (Reviewer / Media) | 引用抜粋 (和訳+原文) |
---|---|
Drew Baird (Moon Audio) | 「プレゼンテーションは驚異的だ…コンサートで使われるラインアレイスピーカーシステムのようだ」“The presentation is astounding - it’s like the Line Array Speaker systems used at concerts.” 35 |
What Hi-Fi? | 「Empyreanの中音域は明瞭で、豊かで、よく前に出ている」“The Empyrean’s midrange is articulate, full-bodied and projected well…” 15 |
The Source A/V | 「Empyrean IIは、Mezeが作った中で最も技術的に完成されたサウンドのヘッドホンだと私は信じている」“The Meze Empyrean II is the most technically complete sounding headphone Meze has made, I believe…” 13 |
Headfonics | 「初代Empyreanとは非常に異なるサウンドのヘッドホンだ」“…this is a very different-sounding headphone to the one that came out five years ago.” 14 |
リスニング・インプレッション
Duoイヤーパッド装着時 (「現代のMezeサウンド」)
レザーとアルカンターラのハイブリッド素材で構成されたDuoパッドは、Empyrean IIのより音楽的で情熱的な側面を引き出す15。これは、伝統的なMezeのハウスサウンドを、より高い解像度で再解釈した音と言えるだろう。
クラシック音楽では、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」を聴くと、弦楽器セクションが豊潤な響きをもって立ち上がり、ティンパニの打撃には権威ある重みが伴う15。音の分離は良好で、各楽器群が混濁することなく、壮大なスケール感を提示する。しかし、最高峰の競合機と比較すると、楽器間の空間、いわゆる「空気感」の表現がやや控えめで、音場が密集して感じられる瞬間があるかもしれない15。
ジャズ、例えばBill Evans Trioの演奏では、Duoパッドの暖かみがピアノの音色に心地よい厚みを与え、ウッドベースの弦の振動がリアルな質感をもって伝わってくる15。ボーカルは明瞭かつ表現力豊かで、親密な空間で演奏を聴いているかのような没入感が得られる36。これは、長時間聴き続けても疲労を感じさせない、リラックスしたリスニング体験を提供する。
EDMやヒップホップといった現代的なジャンルでは、このパッドの真価が発揮される。力強く、パンチの効いた低音は、ビートに確かな土台を与え、リスナーの身体を揺さぶる36。Kanye Westの「POWER」のような複雑なプロダクションの楽曲でも、サンプリングされた各要素が明瞭に分離され、混沌とすることなく、エネルギッシュな全体像を構築する36。
Angled Alcantaraイヤーパッド装着時 (「テクニカルサウンド」)
角度がつけられた総アルカンターラ製のパッドに交換すると、Empyrean IIの性格は一変する。音はよりニュートラルで分析的な方向へとシフトし、まるで別のヘッドホンを手にしたかのような印象を受ける14。
クラシック音楽では、Duoパッドで感じられた音場の密集感が薄れ、より広大で風通しの良い空間が広がる15。楽器間の分離がさらに向上し、オーケストラの微細なニュアンスや、ホールの残響といったディテールがより鮮明に浮かび上がる。これは、複雑な構成の楽曲を分析的に聴き込む際に、大きな利点となるだろう。
ジャズでは、低音の暖かみが後退し、より速くタイトな表現になる21。これにより、シンバルの金属的な響きや、ピアノのアタックがより際立ち、演奏全体の輪郭がシャープになる。ボーカルはより前面に出て、その息遣いまで感じられるほどの解像度を示すが、Duoパッドが持っていた豊かな情緒はいくらか薄れるかもしれない。
EDMやロックでは、低音の量感が減ることで、サウンド全体のバランスが変化する。一部のレビュアーが指摘するように、このパッドでは低域高音(lower treble)にエネルギーのピークが感じられることがあり、シンセサイザーや歪んだギターの音がやや鋭く、刺激的に響く可能性がある15。これは、より高い解像度と引き換えに生じるトレードオフと言える。
SoundstageとImaging
イヤーパッドの種類にかかわらず、Empyrean IIの定位感と分離能力は一貫して卓越している16。その音場は、人為的に広大さを演出するタイプではなく、リアルで焦点の定まった空間を描き出す。これにより、まるでスタジオのコントロールルームや、ライブハウスの最前列で聴いているかのような、親密でありながら没入感の高い体験が生まれる16。これは、初代Empyreanよりも広く、より三次元的な表現力を獲得した、明確な進化点である36。
この二つのイヤーパッドは、単なる付属品ではない。それは、Mezeがユーザーに提示した、音響哲学における選択肢そのものである。Isomagnetic™技術による容易な着脱機構は14、気分や音楽ジャンルに応じてヘッドホンの性格を自在に変えることを可能にする。この驚くべき多様性こそが、Empyrean IIを単なる優れたヘッドホンから、真に特別な存在へと引き上げている要因に他ならない。
4. 貸借対照表 — 批判的評価
いかなる芸術品も、批評という名の審判から逃れることはできない。ここでは、Empyrean IIを多角的な視点から冷静に評価し、その価値を客観的に測定することを試みる。肯定的側面と否定的側面を等しく俎上に載せることで、その本質に迫りたい。
評価軸 (Evaluation Axis) | 採点 (Score out of 5) | 解説 (Commentary) |
---|---|---|
技術性能 (Technical Performance) | ★★★★☆ | 前作から飛躍的に向上したディテールと定位感は賞賛に値する。デュアルパッドシステムによる音質調整の幅も広い。しかし、Focal Utopiaのようなトップクラスの競合機と比較するとダイナミクスがやや抑制的に感じられる点、Alcantaraパッド使用時の高域の鋭さが、満点を阻む要因となった。 |
音楽的魅力 (Musical Charm) | ★★★★☆ | 特にDuoパッド使用時の音楽的で感情豊かな表現力は比類がない。技術的な能力と純粋な聴く喜びとの間に、稀有なバランスを確立している。無機質な分析に陥ることなく、音楽を生き生きと、そして鮮やかに描き出す。これこそが本機の最大の強みである。 |
ビルドクオリティ (Build Quality) | ★★★★★ | まさに完璧。CNC切削アルミニウム、カーボンファイバー製ヘッドバンド、そして細部に至るまでの緻密な組み立ては、業界の新たな基準を打ち立てたと言える。数十年の使用に耐えうる、真のラグジュアリー・オブジェクトとしての風格を備えている。 |
価格対価値 (Price-to-Value) | ★★★★☆ | 3,000ドルという価格は、厳しい競争に晒される。しかし、二つの異なるサウンドシグネチャー(パッド経由)、高品質なケースとケーブル、そして世界クラスの快適性とビルドクオリティを一つのパッケージとして提供している点を考慮すれば、その価値は十分に見出せる。 |
将来性 / 修理性 (Future-Proofing / Serviceability) | ★★★★★ | Meze哲学の根幹をなす要素。すべての部品が交換可能という完全な修理可能性は、多くの競合製品に対する大きなアドバンテージである。これは長期的な所有を保証し、初期投資の正当性を高める重要な要素と言えよう。 |
技術性能においては、初代からの明瞭度の向上は誰の耳にも明らかである14。しかし、一部の批評家が指摘するように、ダイナミックレンジの頂点と底辺の表現において、わずかな抑制が感じられることがある15。また、Alcantaraパッド使用時の高域のエネルギーは、ソースによっては鋭敏な耳には刺激的に響く可能性も否定できない16。
音楽的魅力こそが、Empyrean IIの魂である。それは「聴きやすい」という初代の特性を継承しつつ3、分析的になりすぎることなく、長時間のリスニングを純粋な喜びに変える能力を持つ38。音楽の感情的な核心を捉え、リスナーに直接届ける力は、この価格帯でも特筆すべきものだ。
ビルドクオリティと快適性は、議論の余地なく最高水準にある。「頭に溶け込むような」と評される装着感36と、手に取った瞬間に伝わる素材の高級感は、所有する喜びを深く満たしてくれる14。機能性と美しさが、ここに見事に融合している。
価格対価値を考えるとき、我々は単にヘッドホン本体の価格を見ているのではない。2,999ドルという価格には、堅牢なケース、二組のイヤーパッド、高品質なケーブル、そして長期的な安心感をもたらす修理可能性という、一つの完成されたエコシステムが含まれている11。
そして将来性と修理可能性は、Mezeの思想を最も色濃く反映する部分だ。消耗品であるイヤーパッドやヘッドバンドを容易に交換できる設計は、この製品を一過性のガジェットではなく、末永く付き合える「楽器」へと昇華させている23。これは、サステナビリティが問われる現代において、極めて重要な価値を持つと言えよう。
5. 神々の座 — 俯瞰的分析
Empyrean IIという一つの星を理解するためには、それが位置する星座、すなわちハイエンドヘッドホン市場全体を俯瞰する必要がある。この市場は、それぞれが独自の輝きを放つスペシャリストたちの集まりだ。超高解像度だが駆動が極めて困難な HIFIMAN Susvara、臨床的なまでに精密で軽量な Audeze LCD-5、ダイナミック型の最高峰 Focal Utopia、そして木工芸品のような温かみを持つ ZMF Caldera。
こうした強豪がひしめく中で、Empyrean IIが目指したのは、いずれか一つの指標で頂点に立つことではなかったように思われる。それは最もディテール豊かなヘッドホンでも、最もダイナミックなヘッドホンでも、最もニュートラルなヘッドホンでもない。その真価は、むしろ競合がしばしば犠牲にする領域を統合し、完成させた点にある。
- 比類なき快適性: 長時間の音楽鑑賞という行為の本質を考えれば、Empyrean IIが提供する、おそらくは市場で最も快適な装着感は、決定的な価値を持つ15。
- 容易な駆動性: 数千ドルクラスの専用アンプを必須としないその設計は、システムの総コストを抑制し、より多くのオーディオファイルに門戸を開く33。
- 美学的・触覚的快楽: 音響機器としてだけでなく、一つの芸術品として所有する喜びを提供するそのデザインは、音楽体験をより豊かなものにする3。
- 音色の多様性: デュアルパッドシステムは、ユーザーの好みや音楽ジャンルに応じてその性格を変えることを可能にし、卓越したオールラウンダーとしての地位を確立する21。
この製品の存在は、ハイエンドオーディオにおける一つの重要な問いを我々に投げかける。「最高のヘッドホンとは何か」と。Empyrean IIの答えは明確だ。それは、測定値が最も優れているものではなく、日々の使用において最も多くの喜びと最も少ない摩擦を提供するものである、と。これは、オシロスコープのためではなく、人間のために設計されたフラッグシップなのである。
血統の中での位置づけ
- vs. 初代Empyrean: 明確に技術性へと舵を切った進化形である。IIは、初代のコンセプトを愛しつつも、より高い明瞭度と精密さを求めたリスナーのためのものだ。対して初代は、その独特で暖かく、「夢見るような」キャラクターを何よりも優先する人々のための、唯一無二の存在としてあり続けるだろう20。
- vs. Elite: Eliteは依然としてMezeの真のフラッグシップであり、より優れた解像度、スピード、そしてホログラフィックな音場を、より高い価格(4,000ドル)で提供する2。Empyrean IIはより「楽しく」、低音に重心を置いた選択肢であり、現代的なジャンルに適しているのに対し、Eliteは複雑なクラシックやアコースティック録音でその真価を発揮する36。
Empyrean IIの真の革新性は、その音響性能単体にあるのではない。それは、ハイエンド体験にありがちな苦痛(重さ、駆動の難しさ、修理の不安)を体系的に排除しようとする、ユーザー中心の設計思想そのものにある。その価値は、所有という体験の総体にこそ見出されるべきなのである。
6. 結論と、その魂が共鳴する相手
我々の長い探求も、いよいよ終着点を迎える。数多の分析と試聴を経て、Meze Empyrean IIという存在の本質は、一つの言葉に集約されるように思われる。それは「調和」である。
Empyrean IIは、現代の名機の後継機として、見事な進化を遂げた。それは、前作を定義づけた暖かさと音楽性を完全に放棄することなく、より高い技術的洗練度へと到達するという、困難な課題を達成している。その最大の強みは、比類なき快適性、工芸品レベルのビルドクオリティ、そしてデュアルパッドシステムがもたらす驚くべき多様性にある。
このヘッドホンを推奨したい人物像
- 美しさ、快適性、そしてサウンドという体験の全体を等しく重視するオーディオファイル。
- 多様な音楽ジャンルを横断し、「楽しさ」と「分析」を両立できる万能な一台を求めるリスナー。
- 最高峰のサウンドを、必ずしも最高峰のアンプシステムを必要とせずに享受したいと考える者。
- 初代Empyreanのコンセプトを愛し、さらなる明瞭度とディテールを渇望していた人々。
このヘッドホンを避けるべき人物像
- 何よりもまず、絶対的なディテール再現性と中立性を追求する純粋主義者。(その場合はSusvaraやLCD-5が視野に入るだろう)
- コストパフォーマンスを重視するオーディオファイル。(HIFIMAN HE1000seなど、より安価で優れた選択肢は存在する)
- 初代Empyreanの、あの独特で暖かく、ゆったりとしたサウンドの熱心な信奉者。(彼らにとって、IIはあまりに「普通」で、無菌的に感じられるかもしれない)
将来の可能性
そのモジュラー構造は、将来的にサードパーティ製のイヤーパッドやケーブルによる、さらなる音質チューニングの可能性を秘めている。これは、所有者が自身の好みに合わせて、このヘッドホンを育てていく楽しみをも提供するだろう。
総合評価:★★★★☆
Meze Empyrean IIは、単なる音響装置ではない。それは、日々のリスニングという行為そのものを豊かにする、思慮深く作られた芸術品であると言っても過言ではなかろうか。技術と感性、機能と美学、そして作り手と使い手の間にあるべき理想的な関係性を、この一台は静かに、しかし雄弁に物語っているのである。
引用文献
1. Meze Audio Joins Definitive’s Collection, https://www.definitive.com/blogs/news/meze-audio-joins-definitives-collection
2. Gramophone Dreams #64: Meze Audio Elite headphones & HeadAmp GS-X mini Balanced headphone amplifier | Stereophile.com, https://www.stereophile.com/content/gramophone-dreams-64-meze-audio-elite-headphones-headamp-gs-x-mini-balanced-headphone
3. Meze Empyrean II Planar Headphones | HeadAmp, https://www.headamp.com/products/meze-empyrean-ii
4. About us - Meze Audio, https://mezeaudio.com/pages/about-us
5. Empyrean II - Meze Audio, https://mezeaudio.com/pages/empyrean2
6. Empyrean II [MEM-2] - Meze Audio - フジヤエービック, https://www.fujiya-avic.co.jp/shop/g/g200000068010/
7. ヘッドホン Empyrean II MEM-2 [φ6.3mm 標準プラグ] MEZE|メゼ 通販 | ビックカメラ.com, https://www.biccamera.com/bc/item/12581867/
8. Meze Audio Empyrean II - High-Fidelity Premium Open-Back Planar Magnetic Headphones, https://mezeaudio.com/products/empyrean2
9. MEZE AUDIO : Empyrean II - 買取価格 - オーディオユニオン, https://www.audiounion.jp/ct/detail/buy/44514/
10. Meze Audio Empyrean II Headphones, https://headphones.com/products/meze-audio-empyrean-ii-headphones
11. Meze Audio Empyrean II | Open-Back Isodynamic Hybrid Planar Headphones, https://bloomaudio.com/products/meze-audio-empyrean-2-headphone
12. Meze Empyrean II Hybrid Array Planar Magnetic Headphones with 6.35mm Cable - Audio46, https://audio46.com/products/meze-empyrean-ii-hybrid-array-planar-magnetic-headphones-with-6-35mm-cable
13. Meze Empyrean II Headphones vs. Meze Elite and the original Meze Empyrean, which headphones are the best for you? - The Source AV, https://thesourceav.com/blogs/news/meze-empyrean-ii-headphones-vs-meze-elite-and-the-original-meze-empyrean-which-headphones-are-the-best-for-you
14. Meze Audio Empyrean II Review - Headfonics, https://headfonics.com/meze-audio-empyrean-ii-review/
15. Meze Audio Empyrean II review - Headphones - What Hi-Fi?, https://www.whathifi.com/reviews/meze-audio-empyrean-ii
16. Meze Empyrean II Review - Major HiFi, https://majorhifi.com/meze-empyrean-ii-review/
17. Meze Empyrean 2 - Official Thread - The HEADPHONE Community, https://forum.headphones.com/t/meze-empyrean-2-official-thread/22280
18. Meze Empyrean II - Maximum Expression : r/headphones - Reddit, https://www.reddit.com/r/headphones/comments/187synn/meze_empyrean_ii_maximum_expression/
19. Can a headphone be considered art? - Meze Empyrean II short term review - Reddit, https://www.reddit.com/r/headphones/comments/1ikjkxu/can_a_headphone_be_considered_art_meze_empyrean/
20. Meze Empyrean 1 & 2 : r/headphones - Reddit, https://www.reddit.com/r/headphones/comments/1jn6jhv/meze_empyrean_1_2/
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28. Audeze LCD-5 Flagship Planar Headphones for Audiophiles, Open-Back, https://www.audeze.com/products/lcd-5
29. Dan Clark Audio EXPANSE Open-Back Headphones with VIVO cable - Audio46, https://audio46.com/products/dan-clark-audio-expanse-open-back-headphones
30. EXPANSE - Dan Clark Audio, https://danclarkaudio.com/expanse.html
31. Caldera – ZMF Headphones, https://shop.zmfheadphones.com/products/caldera
32. Caldera Closed – ZMF Headphones, https://shop.zmfheadphones.com/products/caldera-closed
33. The BEST Headphone EVER!? | MEZE EMPYREAN 2 Review | W/DMS - YouTube, https://www.youtube.com/watch?v=jtg3ozmjtZ4
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35. Meze Audio Empyrean II Headphone Review & Comparison, https://www.moon-audio.com/blogs/expert-advice/meze-audio-empyrean-ii-headphone-review-comparison
36. Is the Sequel Better than the Original? | Meze Empyrean II Review - Bloom Audio, https://bloomaudio.com/blogs/articles/is-the-sequel-better-than-the-original-meze-empyrean-2-review
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38. Audiophile philosophy for high-end headphones - Meze Audio, https://mezeaudio.com/pages/philosophy
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40. Review of Hifiman Susvara: the flagship in retrospect - unheardlab.com, https://unheardlab.com/2024/07/04/review-of-hifiman-susvara-the-flagship-in-retrospect/
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43. Meze Empyrean II Vs Focal Utopia 2022 Comparison Review - Major HiFi, https://majorhifi.com/meze-empyrean-ii-vs-focal-utopia-2022-comparison-review/
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45. My Thoughts on the ZMF Caldera : r/headphones - Reddit, https://www.reddit.com/r/headphones/comments/11ayeln/my_thoughts_on_the_zmf_caldera/
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47. MEZE Empyrean 2! 6 Months Later! - YouTube, https://www.youtube.com/watch?v=SXYV466i4QY
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