オーディオという趣味は、時として矛盾を内包する。我々は音楽に心を揺さぶられたいと願いながら、その実、機材の微細な差異に心を奪われる。感情の奔流を求めつつ、冷静な分析に没頭するのだ。この矛盾の中心に突き刺さるようなスピーカーが登場した。MAGICO S3 Mk3(2023年モデル)である。これは単なるモデルチェンジではない。創業者アロン・ウルフ氏の執念ともいえる設計思想と、フラッグシップM9から滴り落ちた技術のエッセンスが融合し、この価格帯の「常識」を破壊しにかかる、極めて戦略的な製品だ。
本稿では、MAGICO S3 Mk3が生み出す音が、我々の耳と心に何をもたらすのかを、主観と客観の両輪で、忖度なく解剖していく。これは製品賛美のカタログではない。ハイエンドオーディオの現在地を測るための、一つの座標軸を示す試みである。
MAGICO S3 Mk3 — Overview
- メーカー / 型番: Magico / S3 (2023 Model, 通称 Mk3)
- 発売日:
- 本国(米国): 2023年 春 出荷開始 1
- 日本: 2023年頃(国内代理店による)
 
- 価格帯:
- 主要スペック:
- ドライバー構成: 1.1インチ (28mm) MB5FP ダイヤモンドコーテッド・ベリリウムドーム・トゥイーター (x1), 5インチ Gen 8 ミッドレンジ (x1), 9インチ Gen 8 ベース (x2)
- 周波数特性: 24 Hz – 50 kHz
- 感度: 88 dB
- インピーダンス: 4 Ω (公称)
- 推奨パワー: 50 – 750 W
- 寸法 (H x D x W): 112cm x 43cm x 30cm (アウトリガー部 43cm)
- 重量: 101 kg / 1台
- (出典:(https://www.magicoaudio.com/s-series-s3)) 5
 
1. 世界の評価
S3 Mk3は、その登場以来、世界中のメディアとユーザーから注目を集めている。しかし、その評価は一様ではない。ここでは、代表的なレビューを俯瞰し、その背景にあるバイアスを読み解くことで、より本質的な姿を浮かび上がらせる。
| メディア | 引用抜粋 (和訳+原文) | 評価点 | 
|---|---|---|
| The Absolute Sound | 「これは真に偉大なダイナミック・ラウドスピーカーであり、2倍の価格の競合製品と競合し、(いくつかの点では)それを超えている。」“Here is a truly great dynamic loudspeaker that competes with (and in some ways exceeds) the twice-as-expensive competition.” | ★★★★★ | 
| Hi-Fi+ | 「S3は点音源のように定位するが、3ウェイの明瞭な中域と腹に響く低音を持つ…音楽のより深いところまで聴き入ることができる。」“The S3 images like a point source but has a three-way midrange clarity and a gut-puncher bass… you are listening ever deeper into the music…” | ★★★★★ | 
| Soundnews | (Accuphaseとの組み合わせにて)「S3 Mk IIIを真に輝かせる、非常に魅力的でホログラフィックなプレゼンテーション。」“…a highly engaging, holographic presentation that allowed the S3 Mk III to truly shine.” | ★★★★☆ | 
| AudioShark Forum | 「これが以前のS3 MkIIの単なる改良版ではないことはすぐに明らかになった…ただただ、それほど良いのだ。」“It quickly became obvious that it is not just an improved iteration of the previous S3 MkII… It is just that good.” | ★★★★★ | 
| ASR Forum (Show Report) | 「ショーでS3を聴いた…私には良い音には聞こえなかった…甲高く、硬い音だった。」“Just had a listen to the S3 at a show… Got to say it did not sound good to me… strident and hard.” | ★★☆☆☆ | 
集計とバイアス分析:
調査した主要ソースの大部分は、極めて肯定的な評価を下している。特に『The Absolute Sound』や『Hi-Fi+』といった専門誌は、長期的な試聴に基づいた詳細な分析で絶賛している 7。ユーザーフォーラムでも、メーカー本社やディーラーで理想的な環境で試聴したユーザーからの熱狂的な報告が目立つ 10。
一方で、数少ない否定的な意見は、そのほとんどがオーディオショーという特殊な環境下での試聴に基づいている点に注意が必要だ 11。これは単なる偶然ではない。むしろ、S3 Mk3の本質を逆説的に証明している。
S3 Mk3は、多くのレビューで指摘される通り、極めて透明でソースに忠実なスピーカーである 8。このようなスピーカーは、上流コンポーネントや部屋の音響的な欠点を一切容赦なく暴き出す。音響的に劣悪なホテルの一室で、急ごしらえのシステムで鳴らされた場合、「甲高く、硬い」音に聴こえるのは必然ともいえる。より「寛容」な、あるいは固有のキャラクターを持つスピーカーであれば、悪条件下でもそれなりに聴かせてしまうかもしれない。S3 Mk3が劣悪な環境を糊塗できないという事実は、裏を返せば、それだけ脚色のない、忠実度の高い再生能力を持つことの証左なのである。
2. 設計思想の物神化:S3 Mk3の技術的解剖
Magicoのスピーカーを理解することは、創業者アロン・ウルフ氏の哲学を理解することに等しい。彼の思想は「スピーカーは消え去るべき」という一点に集約される 9。音楽信号に何も加えず、何も引かない。その理想を実現するため、彼は業界の慣習に背を向け、コスト度外視の物量と最先端の科学を投入する。S3 Mk3は、その哲学の最新の結晶だ。
エンクロージャー:慣性の福音
ウルフ氏にとって、スピーカーにおける最大の歪みの源はエンクロージャーである。彼は、安価で加工しやすいが剛性が低くエネルギーを蓄積しやすいMDFを「使える素材の中で最悪のもの」と断じている 14。彼の答えは、絶対的な機械的慣性を追求したアルミニウム筐体だ。
S3 Mk3のエンクロージャーは、旧来の単一押し出し材(モノコック)構造から進化し、厚さ1/2インチから2インチに及ぶ4つの独立した押し出しアルミニウムパネルで構成される 5。回折を最小化するカーブした天板、重心を下げ安定性を増す新設計の3点支持アウトリガーシステムなど、すべての形状に音響的な意味がある 16。
特筆すべきは、自社開発の3Dレーザー干渉計システムを導入したことだ。これにより、筐体の共振を1000点以上で精密に測定し、内部の補強材やダンピング材を戦略的に配置することが可能になった 5。その結果、エンクロージャーの静粛性は前モデル比で30%も向上したと謳われている 8。これはもはや家具ではなく、精密測定器の領域である。
 
 ドライバー:M9の末裔たち
S3 Mk3のパフォーマンスを飛躍させた最大の要因は、75万ドルのフラッグシップモデル、M9の開発で培われた技術の投入にある 7。
 
 - トゥイーター: M9のプラットフォームを継承する28mmのダイヤモンドコーテッド・ベリリウムドームを採用 15。有限要素法(FEA)解析を駆使し、従来の26mmから28mmへと大口径化。これにより、質量を増やすことなく、より高いパワーハンドリングと低歪みを実現した 15。これは既製品の改良ではなく、Magicoの技術力の誇示である。
- ミッドレンジ & ベース: 5インチのミッドレンジと2基の9インチウーファーには、最新の第8世代「ナノテックコーン」が採用された。これはアルミニウムハニカムを芯材に、内外をカーボンファイバーとグラフェンで挟み込んだ複合素材だ 5。狙いはただ一つ、剛性対重量比の最大化。これにより、極めて高速な過渡応答と低歪みを得ている。また、従来のラバーに代わり新開発のフォームエッジを採用したことも、応答性の向上に寄与している 10。
クロスオーバー:見えざる司令塔
あまり語られないが、Magicoサウンドの要が独自の「Elliptical Symmetry Crossover (ESXO)」ネットワークである。これは、従来の回路よりも少ない部品点数で24dB/octという急峻なスロープを実現するよう設計されており、位相特性の乱れや信号の劣化を最小限に抑える 20。ドライバーユニットという役者の性能を最大限に引き出す、優れた脚本家のような存在だ。
$50k級の戦場:スペック比較
S3 Mk3の技術的選択を理解するためには、同価格帯のライバルとの比較が不可欠だ。以下の表は、各社の設計思想の違いを浮き彫りにする。
| 項目 | MAGICO S3 Mk3 | Wilson Audio Sasha V | YG Acoustics Hailey 2.2 | Rockport Tech. Avior II | 
|---|---|---|---|---|
| ドライバー | 1.1” Be/Diamond, 5” CF/Graphene, 2x9” CF/Graphene | 1” Doped Silk, 7” Paper Pulp, 2x8” Paper Pulp | 1” ForgeCore, 7.25” BilletCore, 10.25” BilletCore | 1” Be, 6” CF Sandwich, 2x9” CF Sandwich | 
| エンクロージャー形式 | 密閉型, アルミニウム | リアポート, X-Material/S-Material | 密閉型, 航空機グレードアルミニウム | リアポート, 積層拘束制振 | 
| 周波数特性 | 24Hz – 50kHz | 20Hz – 32kHz (RAR) | 20Hz – 40kHz (Usable) | 25Hz – 30kHz (-3dB) | 
| 感度 | 88dB | 88dB | 87dB | 89.5dB | 
| インピーダンス | 4Ω (公称) / 2.36Ω @ 95Hz | 4Ω (公称) / 2.36Ω @ 82Hz | 4Ω (公称) / 3Ω (Min) | 4Ω (公称) | 
| 高さ | 112 cm | 114.5 cm | 122 cm | 118 cm | 
| 重量 (1台あたり) | 101 kg | 111 kg | 77 kg | 100 kg | 
| 価格 (ペア, USD) | ~$45,500 - $52,500 | ~$49,000 | ~$46,800 | ~$47,000 | 
出典: 5
この表から、密閉型 vs. バスレフ型、金属筐体 vs. 複合素材といった、根本的な設計思想の違いが見て取れる。これこそが、各モデルのサウンドキャラクターを決定づける源流なのだ。
3. 測定値は音楽を語れるか?:客観データからの考察
主観的なインプレッションは魅力的だが、オーディオ評論は科学でもあるべきだ。幸いにも、『Hi-Fi News』誌による詳細な測定データが公開されており、S3 Mk3の物理的な挙動を客観的に分析できる。
- 周波数特性: 測定された周波数特性は驚くほどフラットで、左右のペアマッチング誤差はわずか0.6dB、レスポンスの偏差も約$±1.7$dB以内に収まっている 21。これは、主観レビューで語られる「ニュートラル」「脚色のなさ」を裏付ける客観的な証拠である。
- インピーダンス: 公称4Ωというスペックは、このスピーカーの最も危険な罠だ。実際のインピーダンスカーブは95Hz付近で2.7Ωまで落ち込み、他の帯域でも大きな位相角を伴う 21。これはアンプにとって極めて過酷な負荷であり、並大抵のドライブ能力ではスピーカーを完全に制御できないことを示唆している。
- 歪率 (THD): 90dB SPLという大音量時でも、歪率は100Hzで0.55%、1kHzに至ってはわずか0.2%と、驚異的に低い数値を記録している 21。これは高剛性なドライバーと共振を排したエンクロージャーの直接的な成果であり、「大音量でも破綻しない」「静寂の中から音が立ち上がる」といった聴感上の印象の技術的根拠となっている 8。
これらのデータから導き出される結論は一つだ。S3 Mk3にとって、アンプは単なるアクセサリーではなく、性能を発揮するための必須コンポーネントであるということだ。
この事実は、『Soundnews』誌のレビューで克明に示されている 9。同レビューでは、強力な電流供給能力を持つAccuphaseやPass Labsのアンプと組み合わせた際には「ホログラフィックで魅力的」なサウンドが得られたのに対し、同じくハイパワーであるはずのMcIntoshのモノラルアンプでは「フラットで混雑した」サウンドになったと報告されている。
これはアンプの優劣ではなく、相性の問題だ。S3 Mk3は、低インピーダンス負荷に対して安定して大電流を供給できる、いわば「地力の強い」アンプを要求する。アンプ選びは音色の好みで選ぶ段階の前に、まずスピーカーを駆動できるかという技術的な前提条件をクリアしなければならない。MagicoがSoulutionやConstellationといったブランドとデモを行うことが多いのは、まさにこのためである 11。
4. 音の解像度、心の解像度:リスニング・インプレッション
技術とデータはスピーカーの「能力」を示すが、それがどう「音楽」として響くかは、実際に聴いてみなければわからない。ここでは、信頼できるレビュアーたちの言葉を借りながら、S3 Mk3が奏でる音の世界を旅してみよう。
| レビュアー / 媒体 | 引用抜粋 (和訳+原文) | 
|---|---|
| Jonathan Valin / TAS | 「…室内測定では、驚異的な20Hzまで下降していた…この価格でこれほどのことを成し遂げる小型フロアスタンディングコーンスピーカーを聴いたことがない。」“…in-room measurement, was going down to an astonishing 20Hz… I have never heard a small floorstanding cone loudspeaker that does as much as this one does for the money…” | 
| NekoAudio / AudioShark | 「中低域は明らかに、よりディテールに富み、より速い…演奏者の息遣いを聴いているのか、自分の息遣いなのかわからなかった。」“The midrange and bass is clearly more detailed and faster… I wasn’t sure if I was hearing the musician breathing or if it was my own…” | 
| Steve May / The Luxe Review | 「トランジェントは楽々と速く、低音は不必要な過剰さがなくソリッドで深い…私は常に音量を上げたがったが、気づかなかった…それが既にどれほど大きな音量で鳴っていたかを。」“Transients are effortlessly fast, and bass notes solid and deep without unnecessary excess… I constantly hankered for more volume – what I didn’t realise… was just how loud they were already playing.” | 
| cpunter / AudioShark | 「高域は非常に洗練され、エアリーで繊細だが、柔らかすぎない。中域は純粋で、クリーンで、ディテールに富んでいるが、雄大で滑らかだ。」“The treble is ultra-refined, airy, and delicate yet not soft. The midrange is pure, clean, and detailed, yet majestic and smooth…” | 
ジャンル別パフォーマンス
- クラシック(オーケストラ):
 S3 Mk3の真価が最も発揮されるジャンルだろう。低歪み、広大なダイナミックレンジ、そしてピンポイントの定位能力。これらが組み合わさることで、大編成のオーケストラでも音が飽和せず、各楽器のパートが明瞭に分離して聴こえる 10。Jonathan Valin氏が報告したように、サウンドステージは壁から壁まで広がり 7、密閉型ならではの深く、しかし膨らまない低域が、壮大なスケールの音楽に揺るぎない土台を与える 19。ティンパニの皮の張りやコントラバスの胴鳴りといった、微細なテクスチャーの再現性は圧巻だ。
- ジャズ & ボーカル:
 レビュアーが口を揃えて賞賛する中域の「純粋さ」と「透明性」は、小編成のジャズやボーカルで輝きを放つ 8。NekoAudio氏が体験したように、演奏者の息遣いまでもがリアルに感じられるほどの解像度は、リスナーを録音現場へと引きずり込む 10。ここで重要なのは、S3 Mk3が「美音」を奏でるスピーカーではないという点だ。暖かみや艶といった化粧を施すのではなく、録音に含まれる情報をありのままに提示する。マイクの特性やスタジオの反響音までをも描き出す、一種のモニター的な性格を持つ。
- ロック & エレクトロニック:
 密閉型エンクロージャーの恩恵は、リズム重視の音楽で顕著に現れる。バスレフ型のような「量感」で圧倒するのではなく、「質」で聴かせる低域だ。「速く」「制御され」「明瞭」と評される低音は 10、エレクトロニックミュージックの複雑なベースラインをいとも簡単に解きほぐす。ロックの激しいドラムソロでも、一音一音のアタックとディケイが混濁しない。そして、Steve May氏が指摘するように、歪み感が極めて少ないため、知らず知らずのうちに大音量になってしまう 27。これは、スピーカーが全くストレスなく音楽のエネルギーを空間に解放している証拠だ。
5. 価値と価格の狭間で:総合評価
S3 Mk3は、絶対的な価格を見れば、ごく一部の愛好家だけが所有を許される製品だ。しかし、その価値を正しく評価するためには、ハイエンド市場という特殊な物差しが必要になる。
| 評価軸 | 採点 (5点満点) | 解説 | 
|---|---|---|
| 技術性能 | ★★★★★ | 現行パッシブスピーカーにおける最先端技術の集積。エンクロージャー、ドライバー、測定主導の設計思想は、まさに技術の頂点。客観的な測定データがその低歪みと優れた周波数特性を証明している 8。 | 
| 音楽的魅力 | ★★★★☆ | 圧倒的な情報量とダイナミズムは比類ない。しかし、そのあまりの正直さが、録音の悪いソースや相性の悪い機器に対しては「冷たい」「分析的」と感じさせる可能性も。感情を付加するのではなく、記録された感情を忠実に再現する。純粋主義者のためのツール 9。 | 
| ビルドクオリティ | ★★★★★ | 比類なきレベル。アルミニウムの削り出し精度、仕上げの美しさは工芸品の域に達している。M-Cast/M-Coatの塗装品質も完璧。これは工業製品であると同時に、所有する喜びを満たす芸術品でもある 5。 | 
| 価格対価値 | ★★★★☆ | 絶対額は極めて高価だが、その性能は2倍の価格帯のスピーカーに匹敵、あるいは凌駕すると評価されている 7。フラッグシップ級の技術を戦略的な価格で提供しており、「ウルトラハイエンド」という文脈においては、非常に高い価値を持つ。 | 
| 将来性 / 修理性 | ★★★★☆ | 数十年単位での使用を想定した堅牢な作り(新しいフォームエッジも長期耐久性を謳う 12)。パッシブ型のため、デジタル技術の陳腐化とは無縁。サポート体制も万全だが、100kg超の筐体の修理は物理的に大掛かりになる。 | 
ポジティブ / ネガティブ要素の整理
- 長所:
- 他に類を見ない透明度とディテール再現能力。
- 音量に関わらず破綻しない、広大なダイナミックレンジ。
- スピーカーの存在が消える、ホログラフィックな音場再現。
- 最先端の素材と加工技術による、工芸品レベルの製造品質。
- 録音されたソースの真実を暴き出す「消え去る」能力。
 
- 短所:
- 上流機器や録音の質に極めて厳しい。システムの欠点を容赦なく露呈する。
- アンプに極めて高い電流供給能力を要求する、駆動の難しい負荷。
- 低域は「質(速さ・解像度)」を優先し、「量(迫力)」を求める向きには物足りない可能性がある。
- オーディオファイル以外には理解され難い、絶対的な価格。
 
6. 座標軸上のS3 Mk3:市場における存在意義
S3 Mk3を単なる高性能スピーカーとして評価するのは、木を見て森を見ないに等しい。この製品が開発された背景には、ハイエンド市場の勢力図を塗り替えようとするMagicoの明確な戦略がある。
これまで、ウルトラハイエンド市場には、Magico M9やWilson WAMMに代表される「価格度外視」のフラッグシップ層と、旧S3 Mk2などが属する「それでも非常に高価な」準トップ層が存在した。S3 Mk3は、M9のDNAを色濃く受け継ぎながら、旧モデルより大幅に価格を引き上げることで、この2つの層の境界線を曖昧にした。これは、小型な筐体に「スーパー・スピーカー」の魂を宿らせたようなものだ。
Magicoは、約5万ドルでMシリーズに肉薄する性能を提供することで、市場に挑戦状を叩きつけているのだ。「10万ドル以上を費やす意味はあるのか? その性能の95%が、この価格で手に入るというのに」と。
これは、Wilson AudioやYG Acousticsといった競合他社に絶大なプレッシャーを与える。彼らの同価格帯モデル(Sasha V, Hailey 2.2)は、今や75万ドルのフラッグシップ直系の技術を持つスピーカーと比較される運命にある。S3 Mk3の登場は、ハイエンド市場全体の価値基準を再考させる、一種のゲームチェンジャーなのである。
音質の長所と短所(競合比較)
- vs. Wilson Audio Sasha V:
- 長所: 密閉型アルミニウム筐体を持つS3 Mk3は、リアポート型の複合素材筐体を持つSasha Vに対し、過渡応答の速さとエンクロージャーのカラーレーションの少なさで優位に立つ可能性が高い。音の立ち上がりが鋭く、より分析的なサウンドだろう。
- 短所: Sasha Vは、より暖かく「ロマンティック」な音調と、バスレフ型ならではの豊かな低音の量感を持つかもしれない。これは一部のリスナーにとっては魅力的に映る。
 
- vs. YG Acoustics Hailey 2.2:
- 長所: 最も設計思想が近いライバル。こちらも密閉型のアルミ筐体を採用する。S3 Mk3は、デュアル9インチという大口径ウーファーにより、Hailey 2.2のシングル10.25インチに対し、低域の駆動力やスケール感でアドバンテージを持つ可能性がある。
- 短所: 勝負はドライバー素材とクロスオーバーの設計思想の違いになる。S3 Mk3のグラフェン/カーボン複合コーンと、YGのアルミ削り出しBilletCoreドライバーは、音色や質感に微妙な差を生むだろう。どちらが優れているかは、好みの領域に近い。
 
- vs. Rockport Technologies Avior II:
- 長所: Avior IIはリアポート型であり、S3 Mk3よりも部屋を満たすようなパワフルな低音を持つと推測される。しかし、S3 Mk3の密閉型ならではの低域は、間違いなくよりタイトで、速く、明瞭だろう。音階の描き分けやリズムの正確さではS3 Mk3に軍配が上がるはずだ。
- 短所: 低音の「質」(Magico)と「量」(Rockport)のトレードオフ。純粋な迫力や身体を揺さぶるようなインパクトを求めるなら、Avior IIが魅力的に聴こえる場面もあるだろう。
 
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7. 結論 & 推奨ユーザー
- このスピーカーの本質は何か? Magico S3 Mk3は単なるラウドスピーカーではない。録音のありのままの真実を暴き出すために、自らの存在を消し去るよう設計された、恐るべき解像度を持つ科学測定器である。
 その魔法は、何かを付け加えることにあるのではなく、歪みと共振というヴェールを無慈悲に剥ぎ取り、あなたのシステムと音楽ライブラリに最上のものを要求することにある。
おすすめしたい人 / やめた方が良い人
- 推奨するユーザー:
- 既にトップクラスの大電流供給型アンプと高品位なソース機器を所有し、録音エンジニアの意図を一切の脚色なく聴きたいと願う 「透明性の求道者」
- 圧倒的な迫力よりも、音の速さ、ディテール、ホログラフィックな音場を最優先し、タイトで明瞭な低音を好むオーディオファイル。
 
- 推奨しないユーザー:
- 中級クラスや「ウォームな」音調のコンポーネントでシステムを組んでいる人。S3 Mk3はシステムのあらゆる欠点を暴き出し、結果として無機質で厳しい音に聴こえるだろう。
- 録音の粗を美化したり、心地よい「ハウスサウンド」を付加してくれるスピーカーを求める人。このスピーカーは美容師ではなく、真実を告げる検死官だ。
- 「設置して終わり」を望む人。S3 Mk3の真価を引き出すには、徹底したシステムマッチングとセッティングが不可欠である。
 
総合評価(★×5)
★★★★☆ (4.5/5)
この評価は、S3 Mk3が万人向けの製品ではないことを理解した上でのものだ。これは、特定の目的のために、妥協なく作り上げられた究極のツールである。その目的とユーザーの志向が完全に一致したとき、S3 Mk3は価格を超えた、音楽体験の根幹を揺るがすほどの価値を提供するだろう。
引用文献
1. Magico S3 (2023) Speakers UK Launch Event at KJ West One, https://www.thespeakershacks.co.uk/2023/05/magico-s3-2023-speakers-uk-launch-event.html 2. Field Report: Magico S3 Loudspeaker - The Absolute Sound, https://www.theabsolutesound.com/articles/field-report-magico-s3-loudspeaker/ 3. MAGICO : S3 Mk3 M-CAST - 新品 - オーディオユニオン, https://www.audiounion.jp/ct/detail/new/206963/ 4. S3 Mk3 MAGICO - エレクトリ, https://electori.co.jp/magico/S3Mk3.html 5. S3 — Magico Loudspeakers - Magico Audio, https://www.magicoaudio.com/s-series-s3 6. S3_2023_Owner_Manual.pdf, https://magico.net/support/S3_2023/S3_2023_Owner_Manual.pdf 7. 2024 Golden Ear: Magico S3 2023 Loudspeaker - The Absolute Sound, https://www.theabsolutesound.com/articles/2024-golden-ear-magico-s3-2023-loudspeaker/ 8. Magico S3 floorstanding loudspeaker - hi-fi+, https://hifiplus.com/articles/magico-s3-floorstanding-loudspeaker/ 9. Magico S3 Mk III Review – The Vanishing Point of Sound - Soundnews, https://soundnews.net/reviews/speakers/magico-s3-mk-iii-review-the-vanishing-point-of-sound/ 10. Magico S3 (2023) Listening Impressions | AudioShark Forums, https://www.audioshark.org/threads/magico-s3-2023-listening-impressions.21631/ 11. New Magico S3 speakers | Page 2 - Audio Science Review (ASR) Forum, https://www.audiosciencereview.com/forum/index.php?threads/new-magico-s3-speakers.40100/page-2 12. Magico S3 Listening Impressions : r/audiophile - Reddit, https://www.reddit.com/r/audiophile/comments/10bb6u6/magico_s3_listening_impressions/ 13. Magico S3: Reviews, Competitors, Used Pricing - ExtremeHiFi, https://www.extremehifi.com/product/magico-s3-302Q 14. Alon Wolf: To Move Out of the Way | Stereophile.com, https://www.stereophile.com/interviews/508int/index.html 15. Magico S3 (pair) - audiofi.ca, https://audiofi.ca/products/magico-s3-pair 16. Magico S3 2023 Loudspeaker - The Absolute Sound, https://www.theabsolutesound.com/articles/magico-s3-2023-loudspeaker/ 17. Magico S3 Floorstanding Speakers - Doug Brady HiFi, https://dougbradyhifi.com/products/magico-s3-2023-loudspeaker 18. S3 2023 Floorstanding Speaker | Magico - KJ West One, https://www.kjwestone.co.uk/product/magico-s3-2023-speaker/ 19. Magico S3 2023 Review: Utterly spellbound - 7Review, https://7review.com/magico-s3-2023-review/ 20. Magico S3 Loudspeakers - SoundStage! Ultra, https://www.soundstageultra.com/index.php/equipment-menu/479-magico-s3-loudspeakers 21. Hi-Fi News May 2023: Magico S3 Lab Report (Reprint), https://www.absolutesounds.com/pdf/main/press/HFN%20May%20Magico%20S3%202023_Reprint-LOW.pdf 22. Sasha V Technical Specifications - Wilson Audio, https://www.wilsonaudio.com/products/sasha/sasha-v/specs 23. Awards & Reviews - YG Acoustics, https://www.yg-acoustics.com/wp-content/uploads/2022/04/YG-Acoustics-Awards-2020-brochure-2.pdf 24. YG Acoustics Hailey 2.2 - Criterion Audio, http://criterionaudio.com/product/yg-acoustics-hailey-2-2/ 25. Rockport Technologies Avior II Speaker - Resolution Audio Video, https://resolutionavnyc.com/products/rockport-technologies-avior-ii-speaker-copy 26. Rockport Technologies Avior II, http://e-benefit.com.pl/allegro/Rockport%20Avior%20II%20-%20Stereophile%202017%2008.pdf 27. Review: Magico S3 luxury Hi-Fi loudspeaker is a spell-binding performer, https://theluxereview.com/2023/05/30/review-magico-s3-luxury-hi-fi-loudspeaker/ 28. SoundStageHiFi.com - Amplifier Nonsense and the Magico S3 - SoundStage! Hi-Fi, https://soundstagehifi.com/index.php/reader-feedback/939-amplifier-nonsense-and-the-magico-s3 29. Magico S3 (2023) Listening Impressions | Page 3 | AudioShark Forums, https://www.audioshark.org/threads/magico-s3-2023-listening-impressions.21631/page-3 30. Magico S3 2023 Page 5 - Hi-Fi News, https://www.hifinews.com/content/magico-s3-2023-page-5
 
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
 