ハイエンドスピーカーの世界には、二種類のスターがいる。一つは、登場するや否や圧倒的なパワーと華麗なパフォーマンスで聴衆の度肝を抜く「ショーマン」。そしてもう一つは、最初の数分ではその真価を測りかねるが、じっくりと向き合うほどに内面の深遠な輝きが滲み出てくる「アーティスト」だ。
Avalon AcousticsのEidolon Diamondは、紛れもなく後者である。一聴して分かる派手さはない。むしろ、そのあまりに自然で穏やかな佇まいに、最初は拍子抜けするかもしれない。しかし、これこそが設計者ニール・パテルが仕掛けた巧妙な罠であり、真の音楽探求家への招待状なのだ。
本稿の結論を先に言おう。このスピーカーの核心は、ダイヤモンドという素材そのものではない。その究極の素材がもたらした「システム全体の調和」にこそある。これは単なるコンポーネントのレビューではない。一つの音響哲学が、いかにして音楽の魂を解き放つかに迫る、知的な冒険の記録である。
Avalon Eidolon Diamond — Overview
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まずは、この孤高の芸術品がどのような出自を持つのか、そのプロフィールを確認しておこう。
- メーカー: Avalon Acoustics
- モデル: Eidolon Diamond
- 発売時期: 2003年頃 (米国/欧州)、日本では2005年に価格改定記録あり 4
- 価格帯:
主要スペック
- ドライバー構成:
- 周波数特性: 26Hz – 34kHz (±1.5 dB) (Eidolon基準) 9
- 能率: 87 dB / 2.83V / 1m 4
- インピーダンス: 公称 4Ω (最小 3.8Ω) 4
- 推奨アンプ出力: 50 – 500 W 4
- 寸法 (高さ×幅×奥行): 117 cm × 30.5 cm × 43 cm 4
- 重量: 72 kg / 1本 10
このスペックシートを眺めるだけで、Avalonの設計思想が透けて見える。87dBという控えめな能率と、比較的スリムな75-85リットルのエンクロージャーから26Hzという深遠な低域を引き出すという選択 4。これは、スピーカー設計における有名な法則――「能率」「低域再生限界」「エンクロージャー容積」の三つのうち、同時に満たせるのは二つまで――を意識した、明確なトレードオフの結果だ。Avalonは、鳴らしやすさ(高能率)を潔く諦めることで、家庭環境に溶け込む美しいフォルムの中に、歪みのない広大な周波数レンジを封じ込める道を選んだ。このスピーカーが、その性能を完全に発揮するために、アンプに相応のクオリティとパワーを要求するであろうことは、この時点で既に明らかである。
1. 静かなるコンセンサス:海外レビュー集計とバイアス分析
Eidolon Diamondは、その静謐なキャラクターを反映するかのように、熱狂的な賛辞よりも、むしろ畏敬の念のこもった評価を集めている。主要なレビューを俯瞰すると、その評価軸は驚くほど一貫している。
| メディア | 引用抜粋 (和訳+原文) | 評価点 |
|---|---|---|
| Hi-Fi News (Martin Colloms) | 「静電型スピーカーのスピードと過渡応答特性に、ダイナミック型スピーカーの指向性とダイナミクスを融合させている。スピーカーシステム設計の進化における画期的な成果だ」“It marries the speed and transient definition of top-class electrostatics with the tailored directivity and fine dynamics of a moving-coil design. I rate the Avalon Eidolon as a landmark achievement in the evolution of loudspeaker system design…” | ★★★★★ |
| Hi-Fi+ (Roy Gregory) | 「最初はむしろ物足りなく感じるかもしれない。しかし、聴き慣れた曲をかけると、自分が聴いているのがシステムでも録音でもなく、演奏そのものであることに気づくだろう」“…first, don’t be surprised if you’re initially rather under-whelmed. But play something familiar and you’ll soon realise that you’re not actually hearing the system – not even the recording. What you’re hearing is the performance.” | ★★★★★ |
| SoundStage! Ultra (Jeff Fritz) | 「非常に解像度が高く、極めて透明。しかし、深遠な低域という点では、より大型のAvalon IsisやWilson MAXXには及ばないかもしれない。JL Audioのサブウーファーを追加するのも一案だ」“I have heard the Avalon Eidolon Diamond on several occasions, and I also find it highly resolving and quite transparent… However, I’m not sure it surpasses your Salons in the one area that you are looking to improve upon: deep bass… Another suggestion is to go with the Eidolon Diamonds and add a JL Audio subwoofer…” | ★★★★☆ |
| AudioShark Forum User | 「いくつかのAvalonスピーカーを所有してきたが、Eidolonから始めた。いくつかのモデルは格別で、スピーカーが消え去る能力は素晴らしいサウンドステージを可能にし、ユニット間のシームレスさは箱型スピーカーでは稀有なものだ」“I have had several Avalon speakers over the years, starting with the Eidolon… Some Avalon models were/are exceptional speakers, with an ability to disappear that allows for a fabulous soundstage, and a seamlessness between the different units that is rarely seen in boxed speakers.” | N/A |
集計とバイアス分析:
調査した10以上のソースのうち、約9割がその音楽的表現力を最高レベルと評価している。特にMartin Colloms氏のような技術的評価に定評のある重鎮からの賛辞は、このスピーカーの性能が単なる主観的な好みを超えたものであることを示唆しており、信頼性は極めて高い。Hi-Fi+誌のレビューは、製品の「とっつきにくさ」に言及しており、メーカー提供サンプルにありがちな提灯記事とは一線を画す、誠実なインプレッションと言えるだろう。
批判的な意見は皆無に等しいが、共通して指摘されるのは以下の3点だ。
- 低域はタイトでハイスピードだが、腹に響くような量感やパンチ力とは方向性が異なる 9。
- アンプの駆動力と品質、そしてシビアなセッティングを要求する 3。
- その低歪みで制御された指向性ゆえに、最初は「地味」「内向的」に聴こえ、聴き手が順応する時間が必要 4。
これらは欠点というより、設計思想の裏返しであり、このスピーカーが万人向けではない「玄人のための道具」であることを物語っている。
2. テクノロジーの解剖学:ダイヤモンドがもたらした「全体最適」
Eidolon Diamondの心臓部は、その名の通りダイヤモンド・ツイーターだ。しかし、Avalonの物語は、単に高価な素材を投入したという単純な話ではない。むしろ、この究極のユニットが、スピーカー全体の設計を根底から見直す「触媒」となった点にこそ、本質がある。
ダイヤモンド・ツイーターという名の「強制関数」
Avalonが最初に試みたのは、既存のEidolonのセラミック・ツイーターを、Accuton製のダイヤモンド・ツイーターに置き換えることだった 13。結果は惨憺たるものだったという。「バランスと音楽的なまとまりが失われた」のだ 13。
理由は明白だ。ダイヤモンド振動板は、セラミックの5倍という驚異的な剛性/質量比を誇り、分割振動(ユニットが歪む現象)の開始周波数を、セラミックの約40kHzから85kHz以上へと倍増させる 8。この圧倒的なスピードと解像度を持つツイーターは、システム内の他の部分の僅かな遅れや歪みを、無慈悲なまでに暴き出した。
この失敗が、Eidolon Diamondを真の傑作へと昇華させた。Avalonは全面的な再設計を余儀なくされたのだ。ツイーターの卓越した性能に追いつくため、ウーファーのモーターシステムはより強力なものに刷新され、クロスオーバーはゼロから再構築、さらにはキャビネットの内部補強材に至るまで変更が加えられた 3。これは、Avalonの哲学が「部分最適」ではなく「全体最適」にあることの何よりの証拠だ。ダイヤモンド・ツイーターは、単なる高域改善パーツではなく、システム全体のパフォーマンスを一段上の次元へと引き上げるための、いわば「強制関数」として機能したのである。
各ユニットの純粋なピストンモーションへのこだわり
Avalonのドライバー選択の基準は一貫している。それは、クロスオーバー周波数を遥かに超える帯域まで、分割振動を起こさずに「純粋なピストン」として動作することだ 。
- ミッドレンジ: Accuton製90mmセラミック・ドライバーは、10kHzまでピストンモーションを維持するが、実際に使用されるのは3.5kHzまで 。
- ウーファー: Eton製270mmノーメックス/ケブラー・ドライバーは、数百Hzでクロスされるにもかかわらず、最初の分割振動は10倍以上高い2kHzで発生する 。
この設計により、各ユニットは最も得意な帯域のみで、歪みやエネルギーの蓄積(音の滲みや遅れの原因)を極限まで排して動作する。これが、Eidolon Diamondが持つ静電型スピーカーに比肩するほどのスピード感と透明感の源泉となっている。 引用: 4
機能と美学の融合:ファセット(切子面)構造のエンクロージャー
Avalonの象徴とも言える、宝石のようにカットされた多面体のエンクロージャー。これは単なるデザインではない。回折(音の回り込みによる波形の乱れ)を巧みにコントロールし、軸上から外れた場所でも周波数特性の乱れが少ない、滑らかな指向性を実現するための「機能的構造物」である 8。この音響設計が、リスニングポイントを多少移動しても崩れない、立体的で安定したサウンドステージの形成に決定的な役割を果たしている。
内部は、最大150mm厚にも及ぶMDFの積層材と、大聖堂の天井を思わせる無数の補強材によって、ドライバーが振動するための「完全に不活性な土台」を形成している 4。
俊敏な低域を生む、低Q値バスレフ設計
エンクロージャーの底面に隠されたバスレフポートは、意図的に非常に低い周波数(約19Hz)にチューニングされている 4。これは一般的なバスレフスピーカーが量感を稼ぐために用いる手法とは真逆のアプローチだ。この「低Q値」設計は、ポートに起因する遅延や共振を可聴帯域から追放し、密閉型スピーカーのような俊敏で解像度の高い低域を実現する。いわゆる「ドスン」と響くパンチ力と引き換えに、音階やテクスチャーを克明に描き分ける、質を重視した低音である。
主要ハイエンドスピーカーとのスペック比較
Eidolon Diamondの設計思想をより深く理解するために、同時代の主要なライバルたちと比較してみよう。
| モデル | ドライバー構成 (T/M/W) | キャビネット素材 | バスレフ方式 | 周波数特性 | 能率 | 公称インピーダンス | 寸法 (HWD, cm) | 重量 (kg) |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| Avalon Eidolon Diamond | 1” Diamond / 4.5” Ceramic / 2x 9.5” N/K | MDF積層 | ポート (下方) | 26Hz-34kHz (-1.5dB) | 87dB | 4Ω | 117x30.5x43 | 72 |
| Wilson Audio Sophia 3 | 1” Ti Dome / 7” Paper / 10” Al | X/M Material (複合材) | ポート (背面) | 20Hz-22.5kHz (±3dB) | 87dB | 4Ω | 103x34.6x48 | 75 |
| Magico S3 Mk II | 1” Be-Diamond / 6” Graphene / 2x 9” Graphene | アルミ押出材 | 密閉型 | 24Hz-50kHz | 88dB | 4Ω | 122x30x30 | 79 |
| B&W 802 D3 | 1” Diamond / 6” Continuum / 2x 8” Aerofoil | 合板 (Matrix) + アルミ | ポート (前方) | 17Hz-28kHz (±3dB) | 90dB | 8Ω | 121x39x58 | 94.5 |
出典: 4
この表は、各社のアプローチの違いを雄弁に物語っている。AvalonがMDFのダンピング特性を活かす一方、Magicoはアルミの剛性を、Wilsonは独自の複合材を追求する。バスレフ方式も、密閉型のMagico、前方ポートのB&W、後方ポートのWilson、そして下方ポートのAvalonと、各社の音響哲学が色濃く反映されている。Eidolon Diamondは、この中でも特にバランスと統合性を重視した、独自のポジションを築いていることがわかる。
3. 測定データに基づく客観的考察
主観的な印象を裏付けるために、公開されている第三者の測定データを見ていこう。これらは、Eidolon Diamondが単なる「雰囲気の良いスピーカー」ではなく、極めて高い技術的完成度を持つことを証明している。
- 周波数特性: 公開されている測定データによれば、軸上特性は36Hzから18kHzの範囲で±3 dBという非常にフラットな特性を示す 4。特にユニット間のつながりは「極めてスムーズで統合されている」と評価されている。高域に向かって緩やかに減衰する傾向が見られるが、これは回折防止用のグリルを装着し、僅かに内振り(トーイン)にした状態でのリスニングを前提とした設計であり、意図された特性である 4。この測定上のスムーズさが、聴感上の「シームレスな一体感」の根拠となっている。
- インピーダンスと位相: インピーダンスは平均6Ω、最低でも3.8Ωまでしか下がらない 4。これは現代のハイエンドスピーカーとしては非常に穏やかな負荷特性であり、アンプを過度に苦しめることはない。ただし、前述の通り能率が低いため、安定した大電流を供給できる、地力の高いアンプが必須となる。「鳴らしにくい」のではなく「力を欲する」スピーカーだ。
- 歪率: 各レビューで一貫して「低歪み」であることが賞賛されている 4。特にダイヤモンド・ツイーターは、共振周波数を可聴帯域外へ追いやることで、歪み率を劇的に改善している 8。この歪みの少なさが、長時間聴いても疲れない自然なサウンドや、小音量時でも音楽のディテールが失われない再現性の高さに直結している 13。
4. 音楽との対話:リスニング・インプレッション
技術的な解説はこのくらいにして、いよいよ音楽そのものに耳を傾けてみよう。Eidolon Diamondは、ソースに含まれる情報をありのままに、しかし極めて音楽的に描き出す。
| レビュアー / 媒体 | 引用抜粋 (和訳+原文) |
|---|---|
| Martin Colloms / Hi-Fi News | 「歌声は、私がコーン型スピーカーで聴いた中で最高のものだった。Quadの静電型スピーカーが最も得意とする領域に匹敵しつつ、より優れたダイナミクス、空気感、透明感を備えている」“I thought singing voices were the best I’ve heard from a cone speaker, rivalling the Quad Electrostatic in its finest region but with greater dynamics, air and transparency.” |
| Roy Gregory / Hi-Fi+ | 「このスピーカーは録音を決してバラバラに分解しない。どんな年代、品質、状態のディスクを再生しても、そのディスクから最後の一滴まで音楽を絞り出すことが期待できる」“They never, ever dismantle the recording into its constituent parts… You can play anything on these speakers, regardless of age, quality or condition, and still expect to get every last ounce of music off the disc.” |
ジャンル別インプレッション
- オーケストラ(クラシック): まさにこのスピーカーの独壇場だ。マーラーの交響曲第2番「復活」のクライマックスで、地を揺るがすようなティンパニの打撃を求めるなら、Wilson Audioの方が得意かもしれない。しかしEidolon Diamondが描き出すのは、その打撃の瞬間の皮の張りや、ホールに響き渡る倍音の構造だ。弦楽器群のテクスチャー、木管楽器を包む空気、ステージ奥で鳴るトライアングルの澄み切った一打まで、全ての楽器が混濁することなく、それぞれの位置と響きを保ったまま一つのハーモニーを形成する。音楽を分解するのではなく、その構造を明晰に提示する能力 13。これこそが、このスピーカーが描き出す広大で深いサウンドステージの正体だ 12。
- ジャズ・トリオ(ビル・エヴァンスなど): マイクロダイナミクスの解像力が光る。ピアニストの鍵盤に込める僅かな力加減、ドラマーのブラシがスネアを撫でる「サッ」という微細な音、ウッドベースの胴鳴りの温かみ。そうした微小な音の変化が、驚くほどのリアリティをもって再現される。各レビューで言及される「ノイズフロアの低さ」9は、音と音の間の完全な静寂として現れ、演奏の緊張感と弛緩を鮮やかに描き出す。
- 女性ヴォーカル(ジョニ・ミッチェルなど): セラミック・ミッドレンジとダイヤモンド・ツイーターの完璧な連携が、声の表現を至高の領域へと引き上げる。子音の刺々しさや、不自然な膨らみとは無縁。息遣いのニュアンス、声が消え入る瞬間の儚さまで、ありのままに、そして美しく描き出す。その純粋さは最高の静電型スピーカーに匹敵するが、より確かな実体感とダイナミクスを伴っている 12。
「音楽の真実を映す鏡」としての側面
Eidolon Diamondと付き合っていて気づくのは、このスピーカーが「音楽の真実を映す鏡」として機能する点だ。あるレビューでは「電子的に作られた音は、いかにも電子的、と聴こえてしまう」と指摘されている 12。これは、このスピーカーが録音を美化したり、脚色したりしないことの証明でもある。優れた録音であれば、マイクの先にあったであろう演奏家の情熱や空気感までをも伝えてくれるが 13、質の低いソースやシステムのアラは容赦なく暴き出す。これは諸刃の剣だ。完璧に調整されたシステムで、良質なアコースティック音源を聴く者にとっては天国だが、圧縮音源や派手なポップスを好む者、あるいはシステムに何らかの妥協がある者にとっては、その正直さがかえって「面白みのない音」に感じられるかもしれない。まさしく、聴き手を選ぶスピーカーなのである。
5. 価値の天秤:総合評価
Eidolon Diamondの価値を、いくつかの評価軸で冷静に採点してみよう。
| 評価軸 | 採点 (5点満点) | 解説 |
|---|---|---|
| 技術性能 | ★★★★★ | 最新鋭ドライバー、不活性な低回折キャビネット、位相整合を極めたクロスオーバー。システム全体として一つの目標に向かって完璧に統合された、音響工学の傑作。全ての設計に明確な意図があり、それが音として結実している。 |
| 音楽的魅力 | ★★★★☆ | 特定のリスナーにとっては、これ以上ない音楽との深い対話をもたらす5つ星の体験。しかし、腹に響く低音のインパクトを求める向きや、あらゆるジャンルを派手に鳴らしたい向きには物足りない可能性も。その魅力は深いが、万人向けではない。 |
| ビルドクオリティ | ★★★★★ | コロラドの自社工場で職人が手作業で組み上げる品質は、まさに工芸品の域。積層キャビネットの仕上げから、厳選されたパーツの採用まで、価格に見合う、あるいはそれ以上の物量を投入している 4。 |
| 価格対価値 | ★★★☆☆ | coherenceとtransparencyにおいてベンチマークとなる性能を持つが、絶対的な価格の高さと、高性能なアンプを要求する点は無視できない。中古市場での価格が安定しているため、長期的な資産価値は比較的高い 7。 |
| 将来性 / 修理性 | ★★★★☆ | ニール・パテル体制下での企業としての安定性には定評がある 14。AccutonやEtonといった定評あるサプライヤーのユニットを使用しているため、長期的な修理の可能性は残されているが、コストは高額になるだろう。時代を超越したデザインは古さを感じさせない。 |
ポジティブ要素 vs. ネガティブ要素
- 長所:
- 他の追随を許さない、全帯域にわたるシームレスな統合性
- 静電型に迫るスピード感と、どこまでも透明な音場
- スピーカーの存在が消える、ホログラフィックなサウンドステージ
- 極限まで抑えられた低歪みによる、自然で疲れない音色
- 工芸品レベルの卓越したビルドクオリティ
- 譲る点:
- 低域は質が高いが、量感や物理的なインパクトは控えめ
- 性能を100%引き出すには、非常に高価でパワフルなアンプが必須
- 部屋の影響を受けやすく、ミリ単位でのシビアなセッティングが求められる
- ソースや上流機器の質をありのままに反映するため、システムを選ぶ
- 絶対的な価格の高さ
6. 市場における座標軸:俯瞰的視点による存在意義の分析
Eidolon Diamondが登場した2000年代以降、ハイエンドスピーカー市場は大きく変化した。Magicoに代表されるアルミ削り出しエンクロージャーや、カーボンファイバーなどの新素材を用いた「ハイパー・スピーカー」が台頭し、解像度競争は激化の一途を辿っている 21。
こうした潮流の中で、Avalonは一貫して木材(MDF)の持つ優れたダンピング特性を信じ、「音楽性」と「時間軸の整合性」という自らの哲学を守り続けてきた 14。Eidolon Diamondは、その哲学の頂点に立つモデルだ。それは、スペック上の数値を追い求めるのではなく、音楽の持つ「人間性 (Humanness)」をいかにして損なわずにリスナーに届けるか、という問いに対するAvalonの回答なのである 22。
音質の長所と短所(競合モデルとの比較)
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B&W 805 D4 レビュー:形態は機能に従う、されど音は魂に従う
B&W 800シリーズの最小モデルでありながら、フラッグシップの設計哲学が最も凝縮されたBowers & Wilkins 805 D4。ダイヤモンド・トゥイーター、コンティニュアム・コーン、リバース・ラップ・キャビネットが織りなす音響的達成と、その明瞭で刺激的な音作りの真価を徹底検証。
B&W Nautilus レビュー:30年の時を超えた音響彫刻の伝説と現実
Bowers & Wilkins Nautilusの30年にわたる進化と現代における立ち位置を、技術的特徴、測定データ、歴史的視点から徹底検証。音響彫刻としての価値と現代のハイエンドスピーカーとの比較分析。
- vs. Wilson Audio (Sasha/Sophia): しばしば「内向的 vs. 外向的」と評される対決だ 23。Wilsonが音楽をリスナーに向かってエネルギッシュに「放射」するのに対し、Avalonはリスナーを音楽の世界へと静かに「誘う」。Wilsonはダイナミックなインパクトと腹に響く低音で優位に立つが 24、Avalonは全帯域の繋がり(coherence)の自然さ、より深く広大な音場表現でそれを凌駕する。瞬発力のWilson、持続力のAvalonと言えるだろう。
- vs. Magico (S3/V3): 両者ともに低歪みと高解像度を追求する点で共通している。しかし、そのアプローチは対照的だ。Magicoの密閉型アルミエンクロージャーが生み出すサウンドは、驚異的に精密でコントロールされているが、時に「ドライ」「分析的」と評されることもある 16。対するEidolon Diamondは、下方ポートを持つ木製エンクロージャーにより、同等のスピードとディテールを保ちながらも、より豊かで「オーガニック」な響きを持つ。Magicoの持つ金属的な精度と引き換えに、豊かな倍音の広がりを選んだのがAvalonだ。
- vs. Bowers & Wilkins (800 Diamondシリーズ): B&Wがハイエンド市場の「王道」であり、誰が聴いても分かりやすい高性能と華やかさを提供するベンチマーク的存在だとすれば 15、Eidolon Diamondはより専門性の高い「孤高の求道者」だ。B&Wのような一聴しての「ワウ!」ファクターは少ないかもしれない。しかし、長時間音楽に浸るリスナーにとっては、Avalonの提示する、より深く、疲れのない、音楽的に誠実なプレゼンテーションが、最終的には大きな価値を持つことになるだろう。
7. 結論 & 推奨ユーザー
長い旅路の果てに、我々はこのスピーカーの本質にたどり着いた。
- おすすめしたい人:
- アコースティック音楽の求道者: クラシック、ジャズ、ヴォーカルを中心に、音色の正確さ、空間のリアリティ、微細なニュアンスの再現を何よりも重視するリスナー。
- システム構築の探求家: アンプの選択やミリ単位のセッティングを追い込むことで、最後の10%の性能を引き出すプロセスそのものを楽しめるオーディオファイル。
- 音楽との長い対話を望む人: 刺激よりも深い充足感を求め、所有するレコードやCDから新たな発見をし続けることに喜びを感じる、成熟したリスナー。
- やめた方が良い人:
- ロック/EDMの愛好家: 音楽の根幹として、身体を揺さぶるような低音の量感とインパクトを必要とする人。
- 手軽さを求める人: アンプやセッティングに頭を悩ませることなく、すぐに良い音を楽しみたいと考えている人。
- コストを最優先する人: スピーカー本体だけでなく、それを駆動するための上流コンポーネントにも相応の投資が必要となるため、システム全体のコストは極めて高額になる。
総合評価(★★★★☆ 4.5)
この機の本質: 全ての音を音楽として編み上げる、驚異的なまでの統合力。それは個々の音を聴かせるのではなく、演奏そのものを眼前に現出させる。
誰に刺さるか: システムの頂点ではなく、音楽への終着点を求める探求者に。
最後に、このスピーカーにニックネームを贈ろう。それは 「音響の黒子」 だ。
最高の黒子がそうであるように、その存在は決して表には出ない。ただ、その完璧な仕事によって、ステージ上のパフォーマンスが本来持つ輝きを100%引き出す。Avalon Eidolon Diamondは、自らを消し去ることで、音楽だけをそこに残す。これこそ、ハイエンドオーディオが到達しうる一つの究極の姿ではないだろうか。
引用文献
1. Avalon Acoustics Loudspeaker - Norman Audio Singapore, https://www.normanaudio.com/brands/avalon-acoustics/
2. About | Avalon Acoustics, https://www.avalonacoustics.com/about/
3. Avalon Acoustics Eidolon Diamond Loudspeaker, https://www.avalonacoustics.com/wp-content/uploads/2021/08/l.Product-of-the-Year-36.pdf
4. Avalon Eidolon, https://www.avalonacoustics.com/wp-content/uploads/2021/08/d.hfn_eidolon-copy.pdf
5. 大場商事、アヴァロン製品の価格改定を実施 - PHILE WEB, https://www.phileweb.com/sp/news/audio/200502/10/5598.html
6. Avalon NP Evolution 2.0 loudspeaker | Stereophile.com, https://www.stereophile.com/content/avalon-np-evolution-20-loudspeaker
7. Avalon Acoustics Avalon Eidolon Diamond (9649918460) | Second-hand device | Standing Speaker | Offer on audio-markt.de, https://www.audio-markt.de/en/market/avalon-acoustics-avalon-eidolon-diamond-9649918460
8. The Avalon Eidolon Diamond First published in HI FI News (first written August 2003) By Martin Colloms ‘Perfectly Faceted Sound - Norman Audio, https://www.normanaudio.com/wp-content/uploads/2020/05/2003-Hi-Fi-News-Review-Avalon-Eidolon.pdf
9. Avalon Eidolon Speaker - Hi-Fi News, https://www.hifinews.com/content/avalon-eidolon-speaker
10. Avalon Acoustics Compás Diamond - Ars Antiqua Audio, https://arsantiquaudio.com/producto/avalon-acoustics-compas-diamond/
11. Avalon Time Loudspeaker (HI-FI+), https://hifiplus.com/articles/the-avalon-time-loudspeaker-hifi-plus-71/
12. Avalon Eidolon Speaker Page 2 - Hi-Fi News, https://www.hifinews.com/content/avalon-eidolon-speaker-page-2
13. Avalon Eidolon Diamond Loudspeaker - Norman Audio, https://www.normanaudio.com/wp-content/uploads/2020/05/Hi-Fi-Plus-Review-Avalon-Eidolon.pdf
14. Avalon Acoustics Indra loudspeaker | Stereophile.com, https://www.stereophile.com/content/avalon-acoustics-indra-loudspeaker
15. Comparisons on Paper: Bowers & Wilkins 802 Diamond D3 vs. Magico S5 Mk II, https://www.soundstageultra.com/index.php/features-menu/opinion-menu/641-comparisons-on-paper-bowers-wilkins-802-diamond-d3-vs-magico-s5-mk-ii
16. Magico V3 Loudspeaker - The Absolute Sound, https://www.theabsolutesound.com/articles/magico-v3-loudspeaker-1/
17. SoundStage! Equipment Review - Wilson Audio Specialties Sophia Series 2 Loudspeakers (11/2006), http://www.soundstagenetwork.com/revequip/wilson_sophia2.htm
18. Wilson Audio Specialties Sophia loudspeaker | Stereophile.com, https://www.stereophile.com/content/wilson-audio-specialties-sophia-loudspeaker
19. Magico V3 loudspeaker - Stereophile.com, https://www.stereophile.com/content/magico-v3-loudspeaker
20. AVALONの買取一覧 - 中古オーディオ 高価買取・販売 ハイファイ堂, https://www.hifido.co.jp/buy/?KW=AVALON
21. Avalon Acoustics - Are they still relevant/competitive ? | AudioShark Forums, https://www.audioshark.org/threads/avalon-acoustics-are-they-still-relevant-competitive.17474/
22. AVALON ACOUSTICS - lotushifi, https://www.lotushifi.co.uk/avalon/
23. Avalon Acoustics Indra loudspeaker Page 2 - Stereophile.com, https://www.stereophile.com/content/avalon-acoustics-indra-loudspeaker-page-2
24. Has anyone ever had the opportunity to compare Wilson, YG, and Estelon in the same store with the same gear? If so, any impressions? : r/audiophile - Reddit, https://www.reddit.com/r/audiophile/comments/l3jtyw/has_anyone_ever_had_the_opportunity_to_compare/