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JBL Project Everest DD67000 レビュー:聳え立つ音の巨人、その伝説と実力を暴く

JBL Project Everest DD67000 レビュー:聳え立つ音の巨人、その伝説と実力を暴く

2025/10/29 公開
JBL
Project Everest DD67000

オーディオの世界には、時折、単なる「製品」という枠を超え、「伝説」として語られるべき存在が現れる。それは技術の粋を集めた工業製品でありながら、同時に音楽という芸術を再生するための楽器でもある。JBLのProject Everest DD67000は、間違いなくその後者だ。その威容は、まるでリスニングルームに聳え立つ一対の山脈。そして、そこから放たれる音は、時に嵐のように荒々しく、時に夜明けのように静謐だ。

このスピーカーを語ることは、JBLというブランドの75年以上にわたる歴史そのものを紐解くことに等しい。映画館の音響からスタジオモニター、そして家庭用ハイエンドまで、音の最前線を走り続けてきた巨人が、一体何を「頂点」として定義したのか。その答えが、このDD67000には凝縮されている。

しかし、我々は伝説を前にして、ただひれ伏すためにここにいるのではない。軽妙な語り口の裏に鋭いメスを隠し持ち、その神話の皮を一枚一枚剥いでいく。主張には根拠を、感覚にはデータを。本稿では、世界中のレビュー、客観的な測定値、そしてライバル機との冷徹な比較を通じて、この音の巨人の正体に迫ってみたい。果たしてその頂から見える景色は、我々をどこへ連れて行ってくれるのだろうか。

JBL Project Everest DD67000 — The Summit of Sound (Overview)

まずは、この巨像のプロフィールを簡潔にまとめておこう。数字は時として、どんな美辞麗句よりも雄弁にその素性を物語るものだ。

項目詳細
メーカーJBL (ジェービーエル)
型番Project Everest DD67000
発売日米国: 2013年2月 [1] / 日本: 2012年10月上旬 [2]
発売時価格米国: $75,000 (ペア) [1] / 日本: 3,150,000円 (1本/税込) [2]
現在価格帯米国: 約 $73,000 - $90,000 (ペア) [3, 4] / 日本: 4,400,000円 (1本/税込) [5]
  • 主要スペック
    • 形式: 3ウェイ・フロアスタンディング型
  • 周波数特性: 29 Hz – 60 kHz (–6dB, ハーフスペース) 6
  • 推奨アンプ出力: 100 – 500 W 6
  • 感度: 96 dB (2.83V/1m) 6
  • 公称インピーダンス: 8 Ω (最低 5.0 Ω @ 80 Hz, 3.0 Ω @ 40 kHz) 6
  • クロスオーバー周波数: 150 Hz (LF1, 6dB/oct), 850 Hz (LF2, 24dB/oct), 20 kHz (UHF, 24dB/oct) 6
    • 使用ユニット:
      • LF (低域): 380mm (15インチ) 3層パルプサンドイッチコーン・ウーファー (1501AL-2) ×2 5
      • HF (中高域): 100mm (4インチ) ピュアベリリウム・コンプレッションドライバー (476Be) 6
      • UHF (超高域): 25mm (1インチ) ピュアベリリウム・コンプレッションドライバー (045Be-1) 6
  • 寸法 (H×W×D): 1109 × 965 × 469 mm 7
  • 重量: 142.1 kg (グリル含む) 7
    • 出典: JBL Official Spec Sheet 6

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1. 頂からの眺め:世界のレビュー要約

DD67000ほどのスピーカーになると、その評価は世界中に散らばる。ここでは、信頼に足る専門誌から熱心なユーザーフォーラムまで、いくつかの声に耳を傾けてみよう。ただし、メーカーから提供されたサンプルでのレビューは、どうしてもポジティブなバイアスがかかりがちだ。その点を差し引いて判断する必要がある。

メディア引用抜粋 (和訳+原文)評価点
Hi-Fi News (UK)「楽器の音色とトランジェント・アタックは衝撃的なほどリアルだ。」“The timbre and transient attack of instruments is shockingly real.”★★★★★
highendnews.info「いくつかの楽器やボーカルには色付け、ある種の硬さや過剰な攻撃性があるように思えた。PA的な色付け、鼻にかかった音、あるいはホーンの歪みとでも言おうか。」“some of the instruments and vocals seemed to have coloration, some kind of hardness and extra aggressiveness. One can call it also PA coloration, nasality or horn distortion, so to speak.”★★★☆☆
AudioShark Forum「(他のリファレンススピーカーが)いくつかの側面でポイント勝ちした一方で、JBLはよりコヒーレントで全体として楽しめるサウンドを提供したと投稿者は信じている。」“While the Ref1s won by points in certain dimensions, the poster believed the JBL’s offered the more coherent and more enjoyable overall sound to his ears.”★★★★☆
Reddit User「小さな部屋で聴いたことがある。耳をつんざくような高音で、部屋を出なければならなかった。」“I heard a pair in a room to small for them. Ear piercing highs and I had to leave the room.”★★☆☆☆

集計:
世界中のレビューを俯瞰すると、一つの明確な傾向が見えてくる。肯定的な評価は、ほぼ例外なくその圧倒的なダイナミクス、実物大のスケール感、そして「生々しい」リアリズムを称賛している 9。まるでスタジオのコントロールルーム、あるいはライブ会場の最前列にいるかのような体験。これがDD67000の最大の魅力であることは間違いない。
一方で、少数ながら存在する批判的な意見は、その**音色(トーン)に集中する 10。あるレビュワーが「究極のリアリズム」と評したサウンドを、別のレビュワーは「PA的な色付け」や「硬さ」と表現するのだ。そして、ユーザーフォーラムからは、その巨大さゆえに「部屋を選ぶ」**という、極めて実践的な指摘も挙がっている 12

この評価の二面性こそが、DD67000の本質を解き明かす鍵となる。これは単なる性能の優劣ではなく、JBLが貫く「音の哲学」そのものが問われている証左なのだ。

2. 巨人を創りし技術の系譜

DD67000は、ある日突然、空から降ってきたわけではない。それはJBLが半世紀以上にわたって積み上げてきた「プロジェクト」と呼ばれる、フラッグシップモデルの血統を受け継ぐサラブレッドだ。

JBLフラッグシップの遺伝子

その歴史は1954年のモノラル時代にまで遡る。コーナーホーン型スピーカー**「D30085 Hartsfield」は、JBL初のプロジェクトモデルとされ、その高効率でパワフルなサウンドは、家庭用オーディオの常識を覆した 14。続く1957年には、ステレオ時代の到来を象徴する一体型ステレオスピーカー「D44000 Paragon」**が登場。その優美なデザインと音響性能は、まさに「聴く家具」として30年近くも王座に君臨した 15

時代は下り、ステレオ再生が成熟期を迎えた1985年。日本のオーディオ市場の熱烈な要望に応える形で、新たなプロジェクトが始動する。それが**「Project Everest DD55000」だ 16。このモデルで確立された、大型コンプレッションドライバーとバイラジアルホーンを中核に据える設計思想は、その後のK2シリーズを経て、2006年にJBL創立60周年を記念して発表された「Project Everest DD66000」**へと受け継がれる 17

そして2012年、DD66000の登場以降に培われた最新の素材技術と解析技術を惜しみなく投入し、さらなる高みを目指して改良されたのが、このDD67000なのである 2。つまり、このスピーカーには、JBLの栄光の歴史と、常に音の頂を目指してきたエンジニアたちの執念が刻み込まれているのだ。

巨人の解剖学:技術的特徴

DD67000を構成する一つ一つのパーツは、それ自体がエンジニアリングの結晶だ。

  • ウーファー (1501AL-2): 低域を担うのは、2基の380mm径ウーファー。振動板は、2枚のピュアパルプの間にフォームコア材を挟んだ独自の3層サンドイッチ構造を採用 6。これにより、紙素材ならではの自然な響きと、軽量でありながら高い剛性を両立させている。磁気回路には、温度変化に強く安定した磁束を供給するアルニコ磁石が奢られ、強力かつ歪みの少ない駆動力を実現している 5
  • コンプレッションドライバー (476Be & 045Be-1): 中高域と超高域には、JBLの代名詞とも言えるコンプレッションドライバーが搭載される。振動板の素材には、実用金属中、最も高い剛性/質量比を誇るピュア・ベリリウムを採用 6。これにより、可聴帯域を遥かに超える周波数まで正確なピストンモーションを維持し、驚異的な透明度と低歪みを実現している 21
  • バイラジアルホーン: ドライバーから放出された音波は、JBL独自のバイラジアルホーンによって拡散される。このホーンは、単に能率を上げるためのものではない。水平・垂直方向に最適な指向性をコントロールし、部屋のどこで聴いても安定した広大なサウンドステージと、スムーズな周波数特性を得るための重要な音響レンズなのだ 22。特に、大きく湾曲したフロントバッフル自体が中高域用ホーンの側壁を形成するデザインは、音響的合理性と視覚的な美しさを見事に融合させている 20
  • エンクロージャー: 142kgという重量が示す通り、そのエンクロージャーは極めて堅牢だ。厚さ45mmにも及ぶバッフルは、MDFとバーチ合板のハイブリッド構造。さらに表面をカーボンファイバーで補強することで、2基の巨大なウーファーが発する凄まじい振動を微動だにせず受け止める、まさに盤石の土台となっている 23

設計の妙:「オーグメンテッド2ウェイ」という名の奇策

このスピーカーのクロスオーバー設計は、一見すると奇妙だ。低域のクロスオーバーが150 Hzと850 Hzの2点に存在する 6。これは「オーグメンテッド2ウェイ(拡張2ウェイ)」と呼ばれるJBL伝統の構成で、実に巧妙な音響的解決策と言える。

150 Hz以下の最も低い帯域では、2基の380mmウーファーが同時に駆動し、広大な振動板面積による圧倒的な量感とパワーを生み出す。しかし、150 Hzを超えると、片方のウーファーは緩やかに(6dB/oct)減衰していく 23。そして、850 Hzまではもう一方のウーファーのみが中高域ドライバーと繋がる。

なぜこのような複雑な構成を採るのか。理由は明快だ。もし2基のウーファーを850 Hzまで駆動させると、左右に離れた音源から同じ周波数の音が出るため、互いに干渉し合って周波数特性が乱れる「コムフィルター効果」が発生してしまう。かといって、最初からウーファーを1基にすると、JBLが求める深遠な低音のスケール感が得られない。

つまりこの設計は、**「低域のパワーは2基で稼ぎ、指向性が重要になる中域は1基で担う」**という、パワーと定位の両立を狙った、極めて合理的な選択なのだ。この一点だけでも、JBLの設計思想の深さが窺える。

ハイエンドの頂上決戦:スペック比較表

DD67000が戦うのは、ハイエンドオーディオという名の、まさに魔境だ。ここでは、思想も出自も異なる同価格帯のライバルたちとスペックを比較してみよう。

スペックJBL Project Everest DD67000Wilson Audio Sasha W/P (Series 1)Tannoy Kingdom RoyalMagico M3
ドライバー構成3ウェイ・ホーン3ウェイ・ダイナミック4ウェイ・同軸+ウーファー3ウェイ・ダイナミック
ウーファー380mm (15”) ×2203mm (8”) ×2380mm (15”) ×1178mm (7”) ×3
感度96 dB91 dB96 dB91 dB
公称インピーダンス8 Ω4 Ω8 Ω4 Ω
周波数特性 (-6dB)29Hz - 60kHz20Hz - 22kHz24Hz - 61kHz24Hz - 50kHz
重量 (1本)142.1 kg89.4 kg120 kg145 kg
発売時価格 (ペア)約 $75,000約 $27,000約 $85,000約 $94,000
出典[3, 6][25, 26][27, 28][29, 30]

この表から読み取れるのは、DD67000が**「大口径ウーファー」「高能率」**という、JBLの伝統的な価値観を色濃く反映している点だ。小口径ウーファーを複数用いる現代的なアプローチとは一線を画し、あくまでも一発の迫力と、アンプに過度な負担をかけない高効率設計を貫いている。これは、後の音質評価にも大きく関わってくる重要なキャラクターと言える。

3. 測定データが語る“素顔”

オーディオレビューにおいて、主観的な聴感印象は花のようであり、客観的な測定データは根のようなものだ。美しい花を咲かせるには、しっかりとした根が不可欠。ここでは、英国の専門誌 Hi-Fi News に掲載された第三者による測定データに基づき、DD67000の技術的な実力、その“素顔”を検証する 20

  • 感度 (Sensitivity): JBLの公称値は96dBだが、Hi-Fi News の実測値は約94dBであった。2dBの差は決して小さくないが、それでも94dBという数値は現代のハイエンドスピーカーの中では極めて高い部類に入る。これは、小出力の真空管アンプでも、あるいは大出力アンプの余裕ある領域でも、スピーカーを軽々と駆動できることを意味する。公称値はやや楽観的だが、高効率であるという本質は揺るがない。
  • インピーダンス (Impedance): 公称8Ωとされているが、実測での最低値は20kHz付近で4.5Ωまで低下する。また、JBL自身のスペックシートにも40kHzで3.0Ωまで下がると記載がある 6。これは、公称インピーダンスから想像するよりもアンプに電流供給能力を要求することを示唆している。特に超高域でのインピーダンス低下は、アンプによっては高域の質感に影響を与える可能性がある。高感度でありながら、そのポテンシャルを最大限に引き出すには、低インピーダンスまで安定して駆動できる質の高いアンプが求められる、というわけだ。
  • 低域伸長 (Bass Extension): 公称スペックでは-6dBで29Hzまで伸びるとされているが、Hi-Fi News の無響室に近い環境での測定では43Hz (-6dB) という結果だった。この差は、JBLが一般的なリスニングルームでの壁の反射(半自由空間)を想定しているのに対し、測定が無響空間で行われたことに起因する可能性が高い。重要なのは、DD67000の低音は、地を這うような超低域の再生能力よりも、スピード感とコントロール、そして圧倒的なパワーハンドリングを重視した設計であるという点だ。測定値は、その「締まりのある、明瞭な(taut and articulate)」低音という聴感印象を裏付けている 23
  • 歪率 (Distortion): これこそがDD67000の真骨頂だ。90dB SPLというかなりの大音量再生時においても、全帯域にわたって歪率は0.1% という驚異的に低い数値を記録している。これは、ベリリウム振動板を持つコンプレッションドライバーと、強力な磁気回路を持つウーファーがいかに余裕をもって動作しているかの証左である。レビューで語られる「透明度」や「ストレスのないダイナミクス」は、この圧倒的な低歪み性能に裏打ちされているのだ。

結論として、測定データはDD67000がいくつかの公称スペック(感度、インピーダンス)において楽観的な表記をしていることを示唆するものの、その本質的な性能(高効率、超低歪)がいかに卓越しているかを客観的に証明している。これは、誇張されたマーケティングではなく、確固たるエンジニアリングに支えられた本物の実力なのだ。

4. 魂を揺さぶる音の体験

さて、いよいよこの巨人が奏でる音の世界に足を踏み入れよう。スペックや測定値はあくまで地図に過ぎない。我々が知りたいのは、その地図が示す先にどんな絶景が広がっているか、だ。

印象のコーラス:レビュアーたちの声

まずは、このスピーカーを実際に聴いた者たちの言葉を並べてみよう。

レビュアー / 媒体引用抜粋 (和訳+原文)
John Bamford / Hi-Fi News「ピアノとトランペットの描写は不気味なほどリアルだった。」“the depiction of piano and trumpet spookily lifelike.”
highendnews.info「主観的に最も重要だったのは、その表現に無限の即時性とライブ感があったことだ。」“Subjectively, the most important thing was that there seemed to be an unlimited amount of immediacy and live likeness in the presentation.”
John Bamford / Hi-Fi News「このスピーカーは骨を砕くようなダイナミクスを惜しみなく提供する。もしあなたが静電型パネルのようなサウンドステージの深さとイメージングを追い求めているなら、それも提供してくれる。」“If you want bone-crushing dynamics this speaker delivers in spades. If you’re chasing electrostatic panel-type soundstage depth and imaging, it provides that too.”

ジャンル別リスニング・ノート(レビューからの統合分析)

これらのレビューを総合し、ジャンルごとの音の振る舞いを描写すると、DD67000の持つ鮮烈な個性が浮かび上がってくる。

  • ジャズ & ボーカル: まさに独壇場だ。Hi-Fi News のレビュワーが述べた「衝撃的なほどリアルなトランジェント・アタック」13 は、シンバルの一撃やサックスの咆哮を、まるで目の前で演奏されているかのように生々しく描き出す。ベリリウムドライバーの反応速度と大口径ウーファーの余裕が生み出す、音の立ち上がりの鋭さは圧巻の一言。ボーカルは実物大のスケールで定位し、息遣いや唇の動きまで見えるかのようだ。これこそが、多くのファンを魅了してやまない「JBLサウンド」のポジティブな側面が最も輝く瞬間だろう。
  • クラシック & オーケストラ: DD67000の真価は、オーケストラのトゥッティ(総奏)で発揮される。「骨を砕くようなダイナミクス」13 を、いかなる歪みも飽和感もなく再生しきる能力は、コンサートホールの感動を家庭に持ち込む。特筆すべきは、その圧倒的な音圧の中でも、各楽器の分離が極めて明瞭な点だ。これは、超低歪みなドライバーユニットと、Hi-Fi News が指摘した「卓越した低音のコントロール」9 の賜物。バイラジアルホーンが形成する広大で安定したサウンドステージは、オーケストラの配置を見事に描き分ける。
  • ロック & エレクトロニック: ここでは、DD67000は諸刃の剣となる。Steely DanやMetallicaといった優れた録音の音源では、その解像度と凄まじい「スラム(衝撃)」は快感以外の何物でもない 9。キックドラムは腹の底を揺さぶり、ギターリフは壁のように迫ってくる。しかし、その「容赦なく暴き出す」13 性格は、録音の悪い音源に対しては牙を剥く。Hi-Fi News がStevie Wonderの『Superstition』を例に挙げたように、コンプレッションが強く、痩せた音源は、そのアラが全て白日の下に晒され、キンキンとした耳障りな音になりかねない 9highendnews.info が指摘した「PA的な色付け」や「硬さ」10 という批判は、まさにこの側面を捉えたものだろう。

パラドックスの解明:「JBLハウスサウンド」の正体

なぜ評価が「究極のリアリズム」と「PA的な色付け」に分かれるのか。その答えは、JBLが持つプロオーディオの血統にある。

DD67000のサウンドの核は、高効率なホーンロード・コンプレッションドライバーがもたらす、極めて高速なトランジェントと強大なダイナミックレンジだ。このキャラクターは、音源に対して絶対的に忠実であろうとする。

ジャズやクラシックといった、生楽器のダイナミクスが重要な音楽では、この特性が「生演奏」そのもののエネルギーを再現し、聴き手に強烈なリアリティを感じさせる。これが「ライブ感」の正体だ。

しかし、スタジオで多重録音され、コンプレッサーでダイナミクスが整えられたロックやポップスでは、その同じ特性が、マスタリングの過程で加えられた人工的な響きや歪みをありのままに再生してしまう。その結果、人によっては音が「硬い」「攻撃的」と感じられる。それは、あたかも高性能なPA(SR)スピーカーで音楽を聴いている感覚に近い。

つまり、DD67000は欠陥を抱えているのではなく、一貫した強烈な個性を持っているのだ。それは、一部のハイエンドスピーカーが目指すような、当たり障りのない「美音」や絶対的な「中立性」ではない。あくまでも**「ライブパフォーマンスのエネルギーを再現する」**という、明確な美学に基づいたサウンド。これこそがJBLのハウスサウンドであり、このスピーカーを選ぶか否かを分ける、最大の分岐点なのである。

5. 審判の時:DD67000の価値評価

技術、歴史、そして音。全ての要素が出揃った今、この巨人に最終的な評価を下そう。

評価軸採点 (5点満点)解説
技術性能★★★★★ベリリウムドライバー、3層サンドイッチコーン、巧妙なクロスオーバー、カーボン補強された超堅牢なキャビネット。客観的に見て、その時代の最高峰の技術が投入されており、特に超低歪み性能は圧巻。エンジニアリングの勝利だ。
音楽的魅力★★★★☆ライブミュージックのエネルギーとダイナミズムを再現する能力は比類がない。ハマった時の音楽体験は、まさに魂を揺さぶるレベル。ただし、その暴き出すような性格は全ての音楽、全ての人にとって「魅力的」とは限らないため、満点から一歩引いた。
ビルドクオリティ★★★★★142kgの重量は伊達ではない。寸分の狂いもない木工加工、自動車グレードの塗装、カーボンファイバーやSonoGlassといった先進素材の採用。もはや工業製品というより工芸品の域に達している 23
価格対価値★★★★☆初期投資は天文学的だ。しかし、JBLの「プロジェクト」モデルという血統、陳腐化しない圧倒的な基本性能、そして過去のモデルが中古市場で価値を維持、あるいは向上させてきた歴史を鑑みると、長期的な資産価値は極めて高い。単なるオーディオ機器を超えた価値を持つ。
将来性 / 修理性★★★★☆パッシブスピーカーであり、巨大企業ハーマン傘下のJBL製品であるため、長期的な修理・メンテナンス体制には期待が持てる。そのクラシックかつ大胆なデザインは、時代を超えて価値を失わないだろう。

Bias Check:
このスピーカーの評価は、常にポジティブとネガティブの両側面から語られなければならない。ポジティブな要素は、比類なきダイナミクス、ライブの臨場感、そして記念碑的なビルドクオリティ。ネガティブな要素は、広大な設置スペースの要求、録音の質を容赦なく選ぶ性格、そして一部の聴き手には攻撃的に感じられる可能性のある明確な「ホーンサウンド」。この両方を理解して初めて、DD67000の真価を正当に評価できる。

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6. ハイエンドの頂、その座標

DD67000は、ただ高性能なだけではない。それは、ハイエンドオーディオの世界における一つの明確な「思想」の表明でもある。その立ち位置を理解するために、競合する頂たちとの思想の違いを比較してみよう。

頂点を巡る思想の戦い

  • JBL Project Everest DD67000:ダイナミック・リアリズムの追求
    JBLが目指すのは、**「ライブパフォーマンスの物理的エネルギーとスケールの再現」**だ。大口径ウーファー、高効率ホーン、コンプレッションドライバーという構成は、全てこの目的のためにある。音楽を分析的に聴くのではなく、全身で浴びる体験。それがDD67000の哲学だ。
  • Wilson Audio Sasha W/P:時間軸と音色の正確性の追求
    対照的に、Wilson Audioは**「時間領域の整合性(タイムコヒーレンス)」と「音色の正確さ」**を至上命題とする 25。ドライバーの精密な配置、共振を徹底的に排除した複合素材キャビネットなど、そのアプローチは極めて分析的かつ科学的。「正しい音」を寸分の狂いなく再生することを目指す。
  • Tannoy Kingdom Royal:点音源の理想と音楽性の追求
    Tannoyの核は、伝統のデュアル・コンセントリック(同軸2ウェイ)ドライバーにある 27。ウーファーとツイーターを同軸上に配置することで、理想的な**「点音源」**を実現し、極めて自然で一体感のあるサウンドステージを描き出す。技術的な正しさ以上に、音楽が持つハーモニーや一体感を重視する思想だ。
  • Magico M3:絶対的透明性の追求
    Magicoの哲学は、スピーカーを**「存在しないもの」**にすることにある 29。グラフェンやダイヤモンドといった最先端素材、そして巨大なアルミ削り出しのエンクロージャーは、ドライバーやキャビネット自身の音(歪みや共振)をゼロに近づけるための執念の現れ。音源に記録された情報以外、何も足さず、何も引かない。それがMagicoの目指す頂である。

価格と価値の物語

DD67000の価値を考える上で、もう一つ重要な視点がある。それは、このスピーカーが通常の工業製品が持つ「時間と共に価値が下がる」という法則から、ある程度逸脱している点だ。

2012年の発売から10年以上が経過した現在も、その価格は安定、あるいは上昇傾向にある 3。これは、DD67000が単なる「型落ちのオーディオ機器」ではなく、HartsfieldやParagonのように、**「未来のクラシック」**として市場に認識されていることを意味する。

これは、単に性能が良いからというだけではない。JBLの「プロジェクト」モデルが持つ歴史的な物語性、その時代を象徴する圧倒的な物量投入とデザイン、そして限定的な生産数。これら全てが合わさって、DD67000に「所有する喜び」という無形の価値を与えている。購入するという行為は、最新テクノロジーを手に入れることであると同時に、オーディオの歴史の一部を継承することでもあるのだ。この視点に立てば、その高価な値札も、また違った意味合いを帯びてくる。

7. 結論:この山は、誰がために在るか

長きにわたる分析の旅も、いよいよ終着点だ。結局のところ、この偉大なスピーカーは、誰のためのものなのだろうか。

  • おすすめしたい人
    • 何よりも音楽の「ライブ感」、エネルギー、ダイナミズムを求める人。
    • 広大なリスニングルームを持ち、キックドラムの衝撃やオーケストラのうねりを物理的に「体感」したい人。
    • JBLの輝かしい歴史をリスペクトし、オーディオシステムの中核に記念碑的な存在を置きたいコレクター。
  • やめた方が良い人
    • スピーカーに上品さ、滑らかさ、絶対的な音色の中立性を最優先で求める人。
    • リスニングルームが中規模以下(特に横幅が取れない)の人。
    • ライブラリの多くが、古い録音や圧縮率の高い音源で占められている人。

将来の可能性

パッシブスピーカーであるDD67000の真価は、組み合わせるアンプやソース機器の進化と共に、今後何十年にもわたって引き出され続けるだろう。特に、低域と中高域を別々のアンプで駆動するバイアンプ接続に対応しており 23、将来的なアップグレードの明確な道筋が用意されている点も心強い。


本機の本質は、録音された音楽を「生演奏」へと再変換する、圧倒的なダイナミズムとスケール感にある。

魂を揺さぶるリアルな音圧と、目前に迫るステージの熱気を求める者にこそ、この頂は存在する。

ニックネーム:「音のヘビー級チャンピオン」

総合評価(★★★★☆)

4.5点。その絶対性能と歴史的価値は満点に値する。しかし、その強烈な個性が乗り手(と部屋と音源)を選ぶという点で、満点から0.5点を引いた。これは欠点ではなく、孤高の頂であることの証明だ。

引用文献

  1. ハーマン、JBLのフラグシップ“EVEREST”新モデル「DD67000」「DD65000」を発売 - PHILE WEB, https://www.phileweb.com/sp/news/audio/201209/01/12440.html
  2. JBL Project Everest DD67000 Dual 15” Floorstanding Speakers - Safe and Sound HQ, https://www.safeandsoundhq.com/products/jbl-project-everest-dd67000-dual-15-3-way-floorstanding-loudspeaker-pair
  3. Project Everest DD67000 | 380mm × 2 3ウェイ・フロア型スピーカー, https://jp.jbl.com/DD67000RW-.html
  4. Project everest DD67000 | JBL, https://jp.jbl.com/on/demandware.static/-/Sites-masterCatalog_Harman/default/dw3912c8fc/pdfs/JBL-DD67000-and-DD65000-Spec-sheet.pdf
  5. Project Everest DD67000 | Dual 15″ (380mm), three-way, floorstanding speaker designed for a superlative listening experience, https://mm.jbl.com/floorstanding/DD67000RW-.html
  6. JBL Project Everest DD67000 Loudspeakers - Analogue Seduction, https://www.analogueseduction.net/all-speakers/jbl-project-everest-dd67000-loudspeakers.html
  7. JBL Project Everest DD67000 - New Audio, http://www.newaudio.it/JBL/EVEREST/HiFi%20News%20Review%20JBL%20Project%20Everest%20DD67000.pdf
  8. JBL Everest 67000 - Highendnews, http://www.highendnews.info/reviews/JBL_Everest_DD67000.htm
  9. JBL DD55000 Everest Speakers-Opinions & Thoughts Please : r/vintageaudio - Reddit, https://www.reddit.com/r/vintageaudio/comments/15nnpjf/jbl_dd55000_everest_speakersopinions_thoughts/
  10. Jbl Project Everest Dd67000 (£70000) - Hi-Fi News, https://www.hifinews.com/content/jbl-project-everest-dd67000-%C2%A370000
  11. JBL Everest Project K2 DD66000 - - Brands - Auditoriums Colab, https://www.colab.be/2-marque-3-164.htm
  12. 連載:世界のオーディオブランドを知る(1)圧倒的な認知と名声「JBL」の歴史を紐解く - PHILE WEB, https://www.phileweb.com/sp/review/column/202410/02/2439_2.html
  13. 世界有数のスピーカーブランド「JBL」の誕生と発展の物語, https://jp.jbl.com/history.html
  14. 6moons audio reviews: JBL S3900, https://6moons.com/audioreviews/jbl/2.html
  15. Presenting The Finest Loudspeaker Ever Created By JBL: The Extraordinary JBL Project Everest DD66000 - ecoustics.com, https://www.ecoustics.com/products/presenting-finest-loudspeaker-created-jbl/
  16. JBLブランド75年の軌跡 | 一般社団法人 日本オーディオ協会, https://www.jas-audio.or.jp/journal_contents/journal202111_post16274
  17. DD66000, http://www.cieri.net/Documenti/JBL/Documenti%20tecnici/Cataloghi/JBL%20-%20Project%20Everest%20DD66000%20-%20Brochure%20(2007)%20(English).pdf
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  27. Today’s Fresh Catch: Tannoy Kingdom Royal loudspeakers - Updates 1 & 2! The unboxing party & 1st listening impressions. - Jeff’s Place, https://jeffsplace.positive-feedback.com/todays-fresh-catch-tannoy-kingdom-royal-loudspeakers/
  28. Magico M3: Reviews, Competitors, Used Pricing - ExtremeHiFi, https://www.extremehifi.com/product/magico-m3-30Rt
  29. Magico M3 Loudspeaker - The Absolute Sound, https://www.theabsolutesound.com/articles/magico-m3-loudspeaker/
  30. JBLが、フラッグシップスピーカー「Project EVEREST DD67000」「Project K2 S9900」の最終受注を開始。長きにわたってオーディオファンの支持を集めたモデルが遂に生産終了 - Stereo Sound ONLINE, https://online.stereosound.co.jp/_ct/17754141

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