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RAAL 1995 Immanis レビュー:秩序と混沌の狭間で鳴る至高

RAAL 1995 Immanis レビュー:秩序と混沌の狭間で鳴る至高

2025/08/30 公開
RAAL 1995
Immanis
raal-1995-immanis

音楽再生という行為は、突き詰めれば、秩序ある信号の中から芸術という名の混沌を、いかに忠実に、そして美しく取り出すかという試みではなかろうか。我々オーディオファイルは、その矛盾を孕んだ命題に対し、技術という名のメスを手に、絶え間ない探求を続ける。そして2024年、セルビアの工房から、その探求の歴史に新たな一石を投じるであろう、恐るべきヘッドホンが登場した。RAAL 1995 Immanis。その名はラテン語で「巨大」「広大」を意味する。本稿では、この新たなる巨人が、ヘッドホンオーディオの地平にどのような景色を描き出すのか、その核心に迫りたい。

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RAAL 1995 Immanis — Overview

  • メーカー / 型番: RAAL 1995 / Immanis
  • 発売日: 2024年2月
  • 価格帯:
    • USD:9,460(標準パッケージ)/9,460 (標準パッケージ) / 約 7,500~$7,900 (ヘッドホン本体のみ) 3
    • 日本円: 国内正規代理店の価格設定は確認できず(2024年10月現在)。海外価格からの単純換算で約140万~150万円と推定される。

主要スペック

  • 方式: 開放型サーカムオーラル、トゥルーリボン R³ トリプルドライバー
  • リボン構成: 相補的チューニングされたトリプルリボン
  • リボン素材: コルゲートピュアアルミニウム、Viscodamp™ 粘性ダンピング付き
  • 総表面積: 25.2cm2
  • インピーダンス: 0.057Ω (本体) / 0.29Ω (専用ケーブル Star-8 MkII 装着時)
  • 最大音圧レベル: 118dB
  • 重量: 626 g (ケーブル含まず)
  • 付属品: Immanis本体、RCDI (Ribbon Current-Drive Interface) 兼スタンド、専用ケーブル (STAR-8 MkII Pure Silver)、RCD-XLRケーブル、アルミ製ハードケース
  • 出典:(https://raalrequisite.com/headphones/immanis/)

1. 各メディアの評価集約

Immanisの登場は、ハイエンドオーディオ界に静かな、しかし確実な衝撃を与えた。その評価を俯瞰するため、主要なレビューを以下に集約する。ただし、レビューというものには常に評者の背景や試聴環境というバイアスが内在することを、我々は忘れてはならない。

メディア引用抜粋 (和訳+原文)評価点バイアス評価
Headfonia「Immanisは、そのリボン技術により、特別なサウンドシグネチャーを持つユニークなヘッドホンだ…最高の技術性能と音楽的でエネルギッシュな表現を両立させたいなら、Immanisは完璧なヘッドホンだ。」“The RAAL 1995 Immanis, with its Ribbon technology, is a unique headphone with a sound signature that is just as special… If you like a high-end sound where you get a superbly strong technical performance but with a musical and energetic delivery, the Immanis is the perfect headphone for you.”★★★★★ (Recommended Buy Award)中立〜肯定的バイアス: レビューサンプルはメーカー提供。長年の経験を持つレビュアーによる詳細な分析だが、ブランドとの良好な関係性がうかがえる。評価は信頼できるが、熱意ある表現には注意が必要。
Z Reviews (YouTube)「これはおそらく購入できる最高のヘッドホンの一つだ…Susvaraは私を動かすには至らなかったが、Immanisは違う。私が探し求めていた音の完璧さがここにある。」“This is probably one of the best headphones one can buy… To me Susvara has never moved me enough to purchase it… But the Immanis is different… To me it’s the sound perfection I’ve been looking for.”★★★★★ (New Headphone King)強い肯定的バイアス: 代理店からの貸与品。レビュアーはAbyss 1266のオーナーであり、Susvaraに魅力を感じなかったという明確な個人的嗜好を持つ。その文脈でImmanisを絶賛しており、比較対象へのバイアスが評価に影響している可能性がある。
The HEADPHONE Show (YouTube)「これは私が聴いた中で最も巨大なステージングを持つヘッドホンの一つだ…親密な音楽を親密に聴きたいなら、これは常に壮大に鳴るため、欠点となりうる。」“this is one of the biggest staging headphones I have ever heard… so if you like intimate sounding music and you want it to sound intimate, one possible downside here is that this one never really sounds instrument intimate it always sounds big and grand.”★★★★☆ (Qualified Praise)分析的・中立: 友人からの貸与品。技術的背景に詳しく、長所と短所を冷静に指摘。特に「常に壮大」という点は、他のレビューでは長所としてのみ語られがちな部分を、特定のユーザーにとっては短所になりうると示唆しており、信頼性が高い。
StereoNET Forum User “BlueOceanBoy”「Immanisは鮮やかで、ニュートラルよりわずかに暖かく、全ジャンルで優れた音質を示す…低音は雷鳴のようで、中毒性があるが、ミッドに滲むことなく制御されている。」“Immanis presents a vivid, slightly warm of neutral, excellent tonal quality across all genres… Bass is thunderous, addictive but well controlled with no bleed into the mids.”★★★★★ (Enthusiast Praise)所有者バイアス: 個人の購入者による初期レビュー。熱意が非常に高く、肯定的な側面が強調される傾向がある(確証バイアス)。しかし、Susvaraや1266 TCなど多数の旗艦機を所有した上での比較は、実体験に基づく貴重な意見として参考になる。
Headphones.com Forum User “MrSehrKalt”「高域に顕著なピークがあり、全体的に明るすぎると感じた…残念ながら、あなたのレビューで述べられている低音の良さや途方もない音場は聴き取れなかった。」“There were prominent peaks in the treble and it just sounded too bright for me overall… Unfortunately I couldn’t hear the bass goodness and the tremendous soundstage described in your review.”★★☆☆☆ (Negative Impression)状況的バイアス: オーディオショウでの短時間試聴。騒音の多い環境であり、アンプとの相性も不明。高域の鋭さに関する指摘は他の意見とも一致する点があり重要だが、劣悪な試聴環境が評価を著しく下げている可能性が高い。

集計と洞察:
Headfonia、Z Reviews、Bloom Audio、6moons、StereoNET、Head-Fiなど約10ソースを調査した結果、肯定的な評価が圧倒的多数(約85%)を占める。特に、音場の広大さ、解像度の高さ、ダイナミクスの表現力は、ほぼ全てのレビューで絶賛されていると言っても過言ではない 4
しかし、ここに興味深い認識の二分化が見られる。メーカーからの貸与品を理想的な環境でじっくり聴き込んだプロのレビューでは、Immanisは新たなベンチマークとして称賛される傾向が強い 8。一方で、オーディオショウのような管理されていない環境での試聴や、特定の高域感度を持つユーザーからは、「明るすぎる」「ピークがある」といった指摘が散見される 11

これはImmanisが「誰にでも安全な」チューニングではないことを示唆している。その究極的な音の提示は、上流のシステム(DAC、アンプ)と聴き手の感性に大きく依存するのだ。Immanisの透明性は両刃の剣であり、完璧に調和したシステムの美しさを映し出す一方で、上流の僅かな瑕疵をも無慈悲に暴き出す。高域に関する議論は、ヘッドホンそのものの是非を問うものではなく、むしろそれを取り巻く多様なシステムと聴き手の感性を映す鏡なのである。

2. 設計思想と技術的特異点

Immanisを理解するためには、その血統、すなわちRAALというブランドの歩みを遡る必要がある。

RAALの系譜:異端から王道へ

セルビアのエンジニア、Aleksandar Radisavljevicによって設立されたRAALは、元来、世界最高峰のスピーカー用リボンツイーターメーカーとしてその名を轟かせていた 12。その技術をヘッドホンに応用した最初の製品、SR1a “Earfield™ Monitor” は、耳を密閉せず、スピーカーのようにドライバーを耳から離して配置する「オープンバッフル」構造という、ヘッドホンの常識を根底から覆す設計でオーディオ界に登場した 13。これはスピーカーに近い広大な音場を目指したラディカルな試みであったが、構造上避けられない低域の不足と、強力なスピーカーアンプを必須とする駆動の困難さから、その価値を理解する一部の先鋭的な愛好家のための、ニッチな存在に留まっていた 8

Immanisの登場は、この文脈において戦略的な転換点と見なすべきだろう。SR1aがリボン技術の「可能性」を証明するためのコンセプトモデルであったとすれば、Immanisは、その革命的だが野性的だった技術を「飼いならし」、HIFIMAN SusvaraAbyss AB-1266 TCといった既存の王者たちと、同じ土俵で真っ向から覇を競うために生み出された製品である 2。それは、異端の実験から、王座を狙うための本流への回帰に他ならない。

R³ Triple-Driver:三位一体の心臓部

Immanisの核心は、片側に3基、合計6基ものトゥルーリボン・ドライバーを搭載している点にある 1。これは単一ドライバーのSR1aや双発の姉妹機Magnaから大きく進化した点だ。

複数のリボンを搭載する目的は、単なる音圧(SPL)の向上に留まらない。「相補的チューニング (Complimentary Tuning)」と呼ばれる思想に基づき、各リボンの特性を意図的にわずかにずらしてチューニングすることで、単一の振動板では避けられない固有の歪みや共振を互いに打ち消し合わせ、全体としてより完璧な動作を目指しているのである 2

そして、その物理特性は圧倒的だ。リボンは極めて軽量なアルミ箔そのものが電流によって駆動されるため、振動系の質量はほぼゼロに近く、静電型に匹敵する驚異的な過渡応答性能(スピード)と解像度を実現する 2。加えて、+/- 4mmという長大なエクスカーション(振幅)は、従来のトゥルーリボンが苦手としていた、深くパワフルな低域再生を可能にした 1

RCDI:電流駆動への変換器

Immanisを語る上で避けて通れないのが、その駆動方式の特異性だ。インピーダンスはわずか 0.057Ω と、電気的にはほぼショート(短絡)に近い 1。これを通常のアンプに接続すれば、アンプとヘッドホンの両方が致命的な損傷を受ける危険性がある 3

そのため、付属のRCDI (Ribbon Current-Drive Interface) の使用が絶対条件となる。この箱には高品質なトロイダルトランスが内蔵されており、アンプからの一般的な「電圧駆動」信号を、リボンに適した大電流の「電流駆動」信号に変換する。同時に、アンプ側には 32Ω という安定した負荷を提示する役割を担う 1

このRCDIの存在は、Immanisが単なる「ヘッドホン」ではなく、専用の駆動系を必要とする「システム」であることを意味する。これは静電型ヘッドホンが専用のエナジャイザーを必要とすることに似ている。そして、この事実は重要な示唆を含む。それは、アンプからRCDI、そしてRCDIからヘッドホン本体へと至る、全てのケーブルの品質が、アンプそのものと同等に重要になるということだ。Immanisを鳴らすということは、オーディオチェーン全体の完成度を問われる、困難で、しかし魅力的な挑戦なのである。

モデル方式公称スペック駆動 / システム価格帯(USD)
RAAL 1995 Immanisトゥルーリボン0.057Ω (本体), 118dB Max SPL必須: RCDI経由で高出力HPA/スピーカーアンプ (2-6W@32Ω推奨)~$9,460 (Full Pkg)
HIFIMAN Susvara Unveiled平面磁界45Ω / 86dB要: 高出力・高品質ヘッドホンアンプ~$8,000
Abyss AB-1266 Phi TC平面磁界50Ω / 88dB要: スピーカーアンプ級の駆動力~$5,995
Audeze LCD-5平面磁界14Ω / 90dB比較的容易だが上流の質に敏感~$4,500
Focal Utopia (2022)ダイナミック80Ω / 104dB比較的容易 (高効率)~$4,999
STAX SR-X9000静電型145kΩ / 100dB必須: 専用静電型アンプ (Energizer)~$6,200 (本体のみ)

出典: 1

3. 聴感上の探求

技術的仕様の羅列は、再生される音楽の魂に触れることはない。ここからは、Immanisが紡ぎ出す音の世界へと深く分け入っていくことにしよう。

引用される聴感の断片

まず、世界中のリスナーがImmanisから受け取った印象の断片を並べることで、その音響的肖像の輪郭を描き出したい。

レビュアー / 媒体引用抜粋 (和訳+原文)
Bloom Audio「静電型のような幽玄なディテールと、平面駆動型の内臓に響くような重みを両立させている…音場はただ広がるだけでなく、呼吸しているかのようだ。」“it pairs ethereal electrostatic-like detail with the visceral weight of planar bass… And the soundstage doesn’t just sprawl — it breathes.”
StereoNET Forum User “BlueOceanBoy”「空間の分離と感覚は、SR1-aよりも2チャンネルスピーカーに近い!ホログラフィックで、包み込むような密度の高い空間的な音像がある。」“Separation and sense of space – More like 2Ch than SR1-a! There’s an encompassing dense spatial sound image that is holographic.”
Head-Case.org Forum User “deepthought”「SR-1aやCA-1aでは低域の伸びを諦める必要があったが、ここではトレードオフは不要だ。兄弟機と同じくらいディテールが鋭いが、非常に存在感のある低域の伸びがある。」“I was willing to give up bass extension in the SR-1a and, to a lesser extent, the CA-1a, but here there is no need for a trade. They are every bit as detailed and incisive as their siblings but with very present bass extension.”

ジャンル別音質分析

クラシック (マーラー 交響曲第2番「復活」):
ここで試されるのは、壮大なスケール感とダイナミックレンジの再現性だ。Immanisの音場は、単に左右に広いだけではない。前後左右、そして高さをも感じさせる広大な三次元空間を完璧に描き出す 4。冒頭のチェロとコントラバスの咆哮から、終楽章のオルガンと合唱が一体となってクライマックスを築き上げるまで、ティンパニの強打から弱音部の弦楽器の微細なテクスチャまで、あらゆる音が混濁することなく分離し、オーケストラ全体が呼吸しているかのような生命感を伝える。これは、リボンの圧倒的なスピードと制動力がもたらす恩恵に違いない。HIFIMAN Susvara Unveiledが持つ音色の美しさに、Abyss AB-1266 TCの持つ物理的なインパクトと、STAX SR-X9000の持つ空間の透明度を融合させたかのような体験と言えるだろう 8
ジャズ (ビル・エヴァンス・トリオ 「Waltz for Debby」):
ヴィレッジ・ヴァンガードの空気感、観客の咳払いやグラスの触れ合う音といった、音楽を取り巻く微細な情報量が試される。Immanisは、静電型に匹敵する解像度で、ポール・モチアンのシンバルレガートの残響が空間に溶けて消えゆく様や、スコット・ラファロのウッドベースの胴鳴りの質感を、生々しく描き出す 8。しかし、The HEADPHONE Showのレビュアーが的確に指摘したように、その広大すぎる音場ゆえに、本来親密であるべきジャズクラブの空間が、やや大きなコンサートホールのように感じられる側面もあるかもしれない 31Focal Utopiaが持つ、目前で演奏しているかのようなボーカルや楽器の生々しい「実在感」とは、また異なるアプローチのリアリズムと言えよう。
ロック / 電子音楽 (Opeth 「Blackwater Park」 / Daft Punk 「Random Access Memories」):
ここで問われるのは、低域の量感、スピード、そして過渡応答性能だ。多くのレビューが証明するように、Immanisの低域はSR1aのかつての弱点を完全に克服している 5。それは単に量が多いだけでなく、極めてタイトで、音の立ち上がりと立ち下がりが驚異的に速い。多くのレビュアーが平面駆動型の「スラム」と評する物理的な衝撃を伴いながらも 8、決して中域をマスキングすることがない。Opethの複雑なギターリフや高速なドラムフィルが、一切の混濁なく分離して聴こえる様は圧巻の一言に尽きる。これは、Susvaraの豊かで芳醇な低域とは異なり、より引き締まり、制御された、アスリートのような低音と言えるだろう 8

4. 総合評価とバイアスチェック

あらゆる側面からImmanisを評価し、その光と影を公平に描き出す。

評価軸採点 (5点満点)解説
技術性能5.0解像度、スピード、ダイナミクス、音場、全帯域にわたる歪みのなさ。あらゆる技術的指標において、現行のヘッドホンが到達しうる最高点に位置する。特に空間再現能力は比類がない 8
音楽的魅力4.5圧倒的な性能がもたらす音楽体験は強烈。ニュートラルを基調としつつも、わずかに暖かみを帯びた音色とパワフルな低域が音楽への没入感を高める 19。ただし、その壮大すぎる表現が、楽曲によっては「親密さ」を削ぐ可能性があり、満点には至らない 31
ビルドクオリティ4.5アメリカンウォールナット、金メッキステンレス、本革など、最高級の素材を惜しみなく使用。工作精度も極めて高い 1。しかし、626gという重量は無視できず、長時間の快適性には個人差が出るだろう 1。ヘッドバンドの調整機構は堅牢だが、Abyssのような自由度はない。
価格対価値2.5約1万ドルという価格は、絶対性能を追求する者にとっては正当化されうるが、客観的なコストパフォーマンスの観点からは極めて低い。Susvara UnveiledUtopiaなど、半額以下で極めて高い満足度を提供する競合が存在する。さらに、性能を最大限に引き出すには同等クラスのアンプが必須であり、システム総額は青天井となる 5
将来性 / 修理性4.05年間の譲渡可能な保証は手厚い 1。ヘッドバンドなどの部品交換も考慮されているようだ 12。しかし、独自のRCDIやリボンドライバーという特殊性から、長期的なサポート体制と部品供給には一抹の不安が残る。

5. オーディオ哲学における Immanis の位置付け

Immanisは単なる高性能なヘッドホンではない。それは、ハイエンドオーディオの在り方そのものに、根源的な問いを投げかける存在である。

ヘッドホンにおける「三体問題」の解か

ハイエンドヘッドホン界は長らく、静電型の「スピードと透明度」、平面磁界型の「パワーと質感」、ダイナミック型の「自然な音色とダイナミズム」という、それぞれが頂点を持つ三つの潮流に支配されてきた。リスナーは、これらの美徳の中から何を優先するかという、痛みを伴う選択を迫られてきたのである。

Immanisは、この前提を覆す存在かもしれない。多くの評者が逆説的な言葉を用いてその音を表現している事実は示唆に富む。「静電型のような幽玄なディテールと、平面駆動型の内臓に響くような重みの両立」4STAX SR-X9000と比較されるスピードと透明度、Abyss AB-1266 TCを彷彿とさせる低域の権威、そしてHIFIMAN Susvaraのような音色の自然さを、一つの筐体に同居させているという評価は、枚挙に暇がない 19

これは、Immanisが単にリボンというカテゴリーの中で優れた製品なのではなく、主要な駆動方式の最も望ましい特性を「統合」しようとする野心的な試みであることを物語っている。それは、オーディオファイルはもはや「好みの味」を選ぶ必要はない、という宣言にも似ている。単一のトランスデューサーが、あらゆる美徳を最高レベルで体現しうるのだと。Immanisの哲学的意義は、最高のリボンヘッドホンを目指すのではなく、究極のヘッドホンそのものを目指した点にあると言っても過言ではないだろう。

透明性の代償

Immanisのもう一つの側面は、その徹底した「透明性」である。それは上流にある機器の個性、録音の質、さらには電源ケーブル一本の違いまでをも、容赦なく露わにする。これは美徳であると同時に、使い手にとっては絶え間ない挑戦を意味する。システム全体がImmanisという「検鏡」に耐えうるレベルでなければ、その真価は発揮されないどころか、欠点が拡大されてしまうだろう 31。Immanisを所有することは、オーディオという終わりのない探求の道を選ぶことと同義なのかもしれない。

6. 結論 & 推奨ユーザー

おすすめしたい人

  • 絶対性能の探求者: 価格やシステム構築の難易度を厭わず、現在望みうる最高の技術性能を体験したいオーディオファイル。
  • 広大な音場を好むリスナー: スピーカーライクな、頭外定位する広大でホログラフィックなサウンドステージをヘッドホンで実現したいと考える者。
  • パワフルなアンプの所有者: すでにHIFIMAN SusvaraAbyss AB-1266 TCを余裕で駆動できる、強力な駆動力を持つアンプシステムを構築済みのユーザー。

やめた方が良い人

  • 親密な音楽体験を求めるリスナー: ボーカルや小編成のアンサンブルを、すぐ側で鳴っているかのように親密に聴きたいと考える者。Immanisの壮大さは、時に楽曲との距離感を生む可能性がある 31
  • システム構築に制約があるユーザー: アンプやDACへの追加投資を避けたい、あるいは「ヘッドホン単体で完結する音」を求めるユーザー。Immanisはシステム全体の完成度を厳しく問う。
  • 重量や装着感に敏感なユーザー: 600gを超える重量は、軽量なヘッドホンに慣れたユーザーにとっては長時間のリスニングで負担となる可能性がある 1

将来の可能性

ケーブル交換による音質チューニングの余地は大きい。標準のSTAR-8 MkIIから、さらに上位のケーブルへ交換することで、さらなる高みが見える可能性がある 7。また、RCDIを介さない、SAEQのようなダイレクトドライブ対応アンプとの組み合わせは、Immanisのポテンシャルをさらに引き出す鍵となるかもしれない 32

総合評価: ★★★★☆ (4.5/5)

RAAL 1995 Immanisは、間違いなく歴史に名を刻むであろう傑作機である。それは、既存の技術的トレードオフの概念を破壊し、ヘッドホン再生の新たな可能性を提示した。その息を呑むような技術性能と、音楽の根源的なエネルギーを解き放つサウンドは、一度体験すれば忘れることはできないだろう。しかし、その絶対性能と引き換えに、使い手には天文学的なコストと、システム全体を極限まで磨き上げるという終わりのない探求を要求する。それは、誰もが登れる山ではない。だからこそ、その頂からの景色は、かくも壮麗で、孤高なのだろう。


引用文献

1. IMMANIS | Requisite Audio, https://raalrequisite.com/headphones/immanis/
2. Raal 1995 Immanis Review - Headfonia, https://www.headfonia.com/raal-1995-immanis-review/
3. RAAL 1995 IMMANIS - Woo Audio, https://wooaudio.com/headphones/raal-1995-immanis
4. RAAL 1995 Immanis Open-Back True-Ribbon Headphones - Bloom Audio, https://bloomaudio.com/products/raal-1995-immanis
5. RAAL 1995 Immanis - Headphones - www.Head-Case.org, https://www.head-case.org/forums/topic/33676-raal-1995-immanis/
6. Raal 1995 IMMANIS Open back Headphone - Hifonix, https://hifonix.co.uk/detail/requisite-audio-immanis-open-back-headphone/
7. Raal 1995 Immanis (R³ triple true-ribbon driver) - Mimic-Audio, https://www.mimic-audio.com/products/raal-1995-immanis-r-triple-true-ribbon-driver
8. The New Best Headphone in the World? RAAL-1995 Immanis Review | Bloom Audio, https://bloomaudio.com/blogs/articles/the-new-best-headphone-in-the-world-raal-1995-immanis-review
9. RAAL 1995 Immanis - Tripe Ribbon Flagship Kopfhörer - Audio Essence, https://audioessence.ch/products/raal-1995-immanis-tripe-ribbon-flagship-kopfhorer
10. Is This Headphone One of the Best in The World?! | RAAL-1995 Immanis Review - YouTube, https://www.youtube.com/watch?v=JfzHkrjyvas
11. Raal 1995 Immanis - The HEADPHONE Community, https://forum.headphones.com/t/raal-1995-immanis/23669
12. Review of the new RAALREQUISITE SR1a on Musicalhead - Riviera Audio Laboratories, https://www.rivieralabs.com/wp-content/uploads/2019/11/Review-RAAL-REQUISITE-SR1a-DOC.pdf
13. Bolt from the Blue: RAAL-requisite SR1a “EarField™ Monitors” - Headphone Review, https://headphones.com/blogs/reviews/bolt-from-the-blue-raal-requisite-sr1a-earfield-monitors-headphone-review
14. RAAL-Requisite - Underwood HiFi, https://www.underwoodhifi.com/products/raal-requisite
15. Dreams of Electric Space – RAAL-requisite SR1A - Subjective Reviews, https://subjective.reviews/dreams-of-electric-space-raal-requisite-sr1a/
16. RAAL-requisite’s circumaural ribbon headset, the CA-1a | Stereophile.com, https://www.stereophile.com/content/raal-requisites-circumaural-ribbon-headset-ca-1a
17. RAAL 1995 Magna Review - Headfonia, https://www.headfonia.com/raal-1995-magna-review/3/
18. Magna & Immanis - 6Moons.com, https://6moons.com/audioreview_articles/raal-1995-magna-immanis/
19. Raal 1995 Immanis Ribbon Headphones – Early Impressions - Head-Fi, Portable & Desktop Audio, Hearables - StereoNET, https://www.stereonet.com/forums/topic/615811-raal-1995-immanis-ribbon-headphones-%E2%80%93-early-impressions/
20. Raal 1995 Immanis €9.999 Review - Audiophilepure, https://audiophilepure.com/2024/10/13/raal-1995-immanis-e9-999-review/
21. Hifiman Susvara Unveiled Headphones - Noteworthy Audio, https://www.noteworthyaudio.com/products/hifiman-susvara-unveiled-headphones
22. Hifiman SUSVARA UNVEILED Flagship Planar Magnetic Headphones, https://headphones.com/products/hifiman-susvara-unveiled-headphones
23. Abyss AB1266 Phi TC - Mimic-Audio, https://www.mimic-audio.com/products/abyss-ab1266-phi-tc
24. Abyss AB-1266 Phi TC Headphones - Upscale Audio, https://upscaleaudio.com/products/abyss-ab-1266-phi-tc-headphones
25. Audeze LCD-5 Flagship Planar Headphones for Audiophiles, Open-Back, https://www.audeze.com/products/lcd-5
26. Audeze LCD-5 Open-back Headphones - Sweetwater, https://www.sweetwater.com/store/detail/LCD5OBPhones—audeze-lcd-5-open-back-headphones
27. Focal Utopia 2022 Headphones - Upscale Audio, https://upscaleaudio.com/products/focal-utopia-2022-headphones
28. Focal Utopia 2022 Open-Back Headphones - Audio46, https://audio46.com/products/focal-utopia-2022-open-back-headphones
29. STAX SR-X9000 Flagship Electrostatic Headphone | HeadAmp, https://www.headamp.com/products/stax-sr-x9000
30. SR-X9000 Electrostatic Earspeaker (Flagship Model) - STAX Headphones, https://staxheadphones.com/products/sr-x9000
31. RAAL 1995 Immanis Headphone Review - Always Impressive. Is It “The Best!”? - YouTube, https://www.youtube.com/watch?v=anTb5JlunuA
32. The Golden King: RAAL 1995 Immanis Review, https://zpreviews.com/2024/07/19/the-golden-king-raal-1995-immanis-review/
33. Unmasking the Raal Immanis Critics: Rushed Judgments and Hidden Agendas - Reddit, https://www.reddit.com/r/headphones/comments/1fzgz8l/unmasking_the_raal_immanis_critics_rushed/
34. Raal 1995 Immanis Review - Headfonia, https://www.headfonia.com/raal-1995-immanis-review/3/

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