オーディオ業界には、「二作目のジンクス」というものが存在する。初代があまりにも偉大すぎた場合、その後継機は、何を変えても、あるいは変えなくても批判される運命にあるからだ。2012年、英国の名門KEFが創業50周年を記念して世に送り出したLS50は、まさにそのような「神格化」された存在だった。BBCモニターの系譜であるLS3/5aの現代的解釈として登場したこの小さなモニターは、その価格帯ではあり得ないほどのホログラフィックな音場表現で、世界中のオーディオファイル、そしてレコーディングエンジニアのデスクを占拠した1。
それから8年。KEFのエンジニアチームは、自ら築き上げたこの高い壁を乗り越えるという、極めて困難なミッションに挑んだ。その回答が、LS50 Metaである。
外観上の変化は、背面パネルの仕上げがマットになったことや、バッフルの色がより洗練されたことなど、微細なものに留まる。しかし、その内部で起きている変化は、まさに「革命」と呼ぶにふさわしい。その核心にあるのが、Metamaterial Absorption Technology (MAT) だ。音響メタマテリアルという、従来航空宇宙産業などで研究されてきた技術を、コンシューマーオーディオに初めて導入したこの決断は、スピーカー設計の歴史における特異点(シンギュラリティ)となり得るのか?
本レポートでは、この現代のアイコンを、単なる試聴感想文ではなく、技術的背景、測定データ、そして市場における相対的な立ち位置という多角的な視点から、徹底的に解剖する。なぜ世界中のレビュアーがこれを絶賛し、一方でなぜ一部のユーザーはこれを手放して別のスピーカーへと移行するのか。その真実を明らかにする。
KEF LS50 Meta — Overview
詳細な分析に入る前に、この製品の基本的なプロファイルを確認しておこう。LS50 Metaは、KEFのアイデンティティである同軸ドライバー「Uni-Q」を搭載した、2ウェイ・バスレフ型のブックシェルフスピーカーである。
基本情報
- メーカー: KEF (ケーイーエフ / Kent Engineering & Foundry)
- 製品名: LS50 Meta
- 発売: 2020年後半
- 価格:
- カラー: カーボン・ブラック、チタニウム・グレー、ミネラル・ホワイト、ロイヤル・ブルー(スペシャルエディション)6
スペック詳細
以下のスペックは、メーカー公称値および第三者機関による測定データを統合したものである。
| 項目 | 仕様 | 備考/出典 |
|---|---|---|
| 形式 | 2ウェイ・バスレフ型 | 背面ポート (フレキシブル・ポート) |
| ドライバー | 第12世代 Uni-Q ドライバー・アレイ | MAT搭載 |
| HFユニット | 25mm (1インチ) ベンテッド・アルミニウム・ドーム | Metamaterial Absorption Technology 7 |
| MF/LFユニット | 130mm (5.25インチ) アルミニウム・コーン | 7 |
| 周波数特性 (±3dB) | 79 Hz - 28 kHz | 7 |
| 周波数レンジ (-6dB) | 47 Hz - 45 kHz | 7 |
| 低域特性 (室内) | 26 Hz (-6dB) | Typical In-room response 7 |
| クロスオーバー周波数 | 2.1 kHz | 7 |
| 公称インピーダンス | 8Ω | 最低インピーダンス 3.5Ω 7 |
| 感度 (2.83V/1m) | 85 dB | 低能率である点に注意 5 |
| 最大出力 (SPL) | 106 dB | 7 |
| 推奨アンプ出力 | 40 - 100 W | 7 |
| 重量 | 7.8 kg (17.2 lbs) / 1本 | 先代より微増 1 |
| 寸法 (HxWxD) | 302 x 200 x 280.5 mm | 端子部含む 7 |
イントロダクション:
LS50 Metaの存在意義は、KEFが「Acoustic Metamaterials Group」との共同研究によって実用化したMATにある。これは、スピーカーエンジニアが長年頭を悩ませてきた「ドライバー背面の不要な音波」を、従来の吸音材(ウールやフォーム)のような物理的な質量で止めるのではなく、計算された構造体によって音響的に消滅させるというアプローチだ。99%という驚異的な吸音率を誇るこの技術が、Uni-Qドライバーの背後で何を行っているのか。それが音質にどのような「静寂」をもたらすのか。次章以降でその深層に迫る。
1. レビューまとめ
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LS50 Metaに対する評価は、オーディオ業界全体でどのようなコンセンサスを形成しているのか。主要メディア、影響力のあるYouTuber、そして辛辣な意見も飛び交うフォーラムの声を包括的に収集し、その温度感を分析する。
| メディア / レビュアー | 引用抜粋 (和訳+原文) | 評価 (★1-5) |
|---|---|---|
| Stereophile (John Atkinson) | 「Metaは先代と比較して、低レベルのディテールの提示において改善が見られる… 録音されたサウンドステージへのより透明な窓を提供する。」 “It improves on its presentation of low-level detail… presents a more transparent window into the recorded soundstage…” | Highly Recommended |
| What Hi-Fi? | 「KEFは優れたスピーカーを取り上げ、革新的なメタマテリアル技術でさらに良いものにした。LS50 Metaは今やこのレベルのクラスリーダーだ。」 “KEF has taken an excellent speaker and made it even better with its innovative Metamaterial tech.” | ★★★★★ |
| Audio Science Review (Amir) | 「測定結果は完璧に近い… 推奨することに何の問題もない。」 “Ah, close to perfection… I have no problem giving them a recommendation…” | Recommended |
| Erin’s Audio Corner | 「ディップはあるが、概ねニュートラルなスピーカーと非常に深いサウンドステージを望む人にとっては素晴らしい。」 “…fine ‘lifestyle’ speaker for someone who wants a mostly neutral speaker… and a very deep soundstage.” | Positive |
| Darko Audio | 「先代とは違う。透明感、クリアさ、開放感、ダイナミクス、すべてが大幅に向上している。」 “So much more transparent, clear, open, dynamic. It’s just a mega improvement.” | Positive |
| Reddit User (r/audiophile) | 「短期的にはオリジナルの高域を好む人もいるかもしれないが、長期的にはMetaの方がよりニュートラルで好ましいだろう。」 “…in the long term it is no contest that the Meta are the more neutral speaker…” | ★★★★☆ |
| Forum Discussion (Head-Fi / ASR) | 「素晴らしいスピーカーだが、低域の量感は物理的に限界がある。サブウーファー(KC62など)との併用が前提となるケースが多い。」 “If you want deep bass, then a sub is necessary.” | Neutral |
分析:
業界の評価は極めて高いレベルで安定している。特に共通して称賛されているのは「透明感 (Transparency)」と「解像度 (Resolution)」の劇的な向上だ。先代LS50(無印)は、一部で高域の金属的な響きや粗さが指摘されていたが、Metaにおいてはそれが完全に解消され、より洗練された「大人」のサウンドになったという見解が支配的である1。
一方で、批判的な意見や懸念点の多くは「低域の物理的限界」と「駆動の難しさ」に集中している。130mmという小口径ウーファーでは、部屋を揺るがすような重低音は再生できず、サブウーファーの追加が頻繁に推奨されている11。また、インピーダンスが3.5Ωまで低下するため、駆動力の低いアンプでは本領を発揮できず、「音が細い」「つまらない」という評価につながる傾向が見られる16。総じて、「使いこなし」を要求される玄人好みの製品としての側面も浮き彫りになっている。
2. 技術的特徴
LS50 Metaが、単なる「Mark II」ではなく「Meta」という名を冠した理由は、その技術的飛躍にある。ここでは、マーケティング用語をエンジニアリングの視点から解読し、それらが音質に与える理論的効果を解説する。
2.1 Metamaterial Absorption Technology (MAT)
本機の最大のトピックであり、オーディオ工学におけるブレイクスルーとされるのがMATだ。
- アーキテクチャ: ツイーターユニットの背面に配置された、直径約80mm、厚さ約10mm程度の円盤状パーツ。その表面には、複雑に入り組んだ30本のチューブ(迷路)が形成されている18。
- エンジニアリングの核心:
- 問題点: ドームツイーターが前方に音を放射するとき、同時に同量のエネルギーが背面(キャビネット内部)にも放射される。この背面波がキャビネット内で反射し、再びドーム振動板を裏側から叩くことで、位相の乱れや歪み、音の濁りが発生する。従来は、吸音材(ウールやフェルト)を詰め込むことで減衰させていたが、吸音材の密度や詰め方によって特性がばらつきやすく、また全ての帯域を均一に吸音するには広大なスペース(長いテーパード・チューブなど)が必要だった18。
- MATの解決策: KEFのMATディスクは、音響メタマテリアル設計に基づき、30本のチューブそれぞれが異なる特定の周波数に共鳴するように長さと形状が計算されている。これらが集合することで、600Hz以上の広帯域において、背面波の**99%**を熱エネルギーに変換し、消滅させる18。KEFはこれを「音響的なブラックホール」と表現している。
- 音質への効果: 背面波の反射が消えることで、ツイーターの動作は理想的なピストンモーションに近づく。結果として、高域の「滲み」や「付帯音」が物理的に排除され、極めて高いS/N比と、微細なディテールの再現性が実現される。これが、レビューで頻出する「静けさ」の正体である。
2.2 第12世代 Uni-Q ドライバー
KEFの代名詞である同軸ドライバー「Uni-Q」も、MATの搭載に合わせて第12世代へと進化している。
- 構造: ウーファーの音響中心(Cone Apex)にツイーターを埋め込むことで、低域と高域の発生源を一点に集約する「点音源(Point Source)」構造。
- 改良点:
- ツイーター・ギャップ・ダンパー (Tweeter Gap Damper): ツイーターとウーファーボイスコイルの間のわずかな隙間は、特定の周波数で共振を引き起こす。第12世代では、この隙間に配置されたダンパーの形状と素材を見直し、共振を効果的に抑制している21。
- モーターシステムの刷新: 磁気回路の改良により、ボイスコイルのインダクタンス変調を低減。これにより、大振幅時の歪みが大幅に抑制されている。
- 新規設計のコーンネック・デカップラー: 中域のドライバーとボイスコイルの結合部に柔軟性を持たせることで、高域成分がウーファーコーンへ伝播して生じる歪みを遮断している。
2.3 キャビネット構造と制振技術
コンパクトなスピーカーにとって、キャビネットの振動(箱鳴り)は音を濁す最大の要因である。
- DMC (Dough Moulding Compound) バッフル: フロントバッフルには、ポリエステル樹脂にガラス繊維と炭酸カルシウムを混合したDMCという高剛性複合素材を採用。射出成形により、回折(ディフラクション)を最小限に抑える滑らかな曲面形状を実現している6。
- CLD (Constrained Layer Damping) ブレーシング: 内部の補強材(ブレーシング)は、単に壁面と接着されているのではない。補強材とキャビネット壁面の間に、振動減衰素材を挟み込む**CLD(拘束層ダンピング)**構造を採用している。これにより、特定の周波数での共振ピークを分散・減衰させ、キャビネットの音響的な「色付け」を極限まで低減している23。
- オフセット・フレキシブル・ポート: 背面のバスレフポートは、乱流を抑えるフレア形状を持つだけでなく、ポート壁面の一部に柔軟な素材を使用することで、中域の共鳴(ポート鳴き)が外部に漏れ出るのを防いでいる6。
スペックによる競合比較
LS50 Metaの技術的特異性を浮き彫りにするため、同価格帯の主要ライバルと比較する。
| 特徴 | KEF LS50 Meta | B&W 606 S3 | Revel Performa3 M106 | Buchardt S400 MKII |
|---|---|---|---|---|
| ドライバー構成 | 2-way 同軸 (Uni-Q) | 2-way セパレート | 2-way セパレート | 2-way + パッシブラジエーター |
| ツイーター | 25mm アルミ (MAT搭載) | 25mm チタン・ドーム | 25mm アルミ・ドーム | 19mm 繊維織布 + ウェーブガイド |
| ウーファー | 130mm アルミ | 165mm コンティニュアム | 165mm アルミ | 150mm ペーパー |
| 感度 | 85 dB | 88 dB | 87 dB | 87 dB |
| インピーダンス | 8Ω (min 3.5Ω) | 8Ω (min 3.7Ω) | 8Ω | 4Ω |
| クロスオーバー | 2.1 kHz | 4 kHz (推定) | 2.3 kHz | 2.0 kHz |
| サイズ (HxWxD) | 302 x 200 x 280 mm | 344 x 189 x 300 mm | 381 x 210 x 278 mm | 365 x 180 x 280 mm |
| 重量 | 7.8 kg | 7.05 kg | 8.4 kg | 10.0 kg |
| 設計思想 | 点音源・高解像度・吸音技術 | ダイナミクス・伝統的Hi-Fi | 科学的測定・広指向性 | 重低音・指向性制御 |
3. 測定データに基づく客観的考察
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主観的な「美音」だけでなく、客観的なデータもまた、LS50 Metaの優秀さとその限界を冷徹に示している。Audio Science Review (ASR) や Erin’s Audio Corner など、信頼性の高い第三者機関による測定データを基に考察する。
3.1 周波数特性 (Frequency Response)
ASRによるKlippel Near-field Scannerを用いた測定(Spinorama)によると、LS50 Metaのオンアクシス(軸上)特性は驚異的なほどフラットである10。
- 中高域のリニアリティ: 先代LS50で見られた高域の細かなピークやディップ(凸凹)が、Metaでは大幅に平滑化されている。これはMATによる背面波の吸収と、新しいドライバー設計の効果がグラフにはっきりと表れている証拠だ。
- クロスオーバー領域: 2kHz-3kHz付近にわずかな変動が見られるが、これは指向性の整合性を取るための意図的なチューニングか、あるいは同軸ドライバー特有の干渉の影響と考えられる。しかし、リスニングウィンドウ(Listening Window)平均では極めて滑らかであり、聴感上の違和感は最小限である10。
3.2 指向特性 (Directivity)
Uni-Qドライバーの最大の強みがここに現れる。
- 水平・垂直指向性: 一般的なスピーカー(ツイーターとウーファーが離れているタイプ)では、垂直方向のリスニングポイントがずれるとクロスオーバー付近で位相干渉による深いディップが発生する(ロビング現象)。しかし、同軸構造のLS50 Metaにはそれが存在しない。水平・垂直ともに指向性が極めて広く、かつ均一(Monotonic)である。
- 相関性: これは、部屋の壁や床からの反射音が、直接音と似た周波数バランスを持つことを意味する。Dr. Floyd Tooleの理論によれば、これは脳が「自然な音」と認識するために極めて重要な要素である。スイートスポットが広く、部屋のどこで聴いても音色が崩れにくいのはこのためだ10。
3.3 歪み率 (Distortion)
MATの真価は、周波数特性よりも歪み率のグラフに顕著に現れている。
- 高域の静寂: ツイーター帯域(特に2kHz以上)の歪み率は、測定限界に近いほど低い。これは背面波による再放射や共振が徹底的に抑え込まれていることを示唆しており、聴感上の「透明感」や「背景の黒さ」の客観的な裏付けとなっている7。
- 低域の限界: 一方で、物理法則は絶対である。130mmウーファーにとって、80Hz以下の低音を大音量で再生することは過酷な重労働だ。96dB SPLなどの大音量測定では、100Hz以下で歪みが急激に上昇する。これは、LS50 Metaが「大音量での重低音再生」には向かないことをデータが警告している点である11。
3.4 インピーダンスと位相
公称8Ωとされているが、測定データはより厳しい現実を示している。
- アンプへの負荷: 最低インピーダンスは3.5Ω (約130Hz付近) まで低下し、同時に位相角の回転も見られる7。これはアンプに対して、電圧だけでなく大量の電流(カレント)を要求することを意味する。85dBという低い感度と相まって、LS50 Metaは「電気を食う」スピーカーである。電源部の弱いエントリークラスのアンプでは、低域が膨らんだり、音が痩せたりするリスクが高い16。
4. リスニング・インプレッション
測定データが示す「正確無比なプロファイル」は、実際の音楽体験としてどのように翻訳されるのか? 複数の信頼できるソースと、実際に所有するユーザーの声を統合し、そのサウンドシグネチャーを物語として再構成する。
| レビュアー / 媒体 | 引用抜粋 (和訳+原文) |
|---|---|
| Stereophile (John Atkinson) | 「ドナルド・ファゲンの声は、部屋の中に物理的に存在しているかのようだった。ボーカルの像は特に触れられそうなほどだ。」 “…sound physically present in the room… vocal images being especially palpable.” |
| SoundStage! Hi-Fi | 「Uni-Qは音を全方向に均等に分散させ、イメージングを非常に精密にする。」 “…how the Uni-Q disperses its sound so evenly in all directions, as well as how it makes the imaging very precise.” |
| Zero Fidelity | 「高域のディテールとイメージングに関しては、これらがベストだ。声が飛び出し、正面中央に座る。」 “Honestly the best treble detail and imaging… make the voice leap out and sit front and center…” |
| Reddit User | 「LS50は少し高域がきつかったが、Metaはニュートラルで、あるいは少し落ち着いているかもしれない。」 “The LS50 were a bit hot in the highs and the Meta were neutral and maybe a bit laid back.” |
音質の特徴:
- 低域 (Bass):
誤解を恐れずに言えば、LS50 Metaの低域は「質の勝利、量の敗北」である。バスレフポートの設計改良により、不快なポートノイズやボワつき(ブーミーさ)は皆無に近い。ベースラインのピッチは極めて正確で、ウッドベースの弦の振幅が見えるような解像度を持つ。しかし、物理量は嘘をつかない。EDMのサブベースや、映画の爆発音のような「身体を揺さぶる重低音」は、50Hz以下で潔くカットオフされる。小音量〜中音量ではバランスが良いが、大音量で低域成分の多い曲をかけると、ウーファーが苦しそうにコンプレッションを起こすのが分かる。多くのユーザーがKEF KC62のようなサブウーファーを追加して「フルレンジ化」を図るのは、この美しい中高域に見合う土台を求めての必然的な帰結である11。 - 中域 (Midrange):
ここがLS50 Metaの聖域(サンクチュアリ)である。特にボーカルの再現性は、同価格帯では群を抜いている。クロスオーバーの継ぎ目を感じさせない同軸ドライバーの恩恵により、人の声が一点から放射され、まるでそこに歌手が立っているかのような「実在感(Palpability)」を生み出す。Stereophile誌のレビューにあるように、微細な息遣いや唇の動きまでもが、強調されることなく自然に浮かび上がる。アコースティックギターやピアノの胴鳴りは、過度な温かみ(カラーレーション)で装飾されることなく、楽器本来の音色(ティンバー)を忠実に描き出す1。 - 高域 (Treble):
MATの魔法が最も顕著に現れる帯域だ。先代LS50で時折感じられた、アルミドーム特有の「金属的な響き」や、録音の悪いソースでの「刺さり(シビランス)」が、Metaでは見事に払拭されている。シンバルの減衰音や、コンサートホールの残響成分(アンビエンス)が、驚くほど黒い背景の中からスッと立ち上がり、そして粒子のように消えていく。この「消え際」の美しさが、全体の解像度を底上げし、長時間聴いても聴き疲れしない、シルキーでありながら極めて情報量の多い高域を実現している1。 - 音場・定位 (Soundstage & Imaging):
これはもはや「視覚的」な体験に近い。点音源ドライバーと回折を抑えたキャビネットの相乗効果により、スピーカーの存在が完全に消える(Disappearing Act)。音像はカミソリのようにシャープに定位し、各楽器の分離感は圧倒的だ。特筆すべきは「奥行き(Depth)」の表現力で、スピーカーの後方へ深く展開するサウンドステージは、リスナーを録音現場へとワープさせる。スウィートスポットも広く、厳密に中央に座らなくても、そのホログラフィックな音場を楽しむことができる1。
5. 評価
LS50 Metaを5つの軸で採点し、その理由を詳述する。ここでは「絶対評価」ではなく、同価格帯における「相対評価」を基準とする。
| 評価軸 | 採点 (5.0満点) | 詳細解説 |
|---|---|---|
| 技術性能 | 4.7 | MATの実装、第12世代Uni-Qの完成度、そして測定データの優秀さは、パッシブスピーカーのエンジニアリングとして到達点の一つにある。減点は低域の物理的限界。 |
| 音楽的魅力 | 4.5 | 「正確さ」が「退屈さ」にならない稀有な例。ボーカルの生々しさと空間表現は中毒性がある。ただし、重低音の迫力を重視するジャンル(ヒップホップ、EDM等)では、サブウーファーなしでは4.0以下に落ちる可能性がある。 |
| ビルドクオリティ | 4.5 | 射出成形の曲面バッフル、マット塗装の質感、背面のポートデザインに至るまで隙がない。所有欲を満たす上質な仕上がり。 |
| コスパ (Price/Value) | 4.5 | ペア約18万円は絶対額として安くはないが、ハイエンド機(数百万円クラス)に匹敵する解像度と技術的背景を考慮すれば、オーディオ的には「バーゲン」と言える。 |
| 将来性/整備性 | 4.0 | パッシブ機ゆえに電子部品の寿命を気にする必要がなく、アンプ交換で長く遊べる。ただし、低能率かつ低インピーダンスであるため、アンプへの投資(コスト)が将来的に必要になる可能性が高い点で減点。 |
バイアスチェック:
筆者は「解像度」と「定位」を重視する傾向があるため、点音源であるUni-Qドライバーを高く評価しがちである。公平に見ても、低域の量感不足とアンプ選びのシビアさは、カジュアルなリスナーにとっては無視できない欠点である。「どんなアンプでも良く鳴る」フレンドリーなスピーカーではない。安価なオールインワンシステムにポン付けして本領を発揮するタイプではなく、使い手のスキルと周辺機器への投資を要求する「扱いにくい優等生」である側面は否定できない。
6. 俯瞰的視点による分析
LS50 Metaは市場で孤立しているわけではない。強力なライバルたちとの比較を通じて、その立ち位置をより明確にする。特に、なぜユーザーが他の製品を選ぶのか、あるいはLS50 Metaから「卒業」するのかに焦点を当てる。
vs B&W (Bowers & Wilkins) 606 S3
B&Wの600シリーズは、LS50 Metaの最大のライバルであり、対照的なキャラクターを持つ。
- 音質差: 606 S3は、B&W伝統の分離型ツイーターにより、高域に華やかさとエネルギーがある。サウンドはより「エキサイティング」で、ドンシャリ気味の元気な音作りだ。対してLS50 Metaは、より「フラット」で「精緻」である。B&Wの方が一聴してダイナミクスを感じやすく、ロックやポップスを楽しく聴かせるが、LS50 Metaの方が長時間聴取でも聴き疲れせず、アコースティック楽器の質感描写に優れる27。
- 決定打: 「楽しさ」と「高域の輝き」を求めるならB&W。「正確さ」と「定位の魔法」を求めるならKEF。
vs Revel Performa3 M106
Harmanグループの科学的アプローチ(Spinorama至上主義)で作られたRevelは、客観性能の鬼である。
- 音質差: M106はLS50 Metaよりもさらに広い指向性を持ち、音場がより「雄大」に広がる(Big Sound)傾向がある。また、ウーファー口径の差(6.5インチ vs 5.25インチ)により、低域の量感とパンチ力ではM106が勝る。しかし、点音源であるLS50 Metaの方が、近接視聴(ニアフィールド)や狭い部屋での定位のフォーカスにおいて有利である。M106は広いリビングで朗々と鳴らすのに適している30。
- 決定打: 広い部屋でスケール感を求めるならRevel。デスクトップや専用ルームで没入感を求めるならKEF。
vs Wharfedale Linton Heritage
レトロな外観を持つ大型の3ウェイ・スタンドマウント。価格帯が近く、LS50 Metaからの乗り換え先として頻繁に名前が挙がる15。
- 音質差: これは完全なる対極にある。Lintonは「ウォーム」「豊か」「リラックス」したサウンドで、大口径ウーファーによる低域の余裕は圧倒的だ。解像度や定位のシャープさではLS50 Metaの足元にも及ばないが、Lintonは「音楽を分析せず、ただ浸る」体験を提供する。LS50 Metaの「分析的」で「冷徹」な音に疲れたユーザーが、Lintonの「癒やし」に救いを求めるケースが多い15。
- 決定打: 音楽をライフスタイルのBGMとして、あるいはヴィンテージな雰囲気で楽しみたいならLinton。録音芸術の細部まで顕微鏡のように覗き込みたいならLS50 Meta。
vs Buchardt S400 MKII
デンマークの新興メーカーによる、ウェーブガイドとパッシブラジエーターを駆使した技術志向モデル。
- 音質差: S400 MKIIは背面のパッシブラジエーターにより、このサイズからは信じられないほどの重低音(33Hz〜)を叩き出す。低域の深さにおいてはLS50 Metaの完敗である。しかし、中高域の透明感やボーカルの「実在感」においては、LS50 MetaのUni-Qドライバーに分があるという意見が多い。Buchardtはややダークで落ち着いたトーン(Laid back)であり、KEFのような「鮮烈なフォーカス」とは異なる26。
- 決定打: サブウーファーなしでフルレンジに近い帯域をカバーしたいならBuchardt。中高域の質感を最優先し、将来的なサブウーファー追加を厭わないならKEF。
7. 結論 & 推奨ユーザー
KEF LS50 Metaは、前作の成功に安住することなく、MATという革新技術によって「スピーカーから音が出る」という感覚を消し去ることに成功した、稀有なプロダクトである。その音は極めて透明で、ソースに含まれる情報を余すことなく提示する。それは時に、録音の粗や接続機器の貧弱さを露呈させる「残酷な鏡」にもなり得る。
しかし、適切なアンプを選び、セッティングを追い込み、環境を整えた時、この小さな箱は価格の数倍のハイエンドスピーカーを凌駕する「音楽のホログラム」を出現させる。それは単なるオーディオ機器を超え、録音現場へのタイムマシンとなる。
おすすめしたい人:
- イメージング(定位)中毒者: 歌手の口元の動きや、オーケストラの楽器配置が見えるような、カミソリのように鋭い定位感を何よりも愛する人。
- ニアフィールドリスナー: デスクトップや6〜8畳間など、比較的狭い空間で高精細な音を楽しみたい人(点音源のメリットが最大化され、壁面反射の影響も受けにくい)。
- 探求心のあるオーディオファイル: アンプの選定、スタンドの調整、サブウーファー(KC62等)とのクロスオーバー調整など、システム全体を育て上げ、自分だけの「最高の音」を作る過程を楽しめる人。
やめた方が良い人:
- 重低音(量感)重視の人: 部屋の空気を物理的に震わせるような重低音を、サブウーファーなしの単体で求める人。
- アンプに投資したくない人: エントリークラスのAVアンプやミニコンポで鳴らそうと考えている人。LS50 Metaはそのポテンシャルの半分も発揮できず、「音が細い」と失望することになるだろう。
- 「雰囲気」で聴きたい人: 録音の良し悪しに関わらず、全ての音楽を心地よく、柔らかく、BGM的に流したい人(Wharfedale Lintonなどが幸せになれる)。
総評:
「静寂から削り出された、音響の顕微鏡。」
LS50 Metaは、モニター的な正確さと音楽的な感動を高次元で融合させた傑作である。低域の物理的制約さえ受け入れられるなら、これは多くの人にとっての「アガリ(End Game)」になり得る。
総合評価: ★★★★☆ (4.5)
引用文献
1. KEF LS50 Meta loudspeaker | Stereophile.com, https://www.stereophile.com/content/kef-ls50-meta-loudspeaker
2. SoundStageHiFi.com - KEF LS50 Meta Loudspeakers, https://www.soundstagehifi.com/index.php/equipment-reviews/1502-kef-ls50-meta-loudspeakers?tmpl=component
3. ラウドスピーカー ブラック LS50 Meta BLACK - ヨドバシ, https://www.yodobashi.com/community/product/100000001005834123/all/02/review.html
4. ラウドスピーカー ホワイト LS50 Meta WHITE - ヨドバシ, https://www.yodobashi.com/community/product/100000001005834122/all/02/review.html
5. KEF Launches LS50 Meta and LS50 Wireless II Loudspeakers with ‘Metamaterial Absorption Technology’ - Audioholics, https://www.audioholics.com/bookshelf-speaker-reviews/kef-ls50-meta-ls50
6. KEF LS50 PAIR Meta Bookshelf Speakers Carbon Black - Accessories4less, https://www.accessories4less.com/make-a-store/item/kefls50-meta-blk/kef-ls50-pair-meta-bookshelf-speakers-carbon-black/1.html
7. LS50 Meta | KEF International, https://international.kef.com/products/ls50-meta
8. LS50 Meta Standmount Loudspeakers - KEF, https://assets.kef.com/documents/ls50/20-KEF-LS50-Meta-Product-Info-Sheet.pdf
9. KEF LS50 Meta review - Speakers - What Hi-Fi?, https://www.whathifi.com/reviews/kef-ls50-meta
10. KEF LS50 Meta Review (Speaker) | Audio Science Review (ASR) Forum, https://www.audiosciencereview.com/forum/index.php?threads/kef-ls50-meta-review-speaker.25574/
11. Kef LS50 Wireless II Speaker Review - Erin’s Audio Corner, https://erinsaudiocorner.com/loudspeakers/kef_wireless_ii/
12. KEF LS50 Meta vs. KEF LS50 vs. KEF LS50 Wireless II - YouTube, https://www.youtube.com/watch?v=sRgxJaPDn10
13. LS50 vs LS50 Meta Comparison | Audio Science Review (ASR) Forum, https://www.audiosciencereview.com/forum/index.php?threads/ls50-vs-ls50-meta-comparison.38497/
14. B&W 606 S3 vs. KEF LS 50 meta : r/BudgetAudiophile - Reddit, https://www.reddit.com/r/BudgetAudiophile/comments/18n3ap7/bw_606_s3_vs_kef_ls_50_meta/
15. Would you trade a set of LS50 Metas for Wharfedale Linton 85s? : r/audiophile - Reddit, https://www.reddit.com/r/audiophile/comments/1mgmlkv/would_you_trade_a_set_of_ls50_metas_for/
16. KEF LS50 Meta pairing : r/StereoAdvice - Reddit, https://www.reddit.com/r/StereoAdvice/comments/1amxeys/kef_ls50_meta_pairing/
17. KEF LS50 Meta Review (Speaker) | Page 20 - Audio Science Review (ASR) Forum, https://www.audiosciencereview.com/forum/index.php?threads/kef-ls50-meta-review-speaker.25574/page-20
18. What is Metamaterial Absorption Technology? | KEF EU, https://eu.kef.com/blogs/news/how-does-metamaterial-absorption-technology-benefit-kef-speakers
19. BLADE THE REFERENCE - KEF, https://assets.kef.com/documents/reference/KEF_Blade_Ref_Meta_Tech_Paper.pdf
20. KEF’s new Metamaterial Absorption Technology | Audio Science Review (ASR) Forum, https://www.audiosciencereview.com/forum/index.php?threads/kefs-new-metamaterial-absorption-technology.15713/
21. R Series Meta White Paper_2 - KEF, https://assets.kef.com/product-support/r-series-meta/KEF_R_Series_with_MAT_WhitePaper_v2.pdf
22. LS50C Meta Center Channel | KEF USA, https://us.kef.com/products/ls50c-meta-center-channel
23. Every note. Every word. Every detail. | KEF USA, https://us.kef.com/pages/ls50-meta
24. KEF LS50 Meta Loudspeaker Review - The Absolute Sound, https://www.theabsolutesound.com/articles/kef-ls50-meta-loudspeaker/
25. SoundStageHiFi.com - Wharfedale Linton Heritage or KEF LS50? - SoundStage! Hi-Fi, https://soundstagehifi.com/index.php/reader-feedback/1397-wharfedale-linton-heritage-or-kef-ls50
26. Impressions of the Buchard S400 MkII in comparison to Kef Q750 & LS50 - Reddit, https://www.reddit.com/r/audiophile/comments/staztw/impressions_of_the_buchard_s400_mkii_in/
27. Bowers & Wilkins 606 S3 review: Most revealing speaker at $1000 - Aphrodite Sound, https://aphroditesound.com/bowers-wilkins-606-s3-review/
28. KEF vs B&W - Reddit, https://www.reddit.com/r/KEF/comments/1iciazm/kef_vs_bw/
29. KEF Q3 Meta vs Bowers & Wilkins 606 S3: which mid-price standmount speakers are sonically superior? | What Hi-Fi?, https://www.whathifi.com/speakers/hi-fi-speakers/kef-q3-vs-bowers-and-wilkins-606-s3-which-mid-price-standmounts-are-sonically-superior
30. Revel Performa3 M106 vs KEF LS50 | Which Bookshelf Speaker Is Right For You?, https://www.crutchfield.com/compare_265M106BK_991LS50/Revel-Performa3-M106-vs-KEF-LS50.html
31. Revel M16 or LS50 Meta for a small living room - Audio Science Review (ASR) Forum, https://www.audiosciencereview.com/forum/index.php?threads/revel-m16-or-ls50-meta-for-a-small-living-room.26190/page-2
32. A Tale of Two Speakers | Stereophile.com, https://www.stereophile.com/content/tale-two-speakers
33. Darko comparing all 3 variants of the ls50s : r/audiophile - Reddit, https://www.reddit.com/r/audiophile/comments/k4v5om/darko_comparing_all_3_variants_of_the_ls50s/
34. KEF LS50 vs Buchardt S400 Speaker Comparison - YouTube, https://www.youtube.com/watch?v=fIuvye0pfd0